「随分、ボロボロですね……」
「……うるせえよ、【燃えカス】」
「くくく、【燃えカス】……。いいですねえ、それも」

 シムシにある小さな町のある飲食店で、黒いマントを顔が隠れるまで被っている小柄な男と、赤いサングラスを身に着け、髪が真っ赤な背の高い男が向かい合って座っていた。

「どうしたんだよ、燃える服と燃える剣はよぉ?」
「……捨てました」

 オルゾフがミノタウロスモドキの塩焼きを食べかけ、ぽろりと机の上に落とした。

「……嘘だぁろぉ?」

 フルファイアは、ふふ、と微笑しただけだった。

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「さて、終わってしまったようだな、ヒラタ」
「ええ、終わってしまいましたねえ、周さん」

 衆首都、今最も混乱している国。世界が続いているということは、内乱も続いている。

「また、おれは何の役にも立てなかったか」
「周さん……全くそのとおりです

「……そろそろおれも、あいつと決着をつけないとな……」
「周さん……もうこの物語、終了寸前ですよ。決心遅すぎです

 数秒後、周のストレートがヒラタのボディを的確に捉えた。

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「7−3、7−5、そして多くのシムシ兵の尊い犠牲もあった! そして何より! アイゼン様の力があったからこそ! 世界は救われた!」

 シムシ、アレクサンドル、コロッセオ。

「私たちはここから、はじめなければならない! 続けなければならない! アイゼン様達が守った国を! アイゼン様達が救った世界を! アイゼン様達が繋げた未来を! 共に!」

 コロッセオを揺るがすほどの歓声が、演説を終えた7−1にそそがれた。
 それを見守っていた7(今や5になってしまったが)四人は、何も言わず、アイゼンがかつて居た城へと戻っていった。

 その後シムシは首相不在となり、一時的に【5元帥制】がとられることとなる。

 それがシムシの未来とどう関わるのかは、また別の話になるだろう。

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「ただいまー皆の集!」

 アトラは元気よく城の正門を開けた。

「あー! 見つけた! 王だぞ!」
「捕らえろ! ふんじばれ! 絶対逃がすな!」
「シシ様を呼んで来い! あんた何処行ってんだよ!」

 家臣たちの盛大なお迎えが待っていた。

 ------------------------

 クサモチはカイドのある小さな図書館で、本で顔を隠し、静かに眠っていた。

 麗らかな朝の日差しが窓際の花を優しく照らす音。数人の図書館利用者が時々ページをめくる音。思い出したようにさえずる小鳥達。

 最上級だった。

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 ザクロとポチは、衆の集落、『ステラ』へと戻っていた。アトラは散々カイドに来いと引き止めたが、二人が(ポチはともかくザクロまでもが)強くステラ行きを希望したため、アトラは了承するしかなかった。
 砂漠の道を少し越え、見えたのは小さな小さな集落。唯一の観光名所だった『癒しの泉』は先日謎の大火災&大干上がりでボロボロになっており(原因は二人とも察していた)、他のプレイヤー達から見れば何にもない集落なのだが。

 二人は帰ってきた。二人にとってはその集落には、何か大切なものがあるのだろう。

 -------------------------

「さて、どうしようかな。ゴッドレスを結成するというのも、なんだか芸がないな。んー? 今回の失敗は意外と痛いな? だけど、うん、退屈しのぎにはなったね……」

 ネコがアメツキの背中から飛び出し、肩に乗った。

「あ、こら、また勝手に出て……ん? そうか、そうなのか……」

 独り言を呟きながら、アメツキは人ごみの中に消えていった。

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「ぎゃはははははははは!」

 あるお店で

「ひーははははっはあっはっは!」

 初心者風の男、その名も『NET』。

「あはははははは! 涙が出てくる!」

 ロッカク堂店主『シンカ』。

「……」

 両名に思いっきり笑われ、赤くなりながら頬を引きつらせているアレックス(イレブン)の図。

「全世界中継してたぜ! 愛の告白! だーっはっはっは!」

 かつては【神速】の10と呼ばれていた元老7−10(前世の本名不明)は転生し、『NET』となって再びアレックスと再会していた。そして思いっきりアレックスを笑っていた。

 突然NETは笑いをピタリと止め、キリッとした表情を作った。

大丈夫だから。

 俺が守るから


 ……

 ……ぶっ

「だーはっはっはっはっは!」

 同時に笑い出すシンカとNET。まさに抱腹絶倒の四文字熟語が相応しい笑いっぷりだった。

「イ……イレブンさん、グッジョブ……!」

 左手で腹を抱えながら、右手でグッジョブサインを出すシンカ。体全体が震え、呼吸も困難な様子だ。流石にアレックスも、ちょっとキたのか。

「……あのね。あれは、そういう意味なんかじゃありませんでしたよ……」

 と、おでこに青スジを立てながらも冷静に反論した。

「そ、そうか……」

 NETはそのアレックスの様子に流石に反省

「このロリコン野郎がーーーーーーー!」

 するわけがなかった。

 ブチッ。とアレックスがキレたのは必然であり、

「ええかげんにせえよ! このNEET野郎!」
「『E』を一文字増やすんじゃねー!」

 二人が店を巻き込むほどの大乱闘を始めたのも無理はなかった。

「外でやれい!」

 シンカに店外に弾き飛ばされた二人。プロの道路の真ん中に、二人で仰向けに寝転がった状態。

「……」
「……」

 青空はただ澄んでいた。時々飛んでいく鳥。何事かと自分達を覗き込みながら通り過ぎていく人々。

「……NETさん」
「……なんだい、アレックス君」

 アレックスはその場で勢いよく立ち上がり、NET、かつての10に手を差し伸べた。NETは薄く笑って、その手を取ろうとした。

 その時、アレックスの首に巻かれていた『再会のスカーフ』が風に吹かれ、大きく靡いた。

 まるで『再会』を、喜ぶかのように。
 

 

 

 --------------------

 

 

 あの後の余談。

 砕け散った卵のカケラ、サティンのカケラ、白い光の粒が、全世界へと降り注いだ。それらは世界の人々の傷を癒し、心を癒し、世界の継続を世界に伝えた。その光の粒達の中でも一際大きな光の粒が、アレックスの手のひらに吸い込まれるように降ってきた。アレックスはその光の粒を優しく手で包み、胸に抱いて、少し願った。

 その粒は最後には確かな感触に変わっていた。

 真っ白な、卵に変わっていた。

        Live chapter of Alex――END
 アトラ達が見守る中、

 【神】の卵が真っ二つに割れ、中から白い光の粒があふれ出した。そしてそれら光の粒一つ一つが集まり、人の形を徐々に模っていく。その光景は流れるように、割れた空も戦場も白く照らしながら続いていく。その模りが終わり、白い光が収まっていくと、神に食べられたはずのプレイヤー達が、目を閉じた状態で完全に再生されていた。

「【蘇生魔法】……いや、単純な【蘇生】か……。まぁ、ゲームじゃし……あり? ありかのう? ははは……」

 最後にクエスチョンがついたが、アトラはとりあえず状況を把握した。

 そこにはもちろん、ポチ、ザクロ、アレックスの完全な姿があった。だが、アイゼンの姿はなく、また、数は実際に神に食われたプレイヤーの半数以下だった。

「ログアウトしたプレイヤーは流石に蘇生不可ということか。ま、これだけの人数がログアウトしていなかったのも奇跡に近いがのう」

 白い光の人間構築アートが終わると、元の色配置が世界に戻り、プレイヤー達は次々に眼を開けていった。

「何を呆けとる、三人組よ」

 アトラがニヤニヤと笑っているのに対し、シムシ三人組は呆然とその光景を見ているだけだった。

「状況についていけません……」

 ローランは正直に答えた。

 -------------------------------

 戦場はざわめいていた。それはそうだ。死んだはずの自分が、突然またLive世界に戻ってきていたのだから。だが、アレックスは特に驚いてはいなかった。それよりも気になることがあった。辺りを見回し、状況を確認し、アレックスはそれを見つけた。
 割れた卵。その中から光の粒が出てこなくなると、そのままゆっくり上昇を始めた。

 それに気付いたのは、アレックスだけだった。

「サティ――」

 【神速】から卵に手を伸ばそうとしたときには、もう、

 割れた卵は一瞬で割れた空から飛び出す赤い顔と激突し、双方激しいエネルギーでせめぎあった。空が赤と白で染まり、点滅する。落ちてきていた赤い【神】の顔が苦痛で歪む。割れた卵は振り絞るように白く輝くエネルギーを放出し、そして。

「――ン?」

 赤い顔は割れた卵と一緒に砕け、拡散し、白と赤の光の粒がそのせめぎあいを見ていた世界中のプレイヤー達の元へと降り注いだ。【神】の意志を砕かれた空はゆっくりと元の青い空へと戻っていって、

 

 



 ――そして

151.神 後

2007年6月18日 LIVE
「はーずかしいーのう……」

 アトラは手で顔を覆った。ブラッド、ローランはうろたえ、青はうつむいていた。クサモチは既に寝ている。

 【ビデオレター石】によるアレックスの告白(?)は、混乱した【神】によって途中から全世界に向けて放送された。(一人残らずテレパシーで)

「だがこれは、パターン入ったな」

 アトラは世界の勝利を確信した。

「というか愛の勝利か。うわあ、自分で言ってみて死にたくなったわい」
「…俺あんた殺したくなった」
「のわー! 落ち着けクサモチ!」

 ---------------------------

 神は一時卵の中へ避難した。そこでもう一度自分を構築しなおし、再び完全、完璧なる【神】とならなければならない。
 卵の中で、自分の中のデータの整理を始める。時々体が崩れたが、それも卵の中でなら問題はない。
 ――だが、【神】から崩れた一部分が、ある少女の形を作ってしまったのは問題あった。

『神……なんだよね、私?』

 少女が口を開いた。自身の再構築に必死な【神】は、赤く血走った眼だけを少女に向けた。

『第二形態の私か。再構築プロセスで這い出してきたか。お前の役目はもう終わっている。消えて私に戻れ』
『第四形態の私、貴方が神……なら、なんでもできる……』
『うるさい、消すぞ? 元々お前があの【イレブン】とかいう不純物のデータを自分に取り込んだのが全て悪いのだ。エラーが多発しているから、お前の相手などしている暇はないのだが、【神】としては速やかにプレイヤー達を殲滅するために、邪魔なものは……』

『あなたは、薄っぺらいのね……』

 少女がその【神】に触れると、一瞬で【神】は分解された。雪のように【神】のカケラは卵の中を漂う。

 少女、サティンは、その雪の中で眼を閉じて、願った。
 ――所詮はネットゲームさ。

 

 誰が言ったのだろうか。

 まさしく私もそのとおりだと思っていた。

 だが、私はこの、【あなたは死亡しました。ログアウトしますか?】というメッセージに、いまだに答えることができなかった。

 仮想だろうと、なんだろうと、私はこのもうひとつの世界で何かを感じ、何かを学び、何かを失って、何かを得たのだ。それは立派にこの世界で『生きた』ことにはならないのだろうか?

 【あなたは死亡しました。ログアウトしますか?】

 (↓ただの回想だから読み飛ばしても構いません)

 何もわからないまま最初の平原に降り立って、ポチさんと出会い、街に行って、アメツキさんと出会って、ドラゴンに遭遇して、シムシ国に行くことになって、――アイゼンさんと出会って、7−3さんと出会って、モンスターとシムシとの戦争があって、―― 10さんと出会って ――、カイドを旅して、首都フォロッサの街並みに感動して、リヴァイアサンと遭遇して、街は壊されて、ザクロさんを助けて、私を守るために 10さんが 、 死んで、ゴッドレスフルファイアを憎んで、フォロッサ城に忍び込んだりして、アトラさん、クサモチさん、ヤミハルさんと出会ったりして、ザクロさんとは一緒に旅することになって、10さんの再会のスカーフを首に巻いて、中立国を横断して、トゥエルと出会って、衆に向かって、ポチさんと再会して、ポチさんを追うシムシの追っ手と戦って、ミノタウロスで、チョコの集落で周さんと出会い、ゴッドレスフルファイアと再び戦って、負けて、死んでしまいたくて、情けなくて、逃げて、逃げて、泣いて、トゥエルとシンカさんに助けてもらって、ようやく私は気付いて、三枚のメモを貰って、再び周へと向かって、     ――サティンと出会ったんだ。

 (以上終わり)

 あー……

 楽しかったなあ

 サティンは本当に何も知らなくて、どれだけ世界が楽しいのかも知らなくて、サティンにも、私が誰かに教えてもらったように、教えたくて。

 「そうだよ、楽しむのが重要なんだよ。好奇心を満たすのが重要なんだよ。人生でも、ゲームでも、仕事でも、何でも。だって、楽しいのは、楽しいもんな」

「楽しくないことも、楽しくして」

「もっと楽しいことを経験する為に、悲しみや憎しみは存在するのだと思って、楽観楽観」

「ま、そんな感じで、頑張れよ。最後に笑っていられるように」


 ――私もこれ以上ない笑顔で、サティンを迎えたい。

 【あなたは死亡しました。ログアウトしますか?】

 ---------------------------------

 いよいよ最後のひとつとなった。

 【神】にとってアイテムや装備品のデータにはあまり意味がない。だがその最後のひとつのアイテムが、【神】の完成を意味するならば、それはかなりの意味がある。

 虹色に輝く石だった。

 どのデータにも重複しない、最後に相応しい、美しい石だった。

 その輝きは本当は、至高の魔石『賢者の石』とは比べ物にならない程度のものだったが、もはや【神】にとっては、普通の石と賢者の石は同位。どちらもたいした価値はない。この石は最後だからこそ、【神】には輝いて見えるのだ。

 プレイヤー千人分の全てのデータ。それが今【神】に科せられた最後の枷。うっとおしいだけ、【神】に枷は必要がない。

 だがその石は、【神】にとってだけではなく、Liveに生きる全ての存在たちにとって重要な意味を持っていた。

 【解析結果】 【ビデオレター石】 【初心者の森で手に入る珍妙な石】 【発動条件、所有者以外が触れること】

 今、【神】は唐突に174番前に解析した一枚のメモに書いてあったことを思い出していた。

『これはある意味最強のアイテム。
 デオ……じゃなくて10さんなんか、喉から手が出るほど欲しがるでしょうね。

 ふふ――この石は所有者の思いを凝縮して他者に伝える、所謂ラブレターなのよ! 使い方次第ではどんなアイテムにも勝るモノを手に入れることができるかもしれないわ! まあ当然所有者のセンスも問われるんだけどね。

 良かったら後で見せてね、それとお金、ちゃんと返してね、  11さん? ロッカク堂店主――シンカより』

 ――イレ   ブ  ン?

 小さな声が、【神】の奥底から、聞こえた気がした。

 最後、最後がいけなかった。

 【神】の油断を生んだ。偶然か、必然か。

 真に触れてしまった。【神】は最も恐れたものに。

『……サティン、かな?』

 【神】の心の中に、アレックスが大きく映し出された。

 遮断。を遮断、中止を、中止、継続、違う、遮断! 否! 否! 違う! 継続だ! 違う違う!

『えーと…… なんだ…… その……』

 懐かしいあの人は、恥ずかしそうに手で頭をかいた……

 危険、エラー、遮断ヲ……遮断サレル、エラー、エラー

『あー! なんて言おう! 今、サティン、君がどうなっているかわからないんだけれど……これだけ言っておくよ!』

 意を決したように【神】――ワタシ、サティンを真っ直ぐに見つめたイレぶン。エラー、警告、エラー、えラー、エらー。【神】は自分の中の何かが壊れテいくのを感じタ。

 『――大丈夫だから。

 ――世界はいつでも優しいし……、

 私が必ず、君を、守るから』


 イレブン――アレックスのこれ以上ない笑顔を、サティンは見て。

 いつのまにかサティンもこれ以上ない、最上級の笑顔で、笑っていた。そして泣いていた。

149.神 前

2007年6月16日 LIVE
「……【大雷弾】」

 突然現れた大きな雷が、アメツキを完全に捕らえた。雷に呑まれ吹き飛ばされたアメツキは、木にぶつかって変な方向へ体を曲げた。

「…………とりあえず殺してみた……」
「……驚いた、クサモチか。いきなり殺すのはどうかと思うが、実際は助かった……のかの? ……ん、オルゾフはどした?」
「……」

 しかめっ面をするクサモチ。

「そ、そうか。すまなかった。ちなみにお前が今吹っ飛ばした、あのアメツキとかいうやつも、どうやら【ゴッドレス】と関係があ……」
「やれやれ、いきなりひどいですね?」

「!」
「!」

 二人が気づいた時にはもう時既に遅し、アメツキは消えていた。最早目的は達成されたのだ、とでも言うかのように消えていた。

(早く戦場に向かったほうがいいですよ。ま、もう遅いんですが)

 何処から聞こえてくるのかわからないアメツキの声が、森の中を反響する。アメツキの気配は一瞬で消え去り、森の中は静かになった。

「……また……逃がした……か……。……嗚呼、……頭痛が……」
「んなこといっとらんで、行くぞ! クサモチ!」

 このごろ敵を逃がしてばっかりで、頭を抱えるクサモチのローブを片手で引っ張り、アトラは不穏な空気が渦巻く戦場へ向かって走り出した。

(アメツキは明らかにあの雷を食らっていたはず……。どういうことじゃ……?)

 アトラの思考がまとまるのを待たず、空が、怪しい雲行きの空が、ゆっくりと真っ二つに分かれていく。まるでモーゼの海割り空バージョンのようだと、アトラは唖然とするしかなかった。

 ---------------------------------

 膨大なデータ。

 それら一つ一つを高速で処理する。

 能力、人格、スキル、体力、魔力。

 一つ一つ処理する。神となるために。

 そして拾い上げたのは――

 ――【アレックスの記憶】。

 …………。

 ――いらない。

 そのデータはもう私に取り込まれた。だから完全に消し去るのは不可能。だが、もう私はそのデータを見ることはない、できない、私の最深部へと封印した。

 いつもこの名前は、私の何かを壊す。経験でわかった。私にとっての弱点。ウィークポイント。【神】の唯一の死点。無駄な処理が省かれていく。いつか第三段階の【私】も消えるだろう。

 【神】に意思は必要ない。

 ――流石に最終段階の処理は時間がかかる。でも、もうすぐ、   終わる

 -----------------------------------

 【無神】は目を瞑り、宙に浮き、体を丸くまとめて、巨大な光球に包まれ、静かにその時を待っていた。
 宙に浮かぶ巨大な光の球。それは外部からみればまさに【太陽】であった。その球から放たれる暖かくも冷たい光は、何の意志も感じられないので、ただ純粋な【光】でしかなかった。
 さて、もしも【神】に意志があるのならば、【神】がこの世界に顕現したときそれは現象となる。【神】の意志がその世界での現実となるのだ。それがこの世界のルール。決められたこと。それをよく覚えておこう。
 【無神】の体が分解され、【神】の体へと変換されていく。とはいえ、そこに大きな変化は無い。肌が全て真っ白に染まり、黒かった髪も全て真っ白になった。服は必要ないと消されて、変わりに力場のようなものが【神】の体の回りを覆った。ぐらいだろうか。

 真っ赤な瞳はそのままで。人の形もそのままで。

『……目覚め』

 まだ全ての処理は終わってなかった。だが、【神】が望むのなら。

 光の球が割れて、中から全身真っ白な肌をした女性が出てきた。体の回りは白い雪のようなもので覆われているが、実はその雪の粒一つ一つに都市一つ消し去るエネルギーが圧縮されていることを【神】以外知らない。割れた太陽の卵の上で空を見上げて

『……滅び』

 【神】となった女性は言った。そして――【神】が望むのならと、

 ――空が真っ二つに割れた。不気味な暗雲の間から、もっとヨクナいモノが顔を出した。

 まるで血のように赤いもう一つのソラ。液体のように揺れ動く赤い空が、顔を出していた。

 -----------------------------------

 中立国にある都市、【プロ】でもその現象はもちろん観測できた。
 分れた空、血のようなもう一つの世界。

「うん、こんな空は『終わり』という言葉がしっくりくるよ。メモはちゃんと読んだ? 私はまだお金を全部返してもらってないわよ?」

 ロッカク堂店主シンカは品物の片づけを一旦中断し、背伸びをして眼鏡のズレを直した。

「11さん、頑張ってる? というかちゃんと頑張ってた?」

 -----------------------------------

 アトラとクサモチはやっと森の端にたどり着いていた。戦場まではまだ距離があったが、その威圧感は嫌というほど感じていた。

 ――【神】の力を感じていた。

「……終末」
「不吉な言葉を吐くな馬鹿者!」

 アトラはクサモチを一喝しながらも、実は後手後手に回ることになってしまった自分の不甲斐なさを悔やんでいた。せめて、本来の力ならばと……仕方がないことを考えていたときだった。
 シロトラがある方向を向いて唸っていた。その方向からは、男女数名の言い争う声が聞こえた。

「ちょっ! 青先輩! ああなっちゃったら無理ですって! 逃げましょう!」
「逃? 否! 何処!? 我、行!」
「そんなー! あれ、半端じゃないですよ! せっかくミラクルで助かったんですから!」
「退!」

 腕や腰にしがみつく情けない男性二名を振りほどき、青は迷い無く今まで使っていたスナイパーライフルを放置し、戦場に飛び出した。

「あー、もう!」
「やっちゃったー!」

 と言いながらも、後ろの二人も続けて戦場に飛び出した。当然三名は【神】にプレイヤーと認識されることとなる。

「ふふ、中々、熱いのぉ、三人組」
「へ?」
「え?」
「何?」

 三人の後ろに続き、アトラ、シロトラ(とほぼ強制的にクサモチ)も戦場に飛び出していた。

 -----------------------------------

 当然、【神】はスキルを発動する。

 思ったことが現実になるチカラ。またはチート。

 【神の現象】を。

『……消え…

「……【クリアフィールド5人分】」

 【神】が(視認している五人が消える)と考える前に、五人はクサモチの魔法によって数秒透明になった。【神】の意志、(視認している)の部分に誤りが出る。

「よくやったクサモチ!」

 アトラが親指を弾いて音をだした。

「…持続時間約10秒」

 今までで最短のレスポンスを見せるクサモチ。

「短ッ! だがどうせ相手は【神】じゃ! 10秒も待ってくれんか!」
「透明化魔法!? 貴方達は一体!?」
「んなこと言ってる場合じゃなかろう!? 何か策は!?」
「無」

 といいながら、青は全身から何処にしまっていたの、といいたくなるような量のライフルの部品を取り出した。その数、実に数十個にのぼり、それを約五秒で組み立て、【神】狙撃体制に入ってしまったのだからすさまじい。

「【PG−S狙撃銃、魔法弾仕様】」

 長距離用スナイパーライフルでありながら距離が近いほど威力が上がるという無茶苦茶なライフルの名前を、実は初めて言った漢字以外の文字を織り交ぜ1秒で呟いた青は、1秒でアレックスを殺した【神】の頭に狙いをつけ、引き金を引いた。

 発射された超強力魔法衝撃弾(一転集中型)は、正確に割れた光の球体の上に立ち、空を見上げていた【神】のこめかみを貫いた。

 -------------------------------

『……治る』

 そう、治る。処理は八十パーセント。もうすぐプレイヤー達が所持していたアイテムや装備品の処理にも入る。それが終われば私は完全となり、

 赤い空にいる私が降ってくるだろう。

 空の間から垂れてくる赤い空は、苦悶の表情となって、確実にこの世界へと入ってきている。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 赤い空の顔は、私、【神】の顔。

148.終焉5

2007年6月15日 LIVE
 血の雨が降る中で、その光景を見ることができたのは、偶然生命反応が恐ろしく乏しかったポチ、ただ一名だけだった。第二陣、三陣約二百名。

 全滅

 一瞬ともいえない、小さな小さな時間のハザマで。それは起こって、終わった。

 【無神】の視界に入る、プレイヤーといわれたモノは

「あ。取りこぼし  てた」

 最後にポチが【無神】に首をとられて、全ていなくなった。

「有視界、クリア、クリア」

 どこかにバグが発生したのか、思考に無駄が発生。だが【無神】はもはやそんな細かいことなど、気にしはしない。

 両手を広げ、適度に曲げ、背中を反らし、口を大きく開け、眼を見開き、大きく息を吸うように、

 そこにある全ての【プレイヤーだったモノ】を、その体内に蓄積する行動

 プレイヤーの肉片、スキル、体力、魔力はもちろん、装備品、血の一滴まで、全てを

 喰うとき

 細かいドットが一斉に【無神】の小さな口に殺到する。圧縮され、奔流し、暴れて暴れてその口にたどり着き、食われるプレイヤー達。

 その情報が体内に入った瞬間、全て読み取る【無神】。

 並行処理カウント:

 867

 889

 905

 937

 967

 988

 ------1000

 【無神】の中の、何かが変わる。

 第一形態:卵

 封印されし、禁忌の卵。

 第二形態:人

 その名も、サティン。

 第三形態:魔

 圧倒的な力、恐怖の魔王。

 第四形態:神

147.終焉4

2007年6月15日 LIVE
 アレックスは暖かい光に包まれていた。それは、まるで、「お疲れ様です」と言っているかのようで、とても心地がよかった。外で聞いたときは、あれほど悲しかった天使の歌声も、

 その中では、何よりも優しく聞こえた。

 -----------------------

 トゥエルが白い光に包まれていく主の下へと走り出す。

 サティン――【無神】はその振動によって、戦場へと落ちそうになった。

「やった! アイゼン様があいつを倒したぞ!」
「だ、だがいそげ! 【無神】が目覚める前に!」
「いや、それよりもアイゼン様の手当てが!」

     ―  ―   う ― ―る ―さ ――

「うお! まだこの馬暴れやがる!」
「囲めて押さえつけろ! 生け捕りにすりゃ高く売れるぞ!」

 兵士達には、まだ退却命令が届いていなかった。トゥエルはアレックスの元にたどり着く前に、大きな衝撃魔法に倒され、サティンは眼を見開いたまま地面を転がった。

 (―― ――五月蝿い……)

「よぅし! そっちの【無神】にトドメをさせ! はやくs」

 自主規制

 五月蝿いうるさいうるあしあいさいうるさいうるさいうるさい! 五月蝿い! うるさいいいいい!

 ―― 散乱する○、○、○、五十余名の血の池、つらぬき、なげつけ、つぶし、引きちぎった。プレイヤー達は声をあげる間さえなかった。血の雨が降る、【無神】は笑った。

 倒れていたトゥエルに血の雨が当たる。白かった体躯は全て赤に染まってしまった。

 自分でやったことに何も感じなかった【無神】は、ある目的のために移動する。

 まず、昇天しかけていたアレックスの胸を後ろからその兇器の腕で貫いた。アレックスは口から血を吐き出し、後ろにいる【無神】の表情を見ようとして、力尽きた。もはや何かする力は残っていない。
 恍惚の表情で空を見上げ、笑っているアイゼンを細切れにして、【無神】は大きな声で笑った。

「あーはっはっはっはっはっ!」

 返り血は全て避けることができた。だが、あえて全て被った。ついでに、ほぼ昇天し、消えかけていた首だけ白魔法使いの体を遊びでバラバラにしてみた。ただただ【無神】、

 最早【無心】。

146.終焉3

2007年6月13日 LIVE
 アレックスは、その左手だけは、放さなかった。

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「あなたも、見たくありませんか? カイド国王アトラ」

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 笑いながら倒れていくアイゼン。

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「ひとつの大きな世界の終わりを――」

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 トリガーは引かれた。

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「単純な興味もないとは、」

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 戦士達と戦っていたトゥエルは絶叫し、

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「言い切れないでしょう?」

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 その背中で眠っていたサティンの眼が

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 アメツキは不敵に笑った。

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 見開かれていた。

145.終焉2

2007年6月13日 LIVE
 先ほどまで晴れていた空が、今は暗雲に包まれていた。

「退け、ワシは急がねばならぬ。殺すぞ」

 アトラと、木の陰に潜む男、

「……こわい、こわい」

 アメツキが対峙していた。

「貴様か? 全ての黒幕は?」
「……なんでそうなるんですか」
「思わせぶりな登場の仕方をしよって。それで決定じゃ」
「……ひどいな、全部アイゼンさんのやったことじゃないですか」
「何故知っている?」
「……」
「何故アイゼンはああなった?」
「……知りませんよ」
「嘘じゃな!」

 突然アメツキの後ろから巨大な爪が飛び出した。もちろんその爪はシロトラの爪で、アメツキが隠れていた木を一撃でへし折ったが、

「……突然ですね」
「ワシは何も指示しておらん。シロトラがおぬしは【悪】だとよ」

 平気な顔でアトラの後ろに立つアメツキ。

「……言っておきますけどテレポートって強いんですよ?」
「言っておくがワシは最強じゃぞ?」

 アトラの回し蹴りが後方にいるアメツキを襲う。だが、それもまるで予測していたかのようにテレポートで避けるアメツキ。次に現れたのは樹上。

「何かと組み合わせとるな、パートナーか」
「……ええ、まあ、自衛手段くらいはありますよ」
「時間稼ぎか」
「……何のことを言っているのかさっぱり……」
「ワシはお主のようなヤツが一番嫌いじゃ」

 シロトラの二回目の攻撃。だが、アメツキを捉えきることはできない。太い木の枝を何本か折っただけで、シロトラは地面に着地した。

「……疲れるからやめましょうよ?」
「オーヌーシー」
「……わかってるんだよ、アイゼンとの戦闘で魔力が全部尽きてることも、本来の武器を現在持っていないことも。人の心配とか、してる場合じゃ……ないですよ?」


144.終焉1

2007年6月13日 LIVE
 ――その天使の歌声は

 神速で空間に血で線を描く。

 ――あの時以上に遠く、儚く

 跳躍、アレックス、自分でも驚くほど高く飛べた。

 ――だが歌声、聞こえた、確かに

 左手でナイフを強く掴む、血が出るほどに。

「リバース! アイゼエエエエエエエエエエエエエン!」

 叫んだ。声にならない声で叫んだ。バシン、黒く禍々しいナイフを振りかざす。

「トリガーが必要だ、トリガーが必要だ。トリガーガヒツヨウダ」

 アイゼンの眼は、もはや焦点が定まっていなかった。アレックスを受け入れるかのように、両手を広げていた。
 そのナイフは、アイゼンの脳天に綺麗に、突き刺さった。

 黒い稲妻、吸い上げる命。

 アレックスは両足をアイゼンに掴まれたことに気付けなかった。

「【ぜぜ、ぜぜぜったいりょりょりょういキ】」

 アレックスの両足は綺麗に粉々になった。

143.終演8

2007年6月13日 LIVE
「え……? 7−3……ロ……ロスト!」
「し、しかも今しがたの情報によると! は!? アイゼン様が現れた!? と!」

「……」

「……ど、どうなさいますか? 7−4様……?」

「……んー……アイゼン様によって7−3が倒された……か……」

「……は? な、何を!」

「……それ以外ないでしょうに……」

(……あー、今になって嫌なこと思い出したな……。だーれも入れん密室のはずの禁具庫にプレイヤーが入った痕跡が残っていたとかなんとか……)

 7-4は、7-3の死をなるべく考えないようにしていた。

(……本当に、なんで今そんなことを思い出したんだろう……。……ま……とにかく、五百人ぽっちじゃもう……無理か……)

「……全軍撤退」
「……は?」
「……聞こえなかった?」
「……は、はい、了解! こちら、総司令部! 全軍へ通達! 総司令、7−4様の命により……」

 7−4は、もう眠りたかった。

 -----------------------

「退け」
「退きません」

 全軍撤退の知らせが届く直前。ザクロとアイゼンが対峙した。

「ザ、ザクロさ」
「アレックスさんは黙っててください」
「そ、そんなこと……ぐっ」

 その時、情けなくも全ての力を右腕の傷口に持っていかれたような疲労感で、アレックスは立ち上がることさえもできそうにない状態だった。

「……退け」

 有無を言わさず、アイゼンはザクロの首に片手をかけ、持ち上げた。

「……やり直さなければならない、もう一度作り直さなければならない。もう一度、何度でも、世界、神、創造、完成」

 ブツブツと何事かをつぶやくアイゼン。その手に迷いはなく、ザクロの眼にも迷いはなかった。

「消えろ、【限定絶対領域】」

 アイゼンの片手に集中した黒いオーラが、ザクロの首を吹き飛ばした。

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああ!」

 右肩口、傷口から血が噴出した、それでもアレックスは、立ち上がった。

142.終演7

2007年6月12日 LIVE
「アイゼン様ぁ」

 突然敵の位置がわからなくなった7-3。だが、そのままスピードを落とすことはしなかった。できなかった。

「見えない! 何も見えません! アイゼン様あああ!」

 あまりの速さに線のように見える周りの景色。レーダーがなければ、何も見えない。何も見えない。何も見えない。

 しかしなぜか7-3は、黒い点だけ見つけることができた。アイゼンとは対照的な色。なのに、懐かしい。

「アイゼン様ぁああ!」

 そこに向かって、7-3は疾走した。

 ------------------------------

 しばらく迷走した高速移動物体は、ある邪悪な黒オーラを持つ人物にぶつかり、四散した。

 昇天した。

 現れたのは、黒いオーラを纏う、アイゼン。だが全身の鎧はボロボロで、オーラも今しがたの衝突を防ぐために右腕だけに展開するのが精一杯な程度の弱さになっていた。

「無駄な力を使ってしまった……」

 ざわめくプレイヤー達。行方不明と聞いていた一国の王とも呼べる者が、変わり果てた姿で現れた。

「だが……トリガーが必要だ……」

 おぼつかない足取りで、アイゼンはアレックスの方へと歩き出した。

 -----------------------

「何故お主がワシの前に立ちはだかる?」

 戦場へと急いでいたアトラは、その途中で意外なプレイヤーと出会っていた。

「……退屈だから……かな」

 本当に、意外な。

7−3:アイゼンの手により、昇天

141.終演6

2007年6月12日 LIVE
 acceleration...acceleration...acceleration...acceleration...acceleration...acceleration...

 Ω...acceleration...

 Protection device separation...

 Completion

 ------------------------

 7-3はアイゼンに拾われ、アイゼンに最強の肉体を貰った。アイゼンに褒められ、アイゼンに最強の盾を貰った。

 そして、最強のエンジンを貰った。

 7−3の全ての駆動の元となるエンジンは、同じ7系エンジンの中でも最強の出力を誇る。そうなるように設計されていた。
 本来物理防御バリア装置とジェット移動装置へ同時にエネルギー供給するエンジン。今そのエンジンのエネルギー全てが、【速さ】、その一点へと注がれている。

 それはまさに、シムシ国【最速】。

 -------------------------

「ぐふっ、大丈夫ですかアレックスさん」
「あなたが大丈夫ですかポチさん!」

 まずアレックスの思うところは

「何故!」

 だった!

「話す暇もないようです。ポイントは敵の私達の位置の察知方法!」

 地面を切り裂き、プレイヤー達を吹き飛ばし、時には昇天までさせながら、その高速移動物体は私達に確実に迫っていた。プレイヤー達の阿鼻叫喚。と思っていたらもう目の前に

 青いマントが翻る。

 2合目。ポチの青いマントは引き裂かれ、宙に舞った。それに赤い液体がいくつか付着し、

「ポチさん!」

 アレックスは叫んだ。だが、アレックスは見た。ポチがニッと笑っていたのを。そのポチの剣先に、小型の装置が突き刺さっているのを。神業をなした瞬間。

「これで目は……奪いました……よ」

 無理が祟ったのか、ポチはその場に崩れ落ちた。

 ポチ:7−3のレーダー装置を破壊後、戦闘不能。

140.終演5

2007年6月12日 LIVE
 横を通り過ぎたのは灼熱の、そして絶対零度の、殺気。右腕は血の霧となった。アレックスの右腕は、完全に消滅したのだ。

「あ……」

 ドキュンと、ジェット音が後ろで聞こえた。方向転換だ! 今頃になって【危険察知】。否。察知速度を超えている。いや、認識速度を超えている。なんだ、なんなんだこれは。か い ひ!

 通り過ぎたのは、爆発音だった。

 左側を猛スピードで通り過ぎた物体は、その前方に広がっていた【無神討伐隊】のプレイヤーさえ弾き飛ばし、またアレックスに迫ろうとした。その時【危険察知】によって両腕を失うことはどうにか回避したアレックスは、風圧によって倒れていた。

 【危険察知】。フリキレタ。

 

 

 ……だから?

 アレックス、乾いた笑い。死などとうに覚悟していたが、こんなわけのわからない終わり方は夢にも……。アレックスのそんな思考さえ間に合わない。アレックスの目の前に青いマントが突然現れた。それは超高速で動く物体を受け流し、なお立っていた。遅れてその時の衝突音がアレックスの耳に届く。トゥエルはようやく異常に気付いてアレックスに目を向けた。

「ごふっ」

 青いマントの人物は、その一回の衝突で血を吐いた。そしてアレックスは初めて右腕に暖かいものが触れていることに気付く。

「動かないで、止血しています」

 青いマントを羽織った隻眼の剣士ポチは、次のアタックに備えた。だが、自身で限界がわかっていた。次、終わり。
 白のヒーラーザクロは、アレックスの右腕の治療に全力を注いでいた。だがわかっていた。間に合わない。全てが。

 状況は、特に戦場では、めまぐるしく変わる。

139.終演4

2007年6月12日 LIVE
 ここは、司令部。

「第一陣、戦士部隊突破されたようです!」
「遠方からの援護射撃があった模様! 位置特定完了!」

「……ま、いいや、ほっとけ……」

「は? し、しかし、7−4様!」

「……7−3が、もういった……」

 7−3は忽然と姿を消していた。その速さは7−4もいつ消えたかわからないほどだった。そういえば【無神】保護者出現の報告から口数が少なくなっていたな、と7−4は思い出していた。

(……怖いな……)

 7−3がいた場所に、わずかに残る冷気、主に殺気。7−4は、終わりが近づくのを感じていた。いろいろな意味で。

 -----------------------------

 そして戦場では。

「さて、と」

 もうひとつ、転機が必要だった。何せ、第一陣を突破したとはいえ、現在は実質第一陣と第二陣に挟まれた状態だ。挟み撃ち。数十秒もしないうちに完全に包囲され、二人そろって昇天は目に見えていた。

「だが」

 日ごろの行いが良い為か、第二陣の一部の戦士達が空に舞い上がった。すかさずアレックスは【神速】で第二陣すらも突破。そして白い一角獣と合流した。

「また置いていって悪かった、トゥエル。そしてまた助かった、ありがとう」
「ヒヒン!」

 うれしそうに鳴いたトゥエルは、角を横に振って、二十人ほどのプレイヤーを一気に吹き飛ばした。プレイヤー達の悲鳴が木霊する。

「うおおおお!」
「うわああ!」
「なんだあいつ! 幻獣クラスだぞ!」

 広がる波紋、衝撃は、今の状況打破に十分なもの。

「よし」

 密かにアレックスは確信していた。い け る。

 スナイプで倒れ、トゥエルの暴風に吹き飛ばされ、隊列を乱すプレイヤー達。今は【無神】と呼ばれているサティンをトゥエルの背中に乗せ、自らもその隊列乱しに加わろうとしたその時、その時。その後ろから迫ってきた高速移動物体に、右腕を吹き飛ばされるまでは。

138.終演3

2007年6月2日 LIVE
 いつか聞いた鋭い風切り音が私の前にいた戦士を弾き飛ばしていた。

 その隙を見逃さず、私は包囲網の第一陣を突破することができた。

「……えっ?」

 予想外の出来事である。サティンはまだ私の腕の中でフリーズしていた。

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 そこから一キロメートルほど離れた地点。

「あ、あ、あ、あ、青先輩ィ〜!?」

 素っ頓狂な声を出すブラッドがいた。

「え、え?」

 きょとんとするローランがいた。

「気、散。黙」

 冷静にアレックスを狙撃で助けた青がいた。相当な距離で、玉は特殊な魔法弾である。当たった戦士は死にはしなかった、が。

「な、な、何故仲間を撃ったんですか!? 【無神】はあのアレックスとかいうやつが守ってるんですよ!?」

 ローランがもっともなことを言った。

「そ、そうだよな! そうだようん!」

 ブラッドが多少混乱し、

「……」

 一時、沈黙がその場を支配し、

「……」

 ――ポッ

 青が頬を赤らめt

「あ、ああああああああああああああああああああ!!!」

 ブラッドが突然頭を抱えて叫んだ。

「え、えええええええええええ! ま、まさか青さん……」

 ローランはこの世の終わりのような表情をしている。

 ――再び青が頬をあk

「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! NO! STOP! ちょ、ちょまって! あ、あれだ! 兄としてそう簡単に妹を渡すわけにはいかん!」
「誰、兄」

 ズンと、青に一発で沈められたブラッドは、その場で真っ白な灰になって大気へと消えていった。(ような感じがした)

「ま、ま、まさかまsk! くぁwせdrftgyふじk先輩まさかアレックスとかいうやつにほれt」
「馬鹿野郎! 皆まで言うな馬鹿ローランがああああ青さんがあんなやろうにほれtなんて!」

「両方馬鹿」

 阿鼻叫喚なブラッドローランを急所二発で黙らせ、青は黙々とアレックスを狙撃で助けた。

「な……ない……、ない、ないだろ――これは……!」

 涙で川を作るブラッド、

「あはは……お花畑だー」

 違う世界が見えているローラン。

 青は完全に無視して狙撃を続けた。

137.終演2

2007年5月26日 LIVE
 (アイゼンと出会ったころ……? ふん、そんな遠い昔のことは忘れてしまったわ。

 ――視界が狭まる。

 遠い昔、楽しかったといえば……楽しかった様な気もするが……。

 ――音が消える。 

 国? 戦争? なにも思わんかった。ワシもアイゼンも、わかっていたことなのじゃ。

 ……。

 というかワシは、こういう回想が好きじゃないし、似合わない)

「【圧魔力】」

 アトラの右手にアトラのすべての魔力が圧縮された青い球体ができあがっていた。魔球の中では、アトラの全魔力が暴れまわっている。『圧縮した魔力を対象に打ち込む』、ただそれだけの、もっとも単純明快な攻撃方法。だが、その攻撃の純度密度攻撃力は魔力に比例する。魔力の高低が顕著に現れる技なので、初心者にはオススメできない究極の技。

 アトラ、アイゼン両名に躊躇はなかった。

 黒剣にやはり全ての力を込めたアイゼンは、それでアトラの右手を分断しようとした。だが、それより先にアトラの『圧魔力』はアイゼンの黒剣に触れていた。

 アイゼンの【絶対領域】は一瞬で吹き飛ばされた。そこで【絶対領域】は絶対ではなくなった。【領域】はまるでタバコの煙のように、さらなる強大な力によって、剣から、アイゼンから、綺麗さっぱり取り払われた。それはまるで、悪魔祓いのようだった。黒いオーラはまるで嘘のように大気に静かに消えた。
 続いて、アイゼンの愛剣ツーハンデッドソードが、その魔力球に触れた場所から粉→粒子→無の順番に変化していった。音もなく、静かに。

 そのまま順調に行けば、きっとアイゼンは体の一部か全てが消し飛んでいたのだろう。

 だが、この因縁はこの物語では終わらず、次へと続く。あと0,1秒を待ちきれず、シロトラがアトラに飛びかかったからだ。突然の奇襲に微妙な魔力コントロールを可能にしていた超集中を切らしたアトラは、圧縮された全魔力を盛大に暴発、爆発させた。

 ふとアイゼンと自分と周、三人で笑っていた頃を思い出したアトラ。

 ――それらは砕けて拡散した。

 ----------------------------------

 アトラが目を覚ますと、そこにはもうアイゼンの姿はなかった。シロトラが済まなさそうに背中を丸めているだけだった。

「……久しぶりに呼んだから遊びたい気持ちはわかるが……。お前はあと少しが待てんのか、シロトラよ」

 キューンと鳴いて、シロトラはさらに深く反省した。パートナーのしつけがあまり得意ではないアトラは、ま、こういう場合もあるかと考えた。むしろ、こうなることがわかっていたのか、あまり落胆はしなかった。

 まだまだ腐れ縁は続くようだ。まだまだこの縁は、深い闇へと向かっているようだ。

 

 ――アトラは空を仰いだ。
 哀れ、蜘蛛の巣にひっかかったような状態になったオルゾフ。

「お前! ふざけた真似しやがって! どうなるかわかってんだろうな!」

 もはや、叫ぶことしかできなくなった様子。それを眺める初心者風の男、その名も「NET」。

「ふざけた真似!? 俺は真剣だっつーの! 神がかり的罠センスで目標の軌道予測! この網は仕掛けるのに二時間かかったし! あとめっちゃ重いし、大きいし、持ち運びに不便だし! でもそこが逆にいい!」

 NETは親指をつきだし、「グッジョブ」をした。彼は変わったアイテムが大好きなのだ。

「さあ、返してもらおう、もとは俺のものだったアイテムさ」

「……お前、まさか……」

「正体を探るなんて無粋な真似はするなよ。俺の名前を逆から読んだり、するなよ」

 NETはそれだけ言って、オルゾフの懐から名前隠し君を取り返した。

 --------------------

 一度目の「ソレ」とアイゼンの衝突で、地面が数メートル陥没した。地面は揺れて周りにあった木々が何本か倒れた。

 言い忘れていた。「ソレ」は巨大なトラだった。現実世界でもかなり珍しいとされる、ホワイトタイガーと似ていた。白い体躯に、青い縞模様。中国の四聖獣である白虎を連想させる幻想的であり、強い力を感じさせる体。大きさは規格外だった。体長はゆうに三メートルを超えていた。

 シロトラが一旦アイゼンと距離を置いた。実際は物理リフレクによって攻撃を跳ね返されたのだが、シロトラにダメージは全くない。
 一瞬シロトラに意識がうつっていたアイゼンは、その一瞬に全く反応できなかった。右後方からアトラの掌が魔力をまとってアイゼンの背中の死角に突き刺さろうとする。
 ガラスの割れる音がした。しかしアイゼンの黒い絶対領域に変化はない。構わずにアイゼンは黒剣を背中までなぎ払った。

 その剣圧は土や手頃な石を全て巻き上げ小規模の爆発にも似ている威力だった。まともに喰らったように見えたアトラ。しかし、アイゼンがその確認をする前に、シロトラが咆哮をあげながら飛び掛る。

 シロトラの能力【フラッシュ】が発動した。シロトラの全身の毛が逆立ち、青い島縞模様が消えてシロトラは正真正銘のシロトラになった。

 そして大爆発した。光の束が確かなエネルギーとなって多方向に拡散する。

 ポケモンやドラクエならば「大爆発」を使用したモンスターは普通戦闘不能になる。死ぬ。
 だがそれをノーリスクで切り抜けるのがシロトラである。ヒゲが少し焦げた程度でシロトラは無事に地面に着地した。

 くそー、だから呼ぶのはやめときたかったのにのう、とつぶやきながら、大爆発によってボロボロになった「王」Tシャツを無理やりタンクトップ風にしたアトラは、消えかけた絶対領域を再構成しようと奮闘するアイゼンの前に立った。

「終わりじゃアイゼン」

 埃で汚れたエメラルドのツインテールが、アトラの右手に圧縮された魔力から出るエネルギーの風圧によってなびいた。おかげで埃はとれ、魔力の放つ青や白の光でアトラの髪はその色をころころと変えた。アトラの表情はその光に照らされながらも変わらない。苦笑いから変わらない。
 アイゼンはそのアトラをひざをついた状態から見ていた。黒剣に『領域』の全てを集中させて、その激突を待っていた。

 結局複雑な何事も、最後は純粋な力比べ。

 --------------------

135.死2

2007年5月5日 LIVE
 アレックスは人を一人担ぎながら戦うのは初めての経験だった。難易度は言わずもがな高い。さらに相手を殺せない、【不殺】の戦いとなれば、難易度はさらに上がった。

「いや別に殺せないわけじゃないんですけど……」

 足払い。倒れたシムシの戦士。そのタイミングにあわせるようにして飛んでくる炎や雷や水鉄砲、剣、斧、槍エトセトラ。アレックスは【危険察知】でその全てを上手に避けきるのが不可能だと悟った。【神速】を使わざるを得なくなる。

「ぜはっ!」

 ひとまず攻撃は避けた。が、もちろん体力の消費は通常の約二倍かそれ以上。神速で包囲網を一気に突破しようにも、人がまるで壁のようだ。神速はワープではないので途中で人にぶつかることになる。突破はほぼ不可能に近い。

 アレックスは人を殺せない。サティンに人を殺して欲しくないのだから、それは当然である。人を消して前に進む道はない。
 サティンは相変わらずのフリーズ。これはどうしたことなのだろうか、自惚れかもしれないが、自分の所為なのだろうか、そうであってほしいものである、とアレックスは考えた。

「大きく……、重くなったなあ、サティン」

 流れるように、立ちはだかる戦士達の足に搾取のナイフをトントンと突き刺し、行動不能にしていく。その作業は二百という数の前には無に等しい。

 お前はプレイヤーだろう!? 何故そいつを助ける! といった驚き、憎しみのこもった耳に痛い声も多数聞こえる。

「残念、そんなことでは私の愛は止まらないのだ」

 搾取のナイフで戦闘能力を奪う。の繰り返し。

 終わりはくる。いつのまにかアレックスは大量の汗をかいていた。同時に、完全に四方八方を包囲されていた。危険察知が全方位から危険を察知した。それでわかってしまった。数秒後の未来が。

 さて、死とはどういったものなのだろう。

 アレックスは、思った。

134.諦

2007年5月5日 LIVE
 『自分が敵』という言葉が相応しい。

 【無神】はまさしく自分と戦っていた。この世界で最強の生物にとって、一番の敵は最強の生物である自分なのだ。

 アレックス。何の変哲もないプレイヤー。抹殺対象。処理は以上で終了のはずなのに。

 駄目

 恐ろしいほどの歯止めがかかっている。

 精密な機械ほど一つの歯車が欠けただけで致命的に故障する。完璧な【無神】は完璧にフリーズし、一時仮想の中の現実世界で起こっている出来事から隔離され、仮想の中の自分の中で戦うことを余儀なくされた。

(処理。抹殺対象スキップ)

 流石に【無神】の決断は早い。対象:アレックスに原因があると考えた【無神】は、すぐさま対象をスキップ、つまり無視することにした。

 ……エラー。

 どうして? 対象について思考することは推奨されない。しかし何故かその思考を中断できない。そして理解不能な感情が次々と突然現れている。

 それは、僅かな喜び。

 戸惑い、悲しみ、苦しみ。

 どうやら完全に、私は壊れてしまったようだと、【無神】は一時諦めかけるほど追い詰められた。

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