53.泣

2007年1月23日 LIVE
「おい、お前! そこで何をしている!」

 ザクロさんの返事を待つ間もなく、後方から声がふってきた。おまえとは明らかに私のことだろう。

「あっ! えっ?」

 思いがけない事態に、ザクロさんは私より混乱していた。こういう場合、逆に私のほうが落ち着く。ザクロさんに迷惑をかけるわけには行かない。かといって王の間に入ることを諦めることもできない。
 刹那、私は体勢を低くした。考える間はなかった。自然と体が動いた。階段に向かって、一息に走る。いや、

 跳 ぶ 。

 背景がぐにょりと伸びて、線になっていった。こちらに向かって走ってこようとしていた二人の兵士の間を抜けて、私は階段を一瞬でのぼっていた。

 そう、まさに一瞬。

「なっ!」
「にっ!」

 突然目の前から消えた私の姿を探そうと、二人の兵士は前方をキョロキョロと見渡していた。私はそれを後ろから眺めていた。一瞬で遠くになった階下には、私の後を追おうとしていたザクロさんがいて……転んでいた。

「きゃっ!」

 階段にも絨毯が敷かれていた。転ぶ際にその階段の絨毯の端を思いっきり踏んでいたザクロさんは、勢いそのまま階段の絨毯をテーブルクロス引きのように引き抜いた。

「おわっ!」
「ぬっ!」

 まさしくテーブルクロス上のグラスだった二人の兵士は、盛大に階段の中ほどで転び、落ちていた。

「おおおわああああ!」
「ぎゃああああ!」
「あああ! ごめんなさい! ごめんなさいいいい!」

 半泣きになりながら、二人の兵士に回復魔法を施すザクロさん。申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちを残して、私は王の間に迷いなく入った。

52.誤

2007年1月23日 LIVE
「■△※◎×!?」

 なんとか悲鳴を口の中で止めて、私は大慌てしながら後ろを振り向いた。

(しーっ)

 そこには小さな口の前で指を一本立てて止めている、ザクロさんがいた。どうやら私の首に手で触れたのは、ザクロさんだったようだ。

(何をやっているんですか、こんなところで。どうやってこんなところまで入って来たんですか?)

 どうやらザクロさんは、私が侵入者だということに気付いているようだ。それでも、私のことを気遣い、兵士にはまだ報告していない様子。なるほど、これなら危険を感じないわけである。
 ザクロさんなら、協力してくれるかもしれない。

(ちょっと、カイドの王と会ってみたいと思いまして)

 これは、半ば嘘だ。が、これ以上に真っ当な理由は思いつかなかった。

(まずいですよ。今お城は、シムシのプレイヤーに襲撃されて、殺気立っているんですから)

 やはり、襲撃されていたのか。……あれ?

(……シムシ?)

 私は思わず、ザクロさんに聞き返してしまった。

51.冷

2007年1月23日 LIVE
 さらに警備は厳しくなっていく。が、私には危険が解る。つまり、安全も解る。兵士達を危なげなくやりすごす。
 ……行ける。物陰から先の様子を窺う。一際大きな階段がある。その上には大きな扉。おそらく、そこが王の間だ。間取りも巨大な雷が出た場所と一致している。王の間でなんらかの事件が起きたのは間違いがない。
 流石に、王の間へ、カイド兵に見つからず入ることは不可能なようだった。警備兵が二人、扉の前に立っている。二人とも、とても私では敵うレベルの相手ではない(危険察知A)。間違いない。

 ……どうする?

 ……どうしよう?

 殺すことは、もちろんできない。二重の意味でできない(私はプレイヤーを殺したくないし、警備の二人はかなり強いので殺せない)。かといって、戦わずに済むとは思えない。諦めるつもりもない。

 ……私はこんなに、無鉄砲だったかなあ……。……いいや、違ったはずだ。絶対、あの人の影響だ。ブツブツ。
 王の間の様子をちらちらと物陰から窺いながら、困っていると、ひんやりとしたものが私の首に触れた。

50.陰

2007年1月22日 LIVE
 城への潜入。は。
 簡単というか、最適だった。
 今更ながら、自分のスキルの優秀さを知る。

 【危険察知】A。危険という曖昧な事柄を察知するという曖昧なスキルながら、その精度は抜群だった。
 前から兵士の足音がした。今の場所では見つかる。危険。少し横にずれて、物陰、暗がりに入っただけで寒気はしなくなった。すぐ横を兵士が通り過ぎていく。
 息を殺して通路に出る。寒気は全くない。私は迷うことなく豪華なフォロッサ城廊下を進む。
 危険察知の『危険』は、どうやら命の関わる『危険』だけをさすわけではないようだ。現在の場合は捕まる危険、つまり命にあまり関わりがなさそうな危険でも、私の能力は察知していた。

「と、言っても、今捕まったらただじゃ済まない雰囲気なんですけどね」

 明らかに殺気だった兵士達が、先ほどから豪華な赤い絨毯の敷かれた廊下を行ったり来たりしていた。怖い怖い。が、殺気立っていたほうが、こちらとしては都合が良かった。

「くくく……『危険』がはっきりとわかりますよ……。これなら見つかるほうが難しい……」

 物陰から物陰へ。まるで、ニンジャのように。私は順調に王の間へと近づいていた。カサカサ。

49.理

2007年1月21日 LIVE
 ゲーム時間で深夜。都市フォロッサは眠らなかった。
 トーチ系魔法で所々照らされたフォロッサの街並みは、雪景色と相まって幻想的な光景となっていた。

「綺麗……だな」

 所々崩れている場所もあったが、ほとんどは補修されていた。フォロッサは何度も強力なモンスターに襲われたことがあると聞く。流石に慣れているのだろうか。
 度々強力なモンスターの襲撃に遭う日常。それもスリリングで面白そうだと私は思ったが、HPがいくつあっても足りなさそうである。私はまだ死ぬわけにはいかないので、この都市に留まることはできない。
 ここは素晴らしい都市だ。だが、明日、私はフォロッサから去る。決めていた。

 そしてその前に、やっておくべきことがあった。

『……成功ですか、つまらないですねえ』

 フルファイアが城から出た雷を見て、呟いた言葉だ。フルファイアはその後10さんにトドメをささず、フォロッサを去った。

『まあ、元々こういう予定ではありませんでしたし、元老が一人消えるのは私達の組織にとって、かなりのプラスであると見て間違いありません』

 ……そもそも、フルファイアは、10さん(元老)を殺すのは予定外だと言っていた。ならば予定があったということだ。『組織』の予定が。

 一つの推測。その予定は、『フォロッサ城襲撃』、或いは『フォロッサ城襲撃の手伝い』、だったのではないか?

 フォロッサ城の異常(巨大な雷)の後、すぐにフルファイアは成功を悟った。雷が合図だったのか、或いは私にわからない合図があったのか、わからない。
 わかるのは、というより推測できるのは、あの時フォロッサ城にはフルファイアの仲間がいて、何かの作戦に成功したということ。予定通りになったということ。しかもそれは凶悪なプレイヤーキラー(決定事項)であるフルファイア達が、所属する組織にとって元老殺しよりも重要なことだった。

 ……ここからは本当に推測であり、希望的観測だが……。奪われたのは、カイドの至宝、『賢者の石』ではないか?

 ――まあこの推測は、私のような一般市民にはあまり関係のないことだ。

 だがしかし、フォロッサ城に、『組織』の手がかりがあるのではないか? 10さんを殺した、フルファイアのいる、『組織』の……!

 確かめたい。どんなに低い可能性でも。
 そんな一念に駆られ、私はフォロッサ城門前に立っていた。

48.黒

2007年1月21日 LIVE
 治療が一段落した後、巨大な黒いドラゴンが私とザクロさんの前に降り立った。そのドラゴンには見覚えがあった。ビギナの街を焼き払ったブラックドラゴン。だが今はあの時のような危険を感じなかった。

「ザクロ。城に戻るぞ」

 抑揚のない声で、ドラゴンに乗っていた黒い鎧を着た人物が告げる。

「嫌です」

 ザクロさんは即答した。

「……」

 ドラゴンテイマーは困っていた。

「……我侭を言うな」
「我侭でも嫌です。ここにはまだ怪我をしている人達がいるんです」
「今死んでいなければ、放っておけば治る程度の怪我だろう。大丈夫だ」
「それでも怪我は、怪我です」
「……」

 気のせいか、ブラックドラゴンテイマーが、物凄く困っているように見えた。ザクロさんがここまで頑固だとは、思っていなかったようだ。

「聞かれたくない話なのだが、まあいい。城で大勢の怪我人が出た。乗ってくれ」
「……え?」

 ドラゴンの頭が、ザクロさんのローブの帽子を咥えた。有無を言わさずドラゴンの背中まで、首根っこを掴まれた子猫のように運ばれたザクロさんは、ロケットの発射のような暴風を残してドラゴン達と共に消えた。
 私は炎の男と10さんの戦闘中に見た、城で起こった巨大な雷を思い出していた。

 ……面白そうだ。

47.夜

2007年1月19日 LIVE
 その後、私は廃れた港、巨大な穴だらけの戦場まで、ザクロさんと共に移動した。ザクロさんは何故か何もない所で、幾度か転んだ。不思議だ。何かのスキルなのだろうか。

「うー……痛いです」

 白いローブは既に汚れだらけで、自身の顔も傷だらけ。ザクロさんは涙目になりながらも、戦場へと迷わず進む。自身の傷は、治さない。自身というプレイヤーが、思考にない。
 ……ちょっと、危ない。何が、と具体的には言えないが。曖昧な危険感。
 それはザクロさんの周りを常に漂っている感じ。大きくもなく、小さくもない。
 献身の姿勢は立派で素晴らしいものだが、同時に危険でもある。何かが、そう言いたいのだろうか。私はそう思考した。
 それをあえてザクロさんに言うようなことはしなかった。ザクロさんは今、必死なのだ。

 戦場。遠くからではわからなかった、人々の勝利の表情と、傷跡。支えたり、支えられたりしながら、多くのプレイヤーがリヴァイアサンへの勝利を喜んでいた。
 結局そこで私は、度々転ぶザクロさんに手を貸すことぐらいしかできることはなかった。物凄い数の死者が出た戦場で、走り回るザクロさんの後をついていく。遠いところ、近いところで昇天する音が断続的に聞こえた。10さんのことを思い出して、胸が苦しくなった。

 ――この戦場でも、私は何も出来ない。人にできることは限られている。何処かで聞いた言葉を思い出して、自分の無力さを痛感した。
 いつのまにかザクロさんの周りには人集りができていた。時々聞こえるプレイヤー達の話し声から察すると、ザクロさんは数少ないアトラ王直属の部下で、回復魔法や補助魔法の達人、その方面では最高の魔法使い、なのだという。それと、ドジっ子ぶりも有名だ。逆にファンを増やす結果となっている模様。

 軽く羨望。私にもそんな能力があったなら、10さんも……。なんて、考えていた自分に気付く。なんと、浅ましい人間なのだろうか、私は。軽く責任転嫁もしていた。ため息が出る。

 夕日は完全に沈み、Liveの夜が訪れた。どんな人物が、どれだけ死のうとも、世界は変わらず回り続ける。

 これからのことを、考えようとして、

『楽しむのが重要なんだよ』

 不意に脳内で、10さんの声が、木霊した。

46.立

2007年1月18日 LIVE コメント (2)
「あの、大丈夫ですか?」

 すぐ近くで透き通るような声がした。
 白いローブの女性が、横で心配そうに私を見ていた。10さんが、私と共に、助けた女性。ローブについた帽子と、端正な顔立ちの間から覗く、流れるようなストレートの金髪。かなりの美人であることは間違いがない。

「すいません、大丈夫じゃないですよね? 怪我、してますよね? ごめんなさい、手のひら、見せてください」

 女性の細い指が、私の両手のひらに触れた。私の手のひらにはなるほど確かに、瓦礫をどかした時についた幾つかの傷が見える。怪我というほどでもないが。

「ヒール」

 女性が一言、短く呪文を唱えると、暖かい光が手のひらを包み、みるみるうちに傷が癒えた。これが噂の回復魔法というやつなのだろうか。

「はい、治りました」

 女性は満足そうな笑みを浮かべる。まるで自分が助かったような顔だ。何故だろう。
 私が不思議に思っていると、女性は突然立ち上がった。

「すいません。他の人の怪我も治さないといけないので、これで、失礼しますね」

 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をして、その女性は港の方向へ向かって走り出そうとした。その足取りは危なっかしく……

「あっ」

 危ない。私が声を出そうとした瞬間、女性は突き出たレンガに躓いて転んでいた。何処かでみた光景。これがデジャヴか。受身も取れなかったようで、顔を押さえながらフラフラ立ち上がる女性の後姿は、見ていられなかった。
 私は目の前にあった10さんの遺品を全て拾い上げて、女性の横へと走り出す。

 その際に、

 ネーム:確認

 ネーム:ザクロ

 ……。

 ザクロさんの横について走る。ザクロさんは何故か恥ずかしそうに、私から顔を背けた。

45.海

2007年1月18日 LIVE
 一体どれくらいの間、そうしていたのだろう。

「ん……?」

 白いローブ姿の魔法使いの女性が、ゆっくりと起き上がった。私はそのことを、視界の端に捉えて、理解しても、動くことができなかった。

 ――所詮は、ゲーム。本当に死んだわけではない。

 理屈ではわかっていること。だが、理屈では処理しきれない出来事が、この世には確かにある。まさかゲームの中で、実感するとは。

「え……?」

 不思議そうに周りを見渡す女性は、おそらく今の状況が、詳しくわかっていないのだろう。私のように。

「あ、貴方が助けてくれたんですか?」

 通常ならば、ここで返事をするか、頷くべきだ。わかっている。わかっているが……。

「……?」

 ひときわ高い、リヴァイアサンの鳴き声。いつのまにか体中穴だらけにされていたリヴァイアサンは、その大きな体を傾けていた。
 女性はその姿を見て、驚いていた。私は逆にリヴァイアサンのことなど些細なことだと感じていた。
 いつのまにか沈みかけていた夕日。海を真っ赤に染め、リヴァイアサンも黒く染めている。軍隊と空のモンスターテイマー達も黒点になっている。
 リヴァイアサンの長い影と長い体が、同時に赤い海に、沈んでいく。
 大量の飛沫と氷の破片を舞い上がらせながら、ゆっくりと沈んでいく。リヴァイアサンの巨体が海に沈むにはそれなりの時間がかかる。それはスローモーションのように。ゆっくりと、ゆっくりと終わっていった。

 最後に、海と氷の上に浮かびあがったリヴァイアサンは、

 夕日の赤い海で光を放ち、花火のように破裂し、消滅した。

44.会2

2007年1月17日 LIVE
 さてまた黒い空間。

「ぐふふ、うまくいっただ……」
「……貴方が成功するなんて珍しいですね、【暴君】」
「なんだよ……【炎帝】……。ぐふふ、成功してほしくなかったのか……?」
「いいえ、そんなことはこれっぽっちも思っていませんですよ。ええ、全くね。私の炎に包まれた魂と肉体に誓って」
「ぐふふ、いちいちお前はくどいんだぁよ……ぐふ」
「そうですか? 結構傷つきましたね。くどい。くどいは傷つきましたよ」
「ぐふふ、とにかくオラの賢者の石強奪の功績は大きいだぁろう……?」
「いえいえ、私の元老抹殺も結構な功績ですよ」
「ぐふふ、10とかいう、小物じゃあなあ……」
「……いいえ、中々やりましたよ。元老、【神速】の10……」

 フルファイアは考え込む。

 10……。最後まで私を、憎まなかった。不思議なプレイヤーだった。

 まあ、今は、もういない。それが何故だったのかは、考えても仕方がないことかもしれない。
 それより気になるのは、10がフランベルジュの剣を受けてまで、かばった初心者。私の炎を纏った剣、『フランベルジュ』は、敵を切ると同時に焼く。焼かれた傷口からは血もでず、じわじわと敵の体力を奪っていく。そのことをあのトレジャーハンターとして有名な元老、10が、知らぬわけはなかっただろうに。そこまでして、守る価値があったのか。いや、あのお人好しそうな10ならただ友達を庇ったとも考えられる。いや、その方が自然か。

 ま、これも今となってはわからぬこと。
 首を横に振り、フルファイアは別のことを考えだした。フルファイアは思考が好きだった。
 切られたと同時に焼かれる傷口は、治療を効き難くし、体力も徐々に奪っていく。フルファイアは、確実に10の最期を看取ったであろう初心者の顔を、思い浮かべた。

 【炎帝】、やはり邪悪な笑いを、抑えることが、できなかった。
「10さん!?」

 すぐさま10さんに駆け寄る。炎の男が去って緊張が解けた途端、遠くのリヴァイアサン対カイド軍の戦闘音が帰ってきた。そんなことで安心できるとは思いもしていなかった。

「あー、しんどー」

 そう言いながら10さんはごろんと仰向けになって、空を見上げた。私はその横に、ほっと息をつきながらしゃがんだ。どうやら10さんが地面に倒れたのは、気が抜けただけのようだった。

「大丈夫ですか……? 右腕、ないですよ?」
「んー……。そうだな、これからも生きていくのなら、ちょっと不便だろうなあ。それはともかく、魔法使いのお嬢さん、無事?」

 小さな、違和感を感じた。

「え? ええ、無事ですよ。ベッドが地面では固いかもしれませんが」

誤魔化すために、慣れないジョーク。

「はははははは! おもしれー! た、た、た、しかに地面は、固いよな! ひー! ヤメロ! シヌ!」

 ……褒められているようで馬鹿にされているような気分。なんだかムカついたので、その違和感はうやむやになった。

「は、ははは! はははあひひあひあは!」
「そんなに笑わないで下さいよ。逆に惨めです」
「ワ、悪い悪い……マジで面白かったから……」

 まだ、地面に仰向けのまま、10さんは震えている。

「あー、そうだ、アレックス。お前、衆に行け」
「……は?」

 あまりに脈絡がない話。

「あと三大国で行ったことがないのは、衆だけだろ。Liveを精一杯、楽しもうぜ。衆にいる周は、一応衆のアタマということになっているが、俺の名前を出せば多分会えるぞ。俺の名前を出さずに会おうと四苦八苦するのも面白いかもしれんがな、うん、はは。
 周も、衆も、かなり面白いから覚悟しとけよ。くくく」
「え、ええ? まあ、衆にも行ってみるつもりでしたけど」
「そうだよ、楽しむのが重要なんだよ。好奇心を満たすのが重要なんだよ。人生でも、ゲームでも、仕事でも、何でも。だって、楽しいのは、楽しいもんな」

 当たり前のようなこと。

「楽しくないことも、楽しくして」

 あまりにも楽観的で。

「もっと楽しいことを経験する為に、悲しみや憎しみは存在するのだと思って、楽観楽観」

 あまりにも前向きで。

「ま、そんな感じで、頑張れよ。最後に笑っていられるように」

 あまりにも10さんらしい、言葉達。

 10さんはこれ以上ないと言う程の笑顔で、左手を私に差し出した。

「?」

 私はその手を、何も考えずに、 左手で受け取った。

「短い間だったけど、結構楽しかったわ。これは、プ、レ、ゼ、ン、ト★」

 いきなり脳内に、ウィンドウが開いた。

 スキル:継承

 (スキル、【神速】:Aランク)を、『  』より、引き継ぎますか?

 はい/いいえ


 ……。

 →はい。

 ピッ、短い効果音。

 何故か自然に、受け入れていた。

 『  』が死亡した場合、スキル、【神速】:Aランクを引き継ぎます。

 そんな淡白なウィンドウが脳内に表示された後、バシュ。10さんの体は光の柱に包まれた。

 ……、え?

 天使の、斉唱。

 握っていたはずの10さんの左手は、ゆっくりと消え去っていく。するりと、抜けていく。綺麗な歌声と共に。

 ……え、え?

 私はずっと同じ状態で、止まっていた。思考停止。それでも歌は勝手に進んでいく。

 ……何故? 何故?

 何もできず、止まっていた。いや、あせることだけ、できた。わからないと思うことだけ、できた。
 つまり、私は何もできなかった。

 こっちを見て、10さんは笑っていた。

 ワ ラ ッ テ イ タ。

 天使達の歌がクライマックスに到達したとき。

 私は、何も、解らず。

 10さんの大切な、宝石や、ナイフや、赤いスカーフが、地面に落ちて、

 光の柱は完全に消えた。

 歌と共に。

 消えて。

 残ったのは、脳内の窓。

 スキル、【神速】:Aランクを引き継ぎました。

 だけ。

--------------------------------

 私の左手は、10さんの左手の形を残したまま、固まっていた。

 10さんは、死んだ。

42.去

2007年1月17日 LIVE
 城の中ほどにある窓という窓から巨大な稲妻が飛び出していた。パリパリと潔く消える稲妻。音の余韻。割れた窓ガラスが雪のように輝いて落ちていった。

「……は」

 力を抜いたのは、炎の男だった。隙といえば、隙。だが隙がない異常な力の抜き方だった。10さんは、動かない。

「……成功ですか、つまらないですねえ」

 炎の男は、またニヤリと笑った。

「まあ、元々こういう予定ではありませんでしたし、元老が一人消えるのは私達の組織にとって、かなりのプラスであると見て間違いありません。よって私は中途半端があまり好きではないのですが、あえてアナタにトドメをささず、アナタの友達にも手は出しません。私はこれでこの都市を去ることとします」
「バレてた?」
「バレバレです」

 どうやら10さんが私のことを知らないと言ったのは、戦いに巻き込まない為だったようだ。炎の男にはお見通しのようだったが。

「嗚呼、これで私は去ってしまいます。そこの初心者。覚えなさい。私は【炎帝】フルファイア。そこの初心者。憎みなさい。私は【炎帝】フルファイア。全てを燃やし尽くします。アナタの肉体、魂さえも」

 長い口上の後、炎帝フルファイアは蜃気楼のように消えた。同時に10さんが、その場に崩れ落ちた。

41.雷

2007年1月16日 LIVE コメント (2)
 空気が、張り詰めた。
 今もリヴァイアサンの脅威は薄れないはず。誰でもわかるほどの危険を放っている炎の男もいる。

 なのに、何故か、寒気は、ない。

 【神速】と呼ばれた10さんはゆっくりと腰を落とした。炎の男も燃える剣を10さんに向けて構える。その顔に最早、余裕はない。二人は完全に【入って】いた。

 遠くで連続する爆発音が小さくなっていく。いや、違う。聞こえなくなっていく。
 二人が作る空間に私は引き込まれていく。

 身動きが、できない、   息   さえも、できない。

 無音、無感、無風。

 衝突の気配だけが、上がっていく。無風から微風、微風から強風、強風から台風、台風から――

 爆発へ

 瞬間、全く別方向から強大な炸裂音。流石に二人の集中は途切れた。だが、対峙の状態は崩さない。

 私は見た。フォロッサ城の中ほどで、巨大な雷が発生していた。

40.右

2007年1月14日 LIVE コメント (1)
 聞こえた、見えたのは現実の世界ではなかった。

「はぁー、あぶねえあぶねえ。間一髪危機一髪」

 見えたのは、先ほどまでの崩れかけたレンガの道。聞こえたのは、飄々とした10さんの声。

「生き……てる?」
「ああ、俺が助けたんだよ。初心者」

 私は宙に浮いていた。というか10さんに片手で抱えられていた。見かけによらず凄いパワーだ。

「あ、ありがとうございました」

 私はとりあえず礼を言って、地面に立った。10さんの反対側の腕には、先ほどの女性が抱えられていた。

「じゃ、このお嬢さん頼むな」

 私の方向を見ず、10さんは気絶した女性をゆっくり地面に降ろした。よく見ると、10さんは体中傷だらけだった。というより焼き跡だらけだった。そして何故か表情を見せない。

「10さん……?」
「……お前誰だよ。ここは危ない。早く逃げろ」

 おかしい。何かがおかしい。

 赤い線が10さんの右肩に縦に引かれた。

 バッサリと10さんの右腕が落ちた

『残念でムカついたよ【神速】。そんなつまらない行動の為に、私と戦うのをやめてくれるなんてね』
「……うるせーよ。お前が勝手にちょっかいかけてきたんだろうが。そしていてーよ。どうすんだよ右腕」

 どこからか、声。男性の、心底残念そうな声。あ、ああ……。何故か血は出ない。代わりに煙。何故? でも、右腕がなくなった、10さんは、不恰好になった? 落ちた? 何故?

『もしかして。その初心者か魔法使いはアナタの友達だったとか? それならアナタが必死で助けたのも頷けますよねえ』
「うるせー! 俺は『超』善人だから困ってる愚民どもは助けるしか選択肢がねーんだよ! 俺は知らない奴だろうが知っている奴だろうが平等に助けるのサ! どーだすげーだろ! さらに悲しい事実を付け加えると、俺の友達は少ない! わかったか! 覚えとけ! ここテストに出るぞ! 涙が出てきた! 放っとけ!」

 10さんは左手で何もないはずの場所を指差した。その指差した空間を見ていると、ゆっくり赤が覗いた。ゆらゆらと、蜃気楼のように。

 真っ赤なズボンと真っ赤な短髪。真っ赤なサングラスの長身の男性。何より異質なのは、上半身全体が燃えていることだった。

 炎の男が、あらわれた。

「炎のベストかよ……。くれよ」
「残念ながら無理です。トレジャーハンター、元老、【神速】の10。非常に残念ですが貴方は元老なので、これをあげましょう」

 炎の男が取り出したのはやはりと言うべきか燃える剣。

「フランベルジュ……まじで欲しいんですけど」
「ええ、あげますよ」
「持ち主以外が持つとダメなんだよね」
「ええ、燃えますよ」
「じゃ、いらねーよ」

 10さんは不敵に笑ってナイフを取り出した。さらに10さんはナイフを左手で器用にくるくると回した後、宙に放り投げて柄を掴んだ。かっこいい。誰だアンタ。
 私はまだ状況に追いつけていなかった。10さんが元老? 燃える男? 【神速】? 誰だ。本当に。

「非常に残念ですねえ。アナタは元老なので、殺さなければなりません」

 そういう炎の男の顔は、笑っていた。

【さあ、戦いましょう】

39.無

2007年1月13日 LIVE コメント (1)
 いよいよ戦闘は激化。
 リヴァイアサンの周りの海は氷系魔法によって凍り、それを足場にして戦士達がリヴァイアサンに突撃。陸地からは戦士達の支援、魔法によるリヴァイアサン直接攻撃をする魔法使い達。空中からはモンスターテイマー達のモンスターによる攻撃。ひときわ目立つ大きなブラックドラゴンも炎を吐いてリヴァイアサンと戦っていた。
 リヴァイアサンの体中に小さな爆発が起こる。ギャアアというリヴァイアサンの苦しそうな鳴声が聞こえたと思ったら、次の瞬間にはリヴァアサンはビームを放っていた。
 カッと、一瞬青い光がガレキの風景を照らし、その後衝撃波がやってきた。どうやら魔法使いの軍団が狙われたようだ。また、また、光の柱の束。

 ―― 一体どれだけ殺すつもりだ。

 死んだわけじゃない。だが、この世界から消し去られたのは事実なのだ。
 ガレキの山をよく探すと、白い手がガレキの間から覗いていた。すぐさま駆け寄り、手の上にあるガレキを取り除こうとする。
 が、こんな時に、私の能力が発揮されてしまった。白い手が埋まっている横に、大きなガレキが立っている。もしも不用意にガレキを取り除こうものなら、その大きなガレキが、私と救助者ごと、押しつぶしてしまうかもしれない。それはガレキを取り除こうとすると寒気が襲ってくることで、証明された。
 危険だ、危険だ、できない。

(た す け て … …)

 ――くそ。

 ガクガク。

 震える自分の右手を、左手で押さえる。笑う膝を、無理やり前へ。

 ガチガチ。

 白い手の上に積まれたガレキを、一つ一つ取り除く。手はピクリとも動かないが、微かに聞こえる声と、昇天していないのが生きている証拠。

 ガラガラ。

 もともとこの国は寒かったが、今私はさらなる極寒を感じていた。どんどん、自分で、危険をあげていく。そんな酔狂な行動をできるのは、何故だろうか。

 ズン

 恐らくリヴァイアサンの放ったビームの衝撃。大きなガレキからパラパラとレンガのカケラが落ちてきた。私は一旦手を止めて、大きなガレキを見つめた。まだ、まだ、大丈夫だ。
 綱渡りの作業を続けて、ガレキの山から現れたのは、一人の魔法使いらしき女性。この国では珍しい白のローブを纏っていた。しかし今は女性の顔もローブもガレキで汚れきっていて、恐らく美しかったその姿はみすぼらしい。女性は薄く目を開いて、感謝の言葉をなんとか言って、ゆっくりと眼を閉じた。昇天はしない。気絶したのだろう。
 のんびりしている場合ではない。気絶した女性を持ち上げ、今にも倒れてきそうな大きなガレキから逃げなければならない。

 ドン

 その思考と同時に、訪れた衝撃。多分、リヴァイアサンの。

 世界はスローモーションになり、私は何もできない。

 大きなガレキがゆっくり、ゆっくりと私と女性の方へ倒れてくるのが見えた。

 避けられない。

 危険察知能力は正しかった。それでも行動を続けた私に愛想を尽かしたのか、『寒け』は消えていた。

 『無』。

 目の前が真っ暗になって行く。せめて私は、女性をかばおうとしたのを、覚えている。

38.恐

2007年1月13日 LIVE
 まるで戦闘機のような速度で飛び去っていく無数のモンスターとそれに乗るモンスターテイマーのプレイヤー達。瓦礫や黒煙、光の柱の中で生存者を探す救出担当のプレイヤー達。おそらく城には、次のリヴァイアサンの攻撃に備えて力を蓄えているであろうバリア師のプレイヤー達が。
 今、それぞれ、必死に戦っていた。

 ドラゴン達の風を切る音は、全てリヴァイアサンの方向へと去り、残されたのは助けを求める声や、瓦礫。光の柱。死。助け。遠くで残響する爆発音。そして絶望する私。

「10さーーん!」

 大声を出す。リヴァイアサンのビームが今は遠くに行ってしまったモンスターテイマー達の大軍を切り裂いたのが見えた。ビームが消えた後を辿るように現れた無数の爆発は光の柱に変わり、その光の柱は束となって大きな光の柱に変わり、天使の斉唱の効果音はやがて天使の大合唱へと変わった。

「10さん!」

 不安に不安が重なる。寒気に寒気が重なる。
 私は10さんをがむしゃらに探しつづけた。
 遠く港近く、突撃する陸の大軍に向かってリヴァイアサンはビームを放った。それはここからは蟻のように見えるカイド軍のど真中を貫き、切り裂き、完膚なきまでに抉った。巨大なビーム跡からまた大きな光の柱の束が発生した。一体今のでどれだけのプレイヤーが死んだのか。

「10さーーん!」

 最早私は、恐怖に支配されていた。いつあのエネルギーが自分に向かって放たれるのか。このリアルなバーチャル世界での『死』はどのようなものなのか。もしも10さんが死んでいたら?
 戦争 の二文字が私の脳内を支配する。それは理不尽な終わりを提供する悪魔的現象だと私は勝手に思っていた。テレビや歴史の中でしか見たことの無い、現実ではありえないこと。だからこそ、仮想では望んでさえいたはずだったのに。

 怖い。

 瓦礫の間を走り回り、10さんを探す。途中小さな助けを求める声が聞こえた気がした。その度遠くの爆発音が大きく聞こえ、その小さな声を掻き消した。構わず私は走り出そうとして、

 私は何故、ここにいる? 10さんを探すためか?

 振り返る。確かに『助けて』、小さな声が聞こえた。

 それは小さな良心。それは小さな勇気。でもそれが、重要なことなのかもしれない。

 私は目を見開き、閉じて、また開いた。恐怖や焦りは少し薄れて、小さな、本当にそれこそ今聞こえる声より小さな決意を固めた。

 私は小さな声が聞こえた瓦礫の山の方へ、走り出した。

---------------------------------

『あの時立ち止まらなければ』
 何回そう思ったのだろうか。
 ここで私と10さんの運命は決定された。おそらくこの物語で最も重要な分岐点。
 ここが、私の物語の本当の始まり。

37.惨

2007年1月11日 LIVE
「マジかよ……」

 そう言った10さんはしゃがむ様な体勢で衝撃波を耐えたようだった。いつも緩んでいた10さんの顔は引き締まっていた。そうしていると結構イイ男だと思ったが、今はそんな場合じゃ全然ない。どうやら私は混乱しているようだ。

「おい、危険探知機」
「次そんな呼び方したら殴りますね」
「ちょっと凄いの、来る感じ?」

 10さんはなんだか変な踊りのようなジェスチャーをした。意味はわからない、だが解こうと思わない。
 なんとか回復した危険察知はさらなる危機を告げている。計測器で言うと針が振り切れている感じ。

「確実に来る感じです」
「……やべえな、城に逃げるぞ」

 私は頷いて、走り出した10さんの後に続いた。レンガの道や階段は、時々崩れていたので気をつけねばならなかった。
 同時に行動を開始したプレイヤー達の足音。一気にフォロッサは慌しくなった。

「戦士! テイマー! 魔法使い! 戦える奴は全て港へ向かえ!」
「一般市民の避難!」
「学生だろうがなんだろうが死にたくなけりゃ戦え!」

 怒号、物騒な声が重なって聞こえてくる。まるで戦争のようだ。

“緊急事態発生。戦闘に参加できないプレイヤーは城へ。他はリヴァイアサンとの交戦へ向かってください”

 透き通った声のテレパシーも脳内に響く。

「10さんは『非戦闘員』ですかね!? 私自身はもちろん戦える気がしません!」

 周りの騒音に巻き込まれないよう、私は大声で話す。

「俺ももちろん『非戦闘員』だとも! 俺の弱さは保証書付きだぜ!」

 後ろを振り返り、グッと親指を突き出す10さん。そして予想通り突き出たレンガに気付かず足を取られて転ぶ10さん。アンタ……。

“展開準備!”

 テレパシーで脳内に送られてきた声は、少し緊張していた。転んだ10さんの横で立ち止まった瞬間、港の方向に恐ろしい気配を感じて、私はリヴァイアサンを凝視した。

 いつのまにかリヴァイアサンは口を大きく開けていた。口内には青いエネルギーが圧縮されていくようなエフェクト。ま、まさかビームを放ったりするんじゃないだろうな……。思考と同時に10さんに手を貸して立ち上がらせようとする。

 私達の都合に関係なく、リヴァイアサンが放った青い極太ビームが、海を割って陸を抉り、雲をかき消してフォロッサ城に向かった。

 
“発動!”

 テレパシーの“発動”の声と共に広がった巨大な魔方陣がビームを受け止める。高エネルギー同士の激突衝撃で私と10さんは再びその場から別々の方向に弾き飛ばされた。拡散し、四方八方に飛び散るビームが大都市にいくつか巨大な穴を開けた。

「10さん!」

 呼びかけるが返事はない。それどころか10さんが、いない。

 ……はぐれた!?

 既に都市はなんとか健在する城以外、訪れた時の面影がなくなっていた。黒煙や光の柱や家の残骸が、視界を埋めていく。

 急に吹いた強風に気付き、私は空を見上げた。

 無数のドラゴンやグリフォン、翼を持つモンスター達の影がリヴァイアサンに向かって飛んでいく。
 その中にはビギナの街で目撃したおぞましいブラックドラゴンの影も見えたが、今の私にはそのことを考える余裕はなかった。

「10さーーん!」

36.狂

2007年1月10日 LIVE
 コダテと同じようにフォロッサの街並みを一通り見回る。

 家屋はほぼコダテと同じで、微妙にカーブする道路に沿って規則正しく並んでいる。黒や緑のローブをきたプレイヤー達が、大きな本を持って小走りしていたり、数人で話し合いながら歩いていたりした。
 どうやら他の国の冒険者(しかも私は初心者で、10さんはヒーローのような派手な格好のまま)は珍しいらしく、しきりに見られている模様だった。

「……10さん、その格好寒くないんですか」
「よくぞ聞いてくれた。それはだな、俺の秘蔵のコレクション、」
「どうせ『ポッカポカイロ君』とか取り出すんでしょう」
「な……! 何故わかった……! ――お前まさか、危険察知に加えて、読心術のスキルまで持っているのか!?」
「……持ってません」

 しばらく歩いていると、遠く都市の外に、廃墟のようなものが見えた。

「あそこはなんですか?」
「ああ。あれがフォロッサ港だ。都市とは少し離れていてな。ちょっと不便だった覚えがある。
 まあそれがリヴァイアサン戦では幸いしたんだがな。なんとか水際、つまり港でリヴァイアサン上陸を阻止。都市までは被害が及ばなかった」

 それでも数千人死んだんですよね……。とは聞けなかった。
 ……そしてできれば、間違いであってほしいことが、ひとつ。……言わなければならない。……気が重い。

「……10さん」
「なんだよ、青い顔して」

 ほう、私の気分はキャラに反映されるのか。なるほど凄いと感心している場合ではない。その予感は既に勘違いの域を脱していた。

「……」
「……おーい、アレックスー?」
「……来る」

 ゴ、と一瞬大陸全体が大きく揺れた。続いて小刻みな揺れ。大地震がフォロッサを揺らし続ける。私は信じられないものを見た。
 海が盛り上がる。廃墟と比較して、それが物凄い大きさだということがわかった。数メートル、なんてものじゃない。数十メートル、数百メートル。
 盛り上がった海の頂点から、水色のヒレと背ビレを持った巨大な蛇が現れた。青く光輝く体、うねる海。垂直に飛び出した蛇の化け物は、もう少しで雲に届くというところまで、体を伸ばした。
 そしてフォロッサ城の方向に金色の瞳を向けた。瞬間、体を貫かれるような感覚。恐ろしいプレッシャー。何も感じなかった。何もわからなかった。危険察知スキルが麻痺しているようだった。

「……リヴァイアサン……」

 10さんの呟き。
 リヴァイアサンから発生した衝撃波が雲を吹き飛ばし、陸を伝い、段々広がってこっちに向かってくるのがハッキリ見えた。
 衝撃波!? いや、特大の鳴き声!
 逃げる? 何処へ?
 思考している間に甲高いリヴァイアサンの鳴き声は私を吹き飛ばした。上下左右が全くわからなくなり、物凄い音の奔流は時間の感覚さえ消し去った。
 気付いたら、倒壊したり煙突が折れたりした家々、倒れたプレイヤー達と無数の光の柱が、目の前に並んでいた。
 聞こえる、プレイヤー達の悲鳴と、天使の斉唱。

 ドクン

 心臓の音が、間近で聞こえた。

35.天

2007年1月9日 LIVE
 馬車から降りた瞬間。

 強い風が吹いて、雪と雲が途切れた。
 久しぶりに見た晴天が、カイド王国首都、大城塞都市フォロッサの全貌をあらわにした。

 らせん状の道路が中心に向かう程高くなっていく。らせんの中央には、巨大な城(というより塔)が聳え立っていた。規則正しくらせん状の道路を挟んで経っている建築物。城には通路をそのまま道なりに登っても行けるし、時々家の間にある階段を登ることで一気にショートカットしても行けた。
 とにかく、この都市は大きな山のようだった。中央の城の最上階の標高は最早想像もつかない。

「物凄いデザインの都市だろ。中央のアトラ城からの眺めは最高だぜ」
「アトラ城!?」
「俺が勝手にそう呼んでるだけ。正式名称は『フォロッサ城』だ。つまらん」

 何がつまらないのかよくわからなかった。深く考えない方が賢明だろう。
 そうこうしているうちに一瞬の晴天は消えて、また怪しい天気になってきた。

「さて、このまま城に行くという手もあるが……ないな」

 私はまだ10さんの思考には追いつけない。というか追いつきたくなかった。

「観光だ。観光。新しい街に来てまずやることは観光だろ? 若人よ」

 10さんなりに、私に気を使ってくれているのだろう。悪い人じゃない。悪い人じゃないんだけど、ええい、ままよ。

34.説

2007年1月7日 LIVE コメント (1)
 ロフ島の北側にカイド王国首都、フォロッサがある。ロフ島唯一の港町『モエリ』は島の南側だったから、結構距離があった。またもや馬車に乗ることになった。そういえば、私、Liveに来て以来、モンスターとまともに戦っていないような……。思い出せばいつも私は揺られる馬車の中。モンスターと最後に戦ったのは……。
 ある意味恐ろしい考えに至り、私は自分で自分をごまかすために10さんに話し掛けた。

「なんでフォロッサには港が無いんですか?」
「……んー。いや、あったんだが、なくなった」
「え?」
「まあ、いいや。ついでだ。……カイド王国の特徴は知ってるな」
「え? ……ええ。ある程度なら」

 魔法の国、カイド。衆、シムシと並ぶ三大国の一つ。

「だが、カイドは人口が圧倒的に他の二国より少ねえ。それでも他の二国と同等の立場、領土が維持できている秘密は知ってるよな?」
「ええ。魔法と、強力なパートナー。ですよね?」
「そうだ。そしてそれらを実現しているのが、『フォロッサ大図書館』と、『賢者の石』だ」

 だから、カイド王国最大の特徴は、首都にある『フォロッサ大図書館』と、至高の宝石『賢者の石』、らしい。
 大図書館はその名のとおり、一般書物、呪文書、魔術書、料理本などなど。総て読みきったものはいないと言われるほどの量の本が収められているという。世界にある呪文書や魔術書のほとんどは、その大図書館から流れ出たものであるとも言われている。

「魔法使いを目指すプレイヤーは、全員フォロッサ、つまりはカイドに集まるといってもいい。呪文書を読むか、誰かに教わるのが魔法上達の一番の近道だからな。カイドにはその二つが揃っている」

 ……10さんが珍しく真面目なことを言っている。

「だが、それより凄い……厄介なものがフォロッサにはある」

 おそらくそれが、賢者の石、なのだろうか? 実はこの石に関する情報は少ない。現在の所有者はアトラ王と言われている、ぐらいだろうか。こんなもの情報とは呼べないが。

「ま、そんなもんだろうな。俺も詳しくは知らん。というか多分あの寅王も『賢者の石』が一体どんなものなのか、その本質は知らないと思うぜ。
 だが、あいつの国が大きくなったのはその石の効果の一つのおかげだ。多分、間違いない。
 『賢者の石』、それは強力なモンスターを呼び寄せる、という効果のな」

 強力なモンスターを呼び寄せる……。

「ああ。これは俺も喉から手と足が出るほど欲しいと思ったんだが、やめておいた。滅茶苦茶強いモンスターが次から次へと襲ってくるんだぜ? 俺は絶対嫌だ。
 だが……諸刃の剣だな。その強力な効果を逆に利用する。全く、あいつはとんでもねえわ。強力なモンスターは、強力なパートナーになり得るということだ」

 ……なるほど。強力なモンスターを味方につければ、強力な戦力となる。

「そんで、えらく遠回りしちまった気がするが、フォロッサの港が壊れたというかなくなった理由はそれだ。
 うーん。多分、随分、前なんだが。賢者の石に呼び寄せられた馬鹿強いモンスター、リヴァイアサンに襲撃されて、破壊されたらしい」
「全部?」
「いんや、港だけ」

 港だけ……。最早単位が違う。

「城の方はなんとか無事だったらしいけど。……まあー、あの城は数え切れないほどモンスターの襲撃にあってるからなー。もう慣れたもんだぜ。世界最強の城って言われてるし。
 ――ま、それでもリヴァイアサン戦じゃ、数千のプレイヤーが昇天したらしいがな」

 10さんはニヤッと笑った。
 数千……。ブルッ、と体が震えた。そして寒気が体中を襲った。

「その時のリヴァイアサンは逃げちまったらしいからな……。もしかしたら、またフォロッサに……」
「や、やめてくださいよ……」

 馬車の車輪の音が変わる。いつのまにか舗装された道に入ったようだ。首都フォロッサは近い。外を見るが回りは雪で真っ白。何も見えなかった。

「この雪じゃ、城を見つけるのは無理だ。おとなしく座ってろ」

 馬車には私と10さんしか乗客はいなかった。
 また突然、恐ろしい寒気が私を襲った。それを寒さの所為だと勘違いして、私は馬車の中でフォロッサ到着を待った。

1 2 3 4 5 6 7 8

 

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索