73.対

2007年2月10日 LIVE
「元シムシ軍クロアート支部第四中隊、隊長。【隻眼の剣士】、ポチだな? 俺はシムシ軍アレクサンドル本部直轄部隊、隊員『ブラッド』」

 金髪ベリーショートのつり目戦士が、言った。

「同じく、『ローラン』です」

 茶髪ロングでまつ毛が長い戦士が、言った。
 ポチさんは立ったままの体勢から、動かない。

「賢者の石強奪容疑で、カイドから身柄の引き渡し勧告がでている。直ちにシムシ国首都アレクサンドルへ出頭せよ」

 ……! そうか、ポチさんはカイド国で賢者の石を強奪したと思われているんだ。だが、それはアトラさんとクサモチさんしか知らない事実だったはず。アトラさんはポチさんが偽者だと言っていたし、クサモチさんはここにいる。ポチさんを指名手配するとは考えにくかった。と、すると――やはり――ゴッドレスか!

「なお、抵抗した場合は」
「わかってるよ。殺す、だろう? もう何人も来たからね……」

 ポチさんはため息をついた。ひどい気がするが、確かめなくてはならない。

「ポチさん、貴方が賢者の石を強奪したんですか?」
「……いいや、僕じゃないよ」

 悲しい目をしながら、ポチさんは二人の前に歩き出した。私とザクロさんの間を通り抜けて。

「11さん」
「ええ、わかっています。ザクロさん」

 二人の戦士は、ポチさんを伴って外に出た。おそらく、店に迷惑をかけない為だろう。

「では、連行するが、良いか?」

 金髪のブラッドが聞く。茶髪のローランは何も言わない。

「――ソーリー」

 ポチさんはそれだけ言って、綺麗な刀身の剣を腰から抜いた。

72.敵

2007年2月9日 LIVE
「いやあ……懐かしい!」

 ポチさんは人懐っこい笑顔を浮かべると、一歩で十メートル以上あった私との距離を縮めた。鋭く、優しい、ものすごい跳躍。その身のこなしは、私でも一目で熟練されたものだとわかった。
 そしてポチさんは右手を差し出した。私はそれを右手で握った。手も心なしか、大きくなっていた。

「ポチさん……強そうになりましたね」
「え? いやいや、そんなことはないですよ? この傷は情けなくも……」

 言い切らず、突然ポチさんは眼を見開いた。その後、右手で両目を覆うと、

「……あちゃー……再会を喜ぶ時間もないのかな……」

 と、言った。後ろを振り返ると、いつのまにか酒場の入り口に二人の男が立っていた。ポチさんと同じ青と白の鎧を着た、戦士が二人。

71.宿

2007年2月8日 LIVE
 衆の集落、『ビスト』の家々は、ほとんどがテントだった。三角形や円筒状のテントが大小、大雑把に並んでいた。そういえば、ザクロさんが衆は移民の国だと言っていた気がする。
 道端では赤銅色の肌の男や女が、拳や剣で戦ったりしている光景が普通に目に入った。お互い真剣な眼で戦っていて、周りのギャラリーはどちらが勝つのか賭けているようだった。
 他の国の人々の姿はほとんど見えない。ほとんどが逞しい男性や女性ばかり。しかもほぼ男性。がっかりなんて、していない。
 やはり、初心者(しかも派手なスカーフ)、カイドの魔法使い二人に、大きな白馬という組み合わせは、非常に目立つようだ。衆のプレイヤーはちらちらとこちらを見るが、何も言わない。それが逆に無言のプレッシャーとなった。

「と、とりあえず宿屋を探しましょうか……。クサモチさんが死にかけていますし」
「そ、そうですね……。私の回復魔法でもこれはちょっと……」

 クサモチさんはミイラ化していた。

 数少ない高床式木造建築の宿屋を見つけた。中の主人も、上半身裸でニコニコとしていた。失礼で突然ながら、三国で所属したいランキングをつけると、1.シムシ 2.カイド 3.衆となってしまった。まあこれは仕方がないだろう。うん。
 とりあえずクサモチさんに水をぶっかけて、宿のベッドに放り投げておく。そして私とザクロさんは、周がいるという集落『チョコ』の情報を……。

「……『チョコ』?」
「そこを突っ込んではいけません」
「は、はい」

 私はザクロさんの妙なプレッシャーに黙る。なんだかこの頃コミカルな物語になってきたような。気のせいだろうか。気のせいだろう。『チョコ』の情報を得るため酒場に向かう。
 酒場も数少ない高床式木造建築だった。これをどうやって移動させるのだろう。考えても仕方がないことだし、確かに内部は幾分か涼しい。私は考えるのをやめた。

「いらっしゃい」

 描写する必要はないと思うが、バーテンも上半身裸だった。はい。それが普通なのだろう。
 まだ真昼間なので人影は少ない。カウンターに青と白の鎧を着たプレイヤーが一人、座っているだけだった。

 ……ん?

 肩まで伸びた青い髪。傷だらけの鎧は今までの戦いの激しさを物語っていた。百戦錬磨のオーラを纏った大きな背中。コップを置いた手は生傷だらけだった。

 ……。

「どうしたんですか? 11さん?」

 記憶を探っていた。ザクロさんの声は頭に入らなかった。
 青い髪の戦士は椅子から立ち上がると、私達の方に振り返った。大きな刀傷で塞がった右眼。だが、その顔には見覚えがあった。

「……アレックスさん?」

 久々に呼ばれた本名。この名前を知っているのは……。

「ポチ……さん?」

70.衆

2007年2月8日 LIVE
 その後は特に目立ったトラブルもなく、衆の国境を越えることに成功した。国境に警備兵はいなかった。
 ザクロさんによると、

「衆の人たちは国境より集落を守ることに専念しています。集落に入るときは少し警備が厳しいので覚悟してください」

 とのことだ。まだ衆のプレイヤーは見れない。

 衆は砂漠の国。事前情報でよーくわかっていたはずだったが、

「あつーーーーい!」

 意味もなく叫んでみた。カイド王国で着ていた防寒着は国境沿いの『 』中立国の町に預けた(ついでに涼しそうな服も購入)。だが、衆の日差しは私の予想を超えた。汗がだらだらと落ちる。蜃気楼が見える。
 ザクロさんは白のローブのままで涼しそうな表情。トゥエルも白色だからあまり熱を吸収しないのだろう、同じく涼しそうな表情。
 だがクサモチさんからは煙が出ていた。

 私達が衆最西端の地域、『クッキ』地域にある小さな集落、『ビスト』に着いた頃には、クサモチさんはトゥエルの背中で干物のようになってしまっていた。

「……ダメだ……水分……」

 まるで海草のようだなと思いながら、私とザクロさんはビストの警備兵に話しかける。衆のほとんどのプレイヤーは鎧を身に着けておらず、赤銅色の肌と逞しい肉体を自慢するようにさらけ出していた。警備兵も例外ではなく、仁王立ちしている上半身裸の屈強な男達に話しかけるのはそれなりの勇気が必要だった。木造の物見やぐらからは鋭い眼でこちらを睨むプレイヤーもいる。
 オラァ、勇気を振り絞る。

「あの……」
「……」

 沈黙。

「集落に入れさせて……欲しいのですが……」
「……」

 沈黙。

「……いやあ、暑いですね」
「……」

 ……沈黙。やばい、泣きそうだ。

「入れてください、お願いします」

 馬から降りたザクロさんが一礼して言うと、二人の警備兵は普通に集落に入れてくれた。あれ? 嬉しいけれど、なんだかキレそうだ。ふふふ何故だろう?

「……水ー……」

 クサモチさんはいまにも昇天しそうな状態だった。アンタ、一体何しに来たんだ。何がしたいんだ。
 まあ、とりあえず衆最初の集落、『ビスト』に到着である。

69.花

2007年2月8日 LIVE
 マコさんを森近くにあった小さな集落に送り届けた後、私達は衆に向けて再出発した。(クサモチさんを加えて)
 モエリの港から衆へ行くルートは二つあった。一つはシムシ国を通る東側ルート。もう一つは『 』中立国を通る西側ルートだった。
 どちらも距離的には大差はない。だが、衆とシムシの国境沿いにある『アルル大渓谷』はLive世界最大の対人激戦区であるため、東側ルートは却下された。
 ということで私達は今、西側ルート、『 』中立国の少し南側辺りに居た。あの森を通ったのは近道の為だったが、予想外の出来事に遭ってしまった。だが、いい経験になったと考えれば問題ない。ポジティヴシンキングは重要だ。

 衆の国境は、もうすぐ。

 周りは美しい青空と、美しい花畑。ザクロさんはトゥエルから何度も降りようとしたが、その度にトゥエルが体を揺らしてそれを阻んでくれた。どうやらちゃんと私の気持ちを汲んでくれているようだった。ザクロさんは戦闘能力がないようだから、トゥエルの足はきっと戦闘時に役に立つ。恐らくこれが一番安全。

 ――誰も死なせない。

 申し訳なさそうにしながらも、ザクロさんはトゥエルを非常に気に入ってくれたようだ。嬉しそうな顔をローブで隠せていなかった。

「この子、非常にいい子ですね……」
「そうですか……?」
「ええ、わかります……。それに、多分この子……、何か持っています……」
「……何を?」
「……すいません、今はわかりませんけど……、ええ、とっても素敵なものです」
「……?」

 わからないけど素敵なもの? 私にはザクロさんの言うことがよくわからなかった。
 ザクロさんがトゥエルの首を撫でた。トゥエルは嬉しそうにヒヒンと一鳴き。金髪の美女と、大きな白馬と、お花畑のセットは、なかなかとても綺麗な絵になった。
 ……が。

「……蝶々……」
「……」

 集落から今まで、一言も喋らなかったクサモチさんが、蝶を目で追いかけながら呟いていた。……誰も死なせない……。けれど、きっとクサモチさんは放っておいても死なないだろう。なんだかそんな気がする。

「……誰かと無差別に戦いたくなってきた……」

 むしろクサモチさんを守る方法より、自分達の身をクサモチさんから守る方法を考えたほうがいいのかもしれない。だって、クサモチさんはオーラが危ない、オーラが。

「……でもやっぱり面倒になってきた……」

 お花畑をフラフラ漂うクサモチさん。どう扱うか未だ決めかねている私。

68.仲

2007年2月3日 LIVE コメント (1)
「かわいいパートナーができましたね」

 ザクロさんがいつのまにかトゥエルを撫でていた。

「パートナー?」

 初耳な単語だ。

「ええ、パートナーです。この世界では稀にモンスターや動物達と仲良くなれるんです。仲良くなったモンスターや動物たちはそれぞれ特徴的なスキルを持っていることが多いですから、ペット、というよりはパートナー(仲間)が正しいのです。ええ、二人(一人と一匹)で困難に立ち向かう、対等な仲間なのです」

 ザクロさんは説明しながらも、トゥエルのタテガミや背中を一心に撫でていた。どうやら馬は好きなようだ。

「ザクロさんのパートナーは?」
「……いえ、私にはいません。パートナーというのは相性と運が重要ですからね。この世界に入ってからすぐに出会うこともあれば、死ぬまで出会えないことも多々あります。だから11さんは、とっても運がいいんですよ。
 いいですねえ、私もパートナーが欲しいです……。カイド王国では比較的パートナー成立が多いはずなんですけどね……」

 ザクロさんの表情が落ち込んでいく。しまった。地雷だったようだ。

「あ、あ、ザクロさん! あ、あと、えーとそこの方、マコさん?」

 助けた女性のネーム確認。大きな籠を持ったマコさんは、突然話しかけられてあたふたしながらも頭を下げた。

「あ、はい。薬剤師のマコです。先ほどは、どうもありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして。マコさん、街まで送っていきますよ。トゥエルに乗ってください。ザクロさんもどうぞ」

 話の逸らし方が少し強引だろうか。

「あ、いえ、そんな……」
「わ、私も乗る必要はないと思いますけれど……」

 案の定、二人は渋ったが、

「いえいえ、女性二人を歩かせるわけには行きません。トゥエルも乗せたいと言っています。ほら、こんなにも私の頭を噛んでいるでしょう? これは『乗せたい』と言っているのです。私にはわかります。
 それに、いつ先ほどのような凶悪なモンスターが襲ってくるかわかりません。その場合、馬であるトゥエルに乗っておけば安心ですよ。逃げ切れます。
 あ、私のことは心配しないでください。大丈夫、私の逃げ足は馬よりも速いと評判ですから、逃げ切れます。むしろお二人を守るためにモンスターと戦うことになったら、私は非常に困ります。ええ、情けない話ですが、これは私のためでもあるのです。さあ、どうぞどうぞ、乗って乗って」

 とりあえず理があるようなないような話で強引に女性二人をトゥエルに乗せた。二人の女性の徒歩は次の襲撃時に不利だというのが本音だ。まあ、この森はもう安全だとも思うのだが、念のためだ。

 ――で。

「なんでクサモチさんも乗ってるんですか!」
「……いいじゃん……」
「ダメです!」
「……ちぇ……」

 トゥエルも流石に三人はきついのだろう。足が心なしかガクガクしている。
 不貞腐れた顔でトゥエルから降りたクサモチさんは、何故か私の背中に回っていた。

「……クサモチさん?」
「…………おんぶしてくれ…………」
「……………………………………」

 ……どうしよう。

 膠着状態の私とクサモチさんを残し、トゥエルは森の外に向かって歩き出した。(トゥ、トゥエルの薄情者ッ!)そんな私の心の声は、自分の脳内で反響しただけだった。

67.馬

2007年2月2日 LIVE コメント (2)
 私は大量のアイテムや果物の山に囲まれていた。

「ガウッ!」

 持ってけ、ということなのだろう。生憎私には耳がない青いネコの便利なポケットのようなものは持っていなかったので、なんとなく綺麗な石を一つ、取った。

「では……これを」
「ガウッ!」

 おっけー。ということなのだろう。そう思おう。

「……ビッグベアを倒すのではなく、癒すとは……流石俺の見込んだ男……」

 背後から幽霊のような声が聞こえたので、私は驚き飛び退いた。背後にはよく確認してみても幽霊のように見える緑色の魔法使いがいた。

「ク、ク、クサ、クサ……」
「……クサモチだ……。……クサじゃない……」
「えっ、クサモチさん!?」

 ザクロさんも、驚いている。

「どうして、ここに!?」

 私とザクロさんの声が揃う。

「……王国、飽きた……。……11、面白そう……。……ゴッドレス、潰す……」
「飽きたぁ!? もしかしてカイド王国から抜けちゃったんですか!?」
「……うん」

 ピシッ。ザクロさんは石になった。

「どうしてここがわかったんですか?」
「……フォロッサから、尾行してた……」

 衝撃の事実。フォロッサからここ、『 』中立国、初心者の森まで、クサモチさんに尾行されていたことに、全く気付かなかった。

「何故、そんなまねを……」
「……」

 クサモチさんは黙り込んでしまった。どうやら一日に話せる量は決まっているらしい。とりあえず今は放っておこう。
 いつのまにか、動物やモンスター達はほぼ全て森に帰っていた。ビッグベアも背中に小熊を乗せて、片手を振りながら森に帰っていった。

「……一件落着?」

 色々釈然としないが、とりあえず女性を守ることはできた。私にしては上出来だろう。
 ガプ。今度はなんだ。私の頭を噛むのは誰だ。
 振り返ると、大きな白い馬が立っていた。私の手の位置まで頭を下げてきたので、一撫でしてみる。鼻先には小さな角のような出っ張りがある。毛並みは繊細。目は金色だった。

「……一緒に行きますか?」

 ヒヒン、と馬は短く鳴いた。肯定だ。そう思おう。

「……『12』は、流石に可哀想ですね。よし、君の名前はトゥエルです」

 私の安直な名付けに、トゥエルは嬉しそうにヒヒンと鳴いた。唐突にパートナーができた。逃げ足も速そうなので嬉しい限り。

66.礼

2007年2月1日 LIVE
 その後私はその場に降ろされた。そういえば、さっきから危険を感じない。まさかとは思うが……。

「グオオオオ!」

 ビッグベアが空を仰いで咆えた。その咆哮は森中に響いた。鳥がバサバサと飛び立ち、森の葉がざわめく。
 それも収まり、静かになったと思ったら、今度は木々の間から、複数、いや無数の足音が聞こえてきた。それが四方八方から、この場所に近づいてきていた。

「……まさか、ねえ」

 不安そうにするザクロさんと薬草を持っている女性。だが私は、果物や色々なアイテムを咥えた動物やモンスター達が飛び出してきたのを見て、安心していた。

「……どうやら、お礼がしたいようですね」

 今は危険を、全く感じていなかった。
 これぞ、大怪我の功名。

65.懐

2007年1月31日 LIVE
 ……!

 ……。

 ……?

 だがいつまで待っても、私が現実世界に戻されることはなかった。気付くとなんだかフワフワしたものが、わきの下に当たっている。

「……? ……おおう!」

 私は飛んだ。いや、ビッグベアに両前足で持ち上げられた。ビッグベアは大きな前足を器用に使って、私を掴んでいた。毛はふわふわで気持ちいい……じゃなくて。
 ビッグベアの、大きくてごつい顔が私に近づく。まさか、生きたまま食べる気か!? 私は今度こそ覚悟し、眼をつぶった。……が。
 べろん。暖かい湿ったものが顔を撫でた。

 どうやら私はビッグベアに、舐められたようだった。

64.終

2007年1月30日 LIVE
 ドサリと。

「……ガウ?」

 倒れたのは何故か、私だった。

「……あれ?」
「11さーーーん!」

 ザクロさんの叫び声が、ひどく遠くで聞こえた。

「それ、『癒しのナイフ』ですよー!」
「……え?」

 ※癒しのナイフ(ザクロさんの話の要約)
 ・自分の生命力を敵に与えるアイテム。
 ・つまり切った敵を回復させるナイフ。
 ・あんまり使いすぎると死んじゃいますのでご注意☆

「……ガウ!」

 ビッグベアは二本足で立って、両腕で力こぶを作っていた。シャキーン。なんだこの効果音。『ビッグベアは全回復しました』なんだこの悪夢のメッセージ。

「のわああああ! なんでそんなもん持ってんだあのトレジャーハンターはああああ!」

 ここで皆様によく思い出して欲しい! フルファイアと対峙したとき、10が握っていたモノを! そう! これ! 確かにこれだった! 癒しのナイフ! 未だに信じられない! まさか敵を回復させるナイフを構えていたとは! 正気か!
 いや、今はそれどころじゃなかった!
 ビッグベアの足音がどんどん近づいてくる。私はうつぶせ状態で這って逃げようとした。が、全く力が入らない。

「おおおお! 本当に死ぬ!」
「11さーーーん!」

 どんどん遠くなっていくエコー付ザクロさんの声。ビッグベアの影が私の体全部を包んだところで、私は悟った。

 お わ っ た 。

63.剣

2007年1月30日 LIVE
「あっ」

 私は、空を、飛んでいた。
 ああ、これも武器がなかった所為だ。最初に持っていたショートソードはどうしたんだっけ。ああ、そうだ。カイド王国に行く前に、売ったんだっけ……。無一文だった私が防寒着を買う為に、10さんはかなりの額のお金を貸してくれたけど……私はまだそのお金を返していなかった……。

 ……10……さん……? そういえば!

 ゆっくり進んでいた時間が、突然動き始めた。

 どうにか体勢を立て直し、着地。衝撃。少し足が痺れたが、その後の行動に問題はなかった。意外と頑丈な体。
 懐から、すっかり忘れていたナイフを取り出す。まあただのナイフなど、ビッグベア相手には針のようなものだろうが。

 ――でもこれは、あの10さんが、持っていたナイフだ。姿かたちは、白い刀身、白い柄、繊細な装飾。洗練された白いナイフ。だが持った瞬間、体中に力が漲《ミナギ》った。これがただのナイフであるわけがない。

 ビッグベアは背中に二度も乗られて、ちょっとキレたらしい。意外と素早い動きで攻撃を繰り出してきた。私は冷静に体勢を低くして、構えた。

 ――行ける。

 ドン、爆発音が間近で聞こえた。白いナイフの刀身からオーラがあふれ出し、サーベルのような形を作っていた。
 それを確認したと同時に、私はビッグベアの肩口からわき腹を走りざまに。

 一刀で。

 袈裟切っていた。

 手ごたえ……有り。

 時間が止まる。

 私とビッグベアは、背中合わせで止まっていた。

 フッと、白いオーラが――消えた。

62.助

2007年1月29日 LIVE
 ヒーローの心境↓

 うわ、でかい。どうしよう。神速で登ったのはいいけど、どうしよう。うわ降りられない。どうしよう。どうする? 私、どうする?

 後先考えずに飛び出した所為で、私はビッグベアの肩の上で考え事をするはめになってしまった。

「ガウ?」

 当然、ビッグベアは首を傾げた。ビッグベアにとって私は虫のような存在なのだろうが、気になることは、気になるらしい。振り上げた手を、そのまま私のいる肩に下ろしてきた。

「わっ!」

 さっ、と素早く避ける。
 その際、手がツルッと滑る。

「わあああああ!」

 私が落下した音を聞いて、ビッグベアは私の方を振り返った。

「いたた……」

 強かに背中を打ちつけた私に、微震が伝わった。ビッグベアの、足音だ。ビッグベアはゆっくりと体をこちらに向けようとしている。

「……でかい」

 直立ビッグベアの大きさは、三メートルに届いているのではないか? さあ、ブルッ、きた、寒気。ビッグベアは、私を敵と認識したらしい。
 ビッグベアが倒れるようにして、腕を振り下ろしてきた!

「おわあああああ!」

 爆音。砂煙。
 私はどうにか神速を使ってその場を離脱していた。座り込んだまま動かない女性の側まで駆け寄り、呼びかける。

「大丈夫ですか! 早く逃げて下さい!」
「え……? あ……」

 信じられないものを見たような表情で、女性は私の顔にゆっくりと焦点を合わせた。よし、あとは……。

「ザクロさん!」
「はぁ……はぁ……、神速は……ずるいですよ……11さん……」
「この人、お願いします!」

 息を切らせて追いついてきたザクロさんに女性を任せる。そして地面に大きな穴を開け、まだ私の姿を探しているビッグベアの背中に、飛び乗った。

「おおお!」

 そして武器を…… 武器を……?

 ……あれ、もしかして……?

 私、武器持ってない!

 勢いよく立ち上がったビッグベア。私は宙に投げ出された。
 第三章 衆編

 今日も森は穏やかだった。木や葉の香りがしみ込んだ空気。その空気を伝わって届く、小さなモンスター達の鳴き声。
 大きな籠を持って歩いているのは『マコ』という名前の女性のプレイヤーだった。彼女は背が低く、普通の布の服を着ているだけだったので、戦闘能力があるようには見えなかった。
 彼女の大きな籠に入っているのは薬草の類。Liveにいるほぼ全てのプレイヤーが使ったことがあるであろう、体力を回復するポピュラーなアイテム、『薬』の材料だ。
 彼女の職業は『薬剤師』。戦闘能力はなくても、Liveには欠かせない存在である。

 そんな戦闘能力がない彼女でも、この『初心者の森-レベル2』ならまだ一人でも安全……なはずだった。

「……?」

 彼女は、森に入った時から、いつもと違う感覚、違和感を感じていた。森が騒がしい、落ち着かない、そんないつもと違う森を、感じていた。表面上は、確かに穏やかなのだが。
 しかし、彼女は気のせいだと思い込み、いつものように森の中へ入った。少々のことで日課を止めるわけにはいかない。それが彼女の職人魂だった。
 だが、一歩進むごとに、その感覚は薄くなるどころか濃くなっていった。薬草探しにも集中できず、籠は三分の一も埋まっていなかった。
 ……帰ろう、彼女がそう思ったときだった。

 突然木々の間から、通常より一回り大きな熊が現れた。

「……ッ!」

 もちろん、彼女が太刀打ちできるレベルの相手ではなかった。

「きゃああああ!」

 すぐさま彼女は防衛行動『叫ぶ』で敵を威嚇して、他のプレイヤーに助けを求めた。戦闘向きのプレイヤーが彼女の声を聞けば、或いは助けてもらえるかもしれない。だが、おそらく中級者レベルであろうこの巨大な熊に、太刀打ちできるプレイヤーが、果たしてこの初心者の森にいるのだろうか。
 熊は叫び声に少しも怯む様子を見せず、四本の足で彼女にのしのしと歩いて近づいていく。そのゆっくりとした移動動作は、熊の超重量を如実に物語っているようで、彼女はますますパニックに陥った。
 逃げるという考えも浮かばない。彼女はその場から一歩から動けなくなった。
 熊はよく見ると傷だらけで、とても怒っているように見えた。おそらく他のプレイヤー達と交戦した後なのだろう。さぞかし自分に傷を負わせたプレイヤー、つまり人間達を憎んでいるに違いない。
 熊――ビッグベアは、二本足で立ち上がると、片方の腕をさらに高く掲げた。その腕は太陽を隠して、彼女の体を影で覆うほどの大きさだった。二メートルを超える物体が振り下ろす攻撃の威力は、彼女を確実に昇天させるだろう。彼女は物語の終わりを覚悟した。

 しかし、そこで彼女は気付いた。
 確かに聞こえた鋭い風の音。いつのまにかビッグベアの肩の上に、立っていた人影。

 その人物は、赤いスカーフを風になびかせ、ヒーローのように現れた。

60.再

2007年1月26日 LIVE
 その後、アトラさんと私は、それぞれ知り得るゴッドレスメンバー(と思われる輩達)の情報を交換した。といっても、私は一人しか知らなかったのだが。
 最終的に、アトラさんには情報を罪悪感が湧くほど一方的に貰った。そんなことを気にする素振りも見せず、アトラさんは笑って言った。

「さて、これからお主はどうするのじゃ? 儂はお主を牢屋に入れる気も、カイド王国の一員にする気もないぞ。お主は何処か10に似ているからの。何かに縛られるのを嫌うじゃろう」

 10さんに似ている……なんだか微妙な気持ちになった。とりあえず、質問に答えよう。

「えーと、私は衆に行こうと思っています。まだ、行ったことがないので」
「衆か。あそこは内乱やら何やらでドタバタしておるぞ」
「そうなんですか。でも、10さんは、『周と会え、精一杯楽しめ』って、言っていましたから」
「……ふむ」

 アトラさんは腕を組むと、突然大きな扉の方向に歩き始めた。アトラさんはずっと黙って立っていたクサモチさんとヤミハルさんの間を通って、扉の少し手前で止まった。
 アトラさんが止まったのと同時に、扉が勢いよく開かれた。王の間に入ってきたのは、先ほどの兵士二人と、ザクロさんだった。

「王!」
「王!」

 二人の兵士の声が見事に揃った。

「なんじゃい、五月蝿いのう」

「捕らえます!」
「捕らえます!」

「まあ、待て、待て」

 アトラさんは、私を見て目くじらを立てる二人の兵士を手で制すと、ザクロさんの前へ歩いていった。

「……!」

 怒られると感じたのか、ザクロさんは両手で頭を隠して、眼を閉じた。
 そしてアトラさんは腕を振り上げて……、ザクロさんの肩を軽く叩いた。

「うむ! ザクロにも衆に行ってもらおうかの!」

「え……?」
「え……?」

 私とザクロさんの声が、重なった。

------------------------------------

 翌朝。
 雪は止んでいた。
 久しぶりに見た青空は、空気が綺麗で冷えている為か、透き通って見えた。

「あっ!」

 溶け残った雪で足を滑らせて、ザクロさんが転んだ。

「だ、大丈夫ですか?」
「す、すみません」
「いえ、こちらこそ道連れのような形になってしまって……」
「そ、そんな、違いますよ。こちらが連れていってもらうようなものなので……」
「いえいえ、私のようなものが……」
「いえいえ、私なんて……」
「……そんな!」
「……恐縮!」

 雲はゆっくりと、時々太陽を隠して、流れていった。

 以下、フォロッサ城での会話。抜粋。

(白魔法使いザクロ。王アトラが命じるぞ。今すぐこやつ(私のことを指差す)と衆へ行って、周と会ってこい)
(い、いますぐですか?)
(うむ、いますぐじゃ)

 以上、問答無用でした。

 レンガの道には陽光を反射する溶け残った雪がぽつぽつ。魔法使いや商人達の往来も戻ってきたようだ。それぞれの家の壊れていない煙突から、白い煙がもくもくと出ている。
 本来のフォロッサの姿。一晩だけでこんなに戻るとは思わなかった。やはり慣れているのだろうか。

「さて、行きましょうか、ザクロさん。よろしくお願いしますね」
「はい、えーと……11《イレブン》さん。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

 ザクロさんは礼儀正しくお辞儀をした。11。慣れない名前で呼ばれて、私はまたアトラさんの言葉を思い出した。

(その名前隠し君。折角持っているのだから、利用しない手はないぞ。これからゴッドレスを追っていくのなら、どんな油断もしてはならないのじゃからな。名前だけで敵を殺せるプレイヤーがおるやもしれぬ。これからは用心の為に、偽名を名乗ると良いじゃろう。あやつと同じように、な)

 11《イレブン》。何も考えずに、名乗った。10さんが、こんな名前を私が名乗っていると知ったら、きっと大爆笑するだろう。間違いない。地面をばんばん叩きやがるに違いない。
 緩やかなカーブの道を降りていくと、フォロッサの町の出入り口が見えた。フォロッサに到着した時、雪が降る中、私とともに馬車を降りる10さんの姿が、ふと見えて、瞬きすると消えた。……幻覚まで見るとは。これからは10症候群と呼ぼう。

「11さん?」
「え? ああ……行きましょうか……」

 止まっている馬車に行き先を告げる。ザクロさんと荷台に乗り込み、出発を待つ。少し暗い荷台の中で、私は壁にもたれて力を抜いた。
 持て余す時間。またまた、アトラさんの言葉を思い出す。

(10のコレクションの中に、赤いスカーフがあっただろう? 本当に効果があるのかわからない。だが10は、信じていたな。そのスカーフの効果は……)

 ガタン、と音がして、馬車が走り始めた。ザクロさんの表情は、心なしかワクワクしているようにも見える。ザクロさんはカイド王国から出るのが久しぶりで、楽しみらしい。
 荷台の隙間から、首を出してみる。馬車はそれなりのスピードになっていた。遠ざかるフォロッサの都市。とんでもないことばかりだった。悲しいことも、少しあった。

 私の首に巻かれていた、10さんの赤いスカーフが、風になびいた。

(望めば必ず、また会える)

「再会の……スカーフ……」

 呟きは風とともに、フォロッサの冷たい空気の中へ、溶けていった。

 

 私とザクロさんが乗っていた荷台の上。つまり、荷台の屋根の上で寝転がって陽光を浴びていた緑の魔法使いに、私達が気付くのはかなり後となる。

 第二章 カイド編 完

59.遺

2007年1月26日 LIVE
「質問は……ないです」

 というより、何か考える気が起こらない。

「沢山の情報を、私のような侵入者に――ありがとうございました。これで、はっきりしました。私の敵が」

 …… ゴッドレス ……!
 10さんのなくなった右腕。最期の笑顔。笑う炎の男。フルファイア。瓦礫の山と、夕日が、次々にフラッシュバックした。
 固い決意を。

「ふふふ、お主はいい眼をしておる。何故か応援したくなるの」

 最初の威圧感は何処へやら、アトラさんは人懐っこい笑みを浮かべた。
 ……アトラさんには、言うべきだろうか。10さんが……昇天したことを……。

「ふん……儂を見くびるなよ。10の奴に何かあったのはわかっておる」

 考えていたことを、ずばりと当てられた。

「名前隠し君、効果石。そんな変なアイテムを持っていた奴は世界に一人しかいなかったはずじゃ。馬鹿で阿呆でどうしようもない奴、一人のみじゃ。
 じゃが、そいつは自分のコレクションを絶対に他人に譲らない奴じゃった。お主の【神速】もヒントになったしの」

 アトラさんは全て……わかっている。

「顔を上げよ、【名のわからぬ者】よ。奴が、10が、昇天したくらいで死ぬような男に見えたか?」

 ……なんだか、言葉の意味がおかしいような。

「落としたコレクションを、そのままお主に譲るような奴に見えたか?」

 ……。

「見えませんでした」
「そう、それが答えじゃ」

 アトラさんが愉快そうに笑ったのにつられて、私も久しぶりに心から笑った。

58.嘘

2007年1月26日 LIVE
「嘘でしょう」

 発言をするつもりはなかった。が、するりと出てしまった、というべきか。なんだろう。私にはそれがごく当たり前に嘘だと思えた。
 王の間を静寂が支配する。何故静寂の中でしーんという効果音が聞こえるのだろう。

 パンパカパーン!

 このタイミングで効果石が発動!? 何故だ! 10さんの呪いか!?

「……」
「……」

 さらに場が静まる。空気に押しつぶされそうになる。

「ふ」

 何時間も経過したのではないかという錯覚の後に、アトラさんは

「ぬわはははははははは!」

 これまでにないほど笑い倒した。

「効果石と名前隠し君! お前、10か? 通りで切れるわけじゃ」

「いや、10さんは……」

「くく、まあ良い。そうじゃ、嘘じゃ! 儂は、この事件、シムシに仕組まれたものではないと思っておる。隻眼の剣士も本物ではあるまい。幻惑を使えるのなら、なんらかの方法で儂らに【シムシで有名なプレイヤーが賢者の石を奪った】、と認識させることもできよう」

 アトラさんはよくぞ見破った、と言わんばかりにまくし立てる。

「大体、わざわざ白と青の鎧着て『シムシ国です』と言いながら儂らカイド王国の国宝を奪うなんて間抜けな行動を、あのアイゼンが許すわけがない! 奴ならもっと上手くやるに違いないのじゃ!」

 褒められてるのか貶されてるのかわからないアイゼンさん。

「十中八九、カイド王国とシムシ国の関係を悪化させたい何者か、または組織による行動じゃ。はっ、こんな馬鹿げたことをする組織は、決まっているがの!」

『ゴッドレス』

 私の呟きと、アトラさんの言葉が重なった。シムシのオルグの森事件以来、ずっと気になっていた単語。

「頭のイカれたプレイヤーキラーの集団。『ゴッドレス』という単語は、この世界ではタブーに近くなっているほどじゃ。
 奴らめ、とうとう国単位、いや、世界全体に影響が及ぶ行動を始めよった!」

 どんどん、話が大きくなっていく。私はその話にしがみつくのが精一杯だった。

「奴らが動き始めたのなら、おそらくシムシとカイドの戦争は避けられぬ。奴らは目的のために手段を選ばぬし、国は儂の持ち物じゃないからの。扇動を止めることは、できぬ。シムシは民主国なのだから尚更じゃ。
 解りやすく言うてやろう。

 もうすぐ、史上最大規模の戦争が始まる

 重大で壮大で信じられないことが起こっているはずなのに、アトラさんは何処か嬉しそうだ。クサモチさんとヤミハルさんも、心なしか楽しそう。

「いい度胸じゃの、ゴッドレス。儂に見え透いた偽証罪と手荒な強盗罪で喧嘩を売るとは。
 ということで儂らのこれからの方針は、
 1.戦争を遅らせる
 2.ゴッドレスをぶっ潰す
 3.賢者の石奪還
 の3つじゃ。
 これが、『必見! カイド王国丸秘最新情報』じゃ。参考になったかの? 何か質問はあるかの?」

 参考になりすぎて、逆に困るほどだった。

57.眼

2007年1月26日 LIVE コメント (2)
「隻眼の……剣士」

 聞いたことのない人物名だった。

「今、シムシで急速に名を上げておる剣士じゃ。青と白の鎧を装備しているくせに、ドス黒い気を放っておったわ」

 アトラさんは、忌々しそうに事の次第を話し始めた。階段を降りきっても、アトラさんは私にゆっくりと近づいてきた。

「リヴァイアサンの襲撃で、城の警備が手薄になったところを、襲撃。単純じゃが最も確実な方法じゃ。実際にリヴァイアサン襲撃時、この王の間には儂とそこの魔法使い、クサモチしかいなかった」

 前髪で眼が隠れている魔法使いが、こちらに背中を向けて、何かブツブツと呟いていた。表情は陰になっていて、全く見えない。

「……殺す殺す殺す殺す……」

 聞かなかったことにした。

「今日の警備はヤミハルとクサモチじゃったが、ヤミハルはリヴァイアサンの方に回ってもらっていた。敵の思い通りになった、というわけじゃな」

 黒いドラゴンの上に乗っている黒い鎧を着た人は、話を聞きながら、腕を組んでいた。黒いヘルムで顔は全く見えない。この人が、ヤミハル。ビギナの酒場を焼いたドラゴンテイマーと、同一人物なのだろうか。……今は関係ないことだが。

「初めに異常に気付いたのはクサモチじゃ。だが、お主と同じように初撃が当たらなかった所で、勝負は決まっておった」

 いつのまにか目の前に、アトラさんは立っていた。私と同じぐらい、もしくは私より少し高いくらいの背丈。眼の位置もほぼ同じ。

「剣士の癖に、幻惑など使いよって。しかも相当な使い手よ。気付いたら、賢者の石はなくなっていた。儂の眼から抜き取られておったわ

 アトラさんは眼を私の眼に、近づけた。近い。物凄く近い。
 よく見ると、アトラさんの左眼は瞬きをしていなかった。遠くからは同じに見えた二つの眼、瞳は、微妙に色合いが違った。

「この左眼は、義眼じゃ」

 何も映さないアトラさんの左眼。

「儂らは絶対に許さぬよ。シムシ国、アイゼン、隻眼の剣士、【ポチ】……」

 ――聞いたことのある、人物名だった。

56.虎

2007年1月25日 LIVE コメント (1)
「情報……情報ときたか。なるほど確かに、情報は重要じゃな」

 呟きながら、アトラ王は私に近づいてくる。一歩一歩確実に。全てを吸い込むような深さを持つエメラルドグリーンの瞳を私だけに向けて。

「それで、何を聞きたいのじゃ?」

 ドクンドクンと、心臓の音が五月蝿かった。のるかそるか。

「……賢者の石を奪ったプレイヤー」

「!」

 オ ワ ル 。

 これまでにないほどの危険。同じ空間にいる、世界トップクラスの力を持つプレイヤー三名。アトラ、クサモチ、ヤミハル。その三名の殺意を同時に向けられるとは、なんと豪華なひと時なのだろう。冷汗、脂汗、震える指先。
 だがこれで、推測は確信に変わった。

「やはり、奪われたんですね? 賢者の石」

「……くく、ははは! 本当に面白い奴じゃのう、お主は。それを確かめる為に、虎の口に手を突っ込んだのか? ふふふ」

 アトラ王は腹を押さえながら笑っている。私も笑おうとしたが、無理だった。顔が引きつっただけだった。

「そう、その通りじゃよ、賢者の石は奪われた。たった一人の隻眼の剣士にな」

 クサモチさんも、ヤミハルさんも、最重要機密であるはずの情報の漏洩に、何も言わない。それはそうだ、都合が悪くなったら、――消せばいいのだから。

55.奇

2007年1月24日 LIVE
 薄いカーテンが勢いよくひかれた。王の座には意外というべきか、予想通りと言うべきか、背の高い女性が立っていた。カイド王は男性だろうという考えは、どうやら私の勝手な思い込みだったようだ。綺麗なエメラルドグリーンの髪を二つに分けて纏めた女性は、口元を嬉しそうに歪めていた。溢れるほどの自信が満々の瞳。階段を一つ下りるたびに、肩の辺りで揃えられたツインテールが揺れた。

「儂の部下達の攻撃を凌ぎ切るとはやるのう、侵入者。その初心者っぽさは演技か? だとすれば、中々の曲者じゃの」

 『王』と、達筆の文字が大きく赤く描かれた緑のTシャツ。ズボンは所々穴が開いたジーパンという、王、いや一般人でも珍しい奇抜なファッション。女性という性別を無視したおかしな喋り方と絶妙にマッチしていて、得体の知れない威圧感を醸し出している。

「儂は現カイド王国の王、アトラじゃ。……何故か、お主の名前が確認できないのじゃが……」

 私は懐に入っている名前隠し君のことを思い出した。すっかり忘れていた。

「まあ、別に良い。名前がわからぬのもまた一興。儂はお主に興味が湧いた。お主はここに何をしにきたのじゃ? 欲しいものは儂の命か? それとも……」
「情報です」

 心を流されないように。ここからが本当の勝負。 

54.声

2007年1月23日 LIVE コメント (3)
 扉を開けて最初に目の前にあったものは、雷だった。扉を開ける前から顔の辺りを貫くような危険は感じていた。

「うおおおお!」

 それでも、凶悪な雷鳴を轟かせながら、雷の矢が顔面のすぐ横を通り過ぎたなら、ビビるのが普通だろう。普通のはずだ。普通だ!

「ぎゃああ! 何するんですかいきなり!」

 私は怒りに任せて叫ぶ。明らかに侵入者な私は攻撃されても仕方ないのだが、何故か叫んでしまった。

「外した……。また外した……」

 濃い緑色のローブを着た魔法使いが、右腕を私の方に向けたままブツブツと何か呟いていた。ローブから覗く顔は、エメラルドグリーンの前髪で約半分が覆われており、眼が全く見えず、感情が窺えない状態だった。……不気味だった。

「ぐへへぐへへと下品に笑うシムシのヤツにも逃げられた……」

 起伏も抑揚もない声。私はその奥に怒りのようなものを感じることができた。

「……消えろ」

 物騒なことを呟きながら、緑の魔法使いはその右手に物凄い量の雷を発動させていた。気圧の変化か、広い王の間内の空気が乱れ、補修されていた窓やシャンデリアがパリンと音をたてて割れだした。
 だが私は、目の前よりも背中の危険に思考が取られていた。

 姿勢を低くする。また背景が線になっていく。階段では無意識に発動したが、おそらくこれが、10さんから【継承】した……。

 【 神 速 】。

 横に 跳 ん だ 。急速に線が元の形に戻っていく。一瞬で横に移動した私は、まさに先ほどまで私の背中があった場所に黒いドラゴンの爪が突き刺さっているのを確認した。

「な、んだと?」

 ブラックドラゴンに乗っていたドラゴンテイマーが驚きの声をあげた。緑の魔法使いは構わず私に標準を合わせ、巨大な雷を放とうとしていた。

「やめよ! クサモチ! ヤミハル!」

 凛とした、勇ましい声が風乱れる王の間の空気を一瞬で整えた。声と同時にクサモチは詠唱を止め、ヤミハルはドラゴンの頭を下げさせた。

「ははは! 面白い侵入者じゃな!」

 王の間でさらに一段高い場所。薄いカーテンが張られたおそらくは王の座から、何故か女性の声がしている。

 ……まさか。

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