93.馬2

2007年2月24日 LIVE
 最後の朝。

 走電さんはまだ薄い布の中で眠っていた。私はお礼をしたいと思った。だが、価値の有りそうな自分のものは、何一つ持っていなかった。

「ありがとうございました」

 だから深々と、頭を下げて、礼を言った。

(多分、起きていた、かな……)

 テントの外は、まだ薄暗かった。空気は肌寒い。
 初めて見たLiveの太陽をまた見ることはなく、私はこの世界を去ろうと思っていた。

「……根性、ないな……」

 モチベーションが下がりに下がりきってしまっていた。ここがターニングポイントだということは、自分でもわかる。だけど……。

「……面白かった……」

 空を見上げる。星は見えない。

 その時、耳の奥に、馬の蹄が地面を踏む音が小さく響いた。それが一定の(でも少しおかしい)間隔で続いて、段々大きくなっているのにも気付いた。

「……」

 ゆっくり視線を落とすと、薄暗闇の中から、右後足を引き摺りながら歩くトゥエルと、白い旅人の服を着た女性が現れた。二名とも、砂だらけだった。

「……やれやれ。やっぱりパートナーへの忠誠心か。この白馬君、立派だわ」

 紫色のショートカット、眼鏡をかけた知的な女性は、私を見るなり、ため息をついた。だが、私は、

「トゥエルッ!」

 何かが終わったかのように倒れた、トゥエルに駆け寄っていた。

92.争

2007年2月24日 LIVE
 ログアウトして、そのまま戻ってこなければ……。

 何度も考えて、気だるくなって……。

 あのとき、死んでおけば……。

 何度も考えて、気だるくなって……。

「ウジウジと鬱陶しい奴だな、お前は」
「……走電さんは、さっぱりとしていますね」
「おうよ!」
「羨ましいです」
「そんなこと言われたのは初めてだな」

 結局、走電さんには二日程お世話になってしまっている。

「喧嘩に負けたのか、そんなの気にすんな」
「まだまだ、学ぶべきことはたくさんある」
「お前はまだまだ強くなれる。だろう?」

 そんな走電さんの言葉に、引っ張られて、この世界にまだいる。

(明日、ログアウトしよう……)

 ここ、フィーユ集落に来てから二日。トゥエルは帰ってこなかった。それで気付いた。何処かで期待していた私が居た。
 動かなかった体はなんとか歩けるようになるまで回復し、集落の中をよろよろしながら見て回ることができた。
 ここはまだ『周』派のテリトリーらしく、争いが頻繁に起こっているわけではなかった。だが、集落の人々が私に気付くたびに、『警戒』と『敵意』が一瞬見える瞳で睨みつけられるのは勘弁してほしかった。

(ゲームの中でも、争うのか)

 シムシ、カイド、衆。
 アイゼン、モンスター。
 カイド、リヴァイアサン。
 周、銀。
 国、ゴッドレス。
 私、フルファイア。

 何も考えたくなくて、そんなことも考えてしまう私だった。

91.生

2007年2月24日 LIVE
 白馬が、砂塵の中を、歩いていた。

 背中には、死んだように眠る、一人のプレイヤー。

 『フィーユ』地域の集落に、体中砂だらけの白い馬と、ボロボロになった一人のプレイヤーが辿りついていた。プレイヤーに意識はなく、疲労、傷もひどい状態。最早いつ昇天してもおかしくない状態だった。
 そんな重傷人を、大砂漠を越えて運んできたその白馬は、フィーユ集落のプレイヤーの制止を振り切り、再び砂漠の中に消えたという。

-----------------------------------------

 灼熱があの人を焼いている。

 灼熱が私を焼いている。

 涙は熱で蒸発する。

 灼熱は私を焼いている。

『あははははははは!』

 笑い声が、頭の中で響いている。

 
 
 
 
 
 ――私は眼を、開けた。

 
 
 
 
 Live第四章 -世界編-
 
 

 起きてから、夢だったのかと納得した。しかし、バーチャルでも夢を見るのかと疑問に思った。……まあ、バーチャルといえども、これだけリアルなら、夢にも出るか。
 ……しかし、ゲームの中で寝るというのはどういうことなのだろう。思えば、危険察知もそうだ。あの寒気は、直接私の脳に届いているような気がする。ある意味ブレインコントロールだ。そう思うと、恐ろしい。なのに、何故。

 ――私は今も、ここにいるのか……。

 ここは、テントの中のようだった。天井は一点に集まっていく布で、周りに置いてある物は小さな戸棚ぐらいだった。私は薄い布の上で寝かされていた。

「お、兄ちゃん、起きたか。凄い生命力だな」

 その声で、意識が完全に覚醒した。身を起こそうとすると、

(……あれ?)

 起きなかった。

「ああ、無理すんなよ兄ちゃん。凄い怪我と疲労だったぜ? しばらく起きるのは無理だよ」

 そう言って私の顔を覗き込んだ男性の顔は、ジョーカーマスクで隠されていた。

「……!?」
「はは、驚いたか? まあ、気にすんな」

 無理だよ。

「俺は、そうだな……『走電』だ。お前さんは? なんで名前見えないの?」

 『走電』、走る雷。いかにも偽名っぽかったが、ネーム確認などという無粋な真似はやめた。

「私は……」

(11……)

「……覚えて、ないです」
「はは、ゲームの中で記憶喪失か? 珍しい奴だな。
 うーん、名無し……いや駄目だな。よし、お前の当面の名前は『喪失』だ! うん、かっこいいぞ!」

 『喪失』。なるほど、今の私にぴったりかもしれない。

「……色々とありがとうございました。でも、どうして私は助かったんでしょう? ……ここは?」
「ああ……、そのことなんだが……」

 走電さんの声色が変わる。

「まず、ここは衆の首都ともいえる集落『チョコ』の東側大砂漠を越えたところにある『フィーユ』っていう地域にある集落だ。今も内乱でギスギスしてるんだが、あんたは衆人みたいじゃなかったから、俺が勝手に助けた。と、言っても、あの砂漠を越えてあんたを助けたのは、白い馬だったんだけどな」
「……トゥエル……」
「ん? お前のパートナーだったのか。だが、そのトゥエルは、お前をここに運んだ後、またどっかにいっちまったぞ。俺も止めたんだがな」
「……そう、ですか……」

 きっと、愛想を尽かされたのだろう。トゥエルは一旦ビストに置き去りにしてしまった。だのに、わざわざ大砂漠にまで助けにきてくれただけでも、感謝しなければならない。

「そんでだな、お前、最近生命力を大幅に削ったことあるか?」
「……? ええ、二回ほど」

 初心者の森で女性を助けたときと、フルファイアに殺されかけたとき。

「スキルレベルアップを確認してみろ」

 スキルレベルアップ 生命力【C】
 炎の脅威は遠かった。炎の脅威は私を見失った。

 だが、私は、私を見失った。笑える言い草だった。

「久しぶりだなぁ、アレックス。俺、衆の内乱とかの情報収集、を偉そうにしてる7−1に頼まれてたんだよ。市超いなくなっちゃったしさ。聞いてる?」
「……」
「なしのつぶて、か。ま、慣れてるけどサ。どうやら衆はヤバイことになってるみたいだなー。それで今回の事件だろ? もう衆は終わりかもなー」

 他人事のように語るアメツキさん。まあ、確かに、他人事なのだろう。私にとっても、他人事。

「内乱に、ゴッドレス襲撃、か。俺はもう少しこの件を調べようと思っているんだけど、お前はどうするんだい?」

 アメツキさんの声も、やけに遠い。他人事だ。

「……わかりません」

 段々と炎が消えていく砂漠。明けていく夜。

「……そうか。では、さようならだ」

 あっさりと私を助けたアメツキさんは、あっさりとテレポートで消えてしまった。さて、これから、どうしよう。何かどうでもいいことを考えようとした。でも。

 敗北だった。

 完全なる敗北だった。

 力で負けた。心で負けた。あいつに負けた。

 人はそこから如何に早く立ち上がれるか、で強さが決まるんです。

 立ち上がれない

 なら、死ぬだけです

「――か」

 何処から仕入れた言葉なのだろう。考えるのすら面倒だ。

 衆の大砂漠をさまよえば死ねるだろうか。不甲斐なき私を砂漠の日差しは焼いてくれるだろうか。

(ま、そんな感じで、頑張れよ。最後に笑っていられるように)

 誰が言ったか、そんな言葉。これからはもう、笑えそうも、ない。ポチさん、ザクロさん、クサモチさん。一瞬考え、歩き出す。これで私は、逃亡者。これでホントの、逃亡者。

「痛ッ……」

 火傷、疲労、切傷、心傷。左手の感覚が少しおかしい気もした。私は左手をだらりとぶら下げて、歩き出す。

「何処へ、行こうかな……」

 何処へも、行けないな……。

 いよいよ太陽が昇りはじめた。そんな時に私は傷だらけで衆の大砂漠に飛び出していた。自殺志願者で間違いない。

 砂を踏む。汗が落ちる。砂を踏む。汗が落ちる。砂を踏む。涙が落ちる……。

 世界破滅へのカウントダウンが、始まっていたとも知らずに

 -第三章- 衆編     

89.燃

2007年2月21日 LIVE コメント (1)
「うわああああああああ!」

 甘かった。

「あああああああああ!」

 弱かった。

 その力はただ、圧倒的だった。

「はははははあはあああああ! 焼かれろあああああああああ!」

 砂漠を炎の海にした男。その男は『焼く』以外のことを考えていなかった。人を『燃やす』ためにできた男。私なんかが敵う相手ではなかったのだ。
 無様に這いずり回り、顔中に砂をつけ、私は逃げた。

 完膚なきまでに逃げた。

 魂や勇気でどうにかなることではない。生半可な決意だったわけではない。確かに私は逃げないことを誓った。はずなのに。

 ただ、強すぎた。ただ、狂いすぎていた。

「燃えろ焼けろ焦げろ消えろ灰になれ、燃えろ焼けろ焦げろ消えろ灰になれ!」

 最早フルファイアのシルエットは魔獣。自分と同じプレイヤーとは思えない。

 今度は何重にも炎の壁。もう体力も尽きた。後はどうなる。燃え尽きる。

「諦めたか。じゃ、死にな

 何の口上も無い。命令。振りかぶられたフランベルジュを、私は他人事のように見ていた。

 ゴメンナサイ、10さん……。
 
 
 
 

 
 

「あー、熱いな」

 何処かで聞いた軽口。青と白の軽鎧。すらりとした長身。優しいダークブラウンの髪。これは、幻覚?

「いいや、現実」

 何処かで体験した感覚。浮遊感。風を切る音。炎は消えて、悪魔は消えて、月と星の綺麗な夜。私は集落の中に、テレポートしていた。

「久しぶりだがボロボロだな、アレックス……」

 あまりに懐かしく、遠い声。だが、今は、何よりも

「ア、アメツキさん……」

 私は、安心、していた。

「ああ、そうだよ、アメツキだよ。流石衆だな。熱かった」

88.切

2007年2月20日 LIVE
「ふふ、こういう場面で読者が期待するのは、ズバリ、『追い詰められた主人公、隠された力の発現』、です!
 ふふふふ! 私も期待していますよ! もっともっとモガイテクダサイ! もっと! そうもっと! アァー! モガイテ!」

 暑さと寒気が同時に競りあがっていく。中和されてちょうどいい、ということにはならなかった。(気持ち悪い……)。正直逃げ出したかった。

「もう炎の壁との距離は、一メートルもありませんよ? どうしますか? その代わり私との距離も一メートルもありません? 逆転できますよ?」

 できるか。お前の方が危険なんだよ。喋る余裕、体力はもうなかった。

「ぜはっ……ぜはっ……」
「……つまらない。所詮は、初心者でしたね。これでは10も、浮かばれない

 
 
 
 
 
 
 
 ……あ?

 お前が、言うな! コラァ!

 怒りは全てを超えた。気付いたら私は、フルファイアを全力で殴っていた。ただ、殴っていた。逆に不意を突かれたのか、その拳は驚くほど綺麗にフルファイアの頬に入った。赤いサングラスが割れて、フルファイアの鋭い赤い瞳がちらりと見えた。
 私はそのまま砂漠の砂の中に倒れた。フルファイアは殴られた状態からピクリとも動かない。

「……」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 私の呼吸と、燃える炎の音だけ。
 その奇妙な静寂は、

「はははははははははははははははは

 異質な笑い声にかき消された。

ははははははははははははあはははは!!!

 はー。

 うん、サングラスを割られたのは二回目ですね。一回目は演出のため仕方なく割ったのですが、二回目は貴方に思いがけず割られてしまいました。これは相当残念です。

 死ねや

 全身が凍った。今まで体験したことがない、最上、最高、最低、最悪、の寒気危険! 死ぬ! 死ぬ!

「うわあああああああああああああああああああああああああ!」

 【神速】で炎の壁をつっきった。全身が炎に包まれた。熱い。熱い! 仕方がなかった。

ボケが。【神速】は【テレポート】とは違うんだよ!」

 完全にキレたフルファイアは、炎を消そうと転げまわる私を見下しながら、フランベルジュに魔力を溜めていた。さらに赤熱したフランベルジュは、周りの気流を乱すほどの温度になっていた。

「オラァ! 逃げろよ! 俺を楽しませろ!」

 口調まで変わったフルファイアは、フランベルジュをその場で一振りした。それだけで発生した熱風に私は吹き飛ばされ、砂丘をごろごろとゴミのように転がりまわった。

「ぐああああああああ!」
「ああ? これで終わりかコラァ!」

 私は、全身燃やされながらも、逃げるしかなかった。怖い。絶対フルファイアは、私を許さない。怖い!

「そうだよ、逃げろよ!」
「はぁっ、はぁあああ!」

 【神速】。なんとか町の中に逃げ込む。体はまた炎に包まれていた。

「うわああああああああああああああああ!」

87.炎

2007年2月20日 LIVE
 フルファイアは笑った。その右手にはフランベルジュ。触れただけでもダメージを受けるだろう。その胴体には炎のベスト。まさしく炎の男。私に勝てるか?

 ……勝つしかない。

「私はこれまで数え切れない程のプレイヤーを殺してきました。だからといって、私は最強というわけではありません。全て余裕で勝ってきたというわけでもありません。ふふ……何故でしょう?
 私はチェスでも決闘でも必ず一度相手の立場になって思考をしてみます。すると、必ず相手は私に勝つ方法があるのです。当然私はその方法をさせないように頑張ります。ですが、今まで殺してきた相手は、必ず私に勝つ方法はあったのです。私の考え方によれば!」

 フルファイアはまた話が止まらなくなったようだ。

「チェスとは違って、実際の戦いは様々な要素が絡んできます。地面の状態、空気の状態、お互いのコンディションに、スキルはもちろん! 第三者に昨日の夕飯! 精神、肉体、技術、経験!
 そう、貴方ももちろん勝てますよ! この私にフルファイアに! 私の考え方によれば! ですけどね!」

 フランベルジュを私に向けて、フルファイアは言い切った。結局、何が言いたかったのか、よくわからなかった。
 私は癒しのナイフを強く握った。しかし勝つ術は何も、思いつかない。

「では行きますよ!」

 フランベルジュを振りかぶるフルファイア。寒気を感じて横に【神速】!
 巨大な炎のカマイタチが、振り下ろされたフランベルジュから放たれていた。炎のカマイタチは私が居た場所を通って後ろのテントを真っ二つに切り裂き、燃やした。

「ほう、よく避けましたね?」

 また一段凄い寒気を感じた。私はすぐさまその場にしゃがんだ。
 フルファイアは一回転してフランベルジュを薙いでいた。三百六十度に無差別に放たれたカマイタチは、周りにあった全てのテントを容赦なく切り裂き燃やした。

「……今のも避けますか。貴方の持っているスキルで一番厄介なのは、【神速】なんかじゃないですね。……まさか【危険察知】じゃないでしょうね……」

 ……何も言わない方がいいだろう。

「まさか、嘘でしょう。ははは……これは面白い!」

 本当に眼を見ただけでわかるのか。フルファイアは笑い出した。

「【危険察知】の初心者! 通りで逃げが上手いわけです! ならばやり方を変えるだけですが!」

 フルファイアは両手を掲げた。大きな寒気。【神速】じゃないと避けきれない!

「“大いなる炎の壁”」

 フルファイアは、一言、唱えただけだった。

 無数の大きな炎の壁が、現れた。

「げほっ、はあっはあっ!」

 ひたすら危険の少ない場所に逃げた。神速の使いすぎで体力はもうほとんど残っていない。

(しまった……!)

 気付いたらそこは砂漠だった。水も何もない、砂漠。集落の外。

(誘い込まれた!)

 その砂漠にも炎の壁が現れた。気付くと周りを全て炎の壁に囲まれていた。

「さて、どうします?」

 フルファイアがにこにこ笑いながら、ゆっくりと歩いて近づいてきた。炎の壁もフルファイアの動きに合わせて、段々私に近づいていた。

 月は炎に、燃やされているようだった。

86.新

2007年2月20日 LIVE
「知っていますか? 英語で新人を表す『ルーキー』の意味が、チェスの駒である『ルーク』からきていることを! ああ、チェスゲーム。それはなんと深く高尚なゲーム。『ルーキー』の意味はルークからきている。これはルークがチェスの駒のうち最も遅く展開するためで、既に出ている他の駒にとって「後からやってくる存在」(新参者)となるためである。by wikipedia。ということです、ヒャッホーイ! まさしく貴方は『ルーク』!」

「うるさい……」

 何がルークだ……。

「これだから貴方は『ルーキー』なんですよ。初心者。まだまだ貴方は中級者にはなりえない。何故なら私は貴方に全く脅威を感じない。まだチェスのポーンの方が怖いですよ。それは貴方、自分自身でもわかっていることが原因なのですよ。貴方は『逃げすぎた』。ええ、これは確実です。眼でわかります。私を見くびってはいけません。
 確かにチェスにおいて守りは重要なことです。ですが、逃げは違う! それは逃げであって、逃げではないことはなく、逃げは逃げなのです! 逃げとはいずれ起こる現象からの逃げ! 何故覚悟をしない! 何故それに立ち向かわない! 逃げは逃げであって逃げ以外の何でもないのに! 私、今日は絶好調ですね!」

 ……。確かに、私は、逃げて、ばかり、だった。

「気付きましたか? 貴方は逃げてばかりだったんですよ。確かに今は私に殴りかかるというナイスガッツを見せましたが、今から立ち向かったとしても、それは貴方の本質にしがみついて離れない呪いのようなモノになっているのです。本質といえば、チェスの本質ですが、それはまさしくペラペラペラペラ……

 周りの音が段々聞こえなくなってきた。確かに私は弱虫だ。逃げ足だけが取り得だ。逃げることしかしらない。

「そして、どうするんですか? 貴方は!」
「私は、もう逃げない!」

 言い切ってやった。精一杯、言い切った。お前に殺された10さんに誓った。

「……いい眼ですね。燃えてきましたよ。そしてあの【神速】を思い出しました。あの【神速】とは違って、貴方は戦ってくれるんですよね?」

 違うよ……。あの時、10さんは逃げていたんじゃない。

「私を、守ろうとしていたんだ」

 私は姿勢を低くシタ。もう何も、キコエナイ。全てを、感じろ。集中しろ。

 スキルレベルアップ:集中【B】

85.恨

2007年2月20日 LIVE
(よーし、船の出航まで街を探検するぞ! お前も来いよ!)
(ちょっと引っ張らないで下さいよ、10さん)
(まだ敬語かよ! 他人行儀なんだよ! 10でいいよ10で!)

 ――あんたが人懐っこすぎるんだ。

(うるせー! 俺は『超』善人だから困ってる愚民どもは助けるしか選択肢がねーんだよ! 俺は知らない奴だろうが知っている奴だろうが平等に助けるのサ! どーだすげーだろ! さらに悲しい事実を付け加えると、俺の友達は少ない! わかったか! 覚えとけ! ここテストに出るぞ! 涙が出てきた! 放っとけ!)

 ――騒がしい人だな。

(短い間だったけど、結構楽しかったわ。これは、プ、レ、ゼ、ン、ト★)

 綺麗な光の柱。夕焼け。赤。炎。炎。
 笑った顔、極上の表情の10さん。最期の10さん。蟹を食べていた10さん。
 それらの思い出は、炎で燃やされ、灰になる。

「そこの初心者、久しぶり。私は【炎帝】フルファイア。貴方の友を、殺した男」

フルファイアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 【神速】。
 何人も追いつけない、10さんに貰った速度の境地。

「甘いですね、初心者。今の貴方はルーク。真っ直ぐ進むことしか知らない」

 0秒で詰めたはずの間合い。だが、私の拳の攻撃は空を切っていた。

「【神速】は確かに速い。ですが、攻撃までは【神速】にならない」

 フルファイアは私の頭を片手で簡単に掴んだ。私はそのまま外へと投げ飛ばされた。ちくしょう。

「ボス。私はこのプレイヤーと少し遊ばせて貰いますよ」
「好きにしろ」
「ぐへへ、お前も好きだなあ」

 私は地面を転がりながら、フルファイアを睨みつけた。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 殺してやる!

84.視

2007年2月20日 LIVE
「相変わらずのようじゃのう」
「五月蝿い」
「賢者の石が奪われた」
「なっ……お前がいながら」
「やはり知らなかったか。そっちも大変みたいじゃのう」
「……」
「そっちも大変みたいじゃのう」
「……ああ、そうだよ! 内乱だよ!」

 周さんが感情を乱している。多分貴重な映像だろう。しばらく言い合う元老二人。

「ふん、銀がのう……。あれほど仲が良かったのにのう……」
「お前……、おれと世間話がしたいのか?」
「余裕がない奴は嫌われるぞ」
「五月蝿い」
シムシのアイゼンが行方不明になった
「……」

 アイゼンさんが……?

「生死不明じゃ」
「……は」
「知らんかったか? まあ儂も先ほど知ったばかりじゃ。いくら未来視といえども全てを知っておるわけではないの」
「……そうか」
「やってもらいたいことは」
「ああ、わかってる」

 周さんは静かに眼を閉じた。異様な緊張感が部屋の中を包む。

 『未来視』……。まさか目の当たりにできる日が、来るとは思っていなかった。時間の感覚が止まった。完全なる静寂。
 周さんの表情が、苦悶の表情へと変わっていく。汗が顔中に浮かぶ。

「がっはあっ! はあっ!」
「周さんっ!」

 床に腕をついて息を一気に吐いた周さんに、ヒラタさんはかけよった。おそらく、『視た』のだろう。

「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
「周さん?」

 だが、周さんの様子は尋常ではなかった。

「馬鹿なぁあああ!」

 周さんが叫んだのと同時に、部屋の壁が一部吹き飛んだ。バラバラになった壁の破片を避けるため、私達は一箇所に集まった。夜は冷たい衆の空気が部屋の中に流れ込む。大きく開いた壁の穴から入ってきたのは、

 赤いサングラスをした男、フルファイア。
 黒いローブを纏った小柄な男、オルゾフ。

 そして、禍々しい黒いオーラを纏った大柄な男

「我が名は【無常】。ゴッドレスのボスだ。アイゼンの未来を視たな。元老、周」

 ボス、【無常】と名乗る人物。顔は黒いオーラに包まれて見えない。

 だが、私は、          何よりも

83.周

2007年2月19日 LIVE
 豪風に逆らって、 飛んだ。

-----------衆 『チョコ』--------------

 午後 9:20

 床が突然現れた。バランスを崩すと思ったが、崩さない。

 その部屋は、薄暗かった。広い部屋の四方に、ロウソクが灯っているだけ。他には何もない。誰もいない。

 その、人物、以外は……。

「ご苦労だったな、ヒラタ……」
「はっ……」

 いつのまにかヒラタさんは正座して床に伏していた。
 その人物は、ヒラタさんの前に座っていた。簡素な敷物の上に、自然体で座っていた。だが、違う。
 その人物は、深い真紅の流れるような長髪を持っていた。それは揺れるロウソクの炎に照らされ、本当に燃えているようにも見えた。そしてその人物は、琥珀色の全てを見抜くような瞳を持っていた。その瞳に映っているのは、私達などではない。もっともっと大きなものだった。

「お前達も、突然すまなかった」

 周さんに声をかけられて、私はハッとしてその場にすぐ正座した。ポチさんとザクロさんは既に正座していた。だがクサモチさんは大の字で寝ている。なんという度胸。

「おれも歳だな。随分と心配性になってしまった。笑うか? ヒラタ」
「はい」
「そこはいいえと言え」
「ジョークです、すいません」

 噴出しそうになったが、堪えた。なんだこの空気は。

「お前達もそんなに固くならなくていい。これから起こること、おれは“知っている”。お前達が聞きたいことも解る。だからおれが一方的に話そう。聞け」

 薄暗い部屋の中で、暗闇に栄える琥珀色の双眸。見ているだけでも飲み込まれそうだった。

「まずはお前達を早く呼んですまなかったな。謝ろう」

 …………。

「何度も言うが、おれはこれから起こる事、ある程度“知っている”。だが、その起こる事を今まで変えることはできなかったし、多分今もできないだろう。ならば、その起こる事に対して最善を尽くす。おれにできるのはそれくらいだ。
 おれが視たのは、【四人が訪れる。その後、四人は最大の悪と戦う】という場面だけだ。三人は容姿からすぐにわかった。【隻眼の剣士】と【雷撃の魔道士】、【幸運の女神】。考えてみればシムシとカイドの有名人が組んだ豪華なパーティだな」

 一気に居心地が悪くなった。どなたかの名前だけ呼ばれていないからだ。

「ふん、おれはむしろお前の方に興味が湧いたのだがね。まあ、それはいい。【最大の悪】の姿は、おれも確認できなかった。だが、必ずお前たちと対峙することになる。まあ、もう少し後だ。固くなるな。覚悟するのは良いことだがな」

 無理だろ。【最大の悪】と戦うことになる、と言われて。

「さて【幸運の女神】」
「ザクロでいいです……」
「そうか、ザクロ」
「はい……」

 ザクロさんは何処からかスクロールを取り出した。ヒラタさんが使用したものより少し小さい程度。(中)だろう。

「よう、周」

 アトラさんの声が、それから漏れた。

82.巻

2007年2月19日 LIVE
「私はヒラタです。カタカナでヒラタです。ミノタと二文字違いです。どうぞよろしくお願いします」

 ご丁寧にどうも。私達はまばらに挨拶をした。

「私は衆の長である『周』の部下……ではないのですが……なんでしょう、脅されて? あ、いや違う違う、頼られて、ですね。貴方達を『チョコ』へ招待するようにと、周さんに『頼られ』まして、今ここにいるわけです、はい」

 変身を解除したヒラタ氏は普通の少年だった。ここは衆、ビスト。宿屋の一室。クサモチさんがまた死んでいる横で、私とポチさん、ザクロさん、そしてヒラタさんがその一室に集まっていた。

「私はミノタウロスになって砂漠を走っていました。その時思いました。ミノタウロスはなんて気高くて強いのだろうと。この話、続けてもいいですか?」

「やめてください」

 身の危険を感じたので止めた。

「残念です。さて、では飛ばしまして。ビストについた私は貴方達を探していました。すると、何故か連れて来いと言われた四人のプレイヤーのうち、二人が戦っているではありませんか。しかも一人は相当興奮なされていた様子だったので、お節介と思いながらも手を出させてもらった次第です。申し訳ありませんでした」
「いえいえ、そんなことは」

 ポチさんが首を振る。

「ありがとうございます。さて、私ヒラタは、貴方達四人をチョコへ招待するようにと、言われているんですね。あの鬼……ゲフンゲフン、周さんから」
「四人? 私もですか?」
「はい、クサモチさん、ポチさん、ザクロさん、そして貴方、11さん。四人ですよ。貴方達四人はもしかしたら今はパーティでは、ないかもしれません。ですが、周さんは確かに四人が、自分、つまりは周さんを訪ねるのを、『視た』そうです」

 未来視。衆の族長、周の未来を視る能力。と聞いている。

「それは多分避けられないことです。いずれ、その『視た』ことは現実になります。ですから、本来周さんは『視た』ことに積極的に介入しません。待てばいずれ実現するのですから。
 でも、今回周さんは、私を貴方達のところへ派遣しました。【視た未来の早期実現】のために、です。
 もちろん、これには理由があります。この理由は貴方達にとっても重要な事柄だと思いますので、よく聞いてくださいね」

 ヒラタさんは指を二本立てた。

「まず一つ。衆の内情です。既に知っている方もいるかもしれませんが、今、この国は二つの勢力に分かれています。『銀』派と、『周』派。つまり内乱です」

 私は初耳だった。

「このビストは、チョコから比較的離れた辺境の地なので、まだ対立の気配はありません。しかし、チョコに近づけば近づくほど、『銀』派と『周』派の対立は深くなっていきます。
 そんな衆を長々と、のんびりと歩くのは危険だと、周さんは考えました。たとえ周さんが『視た』こととはいえ、今まで外れたことがないことは、これからも外すことがないことの、証明にはならないのです。と、周さんは初めて自分の『未来視』が実現するのか、不安になったのですね。反乱は少なからずも周さんにダメージを与えていたのです。あの周さんを弱気にするなんて……話がそれましたね。つまり、周さんは貴方達を守りたかったんです。だから私を派遣しました。一つ目はいいですね?」

 私達はしっかりと頷いた。ヒラタさんは指を一つたたんだ。

「そしてもう一つが、世界です。Live始まって以来、最低最悪な出来事がこの世界で起こるそうです。それをなるべく多くのプレーヤーに知らせるために、貴方達の協力が必要なのです。なるべく早く、ね」

 ヒラタさんはニヤリと笑うと、大きな巻物を取り出した。小さな部屋の床一面を覆ってしまうほど、大きなスクロールを。

「さて、飛びましょうか。周さんのいる集落『チョコ』へ。もう喋るのは面倒になりました。あとは周さんに話してもらいましょう。覚悟はいいですね?」

 スクロールに書いてあった大きな魔方陣から、青い光が溢れだした。それは部屋全体を覆い、やがて音や光を遮断していく。
 続いて、上下の感覚がなくなった。

「長距離テレポート・スクロール(大)か……」

 ポチさんの呟いた言葉が、やけに耳に残った。
 青い閃光!

 

 

 

 

 ちなみにトゥエルは、宿屋の馬小屋で寝ていた。

81.逃

2007年2月18日 LIVE
 ザクロさんに体を癒してもらっていると、空気がピリピリと緊張してきた。

「……?」

 何処かで経験した空気。……これは……。
 私は慌てて周囲を見渡した。緑のローブを着た男が、復活していた。

「クサモ……」

 雷が、クサモチさんの体の周りで停滞していた。

「……チちゃん?」

 ターゲットは明らかにポチさんだった。

「……ここで会ったが百年目……この屈辱百倍にして……」
「クサモチさん、それ勘違いです誤解です!」

 私の声が届くわけがなかった。賢者の石強奪時に、ポチさん扮する何者かと対決したクサモチさんは、まだその恨みを忘れていなかった。雷は既に発射されていた。

「もうどれだけ誤解されても、泣かないよ!」

 泣ける台詞を吐いたポチさんは、持っていた剣をその場に突き刺してしゃがんだ。雷は全て、金属製でポチさんの頭より高い位置にあった剣の柄に落ちた。轟音と閃光が辺りを包む。

「……小癪な……。凶悪なる悪魔の炎、心髄まで不純なる焔、業火、炎怒、覇炎……あとなんだっけ……

 クサモチさんが詠唱し始めた。場にヤバイ雰囲気が漂う。と、いうか、クサモチさんの後ろにいる私まで寒気を感じているのは気のせいでしょうか。

「ちょ、クサモチさん?」
燃えよ、燃えよ、燃えよ、燃えよ!ハハハハハハハハハハハ!

 駄目だ聞いてねえ。ポチさんは明らかに戦士系だ。クサモチさんの魔法には弱いと見て間違いない。しかもクサモチさんは素人でもわかる物凄い魔力。ポチさんは巻き添えを恐れてその場を動かなかった。だが笑みを作ったポチさん、その顔はひきつっている。

「“悪逆無道なる……」

 クサモチさんはいよいよ決め台詞で、ミノタウロスに首の後ろ急所への手刀を受けて、気絶した。

 ……

 ……

 ……ミ、ミノ、うわああああああああああああ!

「うわああああああああああああ!」
「ヒヒーーーーーーーーーーーン!」

 トゥエルと私は一目散に逃げ出した。ザクロさんは何故かその場から動かない。ポチさんは呆気にとられていた。

「な、なんだあれ!? なんだあれ!? 牛か!? 牛なのか!? それとも人!?」

 テントの合間をあてもなく逃げるトゥエルに乗った私。だが、斧を持って仁王立ちしているミノタウロスが道を塞いでいるのを見つけて、私とトゥエルは全ての終わりを覚悟した。だが。

「11さんですね?」

 ミノタウロスはニヤリと笑って、私の名前を言ったのだ。

80.負

2007年2月17日 LIVE
「……馬、鹿」
「う、うるさいですね……」
「……馬、鹿」
「に、二度目ですね……」

 全壊した物見やぐらを見て、激怒する衆のプレイヤー達から隠れながら、私とアオさんは酒場へと向かっていた。私はまだ怪我の所為でマトモに動けなかったので、トゥエルの上で死んでいた。喋るのが精一杯な状態だった。

「す、すいません……、手綱を引いてもらって……。というか私を助けてもいいんですか……? 任務の邪魔をしたのに……」
「……良」

 良いんだ……。このアオさんはクサモチさん以上に必要最低限のことしか言わないので困る。が、言いたいことがなんとなくわかるのも不思議だった。

 しばらくすると、トゥエルが優しく立ち止まった。一応私の体の心配はしてくれているようだ。
 
「……これはひどい」

 横目で見た酒場の前は、ひどい有様だった。所々焼け焦げて、火が燻っていた。そして、やはり所々焼け焦げたポチさんが、元気そうに立っていた。ザクロさんはポチさんの火傷を治療していたようだ。

「あ、アレックスさん! 無事だったんだ! 良かったそして助かったよ!」
「ポチさん……無事でしたか……。あの二人は?」
「酒場の裏でふん縛ったよ。いやあ、二人も中々強くてね。アレックスさんがスナイパーを倒してくれなかったらローランの能力が……」
「それはまた番外編で、ということで……」
「何言ってるの、アレックスさん?」

 ひとまず安心した。が、忘れてはならないことがある。

「アオさん……あの……」
「……我、負」

 ポチさんと戦う気配を見せず、アオさんは酒場の裏へと消えた。ポチさんはそれを普通に見送った。あっけない戦闘の終わりだった。

「11さん! 怪我してるじゃないですか! しかもひどい怪我! 強敵だったんですね……」
「え、ええ……」

 私はザクロさんに、苦笑いを返すことしかできなかった。

79.落

2007年2月17日 LIVE コメント (1)
「なっ、なんだ!?」
「……何?」

 ミシリと、えげつない音が下方から聞こえてきた。ここで私の考えを聞いて欲しい。

「どうやら、貴方が撃った銃弾が物見やぐらの柱にいくつもの穴を開けていたのに、先ほど私が貴方を乱暴に物見やぐらの床に叩きつけたもので、ついに柱も限界を突破。一本が折れてその後連鎖的に全ての柱が折れていくという流れ!?」
「……解」

 やはりアオさんは冷静だった。というか無表情だった。既にやぐらが四十五度ほど傾いていて、落下速度が恐ろしいことになっているというのに!

「うおおおお!」

 やぐらは村内の方向に折れていく。このままならテントが立ち並ぶ場所へ落ちていくようだ。しめた。このままテントの屋根の上に落ちれば、その衝撃を屋根の布が吸収してくれるという計算。しかもやぐらは、ちょうど村内でも一際大きいサーカス型テントの上に落ちようとしている。

「いいですか! テントの上に飛び移りますよ! テントの上ですよ! もしかしたら助かるかもしれません!」
「……?」

 癒しのナイフを懐にしまう。その行為にアオさんは多少の疑問を感じたようだが、もう人のことに構っている暇は私にはなかった。サーカステントの屋根が目の前まで迫っていたからだ。

「よし!」

 私とアオさんは同時にテントの屋根の上に飛び移った。勢いは凄まじかったが、そのテントの屋根は中々丈夫だったので、下まで突き抜けることはなかった。だが、逆に私とアオさんはその屋根の弾力で空中に投げ出された。

「はっ」

 ……しまった! 直接物見やぐらの上から落ちるよりはマシとはいえ、このままではテントの屋根から地面に落ちる。と考えていた時には、屋根の布を手で掴むことはできなくなっていた。手遅れというやつだった。下には地面しかない。およそ三メートル。スローモーションで時が進んでいく。物見やぐらの壊れる音が聞こえた気がした。幸い私とアオさんの下には物見やぐらの破片は広がっていない。だが……

(……駄目か!?)

 そう思った瞬間、私は白い物体が、悠々とこちらに向かって走ってきているのを見つけた。私は胸のそこから何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。まさかこれが、希望なのだろうか?

「……トゥエルッ!」
「ヒヒン!」

 待たせたなッ! と、確かに言った。確かにトゥエルはそう言った。
 ――お前は雄だっ! 男だぜっ、トゥエル! 絶体絶命の状況を突き抜ける白馬ッ! その名はトゥエルッ! グッジョブトゥエルッ!

 バシッ。見事にトゥエルは、アオさんの服の端を咥えて地面への激突を阻止した。アオさんは呆気に取られ、私は漫画の一場面のように地面にめり込んでいた。三メートルの高さから落下したダメージは大きい。今にも意識が飛びそうだった。

 トゥ……トゥエルてめえ……。

「ヒヒン?」

 アオさんを優しく降ろして、地面にめり込む私を見ながら、トゥエルは首を傾げていた。

78.折

2007年2月17日 LIVE
(ぷっ!)

 ――あっ!

(くふふ……)

 今、誰か、

(はははは!)

 わ、笑った!

「誰だ笑ったのはァアア!」

 思わず叫んでいた。その聞き覚えのある声に。思わずキレていた。その私の感情を揺さぶる声に。

「!?」

 もう体力の限界とか、なりふりとか、構っていられない。梯子に再びしがみつき、【神速】を発動。視界が一瞬真っ白になった。重力を忘れた。気付いたら私は、空を飛んでいた。
 呼吸が止まる。何処が上か、下か。青い髪を、視界の端に捕らえた。
 落下する。どちらが下かようやく解る。落下する。突然梯子から消えた私を探す、『アオ』の上へ!

「どっせーい!」
「……!?」

 ハンドガンを弾き飛ばし、アオという女性プレイヤーをその場に押さえつけた。腕力はかろうじて勝っているようだ。癒しのナイフをアオの首に突きつける。傍から見れば外道だが、なりふり構っていられないのだ。息が荒い。

「ハァ……、ハァ……!」

 傍から見れば変質者だが、なりふり構っていられないのだ! うおお!
 そこで私はようやく状況を把握した。どうやら私は神速で梯子を駆け上り、勢いで物見やぐらのさらに上空に飛び出し、そのままアオというネームの女性プレイヤーの上に落下。今に至ったというわけだな、うん。物見やぐらは屋根がないタイプだったので幸いだったのか。なんだか説明的だがそういうことだろう。

「ぜはっ! ぜはっ! これでっ! 私のっ! ぜはっ! ぜはーーぁ!」

 今は私の方が優位なはずなのだが、そんな気がしないのはなぜだろう。これが、体力の限界というやつか。無理は良くない、神速のご利用は計画的に。

「……不、覚」

 どうやら負けを認めてくれたようだ。スナイパーライフルは物見やぐらの端に置いてあった。狙撃を阻止するという目的は果たした。さてこれからどうしようと考えていた時だった。

 物見やぐら全体が、グラリと揺れた。

77.青

2007年2月15日 LIVE
「ちょ、この状況でそれを撃ったり……しませんよね?」

 私は首を少し傾けて、お茶目に聞いた。にもかかわらず、

「撃」

 と呟いて、ネーム:確認:『アオ』は淡々とハンドガンに弾を込めた。そして発砲した。

「ぎゃああああ!」

 物見やぐらの柱から柱へ、飛び移る飛び移る。弾丸の風を切る音がヒュンヒュンと五月蝿い! 飛び移るタイミングは【危険察知】が教えてくれた。だが、人には限界というものがあり、常にその限界を広げようと努力するのが人である、つまり。

「体力の限界が! 容赦してください!」
「断」

 漢字一文字で断りやがる狙撃者。先ほどまでしがみついていた物見やぐらの足に、銃弾が当たって木々の破片がはじけ飛んだ。疲れで柱にしがみつくのが、段々辛くなってきた。同時に汗で手が、手が滑る!

(ま、まずい。このままでは、本当に、コロサレル!)

「勧、死」

 いやあああ! いやだあああ!

76.離

2007年2月14日 LIVE コメント (1)
 いつ第二撃が発射されてもおかしくない状態。私は鉛のように重い体を精神力で押し上げていた。梯子を通常の二倍の速さで上った!

「おおおお! うおおおお! ごほっげはっ! これはきつーーーい!」

 無駄に叫んだ。これで上の狙撃者は私に気付いたはずだ。予想通り微妙な寒気が私を襲う。おそらく、敵に認知されたのだろう。

「我輩はお前の狙撃を阻止する者だァッァア! その名も11・ラブイレブン! 鬼のような逃げ足を持つ男よおおお! 神妙にせえええい!」

 はははは! もうどうにでもなれえい!

 ズンと、背中に圧し掛かるような寒気。やべえ。避け、れないっはしごだから横がないっ!?

 物見やぐらの上の床越しから、容赦なく狙撃者は私に発砲した。

「ぎゃあああああ!」

 瞬間、梯子から物見やぐらの足に飛び移る。しがみつく。その衝撃で物見やぐら全体がグラグラと揺れた。銃弾は私の体スレスレを通って地面に突き刺さったが、こっちはこっちで非常に危なかった。

「……!」

 まだ顔は見えないが、おそらく狙撃者も慌てている。どうだ、ざまあみろ。ちなみに今私がいる高度は三メートル程度だ。この物見やぐらはこの町の物見やぐらの中でも一際大きいので、全高は五メートル程あるだろう。これは(私も)怖い。たまらず、狙撃者は身を乗り出して、こちらを見た。

「……」

 顔を見せたのは、予想外。青の瞳と、鮮やかな水色のショートヘアをもつ小柄な女性だった。

「……離」

 ……り? 恐ろしく小さな呟きだったが、確かに聞こえた。そして彼女は無表情のまま、ハンドガンを私に向けた。

75.走

2007年2月11日 LIVE
「避けた? 【危険察知】か?」

 ブラッドが想定外の事態に声を漏らす。

「いえ、【勘】や【運】の複合発動のようです。ですがおそらく、二度目はありません。作戦続行推奨です」

 だが、ローランが冷静に事態を把握。それに答えるかのように、ポチさんは苦笑しながら汗を一滴流した。
 ……あ、ヤバイ、寒気だ。これは多分ポチさん処分→私処分という流れを察知しているからだろう。ポチさんが殺されたら、私もコロサレル。
 考えるより先に、体が銃撃のあった方向へ動き出した。【神速】。五百メートルを一気に走り抜ける。これまでにない長距離だった。

「がっはあっ! はあっ! はあっ!」

 止まった途端、鬼のような疲れがどっと体を襲った。そりゃそうだ。五百メートルを全力疾走したようなものなのだから、当たり前だ。
 高い柵にもたれかかる。一瞬で村の端まで走った。

(このまま逃げるという手もある)

 そんな思いが、一瞬よぎった。

 そして、いつか見た光の柱も。

 ――馬鹿。いい加減に戦え、私。私には私の、戦い方があるだろう。できることがあるだろう。馬鹿。

 ――ポチさんを助けなければ。もう二度と、誰かの死ぬところを見ないように。行くぞ……。考えろ……。
 狙撃について詳しいわけではない。だが、狙撃に適している場所は限られているのだ。見通しがよく、酒場からある程度距離が離れている場所。

 私はすぐ近くにあった梯子に手をかけた。

 【寒気】……無視……。逃げることは、できない。

 弾は地面に突き刺さった。それはある程度の角度があったことを示す。
 おそらく狙撃されているのは、この物見やぐらの上からだ。

74.撃

2007年2月10日 LIVE コメント (1)
「ザクロさん、下がって」
「で、でも……」
「下がってください」
「は、はい……」

 酷なようだが、人にはそれぞれ役割があるのだ。ザクロさんには、何が何でも下がっていてもらう。
 二人の戦士とポチさんとの間の緊張は、着々と高まっていた。ブラッドは剣を取り出し、ローランは槍を取り出した。

「ポチさん! 加勢します!」

 なんだろう、この勇気は。自分でも驚いた。だが、行ってしまった以上は、やるしかない。ええい、ままよ。

「アレックスさん、僕のこと、信じてくれるんですか?」
「ええ、勿論です。試すようなことを言ってすいませんでした。私は、ポチさんを、信じます」

 決まった。台詞は決まったが、足はガクガク震えていた。二人の戦士は冷静にそんな私を見つめていた。

「どうしますか? ブラッドさん」
「ターゲットはまず【隻眼】だ。他はその後処理する」
「了解」

 方針が決まると、迷いなく二人は動き出した。剣のブラッドがポチさんに接近。槍のローランは中距離からポチさんの後ろに回り込もうとした。二人は私のことをほぼ無視している。だが、警戒を解いたわけではない。洗練された動き。

「ブラッドさん!」
「ああ、わかっている。まともに戦えば勝ち目はない。何せ【隻眼】だからな」

 言葉どおり、絶妙な間合いを取ってポチさんとブラッドは切り合いを開始した。一合、二合、段々ピッチが早まっていく。おそらく、どちらの【剣術】スキルもマスタークラスだ。
 だが、明らかにポチさんの動きは常軌を逸していた。目にも止まらぬ速さでブラッドと剣の応酬を繰り返しながら、死角からの鋭い槍攻撃をも凌いでいる。

(私の出る幕、ないんじゃないか)

 持ってる武器、癒しのナイフだけだし。

 そう、不貞腐れた瞬間だった。

 ポチさんの動きが突然、不自然になった。ブラッドに肩を剣で切られ、ローランに槍で左手のひらを貫かれた。その一瞬の隙を見せてまで、ポチさんは しゃがんだのだ。

 白く細い風の道が、見えた気がした。ビシッ、と鋭い音がして、地面には細い穴が空いていた。

 ――銃撃! スナイパーか!

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