珍しいことは続くものだ。
この前数ヶ月ぶりに人間に遭ったと思ったら、今度は3日ほどの間でまた人間と遭遇した。

瓦礫となった家は健在していた頃ならば豪邸と言えただろう。
元豪邸の広い庭の真中に、ぽつんと、丸テーブルが置かれていた。
テーブルを挟むように小さな椅子も二つ置かれていた。
テーブル、椅子の装飾は色褪せてはいるがこの灰色の世界では輝いてみえた。

赤色の空が段々と濃くなってくる。

瓦礫の山から老人が現れて、ふらふらとテーブルに向かって歩いていった。
お世辞にも健康そうだとは言えない。
率直に言うと今にも寿命が尽きそうな老人。
しかしその表情は全てを受け入れるかのような柔らかで、爽やかで、やさしいものだった。
老人は片方の椅子に座ると、僕に気付く様子もなくその表情をさらに色々変えた。
「ああ、桜の花が綺麗だよ、今度一緒に見に行こう」
「そうだな、孫に会いたいな。大きくなったろうに」
当然、もう片方の椅子には誰も座っていないのだが、あたかも誰かと会話をしているかのように、ひとりごと。

僕は見つからないように老人の後ろに近付くと、食物と水を少し置いてその場を立ち去った。

「おばあさん、今日も空は青く晴れ渡っているよ。綺麗だねえ」

そう言って空を仰ぐ老人の眼には、確かに青い空が映っていた。
世界が滅びかけて2ヶ月ほど。
僕が死にかけて数日ほど。
白と黒と灰色の、色褪せた世界は相変わらず。
赤色の空だけが鮮明な、
血と瓦礫の世界を僕は行く。

本当によく助かったものだ。
まだ滅びる前の世界の医療技術が残っていたとは。

左腕は肩の筋肉の動きを感知して動く旧式の義手
喉は半分潰されている
全身に生傷は絶えず
しかし右腕だけは絶対無傷。

ポチは村に置いてきた。
古藤さんは少し迷いながらも、ポチを預かってくれた。
本当にいいの? と聞かれたが、
本当にいいんです と答えた。

ポチの足音と息遣いがすぐ後ろで聞こえたような気がした。
けど僕は村の方を振り返らぬよう、東の空を見つめていた。

すこしずつ赤が濃くなる暁の空を見つめていた。

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