41、メロディー 【めろでぃー】
2006年5月15日 100題 コメント (1)黒い物体が傷口から噴出す。
焼け爛れた皮膚が剥がれ落ち、新しい物体と入れ替わる。
相変わらず血は出ない。
その光景に現実感はない。
「私は人ではない」
口と喉と肺が再生した瞬間、ソウは呟いた。
「だから私を殺すことは、出来ない」
黒い物体は生物のように噴出し、動き、ソウという人のカタチを作っていく。
わかっている、ソウ、いや、「色」は殺すことは、できない。
「色」なのだから。
ソウはその「色」そのもの。
ソウは「人」ではなく、「色」。
この狂った世界は、人が色を作ることだけではなく、色が人を作ることも可能にしたのだ。
しかし、色に作られた人を、僕達、人は、
人とは認めない
ちょっと悲しい結論に至ったような気がした。
しかし、浸らずに、体が全て再生したソウの動きを直感。
ソウの目的は戦いのみ。
ソウの眼には今、一番強い者。
サエさん。
僕はその時、直感のみに従った。
気絶しているユウリさんを置いて、走る。
ソウが動き出す前に動かなければ、間に合わない。
ソウの豪腕は死の塊。
決して揺るがない破壊の意志の塊。
触れるだけでも僕は死ぬ。
そのソウの暴力を向けられて、眼を見開くサエさん。
僕は彼女を背に、禍々しき黒の前に立ちはだかった。
死が眼前に迫る。
背中で誰かが叫んでいる。
やはり、死は恐くなかった。
ただ、ソウの腕が、僕を貫けば
黒 に 染 ま っ て し ま うのではないかと
それだけが……。
ソウの単純な暴力、しかし必殺の右ストレートを、無駄と知りながら僕は義手で受けようとする。
その時のソウの攻撃の速さは、僕になど捉えることも許さないはずだった。
……神か何かが、死に行く僕へ最期に思う時間をくれたのだろうか。
全ての時間が、ゆっくりと進んでいる。
義手の手のひらの部品が、ソウの拳に触れないうちに衝撃だけで四方にゆっくりと飛び散った。
その衝撃に耐えられなかったのか、義手は肘から部品がもげた。
もげた部分から出たコードの色は鮮やかだった。
ソウの表情は喜びのまま。
そのままゆっくりと、ソウの右腕は僕の胸に迫ってきた。
それを認識しても、僕は体を動かすつもりはなかった。
動かしたとしても、その行動を終えるまでの間に僕は死んでいるだろう。
そんな悪あがきはせず、僕は死を受け止める。
何故だろう?
……知らないはずのメロディー
……懐かしい、メロディーが……
……聞こえるから?
--------------------
・高橋冴
予想外の速さで、ソウは私に迫った。
もしソウがそのまま私を殺しても、(油断した私が悪い)そう思って納得できた。
しかし、今、彼が、何故か、(何故?)私を庇うように、目の前に、立っていた。(何故?)
少し前にもこんなことがあった。
あの時と違うのは、彼にはもう右腕がないことと、
私が、彼、つまりシラセエイスケのことを知ったこと。
右腕がない、どうする? 彼なら、どうする?
いつも、彼は自分を一番に犠牲にする。
いつも、彼は他人のことを優先する。
いつも、彼は死を恐れない。
いつか、彼は
「いやあああああ!」
自分でも驚くほどの女々しい悲鳴。
ボン
その形は一瞬だった。
けど、私の眼には確かに映った。
衝撃の形に合わせて幾重にも重なった丸を描いた鮮血は
彼の細い背中に咲く
まるで真っ赤なバラの花のようだった。
焼け爛れた皮膚が剥がれ落ち、新しい物体と入れ替わる。
相変わらず血は出ない。
その光景に現実感はない。
「私は人ではない」
口と喉と肺が再生した瞬間、ソウは呟いた。
「だから私を殺すことは、出来ない」
黒い物体は生物のように噴出し、動き、ソウという人のカタチを作っていく。
わかっている、ソウ、いや、「色」は殺すことは、できない。
「色」なのだから。
ソウはその「色」そのもの。
ソウは「人」ではなく、「色」。
この狂った世界は、人が色を作ることだけではなく、色が人を作ることも可能にしたのだ。
しかし、色に作られた人を、僕達、人は、
人とは認めない
ちょっと悲しい結論に至ったような気がした。
しかし、浸らずに、体が全て再生したソウの動きを直感。
ソウの目的は戦いのみ。
ソウの眼には今、一番強い者。
サエさん。
僕はその時、直感のみに従った。
気絶しているユウリさんを置いて、走る。
ソウが動き出す前に動かなければ、間に合わない。
ソウの豪腕は死の塊。
決して揺るがない破壊の意志の塊。
触れるだけでも僕は死ぬ。
そのソウの暴力を向けられて、眼を見開くサエさん。
僕は彼女を背に、禍々しき黒の前に立ちはだかった。
死が眼前に迫る。
背中で誰かが叫んでいる。
やはり、死は恐くなかった。
ただ、ソウの腕が、僕を貫けば
黒 に 染 ま っ て し ま うのではないかと
それだけが……。
ソウの単純な暴力、しかし必殺の右ストレートを、無駄と知りながら僕は義手で受けようとする。
その時のソウの攻撃の速さは、僕になど捉えることも許さないはずだった。
……神か何かが、死に行く僕へ最期に思う時間をくれたのだろうか。
全ての時間が、ゆっくりと進んでいる。
義手の手のひらの部品が、ソウの拳に触れないうちに衝撃だけで四方にゆっくりと飛び散った。
その衝撃に耐えられなかったのか、義手は肘から部品がもげた。
もげた部分から出たコードの色は鮮やかだった。
ソウの表情は喜びのまま。
そのままゆっくりと、ソウの右腕は僕の胸に迫ってきた。
それを認識しても、僕は体を動かすつもりはなかった。
動かしたとしても、その行動を終えるまでの間に僕は死んでいるだろう。
そんな悪あがきはせず、僕は死を受け止める。
何故だろう?
……知らないはずのメロディー
……懐かしい、メロディーが……
……聞こえるから?
--------------------
・高橋冴
予想外の速さで、ソウは私に迫った。
もしソウがそのまま私を殺しても、(油断した私が悪い)そう思って納得できた。
しかし、今、彼が、何故か、(何故?)私を庇うように、目の前に、立っていた。(何故?)
少し前にもこんなことがあった。
あの時と違うのは、彼にはもう右腕がないことと、
私が、彼、つまりシラセエイスケのことを知ったこと。
右腕がない、どうする? 彼なら、どうする?
いつも、彼は自分を一番に犠牲にする。
いつも、彼は他人のことを優先する。
いつも、彼は死を恐れない。
いつか、彼は
「いやあああああ!」
自分でも驚くほどの女々しい悲鳴。
ボン
その形は一瞬だった。
けど、私の眼には確かに映った。
衝撃の形に合わせて幾重にも重なった丸を描いた鮮血は
彼の細い背中に咲く
まるで真っ赤なバラの花のようだった。
40、泣き笑い 【なきわらい】
2006年5月14日 100題 コメント (3)弾かれたように皆が動く。
両足に赤を発現させたサエさんはユウリさんと共にソウに迫った。
シュウさんは青い眼で状況を瞬時に確認し、カイくんを抱えてビルの外に出た。
僕は何もできず、その場に突っ立っていた。
右腕がなくなった、僕にできることは、あまりない。
色の力をいきなり限界近くまで上げ、両足に集中させたサエさんの一撃は凄まじかった。
全力の飛び蹴り。
頭部にその一撃を喰らったソウは、まるで壊れたマネキン人形のような姿になって壁に減り込んだ。
ユウリさんは両の掌に橙を発現させた。
これも、サエさんに劣らない力と集中だった。
ユウリさんは迷わず動きの止まったソウに迫る。
ユウリさんの掌がソウに触れたと思った瞬間。
閃光と大音響。
小規模の爆発が起きて、ユウリさんは衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
僕はユウリさんをなんとか体全体で受け止めた。
盾やクッションになるぐらいしか僕にはできない。
ユウリさんは気絶しているが、命に別状はなさそうだ。
白い煙が立ち込めている。
ビルの壁の一角を全て吹き飛ばすほどの爆発だった。
普通の人間ならば、粉々になるほどの爆発だった。
それでも、ソウは、存在していた。
夜の闇を背景にさらなる闇が存在していた。
体は穴だらけで原型をとどめている場所は少ない。
腕は片方が皮一枚でぶら下がっている。
足は両方なくなっていた。
ソレは最早人間ではない。
顔は爆発の衝撃と熱で半分が焼け爛れ、崩れていた。
焼け爛れた部分が悲しみを表している、と思った。
逆に、無事な部分は喜びを露にしているから。
まるで、泣き笑いしているようだと僕は思ったのだ。
両足に赤を発現させたサエさんはユウリさんと共にソウに迫った。
シュウさんは青い眼で状況を瞬時に確認し、カイくんを抱えてビルの外に出た。
僕は何もできず、その場に突っ立っていた。
右腕がなくなった、僕にできることは、あまりない。
色の力をいきなり限界近くまで上げ、両足に集中させたサエさんの一撃は凄まじかった。
全力の飛び蹴り。
頭部にその一撃を喰らったソウは、まるで壊れたマネキン人形のような姿になって壁に減り込んだ。
ユウリさんは両の掌に橙を発現させた。
これも、サエさんに劣らない力と集中だった。
ユウリさんは迷わず動きの止まったソウに迫る。
ユウリさんの掌がソウに触れたと思った瞬間。
閃光と大音響。
小規模の爆発が起きて、ユウリさんは衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
僕はユウリさんをなんとか体全体で受け止めた。
盾やクッションになるぐらいしか僕にはできない。
ユウリさんは気絶しているが、命に別状はなさそうだ。
白い煙が立ち込めている。
ビルの壁の一角を全て吹き飛ばすほどの爆発だった。
普通の人間ならば、粉々になるほどの爆発だった。
それでも、ソウは、存在していた。
夜の闇を背景にさらなる闇が存在していた。
体は穴だらけで原型をとどめている場所は少ない。
腕は片方が皮一枚でぶら下がっている。
足は両方なくなっていた。
ソレは最早人間ではない。
顔は爆発の衝撃と熱で半分が焼け爛れ、崩れていた。
焼け爛れた部分が悲しみを表している、と思った。
逆に、無事な部分は喜びを露にしているから。
まるで、泣き笑いしているようだと僕は思ったのだ。
39、フレーズ 【ふれーず】
2006年5月13日 100題見よ。
無機質な声。
カラッポだった頃の僕がずっと見ていた。
研究所の白の天井のように、無機質。
……その声は、人間のものではなかった。
見よ
それは、人間の声ではなく、意志。
僕の頭に直接ぶつかる、人間じゃないものの意志。
見よ。
スクリーンに映る洋館が歪む。
波状になり、渦巻状になり、そして崩れるように消えていく。
それにつられるように、記憶の映画館も消えていく。
その光景を身動ぎもできずに眺める僕。
酷くなる赤(危機)と白(解放)の点滅。
雑音が脳に響き、視界が黒に支配されていく。
ミ……ヨ……
やがて深い闇に僕は沈む。
------------------
頭痛が現実の証拠だ。
夢と現の判別ぐらいはできる。
ゆっくり眼をあけ、状況を確認する。
それほど記憶に混乱はなかった。
完全な闇から薄暗い闇。
コンクリートの壁と、その壁に開いた穴。
穴の前に立つ、黒く禍々しい存在。
キバさんを倒したシンカイソウ。
「戦おう」
幾度も聞いたフレーズ。
ソウの意志、いや……違う。
もっと、大きな、世界そのものの意志。
黒色。
病気、闇、抑圧、絶望、罪悪、負け、恐怖……勇猛、破壊、吸収、死。
黒の塊のような存在(ソウ)の矛先は、僕達へと向けられた。
「さあ、戦おう!」
無機質な声。
カラッポだった頃の僕がずっと見ていた。
研究所の白の天井のように、無機質。
……その声は、人間のものではなかった。
見よ
それは、人間の声ではなく、意志。
僕の頭に直接ぶつかる、人間じゃないものの意志。
見よ。
スクリーンに映る洋館が歪む。
波状になり、渦巻状になり、そして崩れるように消えていく。
それにつられるように、記憶の映画館も消えていく。
その光景を身動ぎもできずに眺める僕。
酷くなる赤(危機)と白(解放)の点滅。
雑音が脳に響き、視界が黒に支配されていく。
ミ……
やがて深い闇に僕は沈む。
------------------
頭痛が現実の証拠だ。
夢と現の判別ぐらいはできる。
ゆっくり眼をあけ、状況を確認する。
それほど記憶に混乱はなかった。
完全な闇から薄暗い闇。
コンクリートの壁と、その壁に開いた穴。
穴の前に立つ、黒く禍々しい存在。
キバさんを倒したシンカイソウ。
「戦おう」
幾度も聞いたフレーズ。
ソウの意志、いや……違う。
もっと、大きな、世界そのものの意志。
黒色。
病気、闇、抑圧、絶望、罪悪、負け、恐怖……勇猛、破壊、吸収、死。
黒の塊のような存在(ソウ)の矛先は、僕達へと向けられた。
「さあ、戦おう!」
38、プレイス 【ぷれいす】→Place
2006年5月12日 100題 コメント (2)僕とあの人はその後、普通に暮らしていた。
何も知らなかった僕は、少しずつ常識を覚えていった。
そして、ある日。
その「場所」には自然に足が向いた。
「懐かしさ」に誘われるように。
あの人に「懐かしさ」の説明をすると「忘れろ」とよく言われる。
あの人は確かに僕を助けてくれたし、その後も僕の世話をしてくれている。……何かから逃げるように。
その何かはどうやら複数あるようだ。
何から逃げているのか聞いてはいけない気がした。
とにかく、感謝しまくっているあの人の言うことを無視して、ここまで来た。
「懐かしさ」の凝縮点。
かなり大きな家。
昔の金持ちが好んで住んだという「ようかん」というやつだ。
今、僕が住んでいる住居とは比べ物にならないほど大きい住居。
……無駄だらけだけど、やっぱり、懐かしい。
「無駄」は最近覚えた言葉だ。
普通、こういう家には最新のセキリティシステムが施されているのは知っていた。
門の横にある指紋・静脈認証システムに僕の手のひらを当てる。
「オカエリナサイマセ」
自動音声が告げた。
門が音も立てずに開いた。
門は何故、開いたのか。
この懐かしさは、何なのか。
僕は何故、研究所に居たのか。
僕の、両親は?
そして、僕は……何者なのか……
スクリーンが赤と白の点滅を繰り返した。
「僕の記憶」という映画を客観的に見ているはずなのに。
脳が拒否している。
体が拒否している。
その場所に、入ることを。
その記憶を、見ることを。
駄目だ、イケナイ、駄目だ。
しかし、違う何かが強制する。
見よ。
何も知らなかった僕は、少しずつ常識を覚えていった。
そして、ある日。
その「場所」には自然に足が向いた。
「懐かしさ」に誘われるように。
あの人に「懐かしさ」の説明をすると「忘れろ」とよく言われる。
あの人は確かに僕を助けてくれたし、その後も僕の世話をしてくれている。……何かから逃げるように。
その何かはどうやら複数あるようだ。
何から逃げているのか聞いてはいけない気がした。
とにかく、感謝しまくっているあの人の言うことを無視して、ここまで来た。
「懐かしさ」の凝縮点。
かなり大きな家。
昔の金持ちが好んで住んだという「ようかん」というやつだ。
今、僕が住んでいる住居とは比べ物にならないほど大きい住居。
……無駄だらけだけど、やっぱり、懐かしい。
「無駄」は最近覚えた言葉だ。
普通、こういう家には最新のセキリティシステムが施されているのは知っていた。
門の横にある指紋・静脈認証システムに僕の手のひらを当てる。
「オカエリナサイマセ」
自動音声が告げた。
門が音も立てずに開いた。
門は何故、開いたのか。
この懐かしさは、何なのか。
僕は何故、研究所に居たのか。
僕の、両親は?
そして、僕は……何者なのか……
スクリーンが赤と白の点滅を繰り返した。
「僕の記憶」という映画を客観的に見ているはずなのに。
脳が拒否している。
体が拒否している。
その場所に、入ることを。
その記憶を、見ることを。
駄目だ、イケナイ、駄目だ。
しかし、違う何かが強制する。
見よ。
37、四季 【しき】
2006年5月11日 100題ある町に移った僕はニホンの四季を知る。
やはりカラッポな僕は、感動ばかりしていた
わけではなかった。
懐かしい。
何故?
スクリーンに映る、一度も見たことのない風景。
どこからか流れてくる、一度も聞いたことのない人々の声。
懐かしい。
体が覚えていた。
そんな感覚だった。
……もう少しだな。
知らない自分が言った。
やはりカラッポな僕は、感動ばかりしていた
わけではなかった。
懐かしい。
何故?
スクリーンに映る、一度も見たことのない風景。
どこからか流れてくる、一度も聞いたことのない人々の声。
懐かしい。
体が覚えていた。
そんな感覚だった。
……もう少しだな。
知らない自分が言った。
36、プラネタリウム 【ぷらねたりうむ】
2006年5月10日 100題初めて夜空を見た。
黒というより濃い青の空には、微妙に色合いが違う星々。
月光に照らされた草木は、青白い光に包まれていた。
草を踏む音。
風を切る音。
虫が鳴く音。
無数の足音。
耳を澄ますと、世界が広がる。
眼を凝らすと、深く沈める。
警告灯の赤。
月の白と青。
白衣を着た人。
自分の肌の色。
黒い髪。
深く優しい黒の夜。
潔癖の白い衣服を着た人。
走る僕。
引っ張る人。
追ってくる人。
走っている。
疲れる。
生きている。
僕は生きている。
なんて、素晴らしいことだろう。
生まれたとき。
それ以上の感動を、人は死ぬまでに……もう一度でも……味わえるのだろうか。
ただ観るだけだった僕は、感動していた。
本当に、感動していた。
スクリーンにはプラネタリウムの下を走っている人影が二つ。
僕と、あの人。
黒というより濃い青の空には、微妙に色合いが違う星々。
月光に照らされた草木は、青白い光に包まれていた。
草を踏む音。
風を切る音。
虫が鳴く音。
無数の足音。
耳を澄ますと、世界が広がる。
眼を凝らすと、深く沈める。
警告灯の赤。
月の白と青。
白衣を着た人。
自分の肌の色。
黒い髪。
深く優しい黒の夜。
潔癖の白い衣服を着た人。
走る僕。
引っ張る人。
追ってくる人。
走っている。
疲れる。
生きている。
僕は生きている。
なんて、素晴らしいことだろう。
生まれたとき。
それ以上の感動を、人は死ぬまでに……もう一度でも……味わえるのだろうか。
ただ観るだけだった僕は、感動していた。
本当に、感動していた。
スクリーンにはプラネタリウムの下を走っている人影が二つ。
僕と、あの人。
35、希望 【きぼう】
2006年5月9日 100題スクリーンに白が映る。
そして、人、懐かしい、僕を助けてくれた、人が映る。
それは、希望だった。
その時の僕は、死んでも死ななくても良かった。
故に、僕が死ななかったのは僕の希望じゃない。
僕を助けた人……の希望だった。
しかし、自分を得た今は、その人は僕にとってその当時、確かに希望だった。
研究所から脱出する途中に非常灯の赤が見えた。
それが僕の初めて見た白以外の色だった。
研究所から出るまでは白と赤と黒しか見えなかった。
流れる景色に見える赤の点滅、白の濃淡、影の黒。
それだけだけど、それでも豊富な世界の変化にただ戸惑った。
そして、人、懐かしい、僕を助けてくれた、人が映る。
それは、希望だった。
その時の僕は、死んでも死ななくても良かった。
故に、僕が死ななかったのは僕の希望じゃない。
僕を助けた人……の希望だった。
しかし、自分を得た今は、その人は僕にとってその当時、確かに希望だった。
研究所から脱出する途中に非常灯の赤が見えた。
それが僕の初めて見た白以外の色だった。
研究所から出るまでは白と赤と黒しか見えなかった。
流れる景色に見える赤の点滅、白の濃淡、影の黒。
それだけだけど、それでも豊富な世界の変化にただ戸惑った。
34、69 【ろくじゅうきゅう】
2006年5月8日 100題一撃、一撃を必殺で放つ、
一撃、一撃を必死に受ける。
二人の戦いには、入り込む余地がなかった。
力が激突する度に世界が揺れる。
色の発現が増長を繰り返す。
一撃一撃が確実な死を約束している。
間違えた方が、死ぬ戦い。
力の激突の間隔が短くなっていく。
戦いは熾烈を極めていく。
しかし、最早人間とはいえないソウさんと違って、キバさんは人間であった。
直撃を避けているとはいえ衝撃は伝わり、蓄積されていく。
衝撃に耐えられなくなった細胞は少しずつ、しかし確実に破壊されていく。
それが形になって現れるのは人間であるキバさんだけである。
一瞬、キバさんの反応が遅れた。
原因は色々考えられたが、結局キバさんは「人間」だったのだ。
次の瞬間キバさんはコンクリートの壁に叩きつけられていた。
キバさんは吐血し少し咳き込んだ後、焦りを表情に滲ませた。
「悲しいかな、嬉しいかな、君が人間であることは」
歌うように言うとソウさんは僕の視界から一瞬消えた。
刹那、かなり重い衝撃音と爆発音のようなものが辺りに響くと、キバさんが叩きつけられ、もたれていた場所にはぽっかりと大きな穴が空いていた。
音響の余韻が空気を静かに震わせる。
粉々のコンクリートが素材である白い霧がゆっくり宙を漂う。
ぱらぱらと音をたてる程度の重量のコンクリートが床に散る。
キバさんに、ソウさんがさらなる追い討ちをかけた衝撃で空いた大穴からは、深い闇が覗いていた。
闇が包む外界へ飛ばされたキバさんを見据えながら、ソウさん……いや、ソウは笑った。
圧倒的な、力。
人を超えた、世界そのものともいえる力。
僕はそのただ純粋で強力な、力を、
美しいと思った。
------------------
雑音。
スクリーンは砂嵐画面。
また、来たか。
僕の記憶の映画館。
忘れていた、いや封じられていた記憶が走馬灯のように簡単に蘇る場所。
ある結果に至る為の過程。
とにかく僕はこの世界では、ただ観るしかない。
雑音と共に、機械的な音声。
-No.69 処分シマス-
相変わらずスクリーンは砂嵐。
僕はそこまでの記憶では、白か、砂嵐しか見ていなかった。
飽きるという言葉を知らない僕は、ただ生きているだけ。
僕はこれから、処分される。
その時は、そんな認識さえなかった。
僕は何故生まれてきて、何故死ぬんだろう。
そんな考えなど浮かんでこない。
僕は真っ白、カラッポだった。
-サンプル収集カイシ-
がちゃがちゃと、「音」が聞こえた。
その「音」が何を意味しているか、というか「音」が何なのかわからない僕。
雑音に混ざって聞こえてくる音声は
-No.69……サン///プ///♯*ノ?★!■△-
途切れた。
しばらくして、砂嵐も消えた。
それが消えたというのも、今の僕が認識したことだ。
その頃の僕には何が起こったのか、という疑問さえ浮かばない。
『助けてやる』
カラッポな僕に、初めての変化があったような気がした。
その時、僕は、染まった、いや、違う、心、色に波紋が広がった、そんな感覚を覚えた。
一撃、一撃を必死に受ける。
二人の戦いには、入り込む余地がなかった。
力が激突する度に世界が揺れる。
色の発現が増長を繰り返す。
一撃一撃が確実な死を約束している。
間違えた方が、死ぬ戦い。
力の激突の間隔が短くなっていく。
戦いは熾烈を極めていく。
しかし、最早人間とはいえないソウさんと違って、キバさんは人間であった。
直撃を避けているとはいえ衝撃は伝わり、蓄積されていく。
衝撃に耐えられなくなった細胞は少しずつ、しかし確実に破壊されていく。
それが形になって現れるのは人間であるキバさんだけである。
一瞬、キバさんの反応が遅れた。
原因は色々考えられたが、結局キバさんは「人間」だったのだ。
次の瞬間キバさんはコンクリートの壁に叩きつけられていた。
キバさんは吐血し少し咳き込んだ後、焦りを表情に滲ませた。
「悲しいかな、嬉しいかな、君が人間であることは」
歌うように言うとソウさんは僕の視界から一瞬消えた。
刹那、かなり重い衝撃音と爆発音のようなものが辺りに響くと、キバさんが叩きつけられ、もたれていた場所にはぽっかりと大きな穴が空いていた。
音響の余韻が空気を静かに震わせる。
粉々のコンクリートが素材である白い霧がゆっくり宙を漂う。
ぱらぱらと音をたてる程度の重量のコンクリートが床に散る。
キバさんに、ソウさんがさらなる追い討ちをかけた衝撃で空いた大穴からは、深い闇が覗いていた。
闇が包む外界へ飛ばされたキバさんを見据えながら、ソウさん……いや、ソウは笑った。
圧倒的な、力。
人を超えた、世界そのものともいえる力。
僕はそのただ純粋で強力な、力を、
美しいと思った。
------------------
雑音。
スクリーンは砂嵐画面。
また、来たか。
僕の記憶の映画館。
忘れていた、いや封じられていた記憶が走馬灯のように簡単に蘇る場所。
ある結果に至る為の過程。
とにかく僕はこの世界では、ただ観るしかない。
雑音と共に、機械的な音声。
-No.69 処分シマス-
相変わらずスクリーンは砂嵐。
僕はそこまでの記憶では、白か、砂嵐しか見ていなかった。
飽きるという言葉を知らない僕は、ただ生きているだけ。
僕はこれから、処分される。
その時は、そんな認識さえなかった。
僕は何故生まれてきて、何故死ぬんだろう。
そんな考えなど浮かんでこない。
僕は真っ白、カラッポだった。
-サンプル収集カイシ-
がちゃがちゃと、「音」が聞こえた。
その「音」が何を意味しているか、というか「音」が何なのかわからない僕。
雑音に混ざって聞こえてくる音声は
-No.69……サン///プ///♯*ノ?★!■△-
途切れた。
しばらくして、砂嵐も消えた。
それが消えたというのも、今の僕が認識したことだ。
その頃の僕には何が起こったのか、という疑問さえ浮かばない。
『助けてやる』
カラッポな僕に、初めての変化があったような気がした。
その時、僕は、染まった、いや、違う、心、色に波紋が広がった、そんな感覚を覚えた。
33、意志 【いし】
2006年5月7日 100題僕達が1階についたときには、既にソウさんとキバさんの激しい戦いが繰り広げられていた。
キバさんの体全体には力強い褐色のオーラが、ソウさんの体全体には禍々しい黒色のオーラが見えた。
「素晴らしい」
そう言いながら、ソウさん「だった」人物は在り得ない威力の拳をキバさんに放つ。
キバさんはそれを紙一重でかわし、そのままその腕を掴んで床にたたきつけた。
ソウさんの腕は肩からもげた。
黒色の物体がソウさんの肩口から噴出す。
それを他人事のように見ていたソウさんは構わずキバさんに蹴りを放つ。
その蹴りもキバさんは片手で受け止めて平然としていた。
逆に蹴りに使った右足がまたしても床に叩きつけられ、ソウさんはバランスを崩した。
「おぉっ?」
変な方向に曲がった右足を見ながら、ソウさんは表情を喜びに変えて言った。
「重さ……質量の操作……またはそれに近いものだな。
なるほど……手強い……戦い甲斐がある」
油断していたとはいえサエさんを一撃で倒した初老の男性は今床に倒れている。
キバさんの戦闘能力はズバ抜けていた。
「すっかり、染まってしまったんですね」
悲しそうに、それでも抑揚なく、キバさんは言った。
ソウさんは折れ曲がった右足を左手の手刀で切断した。
やはり血は出ず、黒色の物体が噴出す。
切断された右腕と右足は黒い霧となって霧散した。
「ああ、戦おう」
話で聞いたシンカイソウという人物はそこには居なかった。
ただ、戦いを求める者。
『戦い』
それはソウさんの意志ではないことが、一時期仲間だった3人の表情の中に窺えた。
何がソウさんをここまで変えたのか。
死の瞬間、ソウさんは何をみたのだろうか。
黒色の物体がソウさんの腕と足をカタチ作っていく。
黒。
破壊、吸収、死、武勇等を象徴する、黒。
キバさんの体全体には力強い褐色のオーラが、ソウさんの体全体には禍々しい黒色のオーラが見えた。
「素晴らしい」
そう言いながら、ソウさん「だった」人物は在り得ない威力の拳をキバさんに放つ。
キバさんはそれを紙一重でかわし、そのままその腕を掴んで床にたたきつけた。
ソウさんの腕は肩からもげた。
黒色の物体がソウさんの肩口から噴出す。
それを他人事のように見ていたソウさんは構わずキバさんに蹴りを放つ。
その蹴りもキバさんは片手で受け止めて平然としていた。
逆に蹴りに使った右足がまたしても床に叩きつけられ、ソウさんはバランスを崩した。
「おぉっ?」
変な方向に曲がった右足を見ながら、ソウさんは表情を喜びに変えて言った。
「重さ……質量の操作……またはそれに近いものだな。
なるほど……手強い……戦い甲斐がある」
油断していたとはいえサエさんを一撃で倒した初老の男性は今床に倒れている。
キバさんの戦闘能力はズバ抜けていた。
「すっかり、染まってしまったんですね」
悲しそうに、それでも抑揚なく、キバさんは言った。
ソウさんは折れ曲がった右足を左手の手刀で切断した。
やはり血は出ず、黒色の物体が噴出す。
切断された右腕と右足は黒い霧となって霧散した。
「ああ、戦おう」
話で聞いたシンカイソウという人物はそこには居なかった。
ただ、戦いを求める者。
『戦い』
それはソウさんの意志ではないことが、一時期仲間だった3人の表情の中に窺えた。
何がソウさんをここまで変えたのか。
死の瞬間、ソウさんは何をみたのだろうか。
黒色の物体がソウさんの腕と足をカタチ作っていく。
黒。
破壊、吸収、死、武勇等を象徴する、黒。
32、砂嵐 【すなあらし】
2006年5月6日 100題ドクン
まずはキバさんが動いた。
ソウさんの喉元を片手で掴み、そのまま床に叩きつけた。
「ソウさん!」
眼を覚まさせようと叫ぶキバさんの声は
「戦うのかね! 戦おう!」
ソウさんには届かなかった。
鈍い重量音が空気を痺れさせた。
キバさんの体に褐色のオーラが見えた気がした。
次の瞬間、ビルの床がソウさんのカタチに綺麗に抜けた。
キバさんとソウさんは共に階下に消えた。
その後も鈍い音が何度も響き、遠ざかっていく。
二人はコンクリートの床を次々と突き破っているようだ。
雑音。
一瞬視界が砂嵐画面に変わった。
戦エ
ドクン
生キ残レ
ドクン
砂嵐と雑音が唐突に消える。
心臓の鼓動が遠ざかる。
僕は、今、どうなっていたのか。
大量の汗が頬を伝う。
何かが、ただ純粋な何かが、僕の中で育っている気がした。
いや、再び蘇ろうとしていた?
シュウさん達は既に下に向かう階段へ走っていた。
まずはキバさんが動いた。
ソウさんの喉元を片手で掴み、そのまま床に叩きつけた。
「ソウさん!」
眼を覚まさせようと叫ぶキバさんの声は
「戦うのかね! 戦おう!」
ソウさんには届かなかった。
鈍い重量音が空気を痺れさせた。
キバさんの体に褐色のオーラが見えた気がした。
次の瞬間、ビルの床がソウさんのカタチに綺麗に抜けた。
キバさんとソウさんは共に階下に消えた。
その後も鈍い音が何度も響き、遠ざかっていく。
二人はコンクリートの床を次々と突き破っているようだ。
雑音。
一瞬視界が砂嵐画面に変わった。
戦エ
ドクン
生キ残レ
ドクン
砂嵐と雑音が唐突に消える。
心臓の鼓動が遠ざかる。
僕は、今、どうなっていたのか。
大量の汗が頬を伝う。
何かが、ただ純粋な何かが、僕の中で育っている気がした。
いや、再び蘇ろうとしていた?
シュウさん達は既に下に向かう階段へ走っていた。
31、羽根 【はね】
2006年5月5日 100題「その後、ソウさんは……」
『ここにいますよ……』
闇から這い出すような声が聞こえた。
あまりの寒気と気持ちの悪さに僕は口元を押さえた。
僕の目の前にある窓に人が浮かんでいた。
全身黒のタキシードでふわりと踊るように窓の縁に着地したその人物は、見間違うはずがない。
高橋姉弟を一撃の下に倒し、驚異的な身体能力を誇った謎の初老の男性だった。
背中には歪な黒い羽根。
なんでもありか。
『ここにいますよ……』
闇から這い出すような声が聞こえた。
あまりの寒気と気持ちの悪さに僕は口元を押さえた。
僕の目の前にある窓に人が浮かんでいた。
全身黒のタキシードでふわりと踊るように窓の縁に着地したその人物は、見間違うはずがない。
高橋姉弟を一撃の下に倒し、驚異的な身体能力を誇った謎の初老の男性だった。
背中には歪な黒い羽根。
なんでもありか。
30、命 【いのち】
2006年5月4日 100題「一時期、私達3人と仲間になった人がいました。
その人はとても優しい方だったので、他人を守るために自分が傷つくことを躊躇いませんでした」
ユウリさんの声に抑揚はない。
僕は何故か高橋姉弟からの視線を感じた。
「その人は、真回宗(シンカイソウ)と名乗っていました。
その人の色はカイより少し濃い緑色……そうですね……深緑でした。
緑系の色は治癒を得意としますが、その人の能力は少し特殊でした。
……能力が強力過ぎたんです。
通常、緑の能力はどんなに強力でも内臓の治癒や腕や足などの欠損の補完は不可能です。
しかし、ソウさんはそれが可能でした。
……自身が治癒対象者の身代わりになることによって、ですが」
既に陽は落ちて、ローソクの火が届かない場所は完全に闇に包まれていた。
淡々と話すユウリさんは、しがみついているカイくんの帽子にやさしく手を置いた。
「カイは一度右腕右足を失い、お腹に大きな穴を開けたことがあります。
私達の不注意、幾つかの不幸が重なってのことです。
いくらカイが発現者でも、死は免れませんでした。
……もう予想しているかもしれませんが、ソウさんは躊躇わず、能力を使いました。
カイはこの通り完治しましたが、ソウさんがどうなったのかは言うまでもありません」
感情のない声。
何か感情を出すと、話せなくなってしまうのを恐れる声。
「私達は呆然として動かなくなったソウさんを見つめていました。
心なしか、ソウさんはカイの方をみて微笑んだ気がしました。
とても不謹慎ですが、私はいつかこうなるだろうな、と思っていました……」
……何故だろう、今も高橋姉弟から視線を感じるのは……。
「……しかし、それで終わりではありませんでした。
始めは、髪の色でした」
髪の色……。
「ソウさんの黒だったはずの髪が深緑色に染まりました。
開いた瞳孔も、茶褐色から深緑に染まりました。
右腕と右足の傷口から深緑色の物体が噴出し、腕と足のおおまかなカタチになった後、段々肌色に染まって正確な人間の腕と足になっていきました。
そして最後には爪や毛穴まで完全な腕と足が出来上がっていました。
お腹に開いていたはずの大きな穴も同じように塞がってしまいました。
それは治った、というより深緑色の別の物体がソウさんの体のカタチを模った、という印象でした」
僕はその話を聞いて、黒部のことを思い出した。
黒部はどこか傷ついたとしても、すぐに黒い物体が傷ついた部分を補完していたような気がする。
「ゆっくり体を起こして、ソウさんは言いました。
『全て、わかった』 と」
その人はとても優しい方だったので、他人を守るために自分が傷つくことを躊躇いませんでした」
ユウリさんの声に抑揚はない。
僕は何故か高橋姉弟からの視線を感じた。
「その人は、真回宗(シンカイソウ)と名乗っていました。
その人の色はカイより少し濃い緑色……そうですね……深緑でした。
緑系の色は治癒を得意としますが、その人の能力は少し特殊でした。
……能力が強力過ぎたんです。
通常、緑の能力はどんなに強力でも内臓の治癒や腕や足などの欠損の補完は不可能です。
しかし、ソウさんはそれが可能でした。
……自身が治癒対象者の身代わりになることによって、ですが」
既に陽は落ちて、ローソクの火が届かない場所は完全に闇に包まれていた。
淡々と話すユウリさんは、しがみついているカイくんの帽子にやさしく手を置いた。
「カイは一度右腕右足を失い、お腹に大きな穴を開けたことがあります。
私達の不注意、幾つかの不幸が重なってのことです。
いくらカイが発現者でも、死は免れませんでした。
……もう予想しているかもしれませんが、ソウさんは躊躇わず、能力を使いました。
カイはこの通り完治しましたが、ソウさんがどうなったのかは言うまでもありません」
感情のない声。
何か感情を出すと、話せなくなってしまうのを恐れる声。
「私達は呆然として動かなくなったソウさんを見つめていました。
心なしか、ソウさんはカイの方をみて微笑んだ気がしました。
とても不謹慎ですが、私はいつかこうなるだろうな、と思っていました……」
……何故だろう、今も高橋姉弟から視線を感じるのは……。
「……しかし、それで終わりではありませんでした。
始めは、髪の色でした」
髪の色……。
「ソウさんの黒だったはずの髪が深緑色に染まりました。
開いた瞳孔も、茶褐色から深緑に染まりました。
右腕と右足の傷口から深緑色の物体が噴出し、腕と足のおおまかなカタチになった後、段々肌色に染まって正確な人間の腕と足になっていきました。
そして最後には爪や毛穴まで完全な腕と足が出来上がっていました。
お腹に開いていたはずの大きな穴も同じように塞がってしまいました。
それは治った、というより深緑色の別の物体がソウさんの体のカタチを模った、という印象でした」
僕はその話を聞いて、黒部のことを思い出した。
黒部はどこか傷ついたとしても、すぐに黒い物体が傷ついた部分を補完していたような気がする。
「ゆっくり体を起こして、ソウさんは言いました。
『全て、わかった』 と」
29、炎 【ほのお】
2006年5月3日 100題「シラセ、お前……その髪、どうした?」
シュウさんが少し驚いた声で僕に尋ねる。
え?
一体どういうことだろう。
「自分では分からないのか?
右目の上辺りの髪だけが、根元まで真っ白に染まってるぞ」
……?
髪の色は白が発現する前も後もずっと黒だったはずだ。
右目の上の髪を伸ばして目の前まで持っていきたかったが、義手では髪を掴むという繊細な作業はできない上に、右目は失明していた。直接見るのは難しい。
髪の色が変わったことぐらい、それほど大したことでもないと思い、確認するのは止めた。
カイくんはもしかして、唐突に色が変わった僕の髪に驚いたのだろうか?
「色の影響が強くなっているんですよ」
突然、ユウリさんが発言した。
カイくんはユウリさんの体で顔を隠している。
色の影響……?
今や「色」は身体や精神……いや世界と密接な関係にある。
僕は「色」についての事柄を、全くと言っていいほど知らなかったという事に気付いた。
人が黒い影になったり、自分の右腕がなくなったり、親友が化け物に近くなったりしたのは、「色」がかなり関係しているというに。
「色は肉体や精神に影響することがあります。
髪や瞳の色が変わるのは、表面に出る色の影響の一つです」
そう言うと、ユウリさんは部屋の中央に置かれていたローソクの芯をつまんだ。
少し待つと、一瞬ユウリさんの指が炎に包まれた。
僕は驚いたが、当のユウリさんは涼しい顔をしてローソクの炎からそっと指を離した。
ローソクの炎が、暗くなってきた部屋を照らした。
僕とローソクの間に立つユウリさんの表情は見えない。
シュウさんが少し驚いた声で僕に尋ねる。
え?
一体どういうことだろう。
「自分では分からないのか?
右目の上辺りの髪だけが、根元まで真っ白に染まってるぞ」
……?
髪の色は白が発現する前も後もずっと黒だったはずだ。
右目の上の髪を伸ばして目の前まで持っていきたかったが、義手では髪を掴むという繊細な作業はできない上に、右目は失明していた。直接見るのは難しい。
髪の色が変わったことぐらい、それほど大したことでもないと思い、確認するのは止めた。
カイくんはもしかして、唐突に色が変わった僕の髪に驚いたのだろうか?
「色の影響が強くなっているんですよ」
突然、ユウリさんが発言した。
カイくんはユウリさんの体で顔を隠している。
色の影響……?
今や「色」は身体や精神……いや世界と密接な関係にある。
僕は「色」についての事柄を、全くと言っていいほど知らなかったという事に気付いた。
人が黒い影になったり、自分の右腕がなくなったり、親友が化け物に近くなったりしたのは、「色」がかなり関係しているというに。
「色は肉体や精神に影響することがあります。
髪や瞳の色が変わるのは、表面に出る色の影響の一つです」
そう言うと、ユウリさんは部屋の中央に置かれていたローソクの芯をつまんだ。
少し待つと、一瞬ユウリさんの指が炎に包まれた。
僕は驚いたが、当のユウリさんは涼しい顔をしてローソクの炎からそっと指を離した。
ローソクの炎が、暗くなってきた部屋を照らした。
僕とローソクの間に立つユウリさんの表情は見えない。
28、映画 【えいが】
2006年5月2日 100題ジジジジ……
薄汚れたスクリーンには見た憶えのない映像が映し出されていた。
僕とスクリーン以外は闇に包まれた映画館。
観客は一人もいない。
映写機も見当たらないが、フィルムを回す音だけが何処からか聞こえていた。
僕はぽつんと席に座っている。
何故? 何処? 疑問は浮かばない。
ただ、スクリーンを見つめる。
映画を見ることが、この世界で唯一僕のできること。
薄汚れたスクリーンには白だけが映し出されていた。
そして直感的に、これは大分前に撮られた風景だ、と思った。
白だけの映像に一瞬黒い線や点が浮かぶ。
映像が見られないほど酷い、という程ではなかったが、フィルムは大分劣化しているようだった。
(成功しました。おめでとうございます)
無機質な男性の声。
相変わらずスクリーンは白を映していた。
何故か、音声だけが脳内に響くように聞こえた。
(ありがとうございました。ありがとうございました)
少し年をとった男性と女性の声が重なって聞こえた。
(息子よ……よく生き返ってくれた)
少し年をとった男性の声。
(ああ、○○○……良かった……)
少し年をとった女性の声。
○○○はすっぽり抜けている。
どうやら年をとった男性と女性は夫婦で、僕は息子、らしい。
スクリーンには白がずっと映っている。
白しか映っていないのに、少し長い時の流れを感じた。
(あの夫婦、事故で死んでしまったらしい)
(は? おい、残りの支払いはどうなるんだ)
無機質な声の会話が聞こえた。
(俺たちの商売は表沙汰にはできないからな……)
(……おいおい)
しばらく口論が続いた後、
(……こいつはどうなる)
こいつとは僕のことだろう。それは今だから解った。
その頃の僕は、何も知らなかった、何も解らなかった。
真っ白だった。
(処分だな)
--------------------------------
「あれ?」
夢?
どうやら僕は、疲れも眠気もなく、意識が飛んだらしい。
それがどれだけの間だったのか、自分ではわからない。
夢から現実に移るとき、目の前が暗くなることがなかった。
おそらく僕は、眼を閉じていなかったのだろう。
目の前のカイくんは真っ青な顔をしていた。
「ユウリ……キバ……」
今にも泣き出しそうな表情のカイくんは、僕から手を離した。
大丈夫? と声を掛けることもできなかった。
カイくんが手を離した箇所に、ぽっかりと穴が開いたような痛みを覚えた。
薄汚れたスクリーンには見た憶えのない映像が映し出されていた。
僕とスクリーン以外は闇に包まれた映画館。
観客は一人もいない。
映写機も見当たらないが、フィルムを回す音だけが何処からか聞こえていた。
僕はぽつんと席に座っている。
何故? 何処? 疑問は浮かばない。
ただ、スクリーンを見つめる。
映画を見ることが、この世界で唯一僕のできること。
薄汚れたスクリーンには白だけが映し出されていた。
そして直感的に、これは大分前に撮られた風景だ、と思った。
白だけの映像に一瞬黒い線や点が浮かぶ。
映像が見られないほど酷い、という程ではなかったが、フィルムは大分劣化しているようだった。
(成功しました。おめでとうございます)
無機質な男性の声。
相変わらずスクリーンは白を映していた。
何故か、音声だけが脳内に響くように聞こえた。
(ありがとうございました。ありがとうございました)
少し年をとった男性と女性の声が重なって聞こえた。
(息子よ……よく生き返ってくれた)
少し年をとった男性の声。
(ああ、○○○……良かった……)
少し年をとった女性の声。
○○○はすっぽり抜けている。
どうやら年をとった男性と女性は夫婦で、僕は息子、らしい。
スクリーンには白がずっと映っている。
白しか映っていないのに、少し長い時の流れを感じた。
(あの夫婦、事故で死んでしまったらしい)
(は? おい、残りの支払いはどうなるんだ)
無機質な声の会話が聞こえた。
(俺たちの商売は表沙汰にはできないからな……)
(……おいおい)
しばらく口論が続いた後、
(……こいつはどうなる)
こいつとは僕のことだろう。それは今だから解った。
その頃の僕は、何も知らなかった、何も解らなかった。
真っ白だった。
(処分だな)
--------------------------------
「あれ?」
夢?
どうやら僕は、疲れも眠気もなく、意識が飛んだらしい。
それがどれだけの間だったのか、自分ではわからない。
夢から現実に移るとき、目の前が暗くなることがなかった。
おそらく僕は、眼を閉じていなかったのだろう。
目の前のカイくんは真っ青な顔をしていた。
「ユウリ……キバ……」
今にも泣き出しそうな表情のカイくんは、僕から手を離した。
大丈夫? と声を掛けることもできなかった。
カイくんが手を離した箇所に、ぽっかりと穴が開いたような痛みを覚えた。
まだ僕は、生きていた。
「……本当にありがとう」
子供の頭を撫でようとした。
すぐに右腕がないことに気付く。
左腕の義手は、かしゃりと冷たい金属音を出した。
こんなもので、やさしく子供の頭を撫でることなどできない。
少し悲しかった……。
「本当にありがとう」
代わりに笑顔を作り、何度も礼を言った。
「う、うん……」
照れたのか、子供は少し頬を赤く染めて若い女性の影に隠れた。
彼女も僕達を助けてくれたのだろう。
「僕達を助けてくれた人ですね? ありがとうございました」
「どういたしまして。
でも、貴方達を助けるために、貴重なスタングレネードを迷わず投げたのは彼ですよ」
僕と同じように柱にもたれて座っている男性が見えた。
「本当にありがとうございました」
「……」
彼は表情を変えなかったが、頷いてはくれた。
大柄な男性は僕達の無事をそんなに喜んでいる様子はなかった。
もしかして、僕たちを助けたわけではなかった?
そんな突拍子もない考えが浮かんだ。
「ん……?」
「ぐ……?」
シュウさんとサエさんが同時に眼を覚ました。
流石姉弟である。(?)
あまり時間がないので、情報交換をしたい、とユウリさんから提案があった。
「山川海(ヤマカワカイ)」緑色の子供。
「西城遊里(サイジョウユウリ)」橙色の女性。
「灰牙(ハイキバ)」褐色の男性。
「高橋冴(タカハシサエ)」赤色の女性。
「高橋秋(タカハシシュウ)」青色の男性。
「白瀬英輔(シラセエイスケ)」白色の少年。僕。
自己紹介を簡単にまとめてみた。
カイくん、ユウリさん、キバさん、の3人は、僕ら3人と同じように、たまたま出会い、そのまま一緒に行動を共にするようになったのだという。
「この世界を一人で生き残るのは、困難でした」
キバさんは相変わらず無口で、カイくんは再び僕の痛みを和らげる為に緑の能力を使ってくれている。
自然、ユウリさんがこれまでの経緯を話すことになった。
「……世界が変わって2,3日程経ったのでしょうか。
まだ世界に混乱が残る中、まず私とキバが出会い、行動を共にしていました。
私とキバは世界が変わった直後に、色が発現していました。
私とキバの色……つまり能力は戦闘型だったので、二人で行動すればまず安全でした。
特にキバの力は凄まじく、1匹や2匹の影では相手にもなりません。
二人で行動をしているうちに、兵器類の発射音や、爆発音が消えて、世界は段々静かになっていきました。
発現者のグループ、組織ができたという噂もありましたが、私とキバはずっと二人で行動していました。
そして世界が変わって1週間後、私達はカイに出会ったんです」
カイくんはずっと僕の左胸に手をあてている。
疲れない? 大丈夫?
と聞くと、「大丈夫」と答えてくれた。
「カイが世界が変わって1週間も生き残っていたのは、まさに奇跡でした。
それからずっと、今まで、私達は3人で行動をしていました」
「違う」
ユウリさんの話に、カイくんが小さく抗議した。
「……そうね……ごめんね、カイ。
実は一時期、仲間がもう一人いたのですが……その話はまた後に……」
何故後に回すのか。
ユウリさんの悲しい表情に、僕は何も言うことができなかった。
カイくんの手のひらからは、今も冷たく暖かい力が僕に注ぎこまれていた。
骨身に沁みるとはこのことだろうか。
ありがとう、すっかり良くなったよ。
心から、言ったつもりだったが……。
「嘘」
一言で返されてしまった。
「……本当にありがとう」
子供の頭を撫でようとした。
すぐに右腕がないことに気付く。
左腕の義手は、かしゃりと冷たい金属音を出した。
こんなもので、やさしく子供の頭を撫でることなどできない。
少し悲しかった……。
「本当にありがとう」
代わりに笑顔を作り、何度も礼を言った。
「う、うん……」
照れたのか、子供は少し頬を赤く染めて若い女性の影に隠れた。
彼女も僕達を助けてくれたのだろう。
「僕達を助けてくれた人ですね? ありがとうございました」
「どういたしまして。
でも、貴方達を助けるために、貴重なスタングレネードを迷わず投げたのは彼ですよ」
僕と同じように柱にもたれて座っている男性が見えた。
「本当にありがとうございました」
「……」
彼は表情を変えなかったが、頷いてはくれた。
大柄な男性は僕達の無事をそんなに喜んでいる様子はなかった。
もしかして、僕たちを助けたわけではなかった?
そんな突拍子もない考えが浮かんだ。
「ん……?」
「ぐ……?」
シュウさんとサエさんが同時に眼を覚ました。
流石姉弟である。(?)
あまり時間がないので、情報交換をしたい、とユウリさんから提案があった。
「山川海(ヤマカワカイ)」緑色の子供。
「西城遊里(サイジョウユウリ)」橙色の女性。
「灰牙(ハイキバ)」褐色の男性。
「高橋冴(タカハシサエ)」赤色の女性。
「高橋秋(タカハシシュウ)」青色の男性。
「白瀬英輔(シラセエイスケ)」白色の少年。僕。
自己紹介を簡単にまとめてみた。
カイくん、ユウリさん、キバさん、の3人は、僕ら3人と同じように、たまたま出会い、そのまま一緒に行動を共にするようになったのだという。
「この世界を一人で生き残るのは、困難でした」
キバさんは相変わらず無口で、カイくんは再び僕の痛みを和らげる為に緑の能力を使ってくれている。
自然、ユウリさんがこれまでの経緯を話すことになった。
「……世界が変わって2,3日程経ったのでしょうか。
まだ世界に混乱が残る中、まず私とキバが出会い、行動を共にしていました。
私とキバは世界が変わった直後に、色が発現していました。
私とキバの色……つまり能力は戦闘型だったので、二人で行動すればまず安全でした。
特にキバの力は凄まじく、1匹や2匹の影では相手にもなりません。
二人で行動をしているうちに、兵器類の発射音や、爆発音が消えて、世界は段々静かになっていきました。
発現者のグループ、組織ができたという噂もありましたが、私とキバはずっと二人で行動していました。
そして世界が変わって1週間後、私達はカイに出会ったんです」
カイくんはずっと僕の左胸に手をあてている。
疲れない? 大丈夫?
と聞くと、「大丈夫」と答えてくれた。
「カイが世界が変わって1週間も生き残っていたのは、まさに奇跡でした。
それからずっと、今まで、私達は3人で行動をしていました」
「違う」
ユウリさんの話に、カイくんが小さく抗議した。
「……そうね……ごめんね、カイ。
実は一時期、仲間がもう一人いたのですが……その話はまた後に……」
何故後に回すのか。
ユウリさんの悲しい表情に、僕は何も言うことができなかった。
カイくんの手のひらからは、今も冷たく暖かい力が僕に注ぎこまれていた。
骨身に沁みるとはこのことだろうか。
ありがとう、すっかり良くなったよ。
心から、言ったつもりだったが……。
「嘘」
一言で返されてしまった。
26、蜃気楼 【しんきろう】
2006年4月30日 100題今の僕は痛みのない所を探すほうが難しい状態だった。
体の芯、脊髄が、ナイフで少しずつ切り削られているのでは?
外傷はまだ良かったが、体の内側からじわじわとくる痛みはどうしようもない……。
「ぐ……」
ズキン、ズキン。
痛い、痛い。
口を閉じるのを忘れて、少し血が混ざった涎を垂らしてしまった。
血液はマグマになって、僕の体温を限界まで上げている。
今の僕の背中に卵を落とせば目玉焼きが作れるだろう。
やばい量の汗が噴きだし、髪と服はずぶ濡れになっていた。
この熱と水分量なら蜃気楼を作り出すことが出来るんじゃないか?
正気を失ってもおかしくない激痛の中で、僕は幾分か余裕だった。
……何故なら、痛みは確かに痛くて苦しいが、生きている証でもある。
そして激痛であればあるほど、物凄い苦しみであるほど、何故か僕は罪を償っているような気がするのだ。
償っている? そんなわけないだろう。
ははは。
渇いた笑いが出る。
そんなわけで、僕は痛みが嫌いではなかった。
けど、僕はマゾじゃない。
そりゃ、痛くないほうがいい。
ぺた、と、冷たくやわらかいものが頬に当たった。
その部分から冷気が広がっていく。
体が冷却されていく……。
……久しぶりに味わう感覚。
気持ちがいい。
血管を流れるマグマの動きは鈍くなり、速度規制を超えて暴走していた心臓が大人しくなる。
内側から襲ってくるどうしようもない痛みたちが薄くなっていく。
長い間忘れていた、痛みのない世界。
すりガラスのコンタクトが外れた視界には、僕の頬に手を当てている緑の帽子を被った小さな子供が居た。
「……ありがとう」
深い呼吸と同時に、そんな言葉が出た。
「……このくらいしか、できないから」
子供は無表情の中に安心を少し入れて、言った。
充分すぎる。
あまりの気持ちよさに、自分がこんな良い思いをしていいのか、と罪の意識を持ってしまった。
体の芯、脊髄が、ナイフで少しずつ切り削られているのでは?
外傷はまだ良かったが、体の内側からじわじわとくる痛みはどうしようもない……。
「ぐ……」
ズキン、ズキン。
痛い、痛い。
口を閉じるのを忘れて、少し血が混ざった涎を垂らしてしまった。
血液はマグマになって、僕の体温を限界まで上げている。
今の僕の背中に卵を落とせば目玉焼きが作れるだろう。
やばい量の汗が噴きだし、髪と服はずぶ濡れになっていた。
この熱と水分量なら蜃気楼を作り出すことが出来るんじゃないか?
正気を失ってもおかしくない激痛の中で、僕は幾分か余裕だった。
……何故なら、痛みは確かに痛くて苦しいが、生きている証でもある。
そして激痛であればあるほど、物凄い苦しみであるほど、何故か僕は罪を償っているような気がするのだ。
償っている? そんなわけないだろう。
ははは。
渇いた笑いが出る。
そんなわけで、僕は痛みが嫌いではなかった。
けど、僕はマゾじゃない。
そりゃ、痛くないほうがいい。
ぺた、と、冷たくやわらかいものが頬に当たった。
その部分から冷気が広がっていく。
体が冷却されていく……。
……久しぶりに味わう感覚。
気持ちがいい。
血管を流れるマグマの動きは鈍くなり、速度規制を超えて暴走していた心臓が大人しくなる。
内側から襲ってくるどうしようもない痛みたちが薄くなっていく。
長い間忘れていた、痛みのない世界。
すりガラスのコンタクトが外れた視界には、僕の頬に手を当てている緑の帽子を被った小さな子供が居た。
「……ありがとう」
深い呼吸と同時に、そんな言葉が出た。
「……このくらいしか、できないから」
子供は無表情の中に安心を少し入れて、言った。
充分すぎる。
あまりの気持ちよさに、自分がこんな良い思いをしていいのか、と罪の意識を持ってしまった。
25、蜻蛉 【かげろう】
2006年4月29日 100題 コメント (1)ずーっと観察していた。
右腕のない人の寝顔は、安らかだった。
いつ消えてもおかしくないと思った。
儚かった。
だから僕は、呟いた。
「蜻蛉の命」
「こら。
人の顔見ながらなんてこと言うの」
橙色の髪でショートカット、西城悠里(サイジョウユウリ)姉さんに怒られた。
ちなみに茶髪のスポーツ刈り、大柄なお兄さんは灰牙(ハイキバ)と名乗っている。偽名っぽい。
そして僕は山川海(ヤマカワカイ)。
よろしくね……って僕は誰に言ってるんだろう。
「お前の能力でもそいつは治せないか?」
牙兄さんが言った。
「外傷は大丈夫だけど……問題は中身……」
答えたが、要するに、治せないということだ。
悔しかった。
青系の色程詳しくは洞察できない。
けど、緑系である僕でも解る。
この人、助からない。
色々な怪我や病気や傷が積み重なっている。
「だから、蜻蛉の命」
「こら」
ユーリ姉さんのチョップが僕の帽子の形を崩した。
僕は右腕のない人の顔を見つめたまま帽子の形を直した。
もうすぐこの人は、死ぬか、
……になるか
どちらかだ。
右腕のない人の寝顔は、安らかだった。
いつ消えてもおかしくないと思った。
儚かった。
だから僕は、呟いた。
「蜻蛉の命」
「こら。
人の顔見ながらなんてこと言うの」
橙色の髪でショートカット、西城悠里(サイジョウユウリ)姉さんに怒られた。
ちなみに茶髪のスポーツ刈り、大柄なお兄さんは灰牙(ハイキバ)と名乗っている。偽名っぽい。
そして僕は山川海(ヤマカワカイ)。
よろしくね……って僕は誰に言ってるんだろう。
「お前の能力でもそいつは治せないか?」
牙兄さんが言った。
「外傷は大丈夫だけど……問題は中身……」
答えたが、要するに、治せないということだ。
悔しかった。
青系の色程詳しくは洞察できない。
けど、緑系である僕でも解る。
この人、助からない。
色々な怪我や病気や傷が積み重なっている。
「だから、蜻蛉の命」
「こら」
ユーリ姉さんのチョップが僕の帽子の形を崩した。
僕は右腕のない人の顔を見つめたまま帽子の形を直した。
もうすぐこの人は、死ぬか、
……になるか
どちらかだ。
「最後のスタングレネード、使っちゃったね」
橙色の髪を短く揃えた女性が言った。
その表情は少しも残念そうではなかったが。
「……命には代えられない」
茶髪のスポーツ刈りがよく似合う大柄な男性が言った。
腕を組んで床に座っている男性の表情は岩のように固かった。
スタングレネード(強烈な閃光と大音響で敵の方向感覚、思考能力を奪う目的で作られた手投げ弾)は黒い影への有効性が知られてから、初期の大戦でかなりの数が使い込まれてしまった。
ということで今はかなりの貴重品なのだが、白瀬達が黒い影達に囲まれたとき、大柄な男性は惜しげもなくスタングレネードを使用した。
結果、黒い影はもちろん、あの初老の男性の足止めに成功。
白瀬と高橋姉弟を救出することができた。
「この人、どうして生きているんだろ」
白瀬の顔を覗き込みながら、帽子を被った子供が言った。
正面に屈み、白瀬が気絶するまで何度も呼びかけていたのはこの子供である。
「この人の体、もう僕の能力じゃほとんど治せない。
と、いうか生きている……動いているのが不思議。
もしかして、この人も……『理解者』に近づいているのかな……」
「海(カイ)!」
腹の底まで響くような、重い声が8階建てビルをわずかに揺らした。
大柄な男性はそんな大声を発しても、表情を動かさない。
カイと呼ばれた子供は、何かに気付いたのか、しゅんとしながら
「……ゴメン」
と言って大柄な男性と誰かに謝った。
重い空気が漂う。
「ごまかし……ね」
ぽつり、と若い女性が言った。
男性は肩を落とすと、
「……ごまかしか……そうだな……。俺も、悪かった……」
何かを思い出すように眼を閉じて、子供と誰かに謝った。
男性の固い表情が少し崩れた。
代わりに少し、悲しみが表れた。
橙色の髪を短く揃えた女性が言った。
その表情は少しも残念そうではなかったが。
「……命には代えられない」
茶髪のスポーツ刈りがよく似合う大柄な男性が言った。
腕を組んで床に座っている男性の表情は岩のように固かった。
スタングレネード(強烈な閃光と大音響で敵の方向感覚、思考能力を奪う目的で作られた手投げ弾)は黒い影への有効性が知られてから、初期の大戦でかなりの数が使い込まれてしまった。
ということで今はかなりの貴重品なのだが、白瀬達が黒い影達に囲まれたとき、大柄な男性は惜しげもなくスタングレネードを使用した。
結果、黒い影はもちろん、あの初老の男性の足止めに成功。
白瀬と高橋姉弟を救出することができた。
「この人、どうして生きているんだろ」
白瀬の顔を覗き込みながら、帽子を被った子供が言った。
正面に屈み、白瀬が気絶するまで何度も呼びかけていたのはこの子供である。
「この人の体、もう僕の能力じゃほとんど治せない。
と、いうか生きている……動いているのが不思議。
もしかして、この人も……『理解者』に近づいているのかな……」
「海(カイ)!」
腹の底まで響くような、重い声が8階建てビルをわずかに揺らした。
大柄な男性はそんな大声を発しても、表情を動かさない。
カイと呼ばれた子供は、何かに気付いたのか、しゅんとしながら
「……ゴメン」
と言って大柄な男性と誰かに謝った。
重い空気が漂う。
「ごまかし……ね」
ぽつり、と若い女性が言った。
男性は肩を落とすと、
「……ごまかしか……そうだな……。俺も、悪かった……」
何かを思い出すように眼を閉じて、子供と誰かに謝った。
男性の固い表情が少し崩れた。
代わりに少し、悲しみが表れた。
23、時の流れ 【ときのながれ】
2006年4月27日 100題カチン
黒色だらけの禍々しい空間に、冷たい金属音が響いた。
次の瞬間、空間は真っ白に染まった。
同時に物凄い爆音も響き、僕の視覚と聴覚は完全に奪われた。
誰かが僕を抱えて、移動する気配がした。
シュウさん……サエさん……
二人の安否だけが気掛かりだった。
--------------------
5分か、10分か、30分か、
随分長い間移動したような気もすれば、ほんの少しの間しか移動していないような気もする。
少し感覚を奪われただけで、時の流れが全くわからなくなった。
吐き気と頭痛を覚えたが、堪えた。
移動する気配が止まった。
僕はゆっくりと座り、かたく冷たい壁にもたれた。
視界が戻ると、灰色のコンクリートの壁と柱が見えた。
所々鉄筋がむき出しになっている。
僕には鉄筋が人間の骨に見えた。
コンクリートの肉はボロボロで、骨である鉄筋までもが傷つきそうになっている。
僕の体と重なる。
大きな窓にガラスはなく、陽が完全に沈もうとしている様子が直に見えた。
……ここは廃ビルの一室のようだ。
「まだ耳……大丈……悪か……た」
知らない誰かに話しかけられたようだ。
だが、まだ耳はよく聞こえない。
何か返事をしようと思ったが、吐き気が続いていたので諦めた。
数人の人影が見えた。
夕暮れの陽によって顔は見えない。
正面で僕に話しかけてくれた人の顔も、よく見えない。
視界の端に、治療を受けた様子の高橋姉弟が見えた。
良かった……。
安心。
緊張の糸が切れたことで、僕は気絶した。
この頃、突然気を失うことが多くなった……な。
暗闇の中で、悲鳴を聞いた気がした。
体の奥底から湧き上がってくる声、やめろ、痛い、痛い、無理だ。
わかっているよ……。
僕の体が悲鳴をあげていることは……限界が近いことは。
Good night
黒色だらけの禍々しい空間に、冷たい金属音が響いた。
次の瞬間、空間は真っ白に染まった。
同時に物凄い爆音も響き、僕の視覚と聴覚は完全に奪われた。
誰かが僕を抱えて、移動する気配がした。
シュウさん……サエさん……
二人の安否だけが気掛かりだった。
--------------------
5分か、10分か、30分か、
随分長い間移動したような気もすれば、ほんの少しの間しか移動していないような気もする。
少し感覚を奪われただけで、時の流れが全くわからなくなった。
吐き気と頭痛を覚えたが、堪えた。
移動する気配が止まった。
僕はゆっくりと座り、かたく冷たい壁にもたれた。
視界が戻ると、灰色のコンクリートの壁と柱が見えた。
所々鉄筋がむき出しになっている。
僕には鉄筋が人間の骨に見えた。
コンクリートの肉はボロボロで、骨である鉄筋までもが傷つきそうになっている。
僕の体と重なる。
大きな窓にガラスはなく、陽が完全に沈もうとしている様子が直に見えた。
……ここは廃ビルの一室のようだ。
「まだ耳……大丈……悪か……た」
知らない誰かに話しかけられたようだ。
だが、まだ耳はよく聞こえない。
何か返事をしようと思ったが、吐き気が続いていたので諦めた。
数人の人影が見えた。
夕暮れの陽によって顔は見えない。
正面で僕に話しかけてくれた人の顔も、よく見えない。
視界の端に、治療を受けた様子の高橋姉弟が見えた。
良かった……。
安心。
緊張の糸が切れたことで、僕は気絶した。
この頃、突然気を失うことが多くなった……な。
暗闇の中で、悲鳴を聞いた気がした。
体の奥底から湧き上がってくる声、やめろ、痛い、痛い、無理だ。
わかっているよ……。
僕の体が悲鳴をあげていることは……限界が近いことは。
Good night
22、四面楚歌 【しめんそか】
2006年4月26日 100題……
一難去ってまた一難。
しかし今度の一難は……
どうしようもないのでは?
腹部に重い一撃を喰らったシュウさんは、そこで意識が飛んだようだ。
シュウさんは初老の男性の拳にもたれかかるようにして、ゆっくりと倒れた。
同時に、物凄い風圧を感じた気がした。
実際その日は無風で、その圧は初老の男性の殺気だということがゆっくりわかった。
「君は……少しは歯応えがあるのかな……?」
深く考えている暇はなかった。
少しうつむき気味で僕を睨む初老の男性の顔は陰っていた。
が、眼だけは鋭く光を放っている。
野性の眼。
口元には笑みを浮かべていた。
体が思うように動かない。
動け! 動け!
「ん?」
ふと、初老の男性の眼から鋭さが消えた。
好機であると感じるまえに、物凄い数の気配の蠢きを感じた。
何の前触れもなく、状況がさらに悪化した。
いつのまにか軽く百を超える数の黒い影が僕達を包囲していた。
……いつか見た光景。
しかも数はその時のおよそ3倍か。
今度は本当に死ぬかもしれない。
一難去ってまた一難。
しかし今度の一難は……
どうしようもないのでは?
腹部に重い一撃を喰らったシュウさんは、そこで意識が飛んだようだ。
シュウさんは初老の男性の拳にもたれかかるようにして、ゆっくりと倒れた。
同時に、物凄い風圧を感じた気がした。
実際その日は無風で、その圧は初老の男性の殺気だということがゆっくりわかった。
「君は……少しは歯応えがあるのかな……?」
深く考えている暇はなかった。
少しうつむき気味で僕を睨む初老の男性の顔は陰っていた。
が、眼だけは鋭く光を放っている。
野性の眼。
口元には笑みを浮かべていた。
体が思うように動かない。
動け! 動け!
「ん?」
ふと、初老の男性の眼から鋭さが消えた。
好機であると感じるまえに、物凄い数の気配の蠢きを感じた。
何の前触れもなく、状況がさらに悪化した。
いつのまにか軽く百を超える数の黒い影が僕達を包囲していた。
……いつか見た光景。
しかも数はその時のおよそ3倍か。
今度は本当に死ぬかもしれない。