28.シンリ、カリスマ
2008年2月19日 Live2「いい人でしたねぇ」
シンリは呑気に言いながら、集落の長のテントから出た。そのテントに入ってから、まだ三十分も経っていなかった。
「……」
走電は、違和感ともいえない違和感、疑問に至る前の極小の『ひっかかり』を僅かながらも感じていた。しかし、それは本当に小さい、あるいはないともとれるものだった。それに対して何か考えることはできない。感じ取れただけでも、走電は勘がいいといえた。
「この集落も、内戦終結へ向けて、全面的に協力してくれるようです。良かったです」
機嫌よくシンリはいうと、宿の方向に向かって歩き出した。ザクロも何も疑問に思わずシンリの後についていく。走電はそれを無言で見送った。
シンリの【カリスマ】が、どれほど強大で恐ろしいスキルか、その一部でも伝わっただろうか。
走電の住む集落は、衆の中でもそれほど大きいとはいえない部類だが、それでもプレイヤーの総数は住民だけで百は軽く超えているだろう。
その長を任せられるプレイヤーは、時にはそれだけの数のプレイヤーの【命】を背負うことになる。圧し掛かる責任の重さだけ、長の腰は重くなる。その長を、
『内戦を必ず止める。もう誰も死なせない』
の言葉だけで、あっさりと立ち上がらせたシンリ。
僅かに走電の指先が、震えていた。
----------------------
サーストは、指示を、忘れていた。
だが、集落を、見つけた。
ならば、やることは、ひとつである。
【渇する】。
シンリは呑気に言いながら、集落の長のテントから出た。そのテントに入ってから、まだ三十分も経っていなかった。
「……」
走電は、違和感ともいえない違和感、疑問に至る前の極小の『ひっかかり』を僅かながらも感じていた。しかし、それは本当に小さい、あるいはないともとれるものだった。それに対して何か考えることはできない。感じ取れただけでも、走電は勘がいいといえた。
「この集落も、内戦終結へ向けて、全面的に協力してくれるようです。良かったです」
機嫌よくシンリはいうと、宿の方向に向かって歩き出した。ザクロも何も疑問に思わずシンリの後についていく。走電はそれを無言で見送った。
シンリの【カリスマ】が、どれほど強大で恐ろしいスキルか、その一部でも伝わっただろうか。
走電の住む集落は、衆の中でもそれほど大きいとはいえない部類だが、それでもプレイヤーの総数は住民だけで百は軽く超えているだろう。
その長を任せられるプレイヤーは、時にはそれだけの数のプレイヤーの【命】を背負うことになる。圧し掛かる責任の重さだけ、長の腰は重くなる。その長を、
『内戦を必ず止める。もう誰も死なせない』
の言葉だけで、あっさりと立ち上がらせたシンリ。
僅かに走電の指先が、震えていた。
----------------------
サーストは、指示を、忘れていた。
だが、集落を、見つけた。
ならば、やることは、ひとつである。
【渇する】。
27.砂漠の夜、サースト
2008年2月16日 Live2 衆の砂漠の夜は、静かだった。
黄金色の砂の海の上に、無数の星と大きな月が一つ、浮かんでいる。
大きな月を背後にして、プレイヤーのシルエットが一つ。
そのプレイヤーの体から、あぶれた無数の包帯が、風にたなびいてバタバタと音を出していた。
全身に包帯を巻いたそのプレイヤーは、右目だけを外気にさらしていた。
それ以外は手も、足も、口さえも外に出していない。全て包帯で隠している。包帯は砂でところどころ汚れていて、剥がれそうなところも多々あるが、何重にも巻かれた包帯が解かれた姿を見たものは、今のところ誰もいなかった。異常な量の包帯を全身に巻き、自分自身の手足、右目以外の五感を全て奪うその行為も、そのプレイヤーは自分でやってのけたのだ。
ならばそのプレイヤーは、どうやって移動するのか。どうやって話すのか。どうやって生きるのか。
一つ目の「移動」は、簡単だった。
そのプレイヤーには心強い味方がいた。
黄金の砂の海が突然空高く盛り上がり、大きな傾斜を作った。
プレイヤーはその傾斜を、ただ滑り落ちる。
滑り落ちた先でまた砂漠が大きく盛り上がった。
それを幾度も繰り返し、そのプレイヤーは移動した。
もちろん、異常である。
二つ目の「話す」は、さらに簡単だった。
そのプレイヤーはログインして以来、一言も言葉を発したことがなかった。
そんなプレイヤーがキルタイムに所属しているのは、アメツキも異常だったからだろう。
そのプレイヤーはただアメツキから指示を受けたからここに来た。返事はしていない。頷いてもいないのでアメツキはそのプレイヤーが本当にその指示に従うのか知らない。
アメツキは、それでよかったが。
三つ目の、……「どうやって生きる」?
今までで一番、そのプレイヤーには簡単だった。
ただ、【渇する】。
――プレイヤーネーム:【サースト】
【砂漠】の通り名を持つ、最悪のSランクプレイヤーキラーの一人だった。
黄金色の砂の海の上に、無数の星と大きな月が一つ、浮かんでいる。
大きな月を背後にして、プレイヤーのシルエットが一つ。
そのプレイヤーの体から、あぶれた無数の包帯が、風にたなびいてバタバタと音を出していた。
全身に包帯を巻いたそのプレイヤーは、右目だけを外気にさらしていた。
それ以外は手も、足も、口さえも外に出していない。全て包帯で隠している。包帯は砂でところどころ汚れていて、剥がれそうなところも多々あるが、何重にも巻かれた包帯が解かれた姿を見たものは、今のところ誰もいなかった。異常な量の包帯を全身に巻き、自分自身の手足、右目以外の五感を全て奪うその行為も、そのプレイヤーは自分でやってのけたのだ。
ならばそのプレイヤーは、どうやって移動するのか。どうやって話すのか。どうやって生きるのか。
一つ目の「移動」は、簡単だった。
そのプレイヤーには心強い味方がいた。
黄金の砂の海が突然空高く盛り上がり、大きな傾斜を作った。
プレイヤーはその傾斜を、ただ滑り落ちる。
滑り落ちた先でまた砂漠が大きく盛り上がった。
それを幾度も繰り返し、そのプレイヤーは移動した。
もちろん、異常である。
二つ目の「話す」は、さらに簡単だった。
そのプレイヤーはログインして以来、一言も言葉を発したことがなかった。
そんなプレイヤーがキルタイムに所属しているのは、アメツキも異常だったからだろう。
そのプレイヤーはただアメツキから指示を受けたからここに来た。返事はしていない。頷いてもいないのでアメツキはそのプレイヤーが本当にその指示に従うのか知らない。
アメツキは、それでよかったが。
三つ目の、……「どうやって生きる」?
今までで一番、そのプレイヤーには簡単だった。
ただ、【渇する】。
――プレイヤーネーム:【サースト】
【砂漠】の通り名を持つ、最悪のSランクプレイヤーキラーの一人だった。
ようやくジョーカーマスクが納得したのは、シンリがまた二、三回吹っ飛ばされてからだった。
「いやー、悪い悪い! よく聞いてみると勘違いのようだ!」
ははは、と豪快に笑ったジョーカーマスクは、逞しい片手で砂だらけになったシンリを立たせた。
「ま、怪我はないだろう?」
確かに、シンリに外傷はなかった。派手に吹っ飛んだように見えたが。
「蹴りや突きの『風圧』だけで飛ばしてたからな!」
じゃあ直撃したら? と、考え、シンリはぞっとした。
「え、ええ……大丈夫です。わかってもらえて嬉しいです」
とことんお人好しのシンリだった。
------------------------
「ほら、ついたぞ」
走電と名乗ったジョーカーマスクは、名前は見るなと言った。ザクロとシンリは素直なのでそれに従った。それに満足した後に、ジョーカーマスクはお詫びにシンリを目的地まで案内させて欲しいと言った。以上あらすじ。
「あそこが、この集落の長のテントだ」
確かに他のテントとは明らかに大きさも配色も違うテントがあった。他のテントより一回りは大きい天井、赤い線を何本も入れた目立つ配色は、確かにここは集落の中心であると明言している。
「しかし、あんな堅物のオッサンに会ってどうするつもりだい」
走電は興味津々な様子で聞いた。
「内戦を止める協力をしてもらおうかと」
シンリは、さらりと言った。
「いやー、悪い悪い! よく聞いてみると勘違いのようだ!」
ははは、と豪快に笑ったジョーカーマスクは、逞しい片手で砂だらけになったシンリを立たせた。
「ま、怪我はないだろう?」
確かに、シンリに外傷はなかった。派手に吹っ飛んだように見えたが。
「蹴りや突きの『風圧』だけで飛ばしてたからな!」
じゃあ直撃したら? と、考え、シンリはぞっとした。
「え、ええ……大丈夫です。わかってもらえて嬉しいです」
とことんお人好しのシンリだった。
------------------------
「ほら、ついたぞ」
走電と名乗ったジョーカーマスクは、名前は見るなと言った。ザクロとシンリは素直なのでそれに従った。それに満足した後に、ジョーカーマスクはお詫びにシンリを目的地まで案内させて欲しいと言った。以上あらすじ。
「あそこが、この集落の長のテントだ」
確かに他のテントとは明らかに大きさも配色も違うテントがあった。他のテントより一回りは大きい天井、赤い線を何本も入れた目立つ配色は、確かにここは集落の中心であると明言している。
「しかし、あんな堅物のオッサンに会ってどうするつもりだい」
走電は興味津々な様子で聞いた。
「内戦を止める協力をしてもらおうかと」
シンリは、さらりと言った。
25.シンリ、ザクロ
2008年2月7日 Live2 その後、シンリ一行はある集落に到着した。どうやら首都チョコ集落があるらしい地域はもうすぐのようだが、今日は馬の疲労も考えて、ここでひとまず一泊するということになったらしい。ステラの人々からの超ご厚意で貰った荷馬車である。シンリは断りきれず貰った荷馬車を、それはもう宝のように大事にしていた。
そしてシンリは、その集落に――、もちろん見覚えがなかった。
----------------------
荷馬車の運転席から飛び降りたシンリは、集落の宿に一泊する手続きをポチに頼んだ。人に物事を頼むのはシンリとしては珍しい。シンリには少しやることがあった。
「何処に行くんですか? シンリさん」
声は、ザクロのものだった。ステラの戦士、ムラビ、ウルフ、キョウはポチについていき、ライは荷馬車の停留先を探しにいっていた。実質、その場にはザクロとシンリ、二人きりである。砂漠の昼に長い間君臨し続けていた太陽が、地平線に消えかけている。
「――ええ、ちょっと用事が。一緒にどうですか? 色々お話をしたいですし」
「ええ、もちろん、構いませんよ。私もシンリさんと少し話したいことがありました」
どちらも物凄く腰が低い喋り方だった。あらかじめライに教えてもらっていた、あるテントを探すため、シンリは歩き出した。それにザクロもついていく。
-----------------------
しばらく両者無言で歩いていた。すっかり日が落ちてから、シンリは前から気になっていたことを、ズバリ聞くことにした。辺りは時々あるかがり火の灯りが、深い闇をオレンジ色にぽつぽつと照らしていた。
「ザクロさんは、どうして私についてきたんですか?」
「……えーっと……」
ザクロは指を頬にあて、そこに何かあるわけでもないのに右斜め上に目線を移した。
「私は……そうですね。耐えられなかった、んでしょうか」
自分でも何が言いたいのかわからない、といった様子でザクロはぽつりぽつりと話し始めた。
「私は、人が傷つくことが駄目なんです。誰かが傷つくと、何故か私も胸の奥が、凄く痛くなるんです。自分が怪我をしても、痛いのは表面だけで、胸の奥は痛くならないのに……私は、おかしいんです。だから私は人が傷つくことが、嫌なんですが――でも、私は白魔導士、いわゆるヒーラーなんです。既に『傷ついた』人しか、癒せません」
金色の瞳を、上に下に泳がして、ザクロは一生懸命喋っていた。
「でも私は、ヒーラーですから、『誰かが傷つくことを止める力』は、――持っていません。ポチさんや、アトラさんや、アレックスさんたちとは……、違うんです。今までは、それは仕方がないって思っていました。……でも、それも、もう……ステラの集落が襲われてから、耐えられなくなってしまって……」
ザクロは目を伏せた。声もとても小さくなっていた。かがり火がいつのまにかなくなり、辺りは月明かりだけ。
「シンリさんが、『内戦を止める』、と言ったときに、私は思ったんです。ああ、これがきっかけかな、って。私みたいな弱虫でも、シンリさんみたいな、『止める力』を持つ人達と協力すれば、何かできるんじゃないかって。すいません、勝手なことばかり言ってしまって……。足手まといになりそうだったら、すぐに帰りますから……だから……」
シンリは突然、ザクロの両手を掴んだ。あまりに突然だったので、ザクロのローブのフードが揺れ、取れて、月明かりの元に金色に光るザクロの長髪が浮かび上がった。
そして、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたシンリの顔も浮かび上がった。ザクロはさぞかし驚いたに違いない。
「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」
「え!? え?」
混乱するザクロ。何を言い出すシンリ。
「凄い! 素晴らしい! 泣いた! ザクロさん、アナタにそんな思いがあったなんて! 断言します! 『あなたは弱虫なんかじゃ……!?」
「てい!」
勇ましい掛け声。同時に突然シンリが吹っ飛び、ザクロから引き剥がされた。シンリは二回三回転がって、止まった。もちろんザクロが吹き飛ばしたわけではない。ジョーカーマスクを被った男が、ザクロの前に、立っていた。身長は平均より少し高いぐらいで、体形も平均的だが、全身の筋肉が素人目にもわかるほど洗練されている。この突然のジョーカーマスク男も、プレイヤーとしての戦闘レベルでは、かなりの上位であると見て間違いないだろう。
「大丈夫か!? なんだあの男は!? かなり興奮しているようだぞ!」
「いえ……あの……違うんです……」
「よし、俺に任せときな!」
そして、どうやらジョーカーマスクは、あまり人の話を聞くようなタイプの人物でもなかった。
そしてシンリは、その集落に――、もちろん見覚えがなかった。
----------------------
荷馬車の運転席から飛び降りたシンリは、集落の宿に一泊する手続きをポチに頼んだ。人に物事を頼むのはシンリとしては珍しい。シンリには少しやることがあった。
「何処に行くんですか? シンリさん」
声は、ザクロのものだった。ステラの戦士、ムラビ、ウルフ、キョウはポチについていき、ライは荷馬車の停留先を探しにいっていた。実質、その場にはザクロとシンリ、二人きりである。砂漠の昼に長い間君臨し続けていた太陽が、地平線に消えかけている。
「――ええ、ちょっと用事が。一緒にどうですか? 色々お話をしたいですし」
「ええ、もちろん、構いませんよ。私もシンリさんと少し話したいことがありました」
どちらも物凄く腰が低い喋り方だった。あらかじめライに教えてもらっていた、あるテントを探すため、シンリは歩き出した。それにザクロもついていく。
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しばらく両者無言で歩いていた。すっかり日が落ちてから、シンリは前から気になっていたことを、ズバリ聞くことにした。辺りは時々あるかがり火の灯りが、深い闇をオレンジ色にぽつぽつと照らしていた。
「ザクロさんは、どうして私についてきたんですか?」
「……えーっと……」
ザクロは指を頬にあて、そこに何かあるわけでもないのに右斜め上に目線を移した。
「私は……そうですね。耐えられなかった、んでしょうか」
自分でも何が言いたいのかわからない、といった様子でザクロはぽつりぽつりと話し始めた。
「私は、人が傷つくことが駄目なんです。誰かが傷つくと、何故か私も胸の奥が、凄く痛くなるんです。自分が怪我をしても、痛いのは表面だけで、胸の奥は痛くならないのに……私は、おかしいんです。だから私は人が傷つくことが、嫌なんですが――でも、私は白魔導士、いわゆるヒーラーなんです。既に『傷ついた』人しか、癒せません」
金色の瞳を、上に下に泳がして、ザクロは一生懸命喋っていた。
「でも私は、ヒーラーですから、『誰かが傷つくことを止める力』は、――持っていません。ポチさんや、アトラさんや、アレックスさんたちとは……、違うんです。今までは、それは仕方がないって思っていました。……でも、それも、もう……ステラの集落が襲われてから、耐えられなくなってしまって……」
ザクロは目を伏せた。声もとても小さくなっていた。かがり火がいつのまにかなくなり、辺りは月明かりだけ。
「シンリさんが、『内戦を止める』、と言ったときに、私は思ったんです。ああ、これがきっかけかな、って。私みたいな弱虫でも、シンリさんみたいな、『止める力』を持つ人達と協力すれば、何かできるんじゃないかって。すいません、勝手なことばかり言ってしまって……。足手まといになりそうだったら、すぐに帰りますから……だから……」
シンリは突然、ザクロの両手を掴んだ。あまりに突然だったので、ザクロのローブのフードが揺れ、取れて、月明かりの元に金色に光るザクロの長髪が浮かび上がった。
そして、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたシンリの顔も浮かび上がった。ザクロはさぞかし驚いたに違いない。
「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」
「え!? え?」
混乱するザクロ。何を言い出すシンリ。
「凄い! 素晴らしい! 泣いた! ザクロさん、アナタにそんな思いがあったなんて! 断言します! 『あなたは弱虫なんかじゃ……!?」
「てい!」
勇ましい掛け声。同時に突然シンリが吹っ飛び、ザクロから引き剥がされた。シンリは二回三回転がって、止まった。もちろんザクロが吹き飛ばしたわけではない。ジョーカーマスクを被った男が、ザクロの前に、立っていた。身長は平均より少し高いぐらいで、体形も平均的だが、全身の筋肉が素人目にもわかるほど洗練されている。この突然のジョーカーマスク男も、プレイヤーとしての戦闘レベルでは、かなりの上位であると見て間違いないだろう。
「大丈夫か!? なんだあの男は!? かなり興奮しているようだぞ!」
「いえ……あの……違うんです……」
「よし、俺に任せときな!」
そして、どうやらジョーカーマスクは、あまり人の話を聞くようなタイプの人物でもなかった。
「ところでポチさん、その『シンリ様』っていうのはどうにかなりませんかね」
「なりませんね。僕は騎士で、シンリ様は主ですから」
衆の大砂漠は、今日も当然暑かった。
「……徹底してますね」
「ええ、僕はシンリ様に仕えると決めましたから。それに、シムシにしばらく居た名残でして、どうにも中途半端はできません。今思えば民主制なのにあるいは君主制である騎士道を重んじる辺り、中々面白い国でしたね、シムシは」
どうやらポチは、シムシにあまり良い思い出がないようだと、シンリは感じた。
荷馬車の運転席で二頭の馬の手綱を引いているのは、ポチである。その隣に座っているシンリは、特にやることがなかったので、これまでのことを思い返してみた。
まず、シンリは記憶喪失である。
自分の名前が思い出せなかった。そして、自分のこれまでの人生が思い出せなかった。現実からLive、全て根こそぎ思い出せない。プレイヤーネームの確認はできた。その後教えてもらったスキルの確認もできた(大したスキルはなかったと本人は認識している)。知識に関しても不足はないようだ(時々常識が欠落しているのは、元からかもしれない)。とにかく、自分のこれまでの経験はわからないのに、知識だけが残っている不思議な状況。
そして、もちろんすぐにシンリは気づいた。「現実世界に戻ればいい」。そうすれば少なくとも自分の本名とか、本当はどんな場所で暮らしているのかとか、家族は居るのか、とかはわかるだろう。
だが、現在そうしていないのは、やはり「ログアウトができない」ということだった。
このLive世界での「ログアウト」は現実世界に戻ることを意味する。いくつか条件があり、その全てを達成しなければログアウトすることができない。そして、その条件をおおまかにまとめると次の一文になる。
■プレイヤーが、無行動である
ログアウト時に、他プレイヤー、NPC、アイテム、建築物等に触れていたり、持っていたりしたらアウトである。ただし、装備品はOK。アイテムを懐にしまったりすれば触れていることにはならない。
と、難しそうになったが、簡単なことである。一人で何もせず突っ立っていれば、ログアウトできるということなのである。が、しかし特殊な条件がいくつかある。で、その中でおそらくシンリに当てはまると思われるのは、『呪い』に関する条件である。『呪いをかけれれていると、ログアウトできない』。という困った条件がどうやらLiveにはあるらしかった。
「おそらく、シンリさんには何か呪いがかけられているのではないでしょうか。記憶喪失と関係あるかどうかはわかりませんが」
と、言ったのは世界でも有名なヒーラーだというザクロであった。
「なりませんね。僕は騎士で、シンリ様は主ですから」
衆の大砂漠は、今日も当然暑かった。
「……徹底してますね」
「ええ、僕はシンリ様に仕えると決めましたから。それに、シムシにしばらく居た名残でして、どうにも中途半端はできません。今思えば民主制なのにあるいは君主制である騎士道を重んじる辺り、中々面白い国でしたね、シムシは」
どうやらポチは、シムシにあまり良い思い出がないようだと、シンリは感じた。
荷馬車の運転席で二頭の馬の手綱を引いているのは、ポチである。その隣に座っているシンリは、特にやることがなかったので、これまでのことを思い返してみた。
まず、シンリは記憶喪失である。
自分の名前が思い出せなかった。そして、自分のこれまでの人生が思い出せなかった。現実からLive、全て根こそぎ思い出せない。プレイヤーネームの確認はできた。その後教えてもらったスキルの確認もできた(大したスキルはなかったと本人は認識している)。知識に関しても不足はないようだ(時々常識が欠落しているのは、元からかもしれない)。とにかく、自分のこれまでの経験はわからないのに、知識だけが残っている不思議な状況。
そして、もちろんすぐにシンリは気づいた。「現実世界に戻ればいい」。そうすれば少なくとも自分の本名とか、本当はどんな場所で暮らしているのかとか、家族は居るのか、とかはわかるだろう。
だが、現在そうしていないのは、やはり「ログアウトができない」ということだった。
このLive世界での「ログアウト」は現実世界に戻ることを意味する。いくつか条件があり、その全てを達成しなければログアウトすることができない。そして、その条件をおおまかにまとめると次の一文になる。
■プレイヤーが、無行動である
ログアウト時に、他プレイヤー、NPC、アイテム、建築物等に触れていたり、持っていたりしたらアウトである。ただし、装備品はOK。アイテムを懐にしまったりすれば触れていることにはならない。
と、難しそうになったが、簡単なことである。一人で何もせず突っ立っていれば、ログアウトできるということなのである。が、しかし特殊な条件がいくつかある。で、その中でおそらくシンリに当てはまると思われるのは、『呪い』に関する条件である。『呪いをかけれれていると、ログアウトできない』。という困った条件がどうやらLiveにはあるらしかった。
「おそらく、シンリさんには何か呪いがかけられているのではないでしょうか。記憶喪失と関係あるかどうかはわかりませんが」
と、言ったのは世界でも有名なヒーラーだというザクロであった。
「まずは首都、チョコを探します。今はただでさえ、周派と銀派の対立が激しい。チョコは無駄な争いを避けるため、民を安全な場所に逃すため、大移動を短期で繰り返すようになっています。そのため、首都の場所の情報料は、巷では信じられない程の高値に跳ね上がってしまっています。しかも、こうしている今でも、チョコは移動しているかもしれません。少々でもタイムラグのある情報をあてに、チョコ大砂漠を移動するのはあまりに危険だと思います。
確実にわかるのは、チョコの地域。その地域を、チョコの民は移動しているということだけでしょう。一国の首都クラスの数の人間が、大移動している。その痕跡がないということもないでしょう。私達はそれを辿り、首都を目指す予定です。きっとそれが一番確実です。うん」
「つまり『高い情報料を払うお金がないので、自力で探す』ということではない、ということですね。シンリ様」
「君は察しが良すぎて困ります。ライ君」
ちなみに、狡賢かった男の名前は、ライだった。一度ステラの民に借りた服で正装してみると、男は稲妻色の髪と瞳、中々に聡明な頭脳を持つ青年だった。
今はシンリにすっかり傾倒している。彼の言う言葉全てを信じているのだから、当たり前なのかもしれないが。
「ライ君なんてやめてください。ライか奴隷でいいですから」
「ライ君が精一杯の譲歩です。ライ君。さて、そろそろ出発しますか」
衆の地図や、簡単なアイテム、旅用品等をポチ達から貰った布でできた簡単なナップサックにまとめ、自分で持とうとしてライに取られたシンリは、仕方なく数日間お世話になったテントから手ぶらで外に出た。
まずは灼熱の太陽。そして、ところどころツギハギなテントや、前回の襲撃での焼跡等が目についた。
「……」
ライは無言で、ステラの集落を眺めていた。その胸中には様々なものが渦巻いているのだろう。自分の罪の大きさの把握は、結構きつい刑である。
「チョコに、行くんだよね?」
横から声をかけてきたのは、ポチ、ザクロ、リペノ、それに数人のポチを信頼しているステラの戦士達だった。
「ええ、今までありがとうございました。『内戦は必ず私が止めます』、ポチさん。だから、私は行きます。行かなければならないんです」
真っ直ぐポチの瞳を見つめ、何の躊躇いもなくその言葉を口にできるシンリ。その瞳に答えたのは、ポチ。
「不思議だ――。シンリさんと出会ってから、数日しか経っていないけれど……もうシンリさんの言葉を信じている自分がいる。
このステラの集落以外、何も信じまいと思った。自分の手がそんなに大きいものじゃないと知ってからは、身に余るほど守るものは作らないようにしようと思った。
でも――、シンリさんと共になら、この内戦を止められる気がする。もう二度と、こんなことを起こさせない。それが可能になる気がする」
ポチは剣を抜き、片手で空高く掲げた。衆の灼熱の太陽の光を浴びて、剣が輝く。
「僕達も連れていってくれ」
ザクロ以外のリペノ、ステラの戦士達も剣を抜き放ち、天に掲げた。
「この剣に誓って、貴方の力になります。シンリ様」
シンリ、ポチ、戦士三名。合計五本の剣の光が、シンリの眼を一瞬眩ました。
「……うわお」
シンリは、その光景に圧倒された。
確実にわかるのは、チョコの地域。その地域を、チョコの民は移動しているということだけでしょう。一国の首都クラスの数の人間が、大移動している。その痕跡がないということもないでしょう。私達はそれを辿り、首都を目指す予定です。きっとそれが一番確実です。うん」
「つまり『高い情報料を払うお金がないので、自力で探す』ということではない、ということですね。シンリ様」
「君は察しが良すぎて困ります。ライ君」
ちなみに、狡賢かった男の名前は、ライだった。一度ステラの民に借りた服で正装してみると、男は稲妻色の髪と瞳、中々に聡明な頭脳を持つ青年だった。
今はシンリにすっかり傾倒している。彼の言う言葉全てを信じているのだから、当たり前なのかもしれないが。
「ライ君なんてやめてください。ライか奴隷でいいですから」
「ライ君が精一杯の譲歩です。ライ君。さて、そろそろ出発しますか」
衆の地図や、簡単なアイテム、旅用品等をポチ達から貰った布でできた簡単なナップサックにまとめ、自分で持とうとしてライに取られたシンリは、仕方なく数日間お世話になったテントから手ぶらで外に出た。
まずは灼熱の太陽。そして、ところどころツギハギなテントや、前回の襲撃での焼跡等が目についた。
「……」
ライは無言で、ステラの集落を眺めていた。その胸中には様々なものが渦巻いているのだろう。自分の罪の大きさの把握は、結構きつい刑である。
「チョコに、行くんだよね?」
横から声をかけてきたのは、ポチ、ザクロ、リペノ、それに数人のポチを信頼しているステラの戦士達だった。
「ええ、今までありがとうございました。『内戦は必ず私が止めます』、ポチさん。だから、私は行きます。行かなければならないんです」
真っ直ぐポチの瞳を見つめ、何の躊躇いもなくその言葉を口にできるシンリ。その瞳に答えたのは、ポチ。
「不思議だ――。シンリさんと出会ってから、数日しか経っていないけれど……もうシンリさんの言葉を信じている自分がいる。
このステラの集落以外、何も信じまいと思った。自分の手がそんなに大きいものじゃないと知ってからは、身に余るほど守るものは作らないようにしようと思った。
でも――、シンリさんと共になら、この内戦を止められる気がする。もう二度と、こんなことを起こさせない。それが可能になる気がする」
ポチは剣を抜き、片手で空高く掲げた。衆の灼熱の太陽の光を浴びて、剣が輝く。
「僕達も連れていってくれ」
ザクロ以外のリペノ、ステラの戦士達も剣を抜き放ち、天に掲げた。
「この剣に誓って、貴方の力になります。シンリ様」
シンリ、ポチ、戦士三名。合計五本の剣の光が、シンリの眼を一瞬眩ました。
「……うわお」
シンリは、その光景に圧倒された。
これは夢だ。
おそらく、これからも何度か見るであろう夢。
記憶を辿る、夢。
初めて降り立った草原。一人ではなかった。
隣には、親しい人がいた。
男か、女か、若いのか、老いているのかは、黒い霧がその人物を人とわからぬぐらいに覆っているので、わからない。
唯一つわかるのは、その人と私は、親しかった。どちらかが欠ければ、ずっと欠けたままの、不良品同士。片方が壊れれば、片方も壊れてしまう、ガラクタだった。
うねる黒いミミズを纏った手が、差し出された。私は何の抵抗もなくその手を掴んだ。
「はハハ、ほンモのみたィた゛ナ」
声も、何十にも重なって聞こえる気持ち悪い声だった。私には何故か、その言葉が読み取れたのだが。
「うん、一緒に頑張りましょう!」
私は快活に答えていた。
おそらく、これからも何度か見るであろう夢。
記憶を辿る、夢。
初めて降り立った草原。一人ではなかった。
隣には、親しい人がいた。
男か、女か、若いのか、老いているのかは、黒い霧がその人物を人とわからぬぐらいに覆っているので、わからない。
唯一つわかるのは、その人と私は、親しかった。どちらかが欠ければ、ずっと欠けたままの、不良品同士。片方が壊れれば、片方も壊れてしまう、ガラクタだった。
うねる黒いミミズを纏った手が、差し出された。私は何の抵抗もなくその手を掴んだ。
「はハハ、ほンモのみたィた゛ナ」
声も、何十にも重なって聞こえる気持ち悪い声だった。私には何故か、その言葉が読み取れたのだが。
「うん、一緒に頑張りましょう!」
私は快活に答えていた。
21.アサト、アメツキ
2008年1月24日 Live2 コメント (1)「……なんだ、これは」
アサトがチャットルームに戻り、見つけたのは、数十本にも及ぶ様々な武具の山だった。巨大な鎖付き鉄球や、しゃれこうべが先端にある禍々しい杖、見た目には何の変哲も無い剣、弓、槍、ナイフなどありとあらゆる武具がそこにあり、そしてまるで捨てられていた。
すぐさまアサトは【解析】を開始する。【解析】とは対象の行動や言動、外見などから、性質を見抜くスキルである。ただし、発動すれば、通常の観察時、思考時とは比べ物にならないくらい疲れる。
【解析】完了。恐るべき結果がでた。
これらは全て、『元』禁忌の武具だ。
「アサトくん」
突然背中、それも間近で声をかけられ、またもアサトは理解不能を感じる。後ろに立つのは、実質のキルタイム設立者、アメツキだった。
「君が一本も【禁忌の武具】を持ってこれなかったことについては、誰も責めたりしない、と思う。少なくとも俺はしない。別にキルタイムは面倒な労働を強いる集まりではないからね。
抜けたくなったら、いつでも抜けていいし」
アサトは、背後に居るアメツキの声だけで、【解析】をしてみた。おそらく、最初は本当。最後は『嘘』だ。
「それに、既に終わってたからね、武具集めは。ここからがキルタイムの本番だよ。アサトくんも存分に楽しむようにね」
くくく、と忍び笑いを残して、アメツキは気配を消そうとしていた。
「待て」
反射的に、アサトは声を出した。
「賢者の石は、どこだ?」
アメツキはその言葉に、少し驚いたようだが、すぐさま口元を楽しそうに歪めた。
「へえ、君が賢者の石を求めているということを、俺が知っているということを、知っていたんだ?」
「ああ、アンタはそれが楽しそうだったから、俺に声をかけたんだろ?」
「ははは、ある程度はお見通しというわけか。流石は【解析】持ちだな」
アサトは大きな心臓の音を一回、聞いた気がした。アサトは情報の重要性をよく知っている。だから、ほとんどのプレイヤーが知らないはずの、隠しスキル【解析】について、それをアサトが所持していることについて、もう看破されているならば、それは一大事なのである。
「構えるなよ。ちゃんと教えてやるから。今現在、もちろんアレは、銀が持っている。俺はお前みたいな奴が、アレを何に使うのか、非常に楽しみだ。別にほかのことはいいから、その期待だけには応えてくれよ。アサトくん」
たっぷりの余裕を残して、アメツキは消えた。なるほど、確かに俺はアメツキのキルタイムの一員だな、と認めざるを得ない会話だった。
アサトは、人の下にいるのが嫌いだった。プライドが高かった。負けるのが嫌いだった。
冷静に考える。【解析】などしなくても、わかっていたことだが、やはり、何かに負けた気がする――が、当初の予定通り、考え通り。
まずは賢者の石を獲得しなければ。
アサトがチャットルームに戻り、見つけたのは、数十本にも及ぶ様々な武具の山だった。巨大な鎖付き鉄球や、しゃれこうべが先端にある禍々しい杖、見た目には何の変哲も無い剣、弓、槍、ナイフなどありとあらゆる武具がそこにあり、そしてまるで捨てられていた。
すぐさまアサトは【解析】を開始する。【解析】とは対象の行動や言動、外見などから、性質を見抜くスキルである。ただし、発動すれば、通常の観察時、思考時とは比べ物にならないくらい疲れる。
【解析】完了。恐るべき結果がでた。
これらは全て、『元』禁忌の武具だ。
「アサトくん」
突然背中、それも間近で声をかけられ、またもアサトは理解不能を感じる。後ろに立つのは、実質のキルタイム設立者、アメツキだった。
「君が一本も【禁忌の武具】を持ってこれなかったことについては、誰も責めたりしない、と思う。少なくとも俺はしない。別にキルタイムは面倒な労働を強いる集まりではないからね。
抜けたくなったら、いつでも抜けていいし」
アサトは、背後に居るアメツキの声だけで、【解析】をしてみた。おそらく、最初は本当。最後は『嘘』だ。
「それに、既に終わってたからね、武具集めは。ここからがキルタイムの本番だよ。アサトくんも存分に楽しむようにね」
くくく、と忍び笑いを残して、アメツキは気配を消そうとしていた。
「待て」
反射的に、アサトは声を出した。
「賢者の石は、どこだ?」
アメツキはその言葉に、少し驚いたようだが、すぐさま口元を楽しそうに歪めた。
「へえ、君が賢者の石を求めているということを、俺が知っているということを、知っていたんだ?」
「ああ、アンタはそれが楽しそうだったから、俺に声をかけたんだろ?」
「ははは、ある程度はお見通しというわけか。流石は【解析】持ちだな」
アサトは大きな心臓の音を一回、聞いた気がした。アサトは情報の重要性をよく知っている。だから、ほとんどのプレイヤーが知らないはずの、隠しスキル【解析】について、それをアサトが所持していることについて、もう看破されているならば、それは一大事なのである。
「構えるなよ。ちゃんと教えてやるから。今現在、もちろんアレは、銀が持っている。俺はお前みたいな奴が、アレを何に使うのか、非常に楽しみだ。別にほかのことはいいから、その期待だけには応えてくれよ。アサトくん」
たっぷりの余裕を残して、アメツキは消えた。なるほど、確かに俺はアメツキのキルタイムの一員だな、と認めざるを得ない会話だった。
アサトは、人の下にいるのが嫌いだった。プライドが高かった。負けるのが嫌いだった。
冷静に考える。【解析】などしなくても、わかっていたことだが、やはり、何かに負けた気がする――が、当初の予定通り、考え通り。
まずは賢者の石を獲得しなければ。
20.本当の、始まり
2008年1月22日 Live2「聞きたいようならいいます。言い訳にすぎませんが、いわせていただきます。実は俺たちは元々、ある集落の民だったんです」
シンリは腕を組んで、語りだした男の話を聞きだした。ポチとリペノは既に、テント等の片付けや死傷者数の確認の作業に入っていた。シンリ達の会話を聞いていてもしょうがないし、このまま二名を観察していても、何か理解できるようになるとは到底思えなかったからである。
「そして俺たちの集落は、衆の長である族長、『周』派寄りでした。……貴方は衆のプレイヤーじゃないようですけど、今の衆の状況は知っていますよね?」
確かにシンリは、真っ白いローブを着ていて、一目見るとザクロと同じカイドのプレイヤーに見えた。衆の国に最もふさわしくない格好である。シンリはすぐに賊の問いに答えた。
「いえ、知りません。ちょっと前に周の補佐を務めていた銀が何故か無二の親友であったはずの周を裏切り、銀派として三大国『衆』に対し、反乱を起こした。今現在、衆は国を守る、現政府側『周派』と、新しい国にする、革命側『銀派』の二つの派に別れ、内戦が泥沼状態だということぐらいしか……」
「知っているようなので、話を続けさせてもらいますね。それで俺達の集落は、『銀派』に焼かれました。何の通告もなかったので、俺達は無抵抗のまま故郷を失いました。だから、生きるために、他の集落を襲って収入を得るという安易で下劣な方法に走り、故郷を失った悲しみ、ストレスから、先ほどまでのような暴虐なことをしてしまいました。謝っても、謝りきれません。死んでも、何の詫びにもなりません」
土下座したまま、男は顔をあげずに喋り続けた。
「――えぐっ」
シンリは、泣いていた。
「わ、私も、記憶を失ったから、うっ、わかります――辛いですよね」
「いや、それはちょっと違うと思いますが……、ありがとうございます」
なんと先ほどまで、狡賢い悪党だったプレイヤーに突っ込みを入れられる。その男の名は、シンリ。
「そんな理由があったなんて……わかりました」
「……?」
シンリは本当に、真っ直ぐで、素直で、お人好しで、
「私たちで、この国の内戦を止めましょう」
――馬鹿だった。
その男の名は、シンリ。
シンリは腕を組んで、語りだした男の話を聞きだした。ポチとリペノは既に、テント等の片付けや死傷者数の確認の作業に入っていた。シンリ達の会話を聞いていてもしょうがないし、このまま二名を観察していても、何か理解できるようになるとは到底思えなかったからである。
「そして俺たちの集落は、衆の長である族長、『周』派寄りでした。……貴方は衆のプレイヤーじゃないようですけど、今の衆の状況は知っていますよね?」
確かにシンリは、真っ白いローブを着ていて、一目見るとザクロと同じカイドのプレイヤーに見えた。衆の国に最もふさわしくない格好である。シンリはすぐに賊の問いに答えた。
「いえ、知りません。ちょっと前に周の補佐を務めていた銀が何故か無二の親友であったはずの周を裏切り、銀派として三大国『衆』に対し、反乱を起こした。今現在、衆は国を守る、現政府側『周派』と、新しい国にする、革命側『銀派』の二つの派に別れ、内戦が泥沼状態だということぐらいしか……」
「知っているようなので、話を続けさせてもらいますね。それで俺達の集落は、『銀派』に焼かれました。何の通告もなかったので、俺達は無抵抗のまま故郷を失いました。だから、生きるために、他の集落を襲って収入を得るという安易で下劣な方法に走り、故郷を失った悲しみ、ストレスから、先ほどまでのような暴虐なことをしてしまいました。謝っても、謝りきれません。死んでも、何の詫びにもなりません」
土下座したまま、男は顔をあげずに喋り続けた。
「――えぐっ」
シンリは、泣いていた。
「わ、私も、記憶を失ったから、うっ、わかります――辛いですよね」
「いや、それはちょっと違うと思いますが……、ありがとうございます」
なんと先ほどまで、狡賢い悪党だったプレイヤーに突っ込みを入れられる。その男の名は、シンリ。
「そんな理由があったなんて……わかりました」
「……?」
シンリは本当に、真っ直ぐで、素直で、お人好しで、
「私たちで、この国の内戦を止めましょう」
――馬鹿だった。
その男の名は、シンリ。
19.シンリ、絶好調
2008年1月21日 Live2「あああああああああああ! すいませんでしたあああああああああ!」
狡賢かった男は、自分の過ちに気付き、地面に頭をこすりつけるほどの土下座を何の惜しげもなく実行した。
「お、俺はなんてことを! すいません、すいません! 大した理由なんてないんです! 全面的に俺たちが悪いだけなんです! すいません! すいません!」
必死に謝る男は、目からボロボロと涙を流していた。よく見ると男の格好はみすぼらしく、賊らしいといえば賊らしいが、その姿での土下座は一層みすぼらしく、つまりその賊は同情を禁じえないほどみすぼらしいとしかいいようがなかった。
「殺してください! すいません! それぐらいじゃ収まらないですよね! すいません!」
本来、何か一つのことに対して【強制】を強いたなら、その『一つのこと』を達成した後には本人は大抵、元に戻ることだろう。だが、カリスマに関しては違う。格段に違う。本人が信じたことは、本人の意志となり、本人へ影響し続ける。つまりは、プレイヤーの性格自体を変えてしまうことも容易にありえるのだ。
今賊は、自分が『人の気持ちを考えることができる、素晴らしい人間』だと信じている。その考え方によると、今まで男がしてきた自分の行為は、信じられない程の【悪】。故に男は、今、本気で、本当の本気で謝っている。
「え? 大した理由はない……? ということは……」
「うぅう……!」
シンリの口調が、わずかに変わる。賊はナイフを逆手に構え、本気で切腹を考えていた。もちろんそんな気持ち悪い光景にはポチ、リペノだけでなくステラ民も動けず、賊とシンリの二人の周りに誰も触れがたい異様な空気が漂っていた。ちなみに他の賊はとっくに全員逃げていた。
「大したことじゃない理由はあるということですね!」
(((どうしてそうなる!?)))
という思いがその様子を見ていた全員の思考の奇跡的一致として現れた。狡賢かった男も、シンリの言葉に驚くしかない。
「ええ、まあ、本当に大したことじゃない理由なら……」
「それで、全然いいのです。理由に小したも大したもありません。理由は理由なのです。さあ、遠慮なく語ってください。大したことじゃない理由を」
ちなみに現在つっこみはいない。
狡賢かった男は、自分の過ちに気付き、地面に頭をこすりつけるほどの土下座を何の惜しげもなく実行した。
「お、俺はなんてことを! すいません、すいません! 大した理由なんてないんです! 全面的に俺たちが悪いだけなんです! すいません! すいません!」
必死に謝る男は、目からボロボロと涙を流していた。よく見ると男の格好はみすぼらしく、賊らしいといえば賊らしいが、その姿での土下座は一層みすぼらしく、つまりその賊は同情を禁じえないほどみすぼらしいとしかいいようがなかった。
「殺してください! すいません! それぐらいじゃ収まらないですよね! すいません!」
本来、何か一つのことに対して【強制】を強いたなら、その『一つのこと』を達成した後には本人は大抵、元に戻ることだろう。だが、カリスマに関しては違う。格段に違う。本人が信じたことは、本人の意志となり、本人へ影響し続ける。つまりは、プレイヤーの性格自体を変えてしまうことも容易にありえるのだ。
今賊は、自分が『人の気持ちを考えることができる、素晴らしい人間』だと信じている。その考え方によると、今まで男がしてきた自分の行為は、信じられない程の【悪】。故に男は、今、本気で、本当の本気で謝っている。
「え? 大した理由はない……? ということは……」
「うぅう……!」
シンリの口調が、わずかに変わる。賊はナイフを逆手に構え、本気で切腹を考えていた。もちろんそんな気持ち悪い光景にはポチ、リペノだけでなくステラ民も動けず、賊とシンリの二人の周りに誰も触れがたい異様な空気が漂っていた。ちなみに他の賊はとっくに全員逃げていた。
「大したことじゃない理由はあるということですね!」
(((どうしてそうなる!?)))
という思いがその様子を見ていた全員の思考の奇跡的一致として現れた。狡賢かった男も、シンリの言葉に驚くしかない。
「ええ、まあ、本当に大したことじゃない理由なら……」
「それで、全然いいのです。理由に小したも大したもありません。理由は理由なのです。さあ、遠慮なく語ってください。大したことじゃない理由を」
ちなみに現在つっこみはいない。
18.シンリ、性格2
2008年1月20日 Live2 コメント (2) きょとんとした表情で、賊は自分の首に血が滲むほどナイフをあてていた。そして思った。自分でナイフを当ててみても、これだけ怖いのだ。もしも他人が握ったナイフが、自分の首に当てられていたとしたら、どれ程の恐怖なのだろう。そんな思考をできただけでも、賊は普通の人として、何歩か前に進むことができたといえる。
しかし、それは第三者から見れば、気持ち悪いといわざるをえない。わけのわからないまま解放された女性は、そんな賊の不思議な表情と行動を見て、また一段と恐怖に襲われた。走りよってきたザクロによって、首の傷の治療は行われたが、理解できない恐怖を拭いさることはできなかった。
ポチとリペノも、しばらくの間唖然として賊が人質を解放する過程を見ていたが、やがて何かに気付いたように動き出し、すぐに賊を排除しようとした。
「待ってください」
その二人に立ちはだかったのは、シンリである。
「『彼はもう、素晴らしい人間です』」
そんな言葉で、納得できるはずがなかった。ステラの民に一方的に危害を加え、非力なプレイヤーを人質にとり……納得できるはず、が、
なかった、はずなのに。
気付くとポチとリペノも、――剣を、収めていた。賊を許したわけではない。だが、その賊が今現在、下種な悪党とはどうしても思えない。むしろ本当に素晴らしい人間ではないか? ――切れない。
ポチとリペノは、シンリの言葉に、何の疑問も持てない。
それを認めたシンリは、狡賢かった男に、問う。もう何の曇りもない純粋な子供のような目で、問う。
「何故、こんなことを?」
どんなことにも、理由があるはずだ。ただの求快楽行動としか思えなかったあの行為にも、理由があるはずだと、無限大のお人好し思考を発揮するシンリだった。
しかし、それは第三者から見れば、気持ち悪いといわざるをえない。わけのわからないまま解放された女性は、そんな賊の不思議な表情と行動を見て、また一段と恐怖に襲われた。走りよってきたザクロによって、首の傷の治療は行われたが、理解できない恐怖を拭いさることはできなかった。
ポチとリペノも、しばらくの間唖然として賊が人質を解放する過程を見ていたが、やがて何かに気付いたように動き出し、すぐに賊を排除しようとした。
「待ってください」
その二人に立ちはだかったのは、シンリである。
「『彼はもう、素晴らしい人間です』」
そんな言葉で、納得できるはずがなかった。ステラの民に一方的に危害を加え、非力なプレイヤーを人質にとり……納得できるはず、が、
なかった、はずなのに。
気付くとポチとリペノも、――剣を、収めていた。賊を許したわけではない。だが、その賊が今現在、下種な悪党とはどうしても思えない。むしろ本当に素晴らしい人間ではないか? ――切れない。
ポチとリペノは、シンリの言葉に、何の疑問も持てない。
それを認めたシンリは、狡賢かった男に、問う。もう何の曇りもない純粋な子供のような目で、問う。
「何故、こんなことを?」
どんなことにも、理由があるはずだ。ただの求快楽行動としか思えなかったあの行為にも、理由があるはずだと、無限大のお人好し思考を発揮するシンリだった。
「い、一歩でも動いたら、殺すゥウウ! わかったなぁあ!」
リーダーを一瞬で失い、逆上した賊の一人は、戦闘能力のなさそうな女性を悪ベクトルに特化した鋭い感覚で見つけ出し、狡賢い悪役典型の、人質作戦をとった。首にナイフを突きつけられた女性は、バーチャルだとしても、この世界での自分の死を間近に感じ、怯えていた。それは普通の反応である。この場で彼女が「自分のことは構わないで」と叫んだとしても、ポチが彼女を見殺しにできないのは同じことである。首にあてられたナイフには女性の血が滲んでいた。
流石のポチでも、今現在、確実に人質を助け出すことは、物理的に不可能だった。
「戻れ! 戻れェお前らァ! 今なら【隻眼の剣士】を殺せるぞォ!」
そして、ポチが動けない内に、消してしまおうという、下種の考えは、確かにポチのような人種には非常に効果的だった。逃げ去った賊たちは、ポチへの恐怖を拭えず、中々帰ってこなかったが、完全に安全だと分かれば、嬉々としてポチを殺すだろう。もちろんリペノも一歩も動けなかった。リペノも典型的な剣士タイプ。今、人質を確実に助けきることができる特殊能力をもったタイプのプレイヤーは、ステラ民の中にはいなかった。
――ステラ民の中には。
衆では珍しい、白いローブを着た、漆黒の長髪と瞳を持つ男が、その修羅場のど真ん中に突然現れた。いや、その男は普通に歩いて、その位置に移動したのだが、今の今まで誰にも気配を感じさせず移動し、その場にまるで瞬間移動したかのように突然存在を露にしたので、その場にいた皆を驚かせた。顔立ち、背、全てにおいて平均的で、一般的な青年と大別できるその男は、しかし少しだけ憂いを帯びた瞳で、その賊を見た。
「何故、そんなことをするのですか?」
男が抱いたのは、疑問だ。
「……は?」
族が抱いたのも、疑問だ。
「それは確か……人質、ですよね」
当たり前のことを、自信なさそうに言う男だった。
「その女の人、怯えていますよ。いきなり首にナイフを突きつけるのは、かわいそうではないでしょうか。ほら、血が滲んでいます。やりすぎです」
当たり前のことを言う男だった。
「う、うるさいッ! そんなの俺が知ったことか!」
突然現れた奇妙な男に、賊は戸惑うしかない。
「なるほど……確かに人の気持ちなんて知ることはできないかもしれません。しかし、予想ぐらいは私たちでもできるんじゃないでしょうか。ということで、これは一つの提案なんですが、自分の首に、ナイフを突きつけてみてください。そうすれば、あなたはもっと人質の気持ち、もっと人の気持ちを考えることができるようになります。そしてあなたはもっと、素晴らしい人間になれると思うんです」
もちろん、普通、平均、常識、などの観念からすれば、それは愚かな提案である。誰もが思った。しかし、その言葉を紡ぐ中で、シンリの言葉が微妙に二重低音になっていたことに気付いたものは、一人でもいただろうか。
賊は気付けば、自分の首にナイフを当てていた。ポチとリペノもそれに気付き、驚愕する。それは、強制的に操られてのことではない。賊は本当に、自分の首にナイフを突きつけることによって、自分が素晴らしい人間になれると思ったのだ。つまりは、賊はその男、プレイヤーネーム:『シンリ』の言葉を、鵜呑みにしたのである。この、【強制的】ではないところに、他の操り系スキルと一線をなすところがあることに十分に注意しなければならない。シンリの『【カリスマ】スキルランク:A』は、『PC、NPCに関わらず、知性あるもの全てはスキル所有者の言葉を信じる』。馬鹿げたインフレーション能力。カリスマから逃れるには、呪耐性系B以上か、強靭な精神力が必要だったので、一介の賊には適用されるわけもなく、賊はシンリを無条件で『信じた』。
『信じる』というのは、『疑い』をなくすという、恐ろしい行為なのである。一応、使用者が本当に信じてもらいたいと思った言葉のみに発動するという制限にもならない制限があるこの力のことを、シンリはまだ知らなかった。
リーダーを一瞬で失い、逆上した賊の一人は、戦闘能力のなさそうな女性を悪ベクトルに特化した鋭い感覚で見つけ出し、狡賢い悪役典型の、人質作戦をとった。首にナイフを突きつけられた女性は、バーチャルだとしても、この世界での自分の死を間近に感じ、怯えていた。それは普通の反応である。この場で彼女が「自分のことは構わないで」と叫んだとしても、ポチが彼女を見殺しにできないのは同じことである。首にあてられたナイフには女性の血が滲んでいた。
流石のポチでも、今現在、確実に人質を助け出すことは、物理的に不可能だった。
「戻れ! 戻れェお前らァ! 今なら【隻眼の剣士】を殺せるぞォ!」
そして、ポチが動けない内に、消してしまおうという、下種の考えは、確かにポチのような人種には非常に効果的だった。逃げ去った賊たちは、ポチへの恐怖を拭えず、中々帰ってこなかったが、完全に安全だと分かれば、嬉々としてポチを殺すだろう。もちろんリペノも一歩も動けなかった。リペノも典型的な剣士タイプ。今、人質を確実に助けきることができる特殊能力をもったタイプのプレイヤーは、ステラ民の中にはいなかった。
――ステラ民の中には。
衆では珍しい、白いローブを着た、漆黒の長髪と瞳を持つ男が、その修羅場のど真ん中に突然現れた。いや、その男は普通に歩いて、その位置に移動したのだが、今の今まで誰にも気配を感じさせず移動し、その場にまるで瞬間移動したかのように突然存在を露にしたので、その場にいた皆を驚かせた。顔立ち、背、全てにおいて平均的で、一般的な青年と大別できるその男は、しかし少しだけ憂いを帯びた瞳で、その賊を見た。
「何故、そんなことをするのですか?」
男が抱いたのは、疑問だ。
「……は?」
族が抱いたのも、疑問だ。
「それは確か……人質、ですよね」
当たり前のことを、自信なさそうに言う男だった。
「その女の人、怯えていますよ。いきなり首にナイフを突きつけるのは、かわいそうではないでしょうか。ほら、血が滲んでいます。やりすぎです」
当たり前のことを言う男だった。
「う、うるさいッ! そんなの俺が知ったことか!」
突然現れた奇妙な男に、賊は戸惑うしかない。
「なるほど……確かに人の気持ちなんて知ることはできないかもしれません。しかし、予想ぐらいは私たちでもできるんじゃないでしょうか。ということで、これは一つの提案なんですが、自分の首に、ナイフを突きつけてみてください。そうすれば、あなたはもっと人質の気持ち、もっと人の気持ちを考えることができるようになります。そしてあなたはもっと、素晴らしい人間になれると思うんです」
もちろん、普通、平均、常識、などの観念からすれば、それは愚かな提案である。誰もが思った。しかし、その言葉を紡ぐ中で、シンリの言葉が微妙に二重低音になっていたことに気付いたものは、一人でもいただろうか。
賊は気付けば、自分の首にナイフを当てていた。ポチとリペノもそれに気付き、驚愕する。それは、強制的に操られてのことではない。賊は本当に、自分の首にナイフを突きつけることによって、自分が素晴らしい人間になれると思ったのだ。つまりは、賊はその男、プレイヤーネーム:『シンリ』の言葉を、鵜呑みにしたのである。この、【強制的】ではないところに、他の操り系スキルと一線をなすところがあることに十分に注意しなければならない。シンリの『【カリスマ】スキルランク:A』は、『PC、NPCに関わらず、知性あるもの全てはスキル所有者の言葉を信じる』。馬鹿げたインフレーション能力。カリスマから逃れるには、呪耐性系B以上か、強靭な精神力が必要だったので、一介の賊には適用されるわけもなく、賊はシンリを無条件で『信じた』。
『信じる』というのは、『疑い』をなくすという、恐ろしい行為なのである。一応、使用者が本当に信じてもらいたいと思った言葉のみに発動するという制限にもならない制限があるこの力のことを、シンリはまだ知らなかった。
数秒の、二つの蒼の剣舞。
極限まで洗練された動きは、時々ある種の美しさを垣間見せることがある。
見とれたまま、死ぬ者もいた。
――二人を囲んでいた数十名の賊。それらを一片の躊躇いもなく、数秒で全員切り捨てたポチは、その眼差しを『衆解放戦線』リーダーに向けた。サポートをしてたリペノの息は流石にあがっていたが、ポチは表情を少しも変えず、平然と一度剣を鞘に収めた。澄んだ鉄の音がし、同時に数十名の賊たちが昇天した。
その光景を見て、大半の賊達(半分になってしまったが)は、一歩後ろへ下がった。全員、すぐに背中を見せて逃げ出したいところだったが、その後、確実に切り捨てられる。ポチの眼を、オーラを見て、愚者達は確実に悟った。指一本さえ動かすのが難しくなった。
しかし、ポチの登場によって、一瞬で異常なほど静まりかえったその場で、空気を読まずに口笛をふいた男が一人、いた。
「ヒューゥ。いいね、いいねぇ」
『衆解放戦線』リーダー、ネーム:アルケンダリは、馬から降りて、巨大な剣を持っていた右腕を、ポチに切り落とされた。
「ヒァあ?」
スパン、と小気味いい音がして、アルケンダリの首が飛ぶ。一瞬時が止まり、その後、地面にどしりと、落ちた――、それは転がって止まった。誰にも、リペノさえにも視認さえさせなかった、脅威の抜刀、もとい抜剣である。スキルレベルアップの数が十を超えても、ポチはそれらに一つも注意を払わなかった。
――遅れて、首だけになったリーダーの驚愕の表情が、眼が、賊たちを射抜いた。
遂に。
「ひ、ひゃあああ!」
「リーダーがやられたあ!」
「バケモンだああああ!」
賊達は一斉に逃げ出そうとした。まるで蜘蛛の子を散らすように。誰もなりふり構わなかった。あまりの恐怖にその場に倒れるものもいた。倒れたものは幸運かもしれない。逃げた者を優先的にポチは許さない。自分の限界を考慮しなければ、今己は【瞬足】の一歩手前までいくことを知り、ポチは少し笑って賊たちの背中を追った。
十八人目。
「待てェエエエエエ!」
どこかで変な男の叫び声が聞こえた。それだけならポチは止まる理由はなかった。
「ポチさん! 待って!」
だが、リペノの声でポチの剣が止まった。ポチは自分でも驚いた。ポチの理性には、本人も知らない突き抜けた揺るぎ無さがあった。それが、彼の全ての強さの源だということを、彼が知るのはもう少し後のことだが、それが今は幸いした。
「動くなァアアー! こいつがどうなってもいいのかァアア!」
ポチにあっさり殺されたリーダーの補佐をしていた狡賢そうな部下が、狡賢くも、一人の女性生産プレイヤーの首に、ナイフを突きつけていた。
極限まで洗練された動きは、時々ある種の美しさを垣間見せることがある。
見とれたまま、死ぬ者もいた。
――二人を囲んでいた数十名の賊。それらを一片の躊躇いもなく、数秒で全員切り捨てたポチは、その眼差しを『衆解放戦線』リーダーに向けた。サポートをしてたリペノの息は流石にあがっていたが、ポチは表情を少しも変えず、平然と一度剣を鞘に収めた。澄んだ鉄の音がし、同時に数十名の賊たちが昇天した。
その光景を見て、大半の賊達(半分になってしまったが)は、一歩後ろへ下がった。全員、すぐに背中を見せて逃げ出したいところだったが、その後、確実に切り捨てられる。ポチの眼を、オーラを見て、愚者達は確実に悟った。指一本さえ動かすのが難しくなった。
しかし、ポチの登場によって、一瞬で異常なほど静まりかえったその場で、空気を読まずに口笛をふいた男が一人、いた。
「ヒューゥ。いいね、いいねぇ」
『衆解放戦線』リーダー、ネーム:アルケンダリは、馬から降りて、巨大な剣を持っていた右腕を、ポチに切り落とされた。
「ヒァあ?」
スパン、と小気味いい音がして、アルケンダリの首が飛ぶ。一瞬時が止まり、その後、地面にどしりと、落ちた――、それは転がって止まった。誰にも、リペノさえにも視認さえさせなかった、脅威の抜刀、もとい抜剣である。スキルレベルアップの数が十を超えても、ポチはそれらに一つも注意を払わなかった。
――遅れて、首だけになったリーダーの驚愕の表情が、眼が、賊たちを射抜いた。
遂に。
「ひ、ひゃあああ!」
「リーダーがやられたあ!」
「バケモンだああああ!」
賊達は一斉に逃げ出そうとした。まるで蜘蛛の子を散らすように。誰もなりふり構わなかった。あまりの恐怖にその場に倒れるものもいた。倒れたものは幸運かもしれない。逃げた者を優先的にポチは許さない。自分の限界を考慮しなければ、今己は【瞬足】の一歩手前までいくことを知り、ポチは少し笑って賊たちの背中を追った。
十八人目。
「待てェエエエエエ!」
どこかで変な男の叫び声が聞こえた。それだけならポチは止まる理由はなかった。
「ポチさん! 待って!」
だが、リペノの声でポチの剣が止まった。ポチは自分でも驚いた。ポチの理性には、本人も知らない突き抜けた揺るぎ無さがあった。それが、彼の全ての強さの源だということを、彼が知るのはもう少し後のことだが、それが今は幸いした。
「動くなァアアー! こいつがどうなってもいいのかァアア!」
ポチにあっさり殺されたリーダーの補佐をしていた狡賢そうな部下が、狡賢くも、一人の女性生産プレイヤーの首に、ナイフを突きつけていた。
風の音を聞いた気がした。
と考えていた賊の一人は既に、首と胴体が切り離されていた。
「――〜〜?」
もちろん声は、出なかった。
「お、お、お、前、首、とれてるぞーー!?」
許しを請うたプレイヤーを無情にも殺した衆解放戦線の数名は、一瞬で全員綺麗に生きることを却下された。
彼らに大義はない。ゆえに彼は、殺すことを躊躇わなかった。
「貴様ら……」
昇天。天使の歌声が賊達の耳に届き、光の柱が蒼い剣士を照らし出す。蒼い剣士は、高温度の蒼い炎を瞳に宿し、己を抑えていた。無理だったが。
「信じられない」
蒼い剣士、ポチの後ろから切りかかろうとした賊を、一閃で昇天させたリペノは、その惨劇が現実に起きたものだと、信じることができなかった。もちろんその賊は放っておいてもポチが消去したであろうが、リペノもそれなりの怒りを覚えている。リペノはいくつかの戦場を知っていたが、これほどまでに一方的な虐殺はいまだかつて目撃したことがない。
「よ、よよくも仲間を殺したなあ!?」
「結構強いぜ、全員で囲め!」
「おお!」
賊が十名以上でポチ、リペノ二人の蒼い剣士を囲む。その様子をただ眺め、何も行動を起こさないポチは、どうやってこの賊たちを一瞬で排除するか、冷静に考えていた。
(一人目は正面からで十分。二人、三人、四人目は位置的に横なぎで一度に片付けることが可能。五人目、六人目は位置修正を考慮に入れて、足を切断しておけば良い。七人目からは状況に応じて――)
「排除する」
まるでゴミを片付けるかのように、ポチは言い捨てた。
と考えていた賊の一人は既に、首と胴体が切り離されていた。
「――〜〜?」
もちろん声は、出なかった。
「お、お、お、前、首、とれてるぞーー!?」
許しを請うたプレイヤーを無情にも殺した衆解放戦線の数名は、一瞬で全員綺麗に生きることを却下された。
彼らに大義はない。ゆえに彼は、殺すことを躊躇わなかった。
「貴様ら……」
昇天。天使の歌声が賊達の耳に届き、光の柱が蒼い剣士を照らし出す。蒼い剣士は、高温度の蒼い炎を瞳に宿し、己を抑えていた。無理だったが。
「信じられない」
蒼い剣士、ポチの後ろから切りかかろうとした賊を、一閃で昇天させたリペノは、その惨劇が現実に起きたものだと、信じることができなかった。もちろんその賊は放っておいてもポチが消去したであろうが、リペノもそれなりの怒りを覚えている。リペノはいくつかの戦場を知っていたが、これほどまでに一方的な虐殺はいまだかつて目撃したことがない。
「よ、よよくも仲間を殺したなあ!?」
「結構強いぜ、全員で囲め!」
「おお!」
賊が十名以上でポチ、リペノ二人の蒼い剣士を囲む。その様子をただ眺め、何も行動を起こさないポチは、どうやってこの賊たちを一瞬で排除するか、冷静に考えていた。
(一人目は正面からで十分。二人、三人、四人目は位置的に横なぎで一度に片付けることが可能。五人目、六人目は位置修正を考慮に入れて、足を切断しておけば良い。七人目からは状況に応じて――)
「排除する」
まるでゴミを片付けるかのように、ポチは言い捨てた。
ステラの集落の入り口では、既に何人かのステラの住民がそれぞれ武器を持って、馬に乗っている五十人あまりの集団と対立していた。五十人が着ている服や装備はほぼそれぞれバラバラで、その集団には『寄せ集め』という言葉がしっくりとあてはまる。集団の男たちはニヤニヤ笑いを隠しておらず、これから起こる惨劇をどう楽しむのか、それだけを考えている様子だった。
五十人の中で、リーダーらしき男が前に出た。赤銅色の肌、派手な細工がしてあるワイルドドッグの牙を束ねたアクセサリーを腰に巻いている。あとハゲ。少し派手好きの典型的な衆人だった。
「あー! あー! 我々はー! ――なんだっけぇ!」
「『衆解放戦線』です。ボス」
後ろにいる小賢しそうな部下がフォローする。
「そうだそうだ! それで! あー! それで我々は!」
「『衆解放に必要な食料、装備、その他もろもろ全て徴収しにきた』です。ボス」
「それだあああ!」
ボスが巨大な剣を掲げ、吠えた。何の遠慮も、容赦も、道徳もない。
「ふざけるな!」
「立ち去れ!」
もちろんそんな馬鹿な要求に答えるほどステラは潤ってはいないし、馬鹿でもお人好しでもない。こんな盗賊まがいの奴らが集落を襲うのは、治安が最悪になっている現在の衆では、日常茶飯事である。それぞれの言い分など建前にもなっていない。聞く必要はない。
「うーん! 反抗したものは、『殺す』! 言えたぞー!」
『衆解放戦線』のボスが、天に掲げた剣をステラの集落の方向に向け、大号令する。結局、彼らがやりたいのは。
「『殺せ!』」
『うおおおおお!』
五十の屈強な男達の声に混ざって、いくつかの爆弾が集落の中に投げ込まれた。そして、馬を走らせる掛け声、歓喜に満ちた声が次々と続き、小さなステラの集落を飲み込もうとしていた。ステラの住民たちは、体を強張らせることしかできなかった。
爆発。何人かのステラの民が巻き込まれた。水の少ないステラでは、生きていくために自然と生産系のプレイヤーの比率が多かった。戦闘系のプレイヤーも、ここ数年続いた賊の襲撃でその人数を減らしていた。光の柱がいくつか現れて、数名の昇天を告げる。砂煙と血しぶきがテントを汚した。
「やめろおお!」
一人の若いステラのプレイヤーが、刃が少し欠けたロングソードでボスに切りかかった。敵は五十名余いる。頭を叩くのが一番効果的だと判断したのだろう。その判断は良い、だが。
「ははは! 若いいぃい!」
馬上からのボスの一撃で、その若いプレイヤーはロングソードごと真っ二つにされ、昇天した。五十名余の集団を束ねるボスだけあって、戦闘の力、技術だけは飛びぬけているようだ。
もう既に幾つかのテントは焼け、この世界での紙幣や食料、アイテムを漁りだす輩達まで出始めていた。いくつかのテントは馬に押しつぶされ、絶叫と異様な笑い声が入り混じる。
「や、やめてくれえ! この集落には戦えない奴らもいるん――」
敵わないと悟り、武器を捨てて敵に許しを請おうとした戦士が、最早暴徒と化した『衆解放戦線』三名の剣にいっぺんに串刺しにされ、昇天した。
「やっちゃったー」
「――降参されちゃうと、困るんだよねぇ。殺せなくなるから」
「ははははひでェー!」
剣に付着した血をなめる暴徒の一人。眼には狂気が宿っている。ゲームということもあってか、彼らに罪の意識は一片もない。
ゆえに彼らに、大義はなかった。
五十人の中で、リーダーらしき男が前に出た。赤銅色の肌、派手な細工がしてあるワイルドドッグの牙を束ねたアクセサリーを腰に巻いている。あとハゲ。少し派手好きの典型的な衆人だった。
「あー! あー! 我々はー! ――なんだっけぇ!」
「『衆解放戦線』です。ボス」
後ろにいる小賢しそうな部下がフォローする。
「そうだそうだ! それで! あー! それで我々は!」
「『衆解放に必要な食料、装備、その他もろもろ全て徴収しにきた』です。ボス」
「それだあああ!」
ボスが巨大な剣を掲げ、吠えた。何の遠慮も、容赦も、道徳もない。
「ふざけるな!」
「立ち去れ!」
もちろんそんな馬鹿な要求に答えるほどステラは潤ってはいないし、馬鹿でもお人好しでもない。こんな盗賊まがいの奴らが集落を襲うのは、治安が最悪になっている現在の衆では、日常茶飯事である。それぞれの言い分など建前にもなっていない。聞く必要はない。
「うーん! 反抗したものは、『殺す』! 言えたぞー!」
『衆解放戦線』のボスが、天に掲げた剣をステラの集落の方向に向け、大号令する。結局、彼らがやりたいのは。
「『殺せ!』」
『うおおおおお!』
五十の屈強な男達の声に混ざって、いくつかの爆弾が集落の中に投げ込まれた。そして、馬を走らせる掛け声、歓喜に満ちた声が次々と続き、小さなステラの集落を飲み込もうとしていた。ステラの住民たちは、体を強張らせることしかできなかった。
爆発。何人かのステラの民が巻き込まれた。水の少ないステラでは、生きていくために自然と生産系のプレイヤーの比率が多かった。戦闘系のプレイヤーも、ここ数年続いた賊の襲撃でその人数を減らしていた。光の柱がいくつか現れて、数名の昇天を告げる。砂煙と血しぶきがテントを汚した。
「やめろおお!」
一人の若いステラのプレイヤーが、刃が少し欠けたロングソードでボスに切りかかった。敵は五十名余いる。頭を叩くのが一番効果的だと判断したのだろう。その判断は良い、だが。
「ははは! 若いいぃい!」
馬上からのボスの一撃で、その若いプレイヤーはロングソードごと真っ二つにされ、昇天した。五十名余の集団を束ねるボスだけあって、戦闘の力、技術だけは飛びぬけているようだ。
もう既に幾つかのテントは焼け、この世界での紙幣や食料、アイテムを漁りだす輩達まで出始めていた。いくつかのテントは馬に押しつぶされ、絶叫と異様な笑い声が入り混じる。
「や、やめてくれえ! この集落には戦えない奴らもいるん――」
敵わないと悟り、武器を捨てて敵に許しを請おうとした戦士が、最早暴徒と化した『衆解放戦線』三名の剣にいっぺんに串刺しにされ、昇天した。
「やっちゃったー」
「――降参されちゃうと、困るんだよねぇ。殺せなくなるから」
「ははははひでェー!」
剣に付着した血をなめる暴徒の一人。眼には狂気が宿っている。ゲームということもあってか、彼らに罪の意識は一片もない。
ゆえに彼らに、大義はなかった。
ザクロも交えてポチがシンリをどうしよう会議を開催中の折。
「ポチ師匠!」
「師匠やめて」
突然テントの入り口の布が吹き飛び、同時にまた【隻眼の剣士】が飛び込んできた。いや、正確にはそれは、【隻眼の剣士】ではなかった。なぜならば、相違点が三つほどあり、順に述べていくとまず一つ、身長。150あるのかないのか微妙なところで、170はありそうなポチと並ぶと、その違いはますます顕著になった。次に、眼帯の位置。二人とも確かに隻眼だが、よく見るとポチは右目で、乱入者は左目が隠されている。
そして最も分かりやすい違いが、ネームだった。
「はっ、すいません、ポチさん! つい!」
「うん、全然いいよ。それで、そんなに急いでどうしたんだい、リペノ」
ネーム:リペノは、逆に言えばその3つ以外は隻眼の剣士ポチとほぼ同じであった。大小そっくりな【隻眼の剣士】が揃うのは、中々に面白い光景ではあるが、その時ステラの置かれていた状況は、少しも笑えるものではなかった。
「大変なんですよ! 銀派か周派かわかりませんが、と、とにかく五十人ぐらいのプレイヤーの集団が、ステラの町の入り口に来て……」
その時、爆発音がして、テントが少し揺れた。同時にテント中央に吊るされていたランプも少し揺れる。
「……くそっ、またか!」
「ポチさん! 僕もお手伝いさせてください!」
リペノが片手をあげて立候補した。それでもその手の先端はちょうどポチの頭ぐらいの高さだったが。
「いいだろう! だが無茶はしないでくれ」
「はい!」
ポチとリペノは慌しくテントから飛び出していった。いくつかわからない単語があったので、シンリは状況についていけなかった。
「……! ごめんなさい、また怪我する人が出るかもしれないから、私も行きますね」
ザクロも立ち上がり、その二人の後を追おうとした。まだシンリは状況を理解できていない。
「……また?」
シンリが呟いたのは、ザクロが既にテントから去った後だった。
「ポチ師匠!」
「師匠やめて」
突然テントの入り口の布が吹き飛び、同時にまた【隻眼の剣士】が飛び込んできた。いや、正確にはそれは、【隻眼の剣士】ではなかった。なぜならば、相違点が三つほどあり、順に述べていくとまず一つ、身長。150あるのかないのか微妙なところで、170はありそうなポチと並ぶと、その違いはますます顕著になった。次に、眼帯の位置。二人とも確かに隻眼だが、よく見るとポチは右目で、乱入者は左目が隠されている。
そして最も分かりやすい違いが、ネームだった。
「はっ、すいません、ポチさん! つい!」
「うん、全然いいよ。それで、そんなに急いでどうしたんだい、リペノ」
ネーム:リペノは、逆に言えばその3つ以外は隻眼の剣士ポチとほぼ同じであった。大小そっくりな【隻眼の剣士】が揃うのは、中々に面白い光景ではあるが、その時ステラの置かれていた状況は、少しも笑えるものではなかった。
「大変なんですよ! 銀派か周派かわかりませんが、と、とにかく五十人ぐらいのプレイヤーの集団が、ステラの町の入り口に来て……」
その時、爆発音がして、テントが少し揺れた。同時にテント中央に吊るされていたランプも少し揺れる。
「……くそっ、またか!」
「ポチさん! 僕もお手伝いさせてください!」
リペノが片手をあげて立候補した。それでもその手の先端はちょうどポチの頭ぐらいの高さだったが。
「いいだろう! だが無茶はしないでくれ」
「はい!」
ポチとリペノは慌しくテントから飛び出していった。いくつかわからない単語があったので、シンリは状況についていけなかった。
「……! ごめんなさい、また怪我する人が出るかもしれないから、私も行きますね」
ザクロも立ち上がり、その二人の後を追おうとした。まだシンリは状況を理解できていない。
「……また?」
シンリが呟いたのは、ザクロが既にテントから去った後だった。
シンリが発見されたのは、ステラの集落から少し離れたところにある、『癒しの泉』という元観光名所があった森の入り口だった。『癒しの泉』はその昔、どんな病でも癒すといい伝えられていた泉――だったのだが、今はある事情により完全に干上がっており、その泉を守っていた森も、八割方焼けてしまっていたので、かつて美しかった森と泉の姿は、そこにはかけらも残っていなかった。もちろんそんな森(と呼べるのかも怪しい場所)には、誰も訪れないはずだった。だが、その森をいつか復活させようと、今も地道な努力を続けているある二人が、森の入り口で倒れているシンリを見つけ、ザクロの元まで運んだのだ。
「おっ、眼が覚めたようだね。いやあ、あんなところに人が倒れているとは思わなかったもので、びっくりしたよ。ザクロさんによると倒れていた原因は不明らしいけれど……大丈夫かい?」
テントの入り口から、蒼髪蒼眼で右目のない剣士が入ってきた。入り口の布を片手で押しのけ、体勢を低くして狭い入り口をくぐる動作は、何気ないはずなのに、鋭く、柔らかい。ある程度の実力を持つプレイヤーならば、彼がどれだけ強いのか、一瞬で判断できるだろう。知識だけ持つ一般的なプレイヤーなら、【隻眼の剣士】『ポチ』と出会えたことを、他のプレイヤーに自慢できると考えるかもしれない。
記憶喪失であるシンリには、全く関係のないことだったが。とりあえずシンリは、自分を助けてくれた上に心配までしてくれている命の恩人に、返事を返すのが最優先事項だと考えた。
「はい、体に異常は認められないようです。どうやら私を助けてくれたのは貴方のようですね。ありがとうございました」
「……う、うんそれは良かった。あと、ここまで君を運んできたのは、僕ともう一人いたんだけれど……今はいないね。それと、うーん……」
「……? どうかしましたか? 私に何か不備でも?」
「い、いや不備とか全然そういうのじゃないんだけれども、なんというか、シンリさん、喋り方がすごく丁寧だなあ、と、思っただけでして……」
ポチも自分で何がいいたいのかよくわからないようだ。
「……ふむ、なるほど確かに、今の私の口調は丁寧すぎるかもしれませんね。自分のことをほとんど思い出せない私ですが、名前さえ覚えていなかった私ですが、記憶を失う前から、自分がこんな喋り方だったということは、何故か覚えています。記憶を失った今、自分の喋り方を客観的に見てみると、なるほど確かに堅苦しい。はがゆい。何をやっているんだまったく!」
「いや、そこまではいってないんだけどね」
「いえ! ありがとうございます! 今私は、貴方の指摘によって自分の喋り方に対して新たな見解を得ることができました。これは自分を知る上でも重要で大切で第一歩だと思います。私は何故、倒れていたのか。私は何故、記憶がないのか。もしかしたら、その方向からたどり着けるかもしれない」
本当にその方向からたどりつけるのだろうかと、ポチは一瞬疑問に思ったが、あえて言うこともないので黙っておいた。少し愉快な考え方をするシンリは、それほど悪い人物でもなさそうだった。目覚めたときに得体の知れない人物がザクロと二人きりだったことを少し悔やんでいたポチは、ほっと胸をなでおろした。
「――あれ? 記憶を失った?」
ポチはやっと、シンリが記憶喪失者だということに気付いたようだ。
「おっ、眼が覚めたようだね。いやあ、あんなところに人が倒れているとは思わなかったもので、びっくりしたよ。ザクロさんによると倒れていた原因は不明らしいけれど……大丈夫かい?」
テントの入り口から、蒼髪蒼眼で右目のない剣士が入ってきた。入り口の布を片手で押しのけ、体勢を低くして狭い入り口をくぐる動作は、何気ないはずなのに、鋭く、柔らかい。ある程度の実力を持つプレイヤーならば、彼がどれだけ強いのか、一瞬で判断できるだろう。知識だけ持つ一般的なプレイヤーなら、【隻眼の剣士】『ポチ』と出会えたことを、他のプレイヤーに自慢できると考えるかもしれない。
記憶喪失であるシンリには、全く関係のないことだったが。とりあえずシンリは、自分を助けてくれた上に心配までしてくれている命の恩人に、返事を返すのが最優先事項だと考えた。
「はい、体に異常は認められないようです。どうやら私を助けてくれたのは貴方のようですね。ありがとうございました」
「……う、うんそれは良かった。あと、ここまで君を運んできたのは、僕ともう一人いたんだけれど……今はいないね。それと、うーん……」
「……? どうかしましたか? 私に何か不備でも?」
「い、いや不備とか全然そういうのじゃないんだけれども、なんというか、シンリさん、喋り方がすごく丁寧だなあ、と、思っただけでして……」
ポチも自分で何がいいたいのかよくわからないようだ。
「……ふむ、なるほど確かに、今の私の口調は丁寧すぎるかもしれませんね。自分のことをほとんど思い出せない私ですが、名前さえ覚えていなかった私ですが、記憶を失う前から、自分がこんな喋り方だったということは、何故か覚えています。記憶を失った今、自分の喋り方を客観的に見てみると、なるほど確かに堅苦しい。はがゆい。何をやっているんだまったく!」
「いや、そこまではいってないんだけどね」
「いえ! ありがとうございます! 今私は、貴方の指摘によって自分の喋り方に対して新たな見解を得ることができました。これは自分を知る上でも重要で大切で第一歩だと思います。私は何故、倒れていたのか。私は何故、記憶がないのか。もしかしたら、その方向からたどり着けるかもしれない」
本当にその方向からたどりつけるのだろうかと、ポチは一瞬疑問に思ったが、あえて言うこともないので黙っておいた。少し愉快な考え方をするシンリは、それほど悪い人物でもなさそうだった。目覚めたときに得体の知れない人物がザクロと二人きりだったことを少し悔やんでいたポチは、ほっと胸をなでおろした。
「――あれ? 記憶を失った?」
ポチはやっと、シンリが記憶喪失者だということに気付いたようだ。
11.始まり、シンリ
2008年1月1日 Live2 衆。
かつては【未来視】を持つ長、『周』と、
強力な【召喚術】を持つ『銀』の二人が、統べていたともいえる国。
かつては、だが。
特徴は屈強な肉体と精神を持つプレイヤー達。赤銅色の肌。強力な呪術、召喚術、暗殺術などなど。血なまぐさいものも多い。
そして、国土のほとんどが砂漠という苛酷な環境。そのため水場を求めて幾度となく集落の移動を繰り返す、少々特殊な国である。
見方を変えれば、その国は、『苛酷』を『楽しむ』、異質な者達が集まった、『異質な国』なのかもしれない。まあそこに集まるプレイヤー達が、それを楽しんでいるならば、別によいのだろう。
さて現在その国は、『銀の裏切り』によって、ギリギリのところまで追い込まれていた。『周派』と『銀派』の対立は、元々穏やかな性格ではなかった衆のプレイヤー達が、同士討ちを始める格好の理由となった。
大規模な内戦は今も続いている。
それは、どちらが『正しい』のかを求めている戦いではない。
ただ、どちらが『強い』のかを、求めている戦いだった。
「だから、思い通りなのだけれども……」
夜の衆の砂漠で立ち尽くすアメツキ。傍らにはブラッドミックスキャット、『ネコ』の遺体があった。ネコに外傷はなく、まるで魂を抜かれただけのような死に様だった。アメツキとネコは月に照らされ、濃い影を砂漠に落とした。
だがアメツキは、ネコ――最早『それ』となったものに目もくれず、一瞬で姿を消した。最早ただの物となったものに思考を割くのは何の意味もない。当面の目的を果たしたアメツキは、『チャットルーム』に向かって『テレポート』を繰り返す。疲れるが最速でチャットルームを目指す。チャットルームに帰れさえすれば、どうせ存分に休めるのだ。
「後は、邪魔するものを排除していけばいいだけか」
そちらのほうが楽しみだと言わんばかりに、アメツキの口元は邪悪な笑みを作った。前回の邪魔者MVPのアレックス、今や【救世のアレックス】は、中々骨があり楽しかった。お人好し度も抜群に高かった。
(――さて、今回はどんな邪魔者が現れるのか。
できれば前回を上回ってほしいものだ。楽しみ楽しみ)
そう、もう一度確認しよう。アメツキは異質なのである。
-------------------------------
ほぼ同時刻。
「シンリ……? それが私の名前なのでしょうか?」
衆のある集落で、一人のプレイヤーが目覚め、自分の名前を知っていた。
「ええ、そうです。Liveの中で記憶喪失なんて、珍しいですね。ですが、あなたのプレイヤーネームは、確かに『シンリ』ですよ」
シンリの問いに答えたのは、衆に似合わない白のローブを着た金髪の美少女だった。彼女のネームはザクロ。渾名は【幸運の女神】。超一流の白魔導士である。そんな彼女が何故ここ、衆の小さな集落『ステラ』にいるのかは、Live1を参照してもらいたい。
――そう、すべての始まりは、ここ。『ステラ』からだった。
かつては【未来視】を持つ長、『周』と、
強力な【召喚術】を持つ『銀』の二人が、統べていたともいえる国。
かつては、だが。
特徴は屈強な肉体と精神を持つプレイヤー達。赤銅色の肌。強力な呪術、召喚術、暗殺術などなど。血なまぐさいものも多い。
そして、国土のほとんどが砂漠という苛酷な環境。そのため水場を求めて幾度となく集落の移動を繰り返す、少々特殊な国である。
見方を変えれば、その国は、『苛酷』を『楽しむ』、異質な者達が集まった、『異質な国』なのかもしれない。まあそこに集まるプレイヤー達が、それを楽しんでいるならば、別によいのだろう。
さて現在その国は、『銀の裏切り』によって、ギリギリのところまで追い込まれていた。『周派』と『銀派』の対立は、元々穏やかな性格ではなかった衆のプレイヤー達が、同士討ちを始める格好の理由となった。
大規模な内戦は今も続いている。
それは、どちらが『正しい』のかを求めている戦いではない。
ただ、どちらが『強い』のかを、求めている戦いだった。
「だから、思い通りなのだけれども……」
夜の衆の砂漠で立ち尽くすアメツキ。傍らにはブラッドミックスキャット、『ネコ』の遺体があった。ネコに外傷はなく、まるで魂を抜かれただけのような死に様だった。アメツキとネコは月に照らされ、濃い影を砂漠に落とした。
だがアメツキは、ネコ――最早『それ』となったものに目もくれず、一瞬で姿を消した。最早ただの物となったものに思考を割くのは何の意味もない。当面の目的を果たしたアメツキは、『チャットルーム』に向かって『テレポート』を繰り返す。疲れるが最速でチャットルームを目指す。チャットルームに帰れさえすれば、どうせ存分に休めるのだ。
「後は、邪魔するものを排除していけばいいだけか」
そちらのほうが楽しみだと言わんばかりに、アメツキの口元は邪悪な笑みを作った。前回の邪魔者MVPのアレックス、今や【救世のアレックス】は、中々骨があり楽しかった。お人好し度も抜群に高かった。
(――さて、今回はどんな邪魔者が現れるのか。
できれば前回を上回ってほしいものだ。楽しみ楽しみ)
そう、もう一度確認しよう。アメツキは異質なのである。
-------------------------------
ほぼ同時刻。
「シンリ……? それが私の名前なのでしょうか?」
衆のある集落で、一人のプレイヤーが目覚め、自分の名前を知っていた。
「ええ、そうです。Liveの中で記憶喪失なんて、珍しいですね。ですが、あなたのプレイヤーネームは、確かに『シンリ』ですよ」
シンリの問いに答えたのは、衆に似合わない白のローブを着た金髪の美少女だった。彼女のネームはザクロ。渾名は【幸運の女神】。超一流の白魔導士である。そんな彼女が何故ここ、衆の小さな集落『ステラ』にいるのかは、Live1を参照してもらいたい。
――そう、すべての始まりは、ここ。『ステラ』からだった。
それは、小さなこと。
一部を除いて、誰も気付かない(驚くことに、その一部にGMは含まれていない)、気付けない、それほど小さな綻び。
例えば――
ある酒場で、数人の男女がビールやリトルビールを飲んで騒いでいた。酒場のマスターも一緒に飲んで騒いでいるので、二軒となりの店まで聞こえるほどの笑い声や歌声を咎める者はその場に誰もいなかった。
「あー! もう駄目だ!」
笑い、飲み疲れた様子で、騒いでいた一人の男が質素なつくりの木製の椅子にどっかりと座った。瞬間、男は椅子ごとひっくり返って、酒場にいる人間たちの笑いを誘った。
「ははは! 何やってんだ!」
「あれー! 酔いすぎたのかな? ははは!」
その場にいた誰も、本人さえも、その不自然な倒れ方には気付かなかった。その椅子の足の一部が、まるではじめからなかったかのように、消失していたことに、誰も気付かなかった。
例えば――
今日もLive世界に初心者が訪れる、ビギナの草原。たまたまその時、その場には、プレイヤーが一人もいなかった。まるで測ったかのように半径五百メートル程の範囲に同じ背の高さで生えている草達が、風に規則正しく靡(なび)いている時。
一定と言っても、流石に何秒の周期で、というほど一定ではない。リアルを追求したLive世界では、現実と同じ一定で風が吹く。
それは一瞬、本当に一瞬だけだが、草原達の動きが一瞬鈍くなった。それは、気付くという程の出来事でもない。なかったといっても差し支えがない程の小さな出来事である。
だが、それは仮想の中で現実に起きた、『遅れ』なのである。
さらに例えば――
数少ない気付くものの一人は。
「何真剣な顔でただの石を眺めているんですか、10さん」
「ただの石? これがただの石に見えるのか、アレックス」
「どう見てもただの石です。本当にありがとうございました」
「馬鹿、ここの模様をよく見ろ。四角いだろ」
「申し訳ないですが、私には皆目わかりません。というか今そんなものを見ている場合ですか!?」
【救世のアレックス(もしくはイレブン)】と、【網のNET(もしくは10)】のトレジャーハンターコンビは、カイドのある幻のアイテムを求めていた途中、巨大な恐竜型モンスターに遭遇し、逃げている途中だった。もちろん10が真剣な顔で石鑑定を行っている際も、その危機的状況は継続していた。
「【網】て。もう少し考えろ!」
「一体何に対して怒りを露にしているんですか?」
「とにかくこの石の四角の模様はやべーよ。俺でさえ見たことないんだから」
「はぁ!? 今現在後ろから、大量の涎を撒き散らしながら私達を今日の晩飯にしようとしている巨大な恐竜よりもその模様のほうがやべーんですか? 本当に!?」
「いや、今昼だから、多分昼飯じゃねーかな。あの恐竜、晩まで我慢はできなさそーだし」
「果てしなくどうでもいい! ね? もう少しまじめに逃げよう? ね!?」
カイド特有の細い木々の間を縫うようにして器用に逃げている二人だったが、恐竜はパワフルに木々を薙ぎ倒しながら二人を追っている。時々折れた木々が二人の近くに倒れたりもしていた。
「……アレックス、鳥が飛んでるぞ?」
「ああ、10さんは遂に頭がおかしくなっちゃったんですね」
「違うって、よく見ろ。そして俺はあとでお前をぶん殴る」
数羽の鳥が、確かに二人の頭上を飛んでいた。
しかし、アレックスは目を見開いた。そのうちの一匹をよく見てみると、――羽が動いていなかったのだ。
----------------------------
それら、小さな異変たちをかき集めて、
Live2......
第一章、始めます、やっと。
----------------------------
一部を除いて、誰も気付かない(驚くことに、その一部にGMは含まれていない)、気付けない、それほど小さな綻び。
例えば――
ある酒場で、数人の男女がビールやリトルビールを飲んで騒いでいた。酒場のマスターも一緒に飲んで騒いでいるので、二軒となりの店まで聞こえるほどの笑い声や歌声を咎める者はその場に誰もいなかった。
「あー! もう駄目だ!」
笑い、飲み疲れた様子で、騒いでいた一人の男が質素なつくりの木製の椅子にどっかりと座った。瞬間、男は椅子ごとひっくり返って、酒場にいる人間たちの笑いを誘った。
「ははは! 何やってんだ!」
「あれー! 酔いすぎたのかな? ははは!」
その場にいた誰も、本人さえも、その不自然な倒れ方には気付かなかった。その椅子の足の一部が、まるではじめからなかったかのように、消失していたことに、誰も気付かなかった。
例えば――
今日もLive世界に初心者が訪れる、ビギナの草原。たまたまその時、その場には、プレイヤーが一人もいなかった。まるで測ったかのように半径五百メートル程の範囲に同じ背の高さで生えている草達が、風に規則正しく靡(なび)いている時。
一定と言っても、流石に何秒の周期で、というほど一定ではない。リアルを追求したLive世界では、現実と同じ一定で風が吹く。
それは一瞬、本当に一瞬だけだが、草原達の動きが一瞬鈍くなった。それは、気付くという程の出来事でもない。なかったといっても差し支えがない程の小さな出来事である。
だが、それは仮想の中で現実に起きた、『遅れ』なのである。
さらに例えば――
数少ない気付くものの一人は。
「何真剣な顔でただの石を眺めているんですか、10さん」
「ただの石? これがただの石に見えるのか、アレックス」
「どう見てもただの石です。本当にありがとうございました」
「馬鹿、ここの模様をよく見ろ。四角いだろ」
「申し訳ないですが、私には皆目わかりません。というか今そんなものを見ている場合ですか!?」
【救世のアレックス(もしくはイレブン)】と、【網のNET(もしくは10)】のトレジャーハンターコンビは、カイドのある幻のアイテムを求めていた途中、巨大な恐竜型モンスターに遭遇し、逃げている途中だった。もちろん10が真剣な顔で石鑑定を行っている際も、その危機的状況は継続していた。
「【網】て。もう少し考えろ!」
「一体何に対して怒りを露にしているんですか?」
「とにかくこの石の四角の模様はやべーよ。俺でさえ見たことないんだから」
「はぁ!? 今現在後ろから、大量の涎を撒き散らしながら私達を今日の晩飯にしようとしている巨大な恐竜よりもその模様のほうがやべーんですか? 本当に!?」
「いや、今昼だから、多分昼飯じゃねーかな。あの恐竜、晩まで我慢はできなさそーだし」
「果てしなくどうでもいい! ね? もう少しまじめに逃げよう? ね!?」
カイド特有の細い木々の間を縫うようにして器用に逃げている二人だったが、恐竜はパワフルに木々を薙ぎ倒しながら二人を追っている。時々折れた木々が二人の近くに倒れたりもしていた。
「……アレックス、鳥が飛んでるぞ?」
「ああ、10さんは遂に頭がおかしくなっちゃったんですね」
「違うって、よく見ろ。そして俺はあとでお前をぶん殴る」
数羽の鳥が、確かに二人の頭上を飛んでいた。
しかし、アレックスは目を見開いた。そのうちの一匹をよく見てみると、――羽が動いていなかったのだ。
----------------------------
それら、小さな異変たちをかき集めて、
Live2......
第一章、始めます、やっと。
----------------------------
大陸の西側には、名も無き中立国がある。
かつてLive混迷期に、新規参入プレイヤー達が現れる草原は、あらゆる権力者達によって狙われた。人口の上昇はほぼ新規ログインプレイヤーでしか望めないLive世界では、人材の確保=自国の勝利に繋がる可能性が高いからだ。
その草原の覇権をめぐって、様々な国々が血みどろの戦いを繰り広げ、何処も譲らず、最終的には中立国ということで落ち着いた。
そんな数え切れないプレイヤー達の血が染みている大地をもつのが、『 』中立国なのである。
その中立国で、最も栄えている都市、職人の集う場所『プロ』。そこにはある店舗が構えられている。カイド式の三角屋根。外見はログハウスに近い、ノスタルジックで少しボロボロなところもある店。
『ロッカク堂』。少し愉快な人達が集まる店である。
「で、またカナンちゃんが大規模な演説したらしいよー、キサノちゃん」
「ふーん、そうですか」
今朝届けられた新聞を見ながら、コーヒーを飲んでいるのは我らがロッカク堂店長、シンカである。肩に届かない程度の紫色の髪と伊達めがね、黒い長袖にジーパン、その上に少しほこりで汚れたエプロンを着用という、なんともやる気がありそうでない格好の店主である。
その店主のカウンター越しの言葉に、さらにやる気なさげに答えたのは、何故、故買屋にこんなものが必要なのだろうと少し考えさせる、カフェ風のテーブル席に座るキサノである。
キサノは黒髪であまり特徴のない顔をし、服装も普通の服の上に黒い外套を羽織った程度という特徴のない格好だったが、少しおかしなこの店には妙にマッチしている。こちらも何故か故買屋なのにメニューがあって普通にお金を取られるコーヒーを飲んでいた。
「行かなくていいの?」
「んー……、きっかけが、ないんですよねぇ……」
それはただ面倒なだけなんじゃないの、とシンカが突っ込もうとしたとき、勢いよく店の扉が開かれたせいで、シンカはその機会をしばらく逃すことになる。
「ここかー! レア物、珍品がそろう『ロッカク堂』ってのは!」
「珍品って失礼ね」
突然入ってきた人物は、身長が175cm程度ある、艶のある黒髪が特徴の青年だった。少しえらそうな口調と態度で、頭も良さそうとはいえなかった。なるほど全身黒いローブを身に纏い、大物っぽさを演出しているのか、とシンカは一瞬でそのプレイヤーの考えを看破した。
「魔法がすっげー上手くなる本があるって聞いたんだけど!」
「……あー、はいはい、あれね」
遠慮も思考もなく、ネーム確認:ウルトンはシンカの座るカウンター正面に座った。
「なかったらもう来ないからな!」
ウルトンがばんばんと、カウンターを叩いた。
(なんでだろう、何の変哲もないプレイヤーのはずなのに、寒気が止まらない)
(何故だろう、何の変哲もないプレイヤーのはずなのに、震えが止まらない)
奇しくも、シンカ、キサノ両名はその時同じことを考えていた。
「はーやーくーしーろー!」(バンバン)
かつてLive混迷期に、新規参入プレイヤー達が現れる草原は、あらゆる権力者達によって狙われた。人口の上昇はほぼ新規ログインプレイヤーでしか望めないLive世界では、人材の確保=自国の勝利に繋がる可能性が高いからだ。
その草原の覇権をめぐって、様々な国々が血みどろの戦いを繰り広げ、何処も譲らず、最終的には中立国ということで落ち着いた。
そんな数え切れないプレイヤー達の血が染みている大地をもつのが、『 』中立国なのである。
その中立国で、最も栄えている都市、職人の集う場所『プロ』。そこにはある店舗が構えられている。カイド式の三角屋根。外見はログハウスに近い、ノスタルジックで少しボロボロなところもある店。
『ロッカク堂』。少し愉快な人達が集まる店である。
「で、またカナンちゃんが大規模な演説したらしいよー、キサノちゃん」
「ふーん、そうですか」
今朝届けられた新聞を見ながら、コーヒーを飲んでいるのは我らがロッカク堂店長、シンカである。肩に届かない程度の紫色の髪と伊達めがね、黒い長袖にジーパン、その上に少しほこりで汚れたエプロンを着用という、なんともやる気がありそうでない格好の店主である。
その店主のカウンター越しの言葉に、さらにやる気なさげに答えたのは、何故、故買屋にこんなものが必要なのだろうと少し考えさせる、カフェ風のテーブル席に座るキサノである。
キサノは黒髪であまり特徴のない顔をし、服装も普通の服の上に黒い外套を羽織った程度という特徴のない格好だったが、少しおかしなこの店には妙にマッチしている。こちらも何故か故買屋なのにメニューがあって普通にお金を取られるコーヒーを飲んでいた。
「行かなくていいの?」
「んー……、きっかけが、ないんですよねぇ……」
それはただ面倒なだけなんじゃないの、とシンカが突っ込もうとしたとき、勢いよく店の扉が開かれたせいで、シンカはその機会をしばらく逃すことになる。
「ここかー! レア物、珍品がそろう『ロッカク堂』ってのは!」
「珍品って失礼ね」
突然入ってきた人物は、身長が175cm程度ある、艶のある黒髪が特徴の青年だった。少しえらそうな口調と態度で、頭も良さそうとはいえなかった。なるほど全身黒いローブを身に纏い、大物っぽさを演出しているのか、とシンカは一瞬でそのプレイヤーの考えを看破した。
「魔法がすっげー上手くなる本があるって聞いたんだけど!」
「……あー、はいはい、あれね」
遠慮も思考もなく、ネーム確認:ウルトンはシンカの座るカウンター正面に座った。
「なかったらもう来ないからな!」
ウルトンがばんばんと、カウンターを叩いた。
(なんでだろう、何の変哲もないプレイヤーのはずなのに、寒気が止まらない)
(何故だろう、何の変哲もないプレイヤーのはずなのに、震えが止まらない)
奇しくも、シンカ、キサノ両名はその時同じことを考えていた。
「はーやーくーしーろー!」(バンバン)