番外・『ポチの戦争』下
2007年1月3日 LIVE番外編 コメント (2) どうやら狭い範囲にいくつもの昇天が発生すると、光の柱発生時間が短くなるらしい。かなりの数の光の柱に視界が塞がれることはほとんどなかった。そんなことを考える余裕ができた自分にも驚く。
混戦に入ってから五分? 十分? 三十分? 極度の緊張は時間の経過を忘れさせる。僕達も、敵も、数は相当減っているはずだった。
だが、やばい。元々の戦闘能力(体力、戦技等)は敵の方が強いと見て間違いない。僕達は良質の鎧や一部機械、一部魔法でどうにか力を均衡に持っていける状況だったのだ。初っ端で何十人ものプレイヤーがカグツチに焼かれたのはいかにも痛かった。というか反則だあんなの。
隊長の大声はもう聞こえなくなっていた。やられたか、叫ぶ暇が無いのか。やられたと見るのが妥当か。
敵の剣を受け、弾く。大分コツがわかってきた。要は慣れだとは誰が言った言葉だ。その通りだと太鼓判を押そう。
やはり後半に残るプレイヤー達は全て手強い。稀に出会う仲間と協力しながら、凌ぐ。最早凌ぐことしかできなくなっていた。
――駄目だ。誰が、どう確認しても。
「もう駄目です! 逃げましょう!」
僕に大声スキルはなく、近くの数名のプレイヤーにしか声は届かなかった。金属のぶつかり合う音や、雄叫び、昇天音が五月蝿い。返ってきたのは、
「そうしたいが無理だ!」
「無理無理!」
という声だった。戦いながら、答えているのだろう。対応はおざなりだが仕方がない。
そして僕の声はもちろん、敵にも聞こえていた。
「一人も逃がさんよー」
引き締まった肉体をした若者が、目の前に突然現れた。咄嗟に蹴りを繰り出して間合いを離そうとする
「遅い、遅い」
ヒュ、と白い線が下から迫った。わけもわからず、顔を反らしたが、右目に鈍い痛みのようなものを感じた。
「ぐあ……!」
「右目いただきー」
右方向の視界が大分削られていた。どうやら右目を切られたらしい。顔の頬を涙のように血が伝わっている。
「殺したかと思ったけど、やるね、アンタ。死線をいくつか越えたのかい」
……線しか、見えなかった。剣を構え、目の前の敵に集中する。今、他のプレイヤーから攻撃を受けたら、終わりだ。
「まあいい、俺は空牙《クウガ》。一撃で殺せなかった奴には名乗ってる。死ね」
消えた。速い。
勝負は一度。
前、上、後、右、左。何処から来る……?
……
顎から血が、一滴落ちた。
……
風の切り裂くような音だけ、聞こえる。
……
――右。
タイミングは完全に運。右側を切り上げた剣に手応えは……あった!
「ぐああああああああ!」
弾きとんだ右腕。それは空牙の右腕だった。
「があああ! な、何故だあああ!」
血が吹き出る右腕を押さえながら、空牙は下がる。
「大体は勘。だが、君は戦闘経験が豊かそうだったから、僕の切られた右目の死角、つまりは右側から攻撃してくると思った」
「ぐおおお……なんだとおお……、勘だとおおお!? ……本当に運が良かったなあああ! 覚えとけよおおお!」
スキルレベルアップ:勘【B】
これは嬉しい。確認。
バッ、とマントを翻して被った空牙は、マントと大量の血痕を残して消えていた。切り落とされた右腕も、いつのまにか消えていた。あの傷で助かるかどうかはわからない。
極度の集中で無音だった空間に、元の戦闘の喧騒が戻ってきた。いよいよ人数はどちらも数えられる程度、数十名。しかし数は確実に敵のほうが多かった。
「はは、初心者《ビギナー》、お前、まだ生き残っていたのか!」
敵を切り倒しながら現れたのは、シムシ国クロアート軍第三隊隊長だった。先陣、大声を出していた隊長だった。戦闘前に酒場で僕に、死ぬなよ! と笑いかけてくれた隊長だった。
「良かったなあ! その右目、かっこいいぜ! 箔がついた! だが、そろそろやばいな。逃げねえとな」
「ええ、すみませんがこれは確実に負けますよ。大声スキルで指示をお願いします」
「……はあー……。不甲斐無くてすまんな」
「これはしょうがないです」
『残ってるか魔法部隊!』
『かろうじてー』という声が何処からか聞こえた。
『よーし、いつものアレやるぞ! コールはしてあるな!』
『OKー』また違う何処からか声。
当然大声なので敵にもこの会話は筒抜けである。
『今回はB!』
B:大声三回目で一斉逃走。作戦前の打ち合わせ。
『魔法使い気張れよー!』
1
『機械兵準備良いかー!』
2
『よーし、突撃!』
3
と言いながら僕達は一斉に逃げ出した。
戦闘音は一瞬で途切れて今度は大勢の足音に変わる。当然混戦領域から離れた僕達は、カグツチビームに狙われることになる。
『発動しろ!』
いつのまにか設置されていた中型の機械装置のようなものから、巨大な網のようなものが僕達とカグツチの間に展開された。
スパイダーバリア。作戦前に説明を受けた、少しの時間だけ展開できる、対魔法攻撃防御バリアだった。その効果は、かの有名な首相補佐、7《セブン》のバリア師一人分にも匹敵する程だという。ただしべらぼうに高価。
巨大な炎の鳥、カグツチから放たれた灼熱のビームは、スパイダーバリア、通称蜘蛛の巣に当たって四方八方に飛び散った。もちろん逃走する僕達の近くにも落ちたが、極太ビームで正確な狙いを付けられるよりは何倍もマシだった。
これで上空からの脅威は一時的にだがなくなった。しかし、問題は地上の方が大きいといっていい。戦争では退却時が最も被害が多くなる。敵に背中を向けて移動することは、戦闘の意志を放棄しているからだ。追われるものは恐怖。追うものは優越感を持ち、戦闘の意志のない背中を一方的に切る。
そんな追っ手から味方を守るために重要なのが、殿《シンガリ》なわけだ。
『後ろ《ケツ》三名! 足遅いのが悪い! お前らが殿だ! って俺も入ってるがな!』
ビシィッ! 一人でノリツッコミする隊長。隊長……。
作戦前の打ち合わせどおりだったので、驚かない。後ろ三名は、同時に後ろに振り返り、その場に立ち止まった。ここの位置はちょうど傾斜の3分の2ほど登ったところか。
殿は、重甲冑の人と、隊長さんと、僕だった。
「いきなり運が悪いな、初心者。お前、今日何人やった?」
隊長は僕の緊張を和らげるためか、笑いながら話しかけてくれた。
「五、六人ですけど」
「……それだけやれれば、……充分だな」
かなり長身の重甲冑を着た人は、ヘルムで顔は見えなかったが、声は優しかった。
ドオオオン、と衝撃音が上空で聞こえた。カグツチの灼熱のビームが四方八方に飛び散る。そのビームのいくつかが追撃してくる敵にも落ちていた。
「おいおいひでえな、味方を昇天させてるぞ」
隊長は斧を構えた。
「……さて、少し時を稼ぐとするか」
重戦士は斧と槍の合成品、ハルバートを構えた。
「頑張ります」
右目を失った僕は、剣を構えた。
-----------------------------------------
「ポチよ。そういえばお前確か、スキルは何も持ってないって酒場で言ってたよな? よく生き残れたなあ」
「はい、戦闘中にスキルレベルが5,6個上がりましたから」
「……5,6個上がった? まじで言ってるのか? ……お前、それ、多分……」
「来ますよ!」
――僕達が生き残れたかどうかは、また別のお話で。
混戦に入ってから五分? 十分? 三十分? 極度の緊張は時間の経過を忘れさせる。僕達も、敵も、数は相当減っているはずだった。
だが、やばい。元々の戦闘能力(体力、戦技等)は敵の方が強いと見て間違いない。僕達は良質の鎧や一部機械、一部魔法でどうにか力を均衡に持っていける状況だったのだ。初っ端で何十人ものプレイヤーがカグツチに焼かれたのはいかにも痛かった。というか反則だあんなの。
隊長の大声はもう聞こえなくなっていた。やられたか、叫ぶ暇が無いのか。やられたと見るのが妥当か。
敵の剣を受け、弾く。大分コツがわかってきた。要は慣れだとは誰が言った言葉だ。その通りだと太鼓判を押そう。
やはり後半に残るプレイヤー達は全て手強い。稀に出会う仲間と協力しながら、凌ぐ。最早凌ぐことしかできなくなっていた。
――駄目だ。誰が、どう確認しても。
「もう駄目です! 逃げましょう!」
僕に大声スキルはなく、近くの数名のプレイヤーにしか声は届かなかった。金属のぶつかり合う音や、雄叫び、昇天音が五月蝿い。返ってきたのは、
「そうしたいが無理だ!」
「無理無理!」
という声だった。戦いながら、答えているのだろう。対応はおざなりだが仕方がない。
そして僕の声はもちろん、敵にも聞こえていた。
「一人も逃がさんよー」
引き締まった肉体をした若者が、目の前に突然現れた。咄嗟に蹴りを繰り出して間合いを離そうとする
「遅い、遅い」
ヒュ、と白い線が下から迫った。わけもわからず、顔を反らしたが、右目に鈍い痛みのようなものを感じた。
「ぐあ……!」
「右目いただきー」
右方向の視界が大分削られていた。どうやら右目を切られたらしい。顔の頬を涙のように血が伝わっている。
「殺したかと思ったけど、やるね、アンタ。死線をいくつか越えたのかい」
……線しか、見えなかった。剣を構え、目の前の敵に集中する。今、他のプレイヤーから攻撃を受けたら、終わりだ。
「まあいい、俺は空牙《クウガ》。一撃で殺せなかった奴には名乗ってる。死ね」
消えた。速い。
勝負は一度。
前、上、後、右、左。何処から来る……?
……
顎から血が、一滴落ちた。
……
風の切り裂くような音だけ、聞こえる。
……
――右。
タイミングは完全に運。右側を切り上げた剣に手応えは……あった!
「ぐああああああああ!」
弾きとんだ右腕。それは空牙の右腕だった。
「があああ! な、何故だあああ!」
血が吹き出る右腕を押さえながら、空牙は下がる。
「大体は勘。だが、君は戦闘経験が豊かそうだったから、僕の切られた右目の死角、つまりは右側から攻撃してくると思った」
「ぐおおお……なんだとおお……、勘だとおおお!? ……本当に運が良かったなあああ! 覚えとけよおおお!」
スキルレベルアップ:勘【B】
これは嬉しい。確認。
バッ、とマントを翻して被った空牙は、マントと大量の血痕を残して消えていた。切り落とされた右腕も、いつのまにか消えていた。あの傷で助かるかどうかはわからない。
極度の集中で無音だった空間に、元の戦闘の喧騒が戻ってきた。いよいよ人数はどちらも数えられる程度、数十名。しかし数は確実に敵のほうが多かった。
「はは、初心者《ビギナー》、お前、まだ生き残っていたのか!」
敵を切り倒しながら現れたのは、シムシ国クロアート軍第三隊隊長だった。先陣、大声を出していた隊長だった。戦闘前に酒場で僕に、死ぬなよ! と笑いかけてくれた隊長だった。
「良かったなあ! その右目、かっこいいぜ! 箔がついた! だが、そろそろやばいな。逃げねえとな」
「ええ、すみませんがこれは確実に負けますよ。大声スキルで指示をお願いします」
「……はあー……。不甲斐無くてすまんな」
「これはしょうがないです」
『残ってるか魔法部隊!』
『かろうじてー』という声が何処からか聞こえた。
『よーし、いつものアレやるぞ! コールはしてあるな!』
『OKー』また違う何処からか声。
当然大声なので敵にもこの会話は筒抜けである。
『今回はB!』
B:大声三回目で一斉逃走。作戦前の打ち合わせ。
『魔法使い気張れよー!』
1
『機械兵準備良いかー!』
2
『よーし、突撃!』
3
と言いながら僕達は一斉に逃げ出した。
戦闘音は一瞬で途切れて今度は大勢の足音に変わる。当然混戦領域から離れた僕達は、カグツチビームに狙われることになる。
『発動しろ!』
いつのまにか設置されていた中型の機械装置のようなものから、巨大な網のようなものが僕達とカグツチの間に展開された。
スパイダーバリア。作戦前に説明を受けた、少しの時間だけ展開できる、対魔法攻撃防御バリアだった。その効果は、かの有名な首相補佐、7《セブン》のバリア師一人分にも匹敵する程だという。ただしべらぼうに高価。
巨大な炎の鳥、カグツチから放たれた灼熱のビームは、スパイダーバリア、通称蜘蛛の巣に当たって四方八方に飛び散った。もちろん逃走する僕達の近くにも落ちたが、極太ビームで正確な狙いを付けられるよりは何倍もマシだった。
これで上空からの脅威は一時的にだがなくなった。しかし、問題は地上の方が大きいといっていい。戦争では退却時が最も被害が多くなる。敵に背中を向けて移動することは、戦闘の意志を放棄しているからだ。追われるものは恐怖。追うものは優越感を持ち、戦闘の意志のない背中を一方的に切る。
そんな追っ手から味方を守るために重要なのが、殿《シンガリ》なわけだ。
『後ろ《ケツ》三名! 足遅いのが悪い! お前らが殿だ! って俺も入ってるがな!』
ビシィッ! 一人でノリツッコミする隊長。隊長……。
作戦前の打ち合わせどおりだったので、驚かない。後ろ三名は、同時に後ろに振り返り、その場に立ち止まった。ここの位置はちょうど傾斜の3分の2ほど登ったところか。
殿は、重甲冑の人と、隊長さんと、僕だった。
「いきなり運が悪いな、初心者。お前、今日何人やった?」
隊長は僕の緊張を和らげるためか、笑いながら話しかけてくれた。
「五、六人ですけど」
「……それだけやれれば、……充分だな」
かなり長身の重甲冑を着た人は、ヘルムで顔は見えなかったが、声は優しかった。
ドオオオン、と衝撃音が上空で聞こえた。カグツチの灼熱のビームが四方八方に飛び散る。そのビームのいくつかが追撃してくる敵にも落ちていた。
「おいおいひでえな、味方を昇天させてるぞ」
隊長は斧を構えた。
「……さて、少し時を稼ぐとするか」
重戦士は斧と槍の合成品、ハルバートを構えた。
「頑張ります」
右目を失った僕は、剣を構えた。
-----------------------------------------
「ポチよ。そういえばお前確か、スキルは何も持ってないって酒場で言ってたよな? よく生き残れたなあ」
「はい、戦闘中にスキルレベルが5,6個上がりましたから」
「……5,6個上がった? まじで言ってるのか? ……お前、それ、多分……」
「来ますよ!」
――僕達が生き残れたかどうかは、また別のお話で。
番外・『ポチの戦争』上
2007年1月3日 LIVE番外編■アルル大峡谷の戦い
(やめとけ)
配属先を希望して、言われた言葉は、これだった。
(初心者によくある間違いだな。経験を得るなら戦い、か)
それでも僕は、頑なに。
「男なら、やはり国を守りたいと思うでしょう」
と力強く言って、軽く後悔している僕が今、ここにいました。
ドン。 前の人々が巨大な炎のビームに焼かれ、昇天しました。ああ、帰りたい。
番外編:ポチの戦争
『進めー! ここじゃ初心者も何も関係ねえ! 運だ! 運が全てだ!』
身も蓋もない! 大声らしきものを放っているのはこの隊の隊長だった。ここは「シムシ、南西」と「衆、北東」の国境で、アルル大渓谷と呼ばれていた。赤茶色の土は崩れやすく、地形は谷で、いつも国境沿いの血の気が多いプレイヤー(お互い様)が小競り合いを繰り返しているそうだ。
戦闘を行える谷の傾斜の緩いポイントが、いくつかうまく決まっていて、押しつ押されつ衆とシムシは戦いを繰り返していた。
もちろん今日も。
戦闘開始が宣言され、一番近い街の『クロアート:Croart』から我らシムシ軍は出動。
現在に至るというわけだ。
緩い傾斜を総勢百名あまりで谷の向こう側に突撃。向こう側の緩い傾斜からは、馬に乗った兵や上半身裸の歩兵が走ってきていた。その体は逞しく、肌は赤銅色だった。
『げ! やべえ! あいつら異形炎神カグツチを呼んでやがる!』
カグツチ? 隊長の大声で疑問がよぎると共に、極太の炎のレーザーが、前のプレイヤー数十人を、焼き払った。物凄い閃光、衝撃に僕は吹き飛ばされ、地面を転がった。その際持っていた剣が何処かに飛ばされる。
天使の斉唱。天を貫く光が数十。一気にビームの跡から出た。
『昇天』……!
僕は今の一瞬でプレイヤーが数十名消えたことに、ただただ驚いた。
『怯むな! 遠隔攻撃でカグツチを落とせ!』
隊長からの指示、ガンナーと数少ない魔法使いが空に浮かぶ巨大な炎の鳥に向かってエネルギーを飛ばした。が、直撃はせず爆発だけが空に残った。
『俺ら接近攻撃部隊は前に眼を向けろォ! あっちの国はパートナーが多いから気をつけろよぉ!』
馬に乗った十人ほどの衆のプレイヤーが、先ず突撃してきた。今ここの地点は谷底の少し前といったところ。まだ下り傾斜。こちらにも勢いはある。
僕の前には友軍約二十人。後ろには少し離れて友軍約五十人。さらに後ろに遠隔攻撃プレイヤーが三十名程いる。
敵騎兵、十名が横に広がった。こちらも十人ずつ縦二列程度に広がる。僕は二列目に入った。
『勢いを止めるな! このまま敵をぶっ殺せええ!』
隊長の指示に従う。予備の剣を抜き、構えながら走る。確かに躊躇う余裕は……
ない!
――すれ違う瞬間、敵の馬を思いっきり袈裟切った。
馬の断末魔。同時に金貨や戦利品の地面に落ちる音。ピシッ、と暖かい液体が体中に当たる。激しくなる天使の斉唱。『昇天』の気配。
『衆の連中は強いぞ! 気張れ野郎ども!』
後ろを振り返る。馬を失った衆のプレイヤー達。露出された上半身、赤銅の肌、逞しい肉体、環境によって外見が変わるのか。そんな雑念は目の前に居た敵の攻撃で霧散。
敵が剣を振り上げたのを見て、僕は剣を掲げて、受けた。金属のぶつかり合う音がいくつか聞こえ、切断音もいくつか、昇天する音。
一撃目は受けきった。必死だった。だが、敵は振り終えた剣を返して、僕のわき腹から切り上げようとした。
――死ぬ!
間に合わない。体術のレベルが違いすぎる! 僕は為すすべも無く、剣の軌道を見つめていた。
が、気付くと敵の胸から槍が生えていた。敵は驚いた顔で血を吐き、瞬間、バシュ、と短い音がして、天を貫く光の中に消えた。僕のわき腹に刺さる寸前で止まっていた剣が、からんと落ちた。
「ぼーっとするな! 死ぬぞ!」
槍の持ち主は、後続の五十名の一人だった。突撃してきた十名の敵は、全て挟み撃ちで昇天した。
「奴ら、死ぬことなんてなんでもないんだ!」
そう言って槍の戦士が僕を抜かして行った後、また、僕の後ろで爆発、衝撃音、熱。
「カグツチだ!」
「ちくしょう! かなり昇天した!」
『遠隔部隊! 何やってんだ!』
また後ろで複数の昇天。馬鹿か。なんて威力だ。
『走れぇ! 召喚士を倒したら報酬は二倍だコラア!』
オオー!
部隊の士気が上昇した。そうだ、戦いは相手を倒さない限り終わらない。
谷底に振り返り、再び走り出す。怖い。いつあのレーザーが飛んでくるかわからない。怖い。前には大量の屈強な敵。
だが、立ち向かわなければならない! 立ち止まったら進めない!
スキルレベルアップ:勇気【B】
突然の脳内文字。すぐに文字を消す。確認する暇なんてない。
何人かのプレイヤーが、谷から逃げ出そうとしていたのが見えた。次の瞬間にはカグツチの口から放たれたビーム一閃で、昇天していたが。
『よーし! 敵と混戦するぞ! 赤い肌の奴は全員敵だ! 青と白の鎧は戦うな! 混戦すれば同士討ちを恐れてビームは飛んでこねえ! 遠隔組みはサボるなよ!』
隊長の大声を聞き終えると同時に、先頭は敵との戦闘に入っていた。谷底に二つの国の隊が流れ込む。
大量の昇天。慣れとは恐ろしいもので、今はそれが何人死んだのか一目瞭然で便利だった。
(まだ、敵のほうが多いな)
スキルレベルアップ:状況分析【B】
邪魔だ。すぐに文字を消す。
後ろでレーザー。相当数の遠隔攻撃型プレイヤーがやられた。
マズい、はやく決着を着けないと。
僕も混戦に突入。目の前では、赤銅色の肌の戦士が槌を振り回していた。受けきれないと判断。間合いを詰める。
「ははは! やるか小僧!」
敵は笑いながら槌を振り下ろしてきた。甘い。それならスライドで済む。紙一重で槌の攻撃を避ける。超重量が地面に衝突した音を間近で聞き、当たらなくて良かったとホッとした。ホッとしながら敵の胸を剣で貫いた。剣を伝う血。見開いた眼。
バシュ、と昇天。初めてのプレイヤーキラー。だが、何かを考える前に敵が来る。
スキルレベルアップ:剣技【B】
邪魔だってば。消す。
今度の敵は拳闘士だった。間合いがあるなら有利だが、今一瞬で詰められていた。
(やば……)
腹部に衝撃。体が浮いた。
これは、痛くなくても、痛いぞ……。
一瞬怯んだところに、さらに頭に拳が……ヒットした。
暗転。
やばい、気絶なんてあるのか。こんなところで気絶したら……。
容赦なく、右フックが頭部に襲いかかる。僕は必死で、剣を落とした。
それはどうやら、敵の足の甲に刺さったようだ。敵はいきなりの出来事に驚いたようで、パンチの軌道が、少し、少しだけだがずれた。
最後の好機、死の別れ目。
僕はそれをあえて頬で受けた。顎やこめかみは最もまずい。このゲームがリアルを追求するならば、急所もリアルと同じであるはず。パアンと甲高い音が脳内に響く。限りなく痛い気がした。
僕は勢いそのままナイフを腰のベルトから抜き、敵のわき腹に突き刺す。綺麗に刺さった為か、血は出なかった。
――確実に肝臓、つまりは急所を貫いた。敵は虚ろな眼になり、数秒後には昇天した。
……二人目。
スキルレベルアップ:死線【B】
(やめとけ)
配属先を希望して、言われた言葉は、これだった。
(初心者によくある間違いだな。経験を得るなら戦い、か)
それでも僕は、頑なに。
「男なら、やはり国を守りたいと思うでしょう」
と力強く言って、軽く後悔している僕が今、ここにいました。
ドン。 前の人々が巨大な炎のビームに焼かれ、昇天しました。ああ、帰りたい。
番外編:ポチの戦争
『進めー! ここじゃ初心者も何も関係ねえ! 運だ! 運が全てだ!』
身も蓋もない! 大声らしきものを放っているのはこの隊の隊長だった。ここは「シムシ、南西」と「衆、北東」の国境で、アルル大渓谷と呼ばれていた。赤茶色の土は崩れやすく、地形は谷で、いつも国境沿いの血の気が多いプレイヤー(お互い様)が小競り合いを繰り返しているそうだ。
戦闘を行える谷の傾斜の緩いポイントが、いくつかうまく決まっていて、押しつ押されつ衆とシムシは戦いを繰り返していた。
もちろん今日も。
戦闘開始が宣言され、一番近い街の『クロアート:Croart』から我らシムシ軍は出動。
現在に至るというわけだ。
緩い傾斜を総勢百名あまりで谷の向こう側に突撃。向こう側の緩い傾斜からは、馬に乗った兵や上半身裸の歩兵が走ってきていた。その体は逞しく、肌は赤銅色だった。
『げ! やべえ! あいつら異形炎神カグツチを呼んでやがる!』
カグツチ? 隊長の大声で疑問がよぎると共に、極太の炎のレーザーが、前のプレイヤー数十人を、焼き払った。物凄い閃光、衝撃に僕は吹き飛ばされ、地面を転がった。その際持っていた剣が何処かに飛ばされる。
天使の斉唱。天を貫く光が数十。一気にビームの跡から出た。
『昇天』……!
僕は今の一瞬でプレイヤーが数十名消えたことに、ただただ驚いた。
『怯むな! 遠隔攻撃でカグツチを落とせ!』
隊長からの指示、ガンナーと数少ない魔法使いが空に浮かぶ巨大な炎の鳥に向かってエネルギーを飛ばした。が、直撃はせず爆発だけが空に残った。
『俺ら接近攻撃部隊は前に眼を向けろォ! あっちの国はパートナーが多いから気をつけろよぉ!』
馬に乗った十人ほどの衆のプレイヤーが、先ず突撃してきた。今ここの地点は谷底の少し前といったところ。まだ下り傾斜。こちらにも勢いはある。
僕の前には友軍約二十人。後ろには少し離れて友軍約五十人。さらに後ろに遠隔攻撃プレイヤーが三十名程いる。
敵騎兵、十名が横に広がった。こちらも十人ずつ縦二列程度に広がる。僕は二列目に入った。
『勢いを止めるな! このまま敵をぶっ殺せええ!』
隊長の指示に従う。予備の剣を抜き、構えながら走る。確かに躊躇う余裕は……
ない!
――すれ違う瞬間、敵の馬を思いっきり袈裟切った。
馬の断末魔。同時に金貨や戦利品の地面に落ちる音。ピシッ、と暖かい液体が体中に当たる。激しくなる天使の斉唱。『昇天』の気配。
『衆の連中は強いぞ! 気張れ野郎ども!』
後ろを振り返る。馬を失った衆のプレイヤー達。露出された上半身、赤銅の肌、逞しい肉体、環境によって外見が変わるのか。そんな雑念は目の前に居た敵の攻撃で霧散。
敵が剣を振り上げたのを見て、僕は剣を掲げて、受けた。金属のぶつかり合う音がいくつか聞こえ、切断音もいくつか、昇天する音。
一撃目は受けきった。必死だった。だが、敵は振り終えた剣を返して、僕のわき腹から切り上げようとした。
――死ぬ!
間に合わない。体術のレベルが違いすぎる! 僕は為すすべも無く、剣の軌道を見つめていた。
が、気付くと敵の胸から槍が生えていた。敵は驚いた顔で血を吐き、瞬間、バシュ、と短い音がして、天を貫く光の中に消えた。僕のわき腹に刺さる寸前で止まっていた剣が、からんと落ちた。
「ぼーっとするな! 死ぬぞ!」
槍の持ち主は、後続の五十名の一人だった。突撃してきた十名の敵は、全て挟み撃ちで昇天した。
「奴ら、死ぬことなんてなんでもないんだ!」
そう言って槍の戦士が僕を抜かして行った後、また、僕の後ろで爆発、衝撃音、熱。
「カグツチだ!」
「ちくしょう! かなり昇天した!」
『遠隔部隊! 何やってんだ!』
また後ろで複数の昇天。馬鹿か。なんて威力だ。
『走れぇ! 召喚士を倒したら報酬は二倍だコラア!』
オオー!
部隊の士気が上昇した。そうだ、戦いは相手を倒さない限り終わらない。
谷底に振り返り、再び走り出す。怖い。いつあのレーザーが飛んでくるかわからない。怖い。前には大量の屈強な敵。
だが、立ち向かわなければならない! 立ち止まったら進めない!
スキルレベルアップ:勇気【B】
突然の脳内文字。すぐに文字を消す。確認する暇なんてない。
何人かのプレイヤーが、谷から逃げ出そうとしていたのが見えた。次の瞬間にはカグツチの口から放たれたビーム一閃で、昇天していたが。
『よーし! 敵と混戦するぞ! 赤い肌の奴は全員敵だ! 青と白の鎧は戦うな! 混戦すれば同士討ちを恐れてビームは飛んでこねえ! 遠隔組みはサボるなよ!』
隊長の大声を聞き終えると同時に、先頭は敵との戦闘に入っていた。谷底に二つの国の隊が流れ込む。
大量の昇天。慣れとは恐ろしいもので、今はそれが何人死んだのか一目瞭然で便利だった。
(まだ、敵のほうが多いな)
スキルレベルアップ:状況分析【B】
邪魔だ。すぐに文字を消す。
後ろでレーザー。相当数の遠隔攻撃型プレイヤーがやられた。
マズい、はやく決着を着けないと。
僕も混戦に突入。目の前では、赤銅色の肌の戦士が槌を振り回していた。受けきれないと判断。間合いを詰める。
「ははは! やるか小僧!」
敵は笑いながら槌を振り下ろしてきた。甘い。それならスライドで済む。紙一重で槌の攻撃を避ける。超重量が地面に衝突した音を間近で聞き、当たらなくて良かったとホッとした。ホッとしながら敵の胸を剣で貫いた。剣を伝う血。見開いた眼。
バシュ、と昇天。初めてのプレイヤーキラー。だが、何かを考える前に敵が来る。
スキルレベルアップ:剣技【B】
邪魔だってば。消す。
今度の敵は拳闘士だった。間合いがあるなら有利だが、今一瞬で詰められていた。
(やば……)
腹部に衝撃。体が浮いた。
これは、痛くなくても、痛いぞ……。
一瞬怯んだところに、さらに頭に拳が……ヒットした。
暗転。
やばい、気絶なんてあるのか。こんなところで気絶したら……。
容赦なく、右フックが頭部に襲いかかる。僕は必死で、剣を落とした。
それはどうやら、敵の足の甲に刺さったようだ。敵はいきなりの出来事に驚いたようで、パンチの軌道が、少し、少しだけだがずれた。
最後の好機、死の別れ目。
僕はそれをあえて頬で受けた。顎やこめかみは最もまずい。このゲームがリアルを追求するならば、急所もリアルと同じであるはず。パアンと甲高い音が脳内に響く。限りなく痛い気がした。
僕は勢いそのままナイフを腰のベルトから抜き、敵のわき腹に突き刺す。綺麗に刺さった為か、血は出なかった。
――確実に肝臓、つまりは急所を貫いた。敵は虚ろな眼になり、数秒後には昇天した。
……二人目。
スキルレベルアップ:死線【B】