108.それぞれ、鈴
2009年9月20日 Live2 Live世界には一応物理法則がある。一応は守らなければならない。
ポチは、驚異的なバランス能力、脚力で、馬上から『放たれた』。一閃となったポチは、衝撃を置き去りにして、音もなく空気を切り裂いて目標へと向かった。
その目標はすでに何kmも先からそれを予見しており、ポチの突き出した剣先がどこにくるかまで、きっちりとわかっていたかのように、剣を鞘から取り出した。
ガチン、と火花が爆ぜた。後にポチが射出された線上を、風が駆ける。ポチ、バリエッタの剣先が寸分の狂いもなくぶつかったのだ。一瞬の静止の後、重力に従いポチがその場に着地する。マントは風を受けて、ふわりとそのあとを追った。
「……」
「……」
言葉はない。一瞬の肺の動き、細胞の動きが隙に繋がるレベルの戦闘である。すでにお互いはお互いを知り尽くし、逆算し尽くし、殺し合いはその時点で終わっていたと言っても過言ではない。かといって、その過程を省くわけにはいかず、彼らは誰にも見えない殺陣を行った。一撃一撃の剣閃は、『英雄』クラス二人以外には見えない恐るべき速度で放たれ、物理とは思えない『強さ』を発揮しつくしている。だが、音と衝撃は抑えようがなく、その『力』の衝突は、感知タイプのプレイヤーならば誰もが感じ取ることができるほどだった。
「……!」
「……!」
やがて、その戦いが全方向に及んだとき、二人はその場から消えた。いや、消えたように見えた。同時に建物が誰にも理解できない規則性で弾け、壊れ始めた。二人が衝突し、足場とした場所はその衝撃で破壊された。建物の存在をわずかな『ズレ』とするために互いに盾とすることもあり、いくつかの建物は真っ二つにもなった。何の誇張もなく、真っ二つに。
この戦いは、Live世界時間でおよそ二十分ほど続くことになる。壮大な戦いによる影響からか、世界に誰もが認識できる『ラグ』が発生しはじめたのは、そのころからである。
一方――、
カナンは、死んだ。
「――は?」
キサノは、呆けた。
「オレは自分以外に、【全魔法行使】が使えるやつ、許せないんだよね」
そういって再びサングラスをかけたネクターは、昇天の光に包まれ倒れているカナンの死体を、まるでゴミを見るかのように一瞥し、笑った。
「見たら死ぬ【魔眼】なんて、面白くないから使いたくなかったんだけど……、この場合は仕方ないよね」
いいながらネクターはエラシナの氷像をコンコン、と叩き、その強度を確認する。
「やはり術者が死んでも解除されないタイプか。別に行動は自由で、【キルタイム】に最初から『助け合い』なんて言葉は存在しないんだけど……」
片手を白熱させ、ネクターはそれを振るった。炎風が周囲の建物を焼きなぎ払い、同時にエラシナを包む氷を溶かしはじめた。
「まあ、助けとこう」
その間もキサノは、ただ呆けることしかできなかった。
さらに一方――、
【雷】が付加された強力な一撃を放ったアサトは、死の予感が通り過ぎていくのを感じた。魔導砲の破壊を感じ取ったのだ。そこに安心できたのは、タナトスが計算上どうやっても、今の一撃で完全に気絶してしまったのを確認したからである。まる。
「……」
裏があるんじゃないかと、アサトは勘ぐったが、矛盾を探し出す能力に優れている自分が幻術にかかりにくいことは承知していたし、このタナトスは99.9%本物のタナトスである。
「……」
ヘレナと目を見合わせたアサトは、とりあえずは『賢者の石』を現在所有しているはずの、銀の捜索を再開することにした。
――そして、その銀は。
「やあ、久しぶり」
友人のペットに、会いに行っていた。
「……あなたは――」
シンリはいくつもの監視を無視、突破して、突然現れた訪問者に、少し驚く。
「いや、初めまして? 記憶は戻っているはずだから、久しぶりだよね。シンリ。ミックスブラッドキャットのシンリ」
改めてその事実である真実を聞かされ、わずかに顔を歪めたシンリだが、すぐに魂を立て直す。何もかも、解り、判り、分かったのだ。もう迷いはない。
「――すばらしい」
それに感嘆の意を表して、
「これを、君に。私が真心をこめて創ったものだよ」
それは、ひとつの鈴だった。
「いいかい、それは扉であり、鍵だ。アカシアというプレイヤーの魂をもとに創った。気に入ってくれると嬉しい」
平然と、ひとつの命を犠牲にしたものを、銀は贈り物という。
「きっと、君も喜ぶ。洞窟のクエストが終わったら、アメツキ、アイゼンと3人で買って渡すつもりだったんだけど……、なぜかその鈴を売っていたはずの店が、アイゼンとアメツキが、どこにもいなくなっててさあ……創っちゃった」
銀の瞳は、虚空を見つめていた。
「周ちゃんと、遊ぶんだあ、きっと、楽しいよお。でも、もっと、遊ぶつもりだったんだ。でも、でも、ね。死んじゃったんだあ、でも、遊ぶんだあ」
銀の胸が突然光り輝き出した。シンリはその眩しさから眼を保護するため、両手を目の前に移した。その際、手のひらに置かれた鈴を握り締めた。
「周ちゃぁああああん、どこ言ったの? ああ、そうか……いないなら……」
(創ればいいのかあ)
とっくにコワれていた銀の精神はそこでどこかに飛ばされ、賢者の石と銀の体を覆う【災厄】が、暴走を始めた。
ポチは、驚異的なバランス能力、脚力で、馬上から『放たれた』。一閃となったポチは、衝撃を置き去りにして、音もなく空気を切り裂いて目標へと向かった。
その目標はすでに何kmも先からそれを予見しており、ポチの突き出した剣先がどこにくるかまで、きっちりとわかっていたかのように、剣を鞘から取り出した。
ガチン、と火花が爆ぜた。後にポチが射出された線上を、風が駆ける。ポチ、バリエッタの剣先が寸分の狂いもなくぶつかったのだ。一瞬の静止の後、重力に従いポチがその場に着地する。マントは風を受けて、ふわりとそのあとを追った。
「……」
「……」
言葉はない。一瞬の肺の動き、細胞の動きが隙に繋がるレベルの戦闘である。すでにお互いはお互いを知り尽くし、逆算し尽くし、殺し合いはその時点で終わっていたと言っても過言ではない。かといって、その過程を省くわけにはいかず、彼らは誰にも見えない殺陣を行った。一撃一撃の剣閃は、『英雄』クラス二人以外には見えない恐るべき速度で放たれ、物理とは思えない『強さ』を発揮しつくしている。だが、音と衝撃は抑えようがなく、その『力』の衝突は、感知タイプのプレイヤーならば誰もが感じ取ることができるほどだった。
「……!」
「……!」
やがて、その戦いが全方向に及んだとき、二人はその場から消えた。いや、消えたように見えた。同時に建物が誰にも理解できない規則性で弾け、壊れ始めた。二人が衝突し、足場とした場所はその衝撃で破壊された。建物の存在をわずかな『ズレ』とするために互いに盾とすることもあり、いくつかの建物は真っ二つにもなった。何の誇張もなく、真っ二つに。
この戦いは、Live世界時間でおよそ二十分ほど続くことになる。壮大な戦いによる影響からか、世界に誰もが認識できる『ラグ』が発生しはじめたのは、そのころからである。
一方――、
カナンは、死んだ。
「――は?」
キサノは、呆けた。
「オレは自分以外に、【全魔法行使】が使えるやつ、許せないんだよね」
そういって再びサングラスをかけたネクターは、昇天の光に包まれ倒れているカナンの死体を、まるでゴミを見るかのように一瞥し、笑った。
「見たら死ぬ【魔眼】なんて、面白くないから使いたくなかったんだけど……、この場合は仕方ないよね」
いいながらネクターはエラシナの氷像をコンコン、と叩き、その強度を確認する。
「やはり術者が死んでも解除されないタイプか。別に行動は自由で、【キルタイム】に最初から『助け合い』なんて言葉は存在しないんだけど……」
片手を白熱させ、ネクターはそれを振るった。炎風が周囲の建物を焼きなぎ払い、同時にエラシナを包む氷を溶かしはじめた。
「まあ、助けとこう」
その間もキサノは、ただ呆けることしかできなかった。
さらに一方――、
【雷】が付加された強力な一撃を放ったアサトは、死の予感が通り過ぎていくのを感じた。魔導砲の破壊を感じ取ったのだ。そこに安心できたのは、タナトスが計算上どうやっても、今の一撃で完全に気絶してしまったのを確認したからである。まる。
「……」
裏があるんじゃないかと、アサトは勘ぐったが、矛盾を探し出す能力に優れている自分が幻術にかかりにくいことは承知していたし、このタナトスは99.9%本物のタナトスである。
「……」
ヘレナと目を見合わせたアサトは、とりあえずは『賢者の石』を現在所有しているはずの、銀の捜索を再開することにした。
――そして、その銀は。
「やあ、久しぶり」
友人のペットに、会いに行っていた。
「……あなたは――」
シンリはいくつもの監視を無視、突破して、突然現れた訪問者に、少し驚く。
「いや、初めまして? 記憶は戻っているはずだから、久しぶりだよね。シンリ。ミックスブラッドキャットのシンリ」
改めてその事実である真実を聞かされ、わずかに顔を歪めたシンリだが、すぐに魂を立て直す。何もかも、解り、判り、分かったのだ。もう迷いはない。
「――すばらしい」
それに感嘆の意を表して、
「これを、君に。私が真心をこめて創ったものだよ」
それは、ひとつの鈴だった。
「いいかい、それは扉であり、鍵だ。アカシアというプレイヤーの魂をもとに創った。気に入ってくれると嬉しい」
平然と、ひとつの命を犠牲にしたものを、銀は贈り物という。
「きっと、君も喜ぶ。洞窟のクエストが終わったら、アメツキ、アイゼンと3人で買って渡すつもりだったんだけど……、なぜかその鈴を売っていたはずの店が、アイゼンとアメツキが、どこにもいなくなっててさあ……創っちゃった」
銀の瞳は、虚空を見つめていた。
「周ちゃんと、遊ぶんだあ、きっと、楽しいよお。でも、もっと、遊ぶつもりだったんだ。でも、でも、ね。死んじゃったんだあ、でも、遊ぶんだあ」
銀の胸が突然光り輝き出した。シンリはその眩しさから眼を保護するため、両手を目の前に移した。その際、手のひらに置かれた鈴を握り締めた。
「周ちゃぁああああん、どこ言ったの? ああ、そうか……いないなら……」
(創ればいいのかあ)
とっくにコワれていた銀の精神はそこでどこかに飛ばされ、賢者の石と銀の体を覆う【災厄】が、暴走を始めた。
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