「中立国の大動脈であるプロを制圧すれば、Live世界の支配は成ったも同じです。余計な手間、回り道は何も要りません。今日、成します。全人口を半分にまで削減。その後の世界の動向を確認したうえで、私が、私たちが、この世界を徹底的に管理します」
――プロ市街を包囲。シンリ軍、シンリの号令。
「キルタイム諸君よ。今日の戦争は、おそらくLive史上最高のパーティとなるだろう。殺しても、殺さなくても、世界に秩序をもたらしても、もたらさなくても、君達の自由だ。計画は万事うまくいったし、シチュエーションとしては【世界】という言葉がかかっていて非常に良い。シンリが勝てば支配の世界。シンリが負ければ崩壊する世界が鑑賞できる。この瞬間を持って計画の成功を宣言し、俺はキルタイムの解散を同時に宣言するんだが――、どうする?」
――戦場を前にして。アメツキの宣言。
「ああ、私はねぇ、周ちゃん。自分が変わったのか、周りが変わったのか、よくわかっていなかったんだろうね。最終兵器を創ったよ。ずっとずっと、アメツキの眼を盗んで創ってたから、今までかかっちゃったけど、これは本当の最終兵器だよ。そして私の最高傑作なんだよ。見てほしかったなぁ。本当に」
――生みの親からの、シンリへの最後のプレゼントを手のひらで転がしながら。銀の独り言。
プロ市街には、最早Live世界のシンリ独裁が【無神】事件とは比べ物にならないほどの現実として広がったことにより、ほぼ全ての魔王反逆派のプレイヤー達が集まっていた。中には、もちろんそんなものには興味がないプレイヤーや、ビギナなどから流れてきた新規参入者もいたが、シンリ軍の侵攻速度は、そんなものに関係がなかった。
「始まる……」
「本当に始まるのか?」
人々は口々に言った。ブルズアイ湖での戦いは、双方に1000以上の死者を出したが、それでもまだ半数以上残っていたシンリ軍の圧勝だったといえる。中立国の本隊は大打撃を受け、プロへの退却を余儀なくされたが、その敗北によっていよいよ日和見派のプレイヤー達も危機感を持ち始めたのは中立国にとって嬉しい誤算だった。すぐに数の上では中立国軍は互角まで立て直したが、命令系統の統一、整理、人員の配置や作戦決定時間なども加味すると、シンリ軍の侵攻速度は『市街戦』を許してしまうことになっていた。互角、とは言いながらも、プロを取り囲む圧倒的な数。そしてこれから始まるであろう、大決戦を、人々は待ちうけながらも信じられなかった。
もちろん、あいつらもいい加減外に出た。
「アトラさんの治療は大体済みました。後はこれから始まる市街戦でロッカク堂を破壊されなければいいだけです」
アレックスが久しぶりに【神速】の発動準備体操を始めた。これはきっちりやっておかないと、翌日全身筋肉痛によって死ぬ。まぁ今回は、本当に死ぬ直前まで【神速】を酷使することになるだろうな、と、アレックスは感じていたが。
「元々中立国として戦争を想定していなかったのが痛いな。防壁は全く構築されてないし、市街戦なんて微塵にも想定されていない。せめて近くの平原で戦闘できれば、戦略の練りようはあったが、それも百戦錬磨のシンリ軍に対してはこちら側が不利になるだけだし、単純に時間的な問題もある。どう考えてもシンリ軍はおかしい。何もかもがDVDを×10倍の速度で早送りした感じだ。意志に全く乱れがない。手強いぞ」
「なんか久しぶりにまともなこと喋ってますねNETさん」
「ああ、自分でもちょっとビックリだ」
アレックスが感心するほど、NETは真剣になっていた。激しくはためく再会のスカーフが、これから来る嵐を予感させていた。プロ市街は不気味なほど静まり返っており、人影は全くない。それぞれ建物にこもるか、バリケードの内側にて待機しており、まずシンリ軍の突撃による第一波への牽制、遠距離射撃の準備をしている。その際に人員の配置が敵方に割れるのは極めて不利であるので、両陣営はそれぞれの能力、機械による索敵とジャミングを繰り返していた。その関係により、中立国軍は最低限の『音』による情報提供も徹底して遮断していたのだ。
「あんたらー、いろいろ提供してやってんだから、私の店ぐらいしっかり守りなさいよー」
シンカがやる気なさそうに、店の中から声を出した。我関せずといった様子で、中で新聞を見ながらだったが、その声には少し不安の色があった。奥の部屋には治療が済み、危機は脱したアトラがベッドに横たわっており、傍らにはヤミハル、ロッカク堂の屋根の上にはヤミハルのペット、ブラックワイバーン『フリオ』が待機していた。なんだかんだ言いながらも、シンカは店の常連と店自体がものすごく心配であり、もしもの際のことを考えてはいた。
「キルタイムはこの戦争に参加する。必ず銀も来るはずだ。賢者の石を手に入れるのは今しかない」
「……なんだかえらい難易度が高いのは気のせいかしらね。どっちにしろ私は今日で帰るわよ。カイドのあの極寒の森の空気を吸わないと、私死んじゃうわ、本当に。その場合の損害賠償はアサト、あなたに払ってもらいますからね」
「……カイド、今はないぞ」
「……」
アサトとヘレナがそれぞれ、やっと動き出そうとしていたときに。
「……賢者の石?」
ぴくりと、耳を大きくした自称大魔法使いウルトン博士。
「とりあえず、僕は居心地の良いこの店と妹を守るとするかな。兄としてはね」
キサノが特殊なグローブを手にはめながら言った。
「……守ってもらう必要はありません。前戦争では失態を演じましたが、今回は遅れをとりません。前回の借りをエラシナに必ず返します。それまではこの店もまあ、守ってあげてもいいですし」
と、カナンが何処を見ようか迷いながら言った。もじもじとしながらもキサノに付いていく様子である。カナンは国王としての器があったのかどうかは怪しかったが、一応魔法使いとしての力量はロッカク堂では随一と言ってもいい(およそ二人程は猛反対するだろうが)。すっかり精神的なダメージは取り戻したようだったので。
「それは頼もしい」
と、キサノは笑って言った。
「フルファイアさん、貴方はどうするんですか?」
ちょうど両手を高く上げてー、深呼吸ーの所で、アレックスはフルファイアに今後の動向を聞いた。
「とりあえず、懐かしい友人が来ている予感がするので、会ってこようかと」
「へえ、貴方友達いたんですか」
「アレックスさん、貴方このごろ毒性強まってますよ」
フルファイアは何も武器も持たない上半身裸の変態的スタイルで、嘆きのポーズを決めた。何処からどう見ても変態だったが、既にロッカク堂メンバーは慣れていた。
「まぁ、一度殺しあった仲ですけど、後味悪いですし死なないでくださいね」
「ありがとう、【救世】のアレックス」
「一度殺された仲だが、俺もアンタのこと嫌いじゃないぜ!」
「心広すぎます、NEET」
「Eが多い。やっぱり死ね」
アレックス、NET、フルファイアの三人は笑った。これから始まるデスマッチは、最早誰が生き残るのか誰にもわからない。わずかな風の吹き方によっても結末は変化するだろう、何も定まらない暗い道だ。
「バリエッタ、貴方死ぬかもとか言ってたけど――」
シンカが最後に、ロッカク堂から出ようとしていたバリエッタを呼び止めた。
「――ああ、あれか。あんなの嘘だよ。じゃ、行ってくる」
笑って、ロッカク堂を出たバリエッタの背中に、シンカは何も見出せなかった。扉は閉まり、同時に昼の太陽の光が作る、ドアの影が、シンカを覆った。シンカは伊達メガネをかけ直し、新聞を畳んだ。アトラが寝ている部屋に向かうつもりだった。
「――嘘じゃない。僕は今日死ぬだろう」
バリエッタとの言葉とは対照的に、そう呟いたのはプロ市街を囲むシンリ軍を指揮する、ポチ将軍だった。愛馬の上で、手綱を握り、遠くに見えるはずのプロ市街の全貌を空気で感じながら、様々な感情を込めた一言だった。
「……え?」
それを聞いていたのは、リペノだった。リペノだけだった。ポチが【英雄】となってから、初めて出た弱音である。弱音であると判断したのは、リペノだったが。
「僕は両目を失ったあの時、【世界と繋がった】。それはあらゆる情報の先取りを意味する。要するに僕は今この瞬間も、ズルしてるってことなのさ」
ポチはリペノの聞き返しに答えず、続けた。まるで独り言のようだった。太陽の光が正午の方向に上り、ポチの愛馬がブルルと鼻をならした。
「……は?」
リペノはもちろん、先ほどと同じ返答しかできない。
「覚えておかないといけない。【世界】は確かに存在していて、僕ら一人一人と繋がっている。それはもちろん、全てのプレイヤー、全ての魔物、全ての建築物、植物の一本一本、ましてや砂の一粒まで、全てに繋がっている。【Live世界】という大きな幹から、僕らに枝が伸びているイメージかな。その枝で、実際の植物と同じように、エネルギーを取引している。その枝には細い、太いという違いがあれども、ね。あくまでイメージの話なんだけど。
僕はたまたま、それに気づけた。だから、【世界】の幹が、今【バグ】(虫)に侵食されていることも、よくわかる。枝を這って僕達に進入し、幹ごと【世界】を崩壊させようとしている。僕はそれが、わかるんだ。他のプレイヤー達よりも深く、大きく、【繋がっているから】」
「……」
突然始まった、ポチの荒唐無稽な話に、リペノはついていけずとも、その中に真実を見出す。
「【Live世界】という名の幹を、守らなければならない。その方法は様々あれど、結局今できる、最も確実な方法は、プレイヤーを減らし、【幹】のエネルギー消費を抑える。ようは『間引き』しかないということだ。僕の中に入ってくるバグを殺す方法は、既に自身を刺し殺すことしか解決できないと理解しているし、大きな枝を作ってしまった僕は、世界からのエネルギーの搾取を抑えることができない。この思考が既に【バグ】に侵されたものかもしれないけど、僕はこの戦争が終わったらおそらく【死】を選ぶよ。
それだけは確実だ。
――でもその前に、やることがあるというだけ。あとは頼む、リペノ」
「ポチさん!」
リペノの叫びと共に、ポチは号令を発した。攻撃の合図。Live時間12:00。
プロ市街決戦、開戦。
「勝手なことを言って!」
リペノは怒りながら、兵士達の雄たけびと共に馬を走らせた。将軍の地位を持ちながら、真っ先に馬を走らせていたポチは、既に弓や魔法などの遠距離攻撃の合間を、神がかり的な予測と馬術で避けて、プロ市街へと突っ込んでいるところだった。バリケードも意味をなさず、まるであらかじめ知っていたかのように、一番手薄でもろい部分を馬で蹴りつけて突破し、目的の場所へと迷わず走る。そんなポチに追いつくのは、流石にリペノでも難しい。リペノは一時ポチの追跡を断念し、その精神を中立国軍の排除へと向けるしかなかった。
「ポチさん、貴方が死ぬなんて、許しませんよ!」
そう強く言いながらリペノは、飛んできた弓矢を剣で弾き飛ばした。
「シンリ様、ポチ将軍が突撃開始を宣言しました。Live時間1200。東のポチ将軍率いる本軍の突撃と同時に、北、西、南の軍も侵攻を開始。中立国軍側の遠距離攻撃による反撃も始まっております」
「……そうか」
斥候兵の報告を聞いたシンリは、自身の馬に反転を命じた。現在シンリがいる位置は、東側の本軍のさらに東、なだらかな丘陵になっている場所であり、プロ市街全体と、自軍の全容が見渡せる場所であった。
「今この状態が一番望ましい。『アレ』を急がせろ。30分以内だ」
「はっ!」
シンリ……魔王は、シムシから地形を変えてまで持ってきたアレの使用を命じた。それに伴う様々な評価は、置き去りにして。
(キルタイム、ポチさん、……もう一人の英雄バリエッタもそのままプロ市街にいれば……。上手い具合に力のある者たちが市街に集まれば……)
グイっと、シンリの口元が歪み上がった。
(最高だ)
「さーて、誰が生き残るか賭けでもする?」
アメツキは、けらけらと笑いながら提案した。既に元キルタイムメンバーは、プロ市街へと侵入していた。なんだかんだいいながらも、キルタイムメンバーはまだ解散しきっていなかった。アメツキ、銀、タナトス、ネクター、空牙、オルゾフ、エラシナ。それぞれが強力な能力と凶悪な性格を兼ね揃えていたが、変な仲間意識が芽生えていたらしい。
「まあ、俺は自分に百万かな。自信ないけどなー」
アメツキが財布をのぞきながら言った。といっても、その表情には勝つ気しかない。見事にブラフっている。
「私に百万だねえ。お金なんていくらでも創れるけど」
銀は見も蓋もない。
「かっかっか、俺に百万。俺も金に困りはしねえんだがな」
賭け事にはもっぱら強いタナトスが言った。
「僕に百万でしょ……常識的に考えて。いざとなったら他を消せばいいし。あれ? そうなったらお金もらえなくない?」
若干強欲なところを見せるネクター。
「俺が生き残るに決まっている! この俺の【音速】でえええ!」
暑苦しい空牙。
「ぐへへ……おらは賭けねえよ……遊べりゃいいんだぁ……」
卑屈なオルゾフ。
「くだらない」
エラシナ。
わいわいと戦場とは思えぬ陽気さ。発言にはそれぞれの性格が出た。とりあえずキルタイムメンバー当面の活動は、【自由】。
「では、散!」
言うまでもなく、それぞれ思い思いの方向へとキルタイムは散った。一足遅れてアメツキが【テレポート】を発動させようとしたとき、『何か』がアメツキの鼻先を掠めた。
「……ん?」
銀色のナイフが、何処から放たれたものなのか、アメツキにはわからない。それほど遠くから投擲されたものだった。次に迫って来ていたのは、
青色、両目に傷のある戦士、ポチだった。
「……おいおい」
そこはプロの入り組んだ市街地であり、今は全く人影がなかった。数百メートルはあろうかという距離から、ナイフを馬上から放ち、アメツキの鼻先を掠めたというのは、悪い冗談である。
「逃げ逃げ」
相手はしていられないと、アメツキがさっさと【テレポート】を発動させた。疲れるので距離としては短めで、市街地の一角にあった、三階だての石造りの建物の屋上へと移動しただけだ。戦士というのはXYの平面状の移動は得意だが、こういったZ方向、つまりは高さの移動には弱い傾向が、
「そこか」
と、言ってる間に、三階建ての建物を、馬上から一歩、二階外壁部にあった窓に足をかけ二歩、三階ベランダの細い枠の上にて三歩で、登りあがっていたポチの声がアメツキの鼓膜を刺激した。
(チート!)
思っても口に出すような無駄はアメツキはせず、その剣閃の回避に全ての経験と、運と、蓄えを費やした。それはアメツキが、自身の人生において最も神経を使った場面であるのは言うまでもなく、その成果か、神は一度だけ『チャンス』をアメツキに与えた。そう、決死のポチの一撃目の『回避』という脅威の奇跡を。
(うおっしゃあああ!)
内心でガッツポーズをしながら、早くも脱落者一人目となりそうだったアメツキは、すぐさまテレポートの発言を心の中で宣言した。死線を味わってからの生還というのは、何か感慨深いものがある。
同時にポチは、アメツキの青いマントを、たやすく剣で石造りの屋上へ突きつけた。石はまるでバターのように剣の切っ先を受け入れ、アメツキとマントをがっちり固定した。もちろんそれはたやすいことではなかったが、ポチはたやすくやってのけた。
「……は?」
『システムメッセージ:建造物を伴ってのテレポートは不可能です』
つまり、アメツキがテレポートするには、今の状態ではマント、剣、建築物も同時にするしかないということだが、それは流石に不可能ですよ、と言っているのだ。剣と建造物は抜いてテレポートとかそんな高度なことは微妙にできない。もちろんポチは計算済みなのだが。
(……? あ、マントを破って無理やり抜ければ)
「貴方は少々、バグが多い。死んでください」
アメツキが自分の考えを実行に移す間もなかった。ポチは腰ベルトに挟んでいたナイフをありったけ取り出し、アメツキの体へ投げ突き刺した。それは現代世界でいうマシンガンを至近距離で撃たれたような図になった。衝撃によってアメツキの体は浮き上がり、マントは剣に引き裂かれ、やがてナイフがなくなってから、アメツキは屋上に仰向けに落ちた。鎧と石がぶつかって、カランと、大きな音を立てたが、ポチはその音を聞く前に、既に剣を引き抜き屋上から飛び降りていた。
すぐ下で待機していた愛馬にまたがり、ポチは再び目的地へと急ぎだした。
――プロ市街を包囲。シンリ軍、シンリの号令。
「キルタイム諸君よ。今日の戦争は、おそらくLive史上最高のパーティとなるだろう。殺しても、殺さなくても、世界に秩序をもたらしても、もたらさなくても、君達の自由だ。計画は万事うまくいったし、シチュエーションとしては【世界】という言葉がかかっていて非常に良い。シンリが勝てば支配の世界。シンリが負ければ崩壊する世界が鑑賞できる。この瞬間を持って計画の成功を宣言し、俺はキルタイムの解散を同時に宣言するんだが――、どうする?」
――戦場を前にして。アメツキの宣言。
「ああ、私はねぇ、周ちゃん。自分が変わったのか、周りが変わったのか、よくわかっていなかったんだろうね。最終兵器を創ったよ。ずっとずっと、アメツキの眼を盗んで創ってたから、今までかかっちゃったけど、これは本当の最終兵器だよ。そして私の最高傑作なんだよ。見てほしかったなぁ。本当に」
――生みの親からの、シンリへの最後のプレゼントを手のひらで転がしながら。銀の独り言。
プロ市街には、最早Live世界のシンリ独裁が【無神】事件とは比べ物にならないほどの現実として広がったことにより、ほぼ全ての魔王反逆派のプレイヤー達が集まっていた。中には、もちろんそんなものには興味がないプレイヤーや、ビギナなどから流れてきた新規参入者もいたが、シンリ軍の侵攻速度は、そんなものに関係がなかった。
「始まる……」
「本当に始まるのか?」
人々は口々に言った。ブルズアイ湖での戦いは、双方に1000以上の死者を出したが、それでもまだ半数以上残っていたシンリ軍の圧勝だったといえる。中立国の本隊は大打撃を受け、プロへの退却を余儀なくされたが、その敗北によっていよいよ日和見派のプレイヤー達も危機感を持ち始めたのは中立国にとって嬉しい誤算だった。すぐに数の上では中立国軍は互角まで立て直したが、命令系統の統一、整理、人員の配置や作戦決定時間なども加味すると、シンリ軍の侵攻速度は『市街戦』を許してしまうことになっていた。互角、とは言いながらも、プロを取り囲む圧倒的な数。そしてこれから始まるであろう、大決戦を、人々は待ちうけながらも信じられなかった。
もちろん、あいつらもいい加減外に出た。
「アトラさんの治療は大体済みました。後はこれから始まる市街戦でロッカク堂を破壊されなければいいだけです」
アレックスが久しぶりに【神速】の発動準備体操を始めた。これはきっちりやっておかないと、翌日全身筋肉痛によって死ぬ。まぁ今回は、本当に死ぬ直前まで【神速】を酷使することになるだろうな、と、アレックスは感じていたが。
「元々中立国として戦争を想定していなかったのが痛いな。防壁は全く構築されてないし、市街戦なんて微塵にも想定されていない。せめて近くの平原で戦闘できれば、戦略の練りようはあったが、それも百戦錬磨のシンリ軍に対してはこちら側が不利になるだけだし、単純に時間的な問題もある。どう考えてもシンリ軍はおかしい。何もかもがDVDを×10倍の速度で早送りした感じだ。意志に全く乱れがない。手強いぞ」
「なんか久しぶりにまともなこと喋ってますねNETさん」
「ああ、自分でもちょっとビックリだ」
アレックスが感心するほど、NETは真剣になっていた。激しくはためく再会のスカーフが、これから来る嵐を予感させていた。プロ市街は不気味なほど静まり返っており、人影は全くない。それぞれ建物にこもるか、バリケードの内側にて待機しており、まずシンリ軍の突撃による第一波への牽制、遠距離射撃の準備をしている。その際に人員の配置が敵方に割れるのは極めて不利であるので、両陣営はそれぞれの能力、機械による索敵とジャミングを繰り返していた。その関係により、中立国軍は最低限の『音』による情報提供も徹底して遮断していたのだ。
「あんたらー、いろいろ提供してやってんだから、私の店ぐらいしっかり守りなさいよー」
シンカがやる気なさそうに、店の中から声を出した。我関せずといった様子で、中で新聞を見ながらだったが、その声には少し不安の色があった。奥の部屋には治療が済み、危機は脱したアトラがベッドに横たわっており、傍らにはヤミハル、ロッカク堂の屋根の上にはヤミハルのペット、ブラックワイバーン『フリオ』が待機していた。なんだかんだ言いながらも、シンカは店の常連と店自体がものすごく心配であり、もしもの際のことを考えてはいた。
「キルタイムはこの戦争に参加する。必ず銀も来るはずだ。賢者の石を手に入れるのは今しかない」
「……なんだかえらい難易度が高いのは気のせいかしらね。どっちにしろ私は今日で帰るわよ。カイドのあの極寒の森の空気を吸わないと、私死んじゃうわ、本当に。その場合の損害賠償はアサト、あなたに払ってもらいますからね」
「……カイド、今はないぞ」
「……」
アサトとヘレナがそれぞれ、やっと動き出そうとしていたときに。
「……賢者の石?」
ぴくりと、耳を大きくした自称大魔法使いウルトン博士。
「とりあえず、僕は居心地の良いこの店と妹を守るとするかな。兄としてはね」
キサノが特殊なグローブを手にはめながら言った。
「……守ってもらう必要はありません。前戦争では失態を演じましたが、今回は遅れをとりません。前回の借りをエラシナに必ず返します。それまではこの店もまあ、守ってあげてもいいですし」
と、カナンが何処を見ようか迷いながら言った。もじもじとしながらもキサノに付いていく様子である。カナンは国王としての器があったのかどうかは怪しかったが、一応魔法使いとしての力量はロッカク堂では随一と言ってもいい(およそ二人程は猛反対するだろうが)。すっかり精神的なダメージは取り戻したようだったので。
「それは頼もしい」
と、キサノは笑って言った。
「フルファイアさん、貴方はどうするんですか?」
ちょうど両手を高く上げてー、深呼吸ーの所で、アレックスはフルファイアに今後の動向を聞いた。
「とりあえず、懐かしい友人が来ている予感がするので、会ってこようかと」
「へえ、貴方友達いたんですか」
「アレックスさん、貴方このごろ毒性強まってますよ」
フルファイアは何も武器も持たない上半身裸の変態的スタイルで、嘆きのポーズを決めた。何処からどう見ても変態だったが、既にロッカク堂メンバーは慣れていた。
「まぁ、一度殺しあった仲ですけど、後味悪いですし死なないでくださいね」
「ありがとう、【救世】のアレックス」
「一度殺された仲だが、俺もアンタのこと嫌いじゃないぜ!」
「心広すぎます、NEET」
「Eが多い。やっぱり死ね」
アレックス、NET、フルファイアの三人は笑った。これから始まるデスマッチは、最早誰が生き残るのか誰にもわからない。わずかな風の吹き方によっても結末は変化するだろう、何も定まらない暗い道だ。
「バリエッタ、貴方死ぬかもとか言ってたけど――」
シンカが最後に、ロッカク堂から出ようとしていたバリエッタを呼び止めた。
「――ああ、あれか。あんなの嘘だよ。じゃ、行ってくる」
笑って、ロッカク堂を出たバリエッタの背中に、シンカは何も見出せなかった。扉は閉まり、同時に昼の太陽の光が作る、ドアの影が、シンカを覆った。シンカは伊達メガネをかけ直し、新聞を畳んだ。アトラが寝ている部屋に向かうつもりだった。
「――嘘じゃない。僕は今日死ぬだろう」
バリエッタとの言葉とは対照的に、そう呟いたのはプロ市街を囲むシンリ軍を指揮する、ポチ将軍だった。愛馬の上で、手綱を握り、遠くに見えるはずのプロ市街の全貌を空気で感じながら、様々な感情を込めた一言だった。
「……え?」
それを聞いていたのは、リペノだった。リペノだけだった。ポチが【英雄】となってから、初めて出た弱音である。弱音であると判断したのは、リペノだったが。
「僕は両目を失ったあの時、【世界と繋がった】。それはあらゆる情報の先取りを意味する。要するに僕は今この瞬間も、ズルしてるってことなのさ」
ポチはリペノの聞き返しに答えず、続けた。まるで独り言のようだった。太陽の光が正午の方向に上り、ポチの愛馬がブルルと鼻をならした。
「……は?」
リペノはもちろん、先ほどと同じ返答しかできない。
「覚えておかないといけない。【世界】は確かに存在していて、僕ら一人一人と繋がっている。それはもちろん、全てのプレイヤー、全ての魔物、全ての建築物、植物の一本一本、ましてや砂の一粒まで、全てに繋がっている。【Live世界】という大きな幹から、僕らに枝が伸びているイメージかな。その枝で、実際の植物と同じように、エネルギーを取引している。その枝には細い、太いという違いがあれども、ね。あくまでイメージの話なんだけど。
僕はたまたま、それに気づけた。だから、【世界】の幹が、今【バグ】(虫)に侵食されていることも、よくわかる。枝を這って僕達に進入し、幹ごと【世界】を崩壊させようとしている。僕はそれが、わかるんだ。他のプレイヤー達よりも深く、大きく、【繋がっているから】」
「……」
突然始まった、ポチの荒唐無稽な話に、リペノはついていけずとも、その中に真実を見出す。
「【Live世界】という名の幹を、守らなければならない。その方法は様々あれど、結局今できる、最も確実な方法は、プレイヤーを減らし、【幹】のエネルギー消費を抑える。ようは『間引き』しかないということだ。僕の中に入ってくるバグを殺す方法は、既に自身を刺し殺すことしか解決できないと理解しているし、大きな枝を作ってしまった僕は、世界からのエネルギーの搾取を抑えることができない。この思考が既に【バグ】に侵されたものかもしれないけど、僕はこの戦争が終わったらおそらく【死】を選ぶよ。
それだけは確実だ。
――でもその前に、やることがあるというだけ。あとは頼む、リペノ」
「ポチさん!」
リペノの叫びと共に、ポチは号令を発した。攻撃の合図。Live時間12:00。
プロ市街決戦、開戦。
「勝手なことを言って!」
リペノは怒りながら、兵士達の雄たけびと共に馬を走らせた。将軍の地位を持ちながら、真っ先に馬を走らせていたポチは、既に弓や魔法などの遠距離攻撃の合間を、神がかり的な予測と馬術で避けて、プロ市街へと突っ込んでいるところだった。バリケードも意味をなさず、まるであらかじめ知っていたかのように、一番手薄でもろい部分を馬で蹴りつけて突破し、目的の場所へと迷わず走る。そんなポチに追いつくのは、流石にリペノでも難しい。リペノは一時ポチの追跡を断念し、その精神を中立国軍の排除へと向けるしかなかった。
「ポチさん、貴方が死ぬなんて、許しませんよ!」
そう強く言いながらリペノは、飛んできた弓矢を剣で弾き飛ばした。
「シンリ様、ポチ将軍が突撃開始を宣言しました。Live時間1200。東のポチ将軍率いる本軍の突撃と同時に、北、西、南の軍も侵攻を開始。中立国軍側の遠距離攻撃による反撃も始まっております」
「……そうか」
斥候兵の報告を聞いたシンリは、自身の馬に反転を命じた。現在シンリがいる位置は、東側の本軍のさらに東、なだらかな丘陵になっている場所であり、プロ市街全体と、自軍の全容が見渡せる場所であった。
「今この状態が一番望ましい。『アレ』を急がせろ。30分以内だ」
「はっ!」
シンリ……魔王は、シムシから地形を変えてまで持ってきたアレの使用を命じた。それに伴う様々な評価は、置き去りにして。
(キルタイム、ポチさん、……もう一人の英雄バリエッタもそのままプロ市街にいれば……。上手い具合に力のある者たちが市街に集まれば……)
グイっと、シンリの口元が歪み上がった。
(最高だ)
「さーて、誰が生き残るか賭けでもする?」
アメツキは、けらけらと笑いながら提案した。既に元キルタイムメンバーは、プロ市街へと侵入していた。なんだかんだいいながらも、キルタイムメンバーはまだ解散しきっていなかった。アメツキ、銀、タナトス、ネクター、空牙、オルゾフ、エラシナ。それぞれが強力な能力と凶悪な性格を兼ね揃えていたが、変な仲間意識が芽生えていたらしい。
「まあ、俺は自分に百万かな。自信ないけどなー」
アメツキが財布をのぞきながら言った。といっても、その表情には勝つ気しかない。見事にブラフっている。
「私に百万だねえ。お金なんていくらでも創れるけど」
銀は見も蓋もない。
「かっかっか、俺に百万。俺も金に困りはしねえんだがな」
賭け事にはもっぱら強いタナトスが言った。
「僕に百万でしょ……常識的に考えて。いざとなったら他を消せばいいし。あれ? そうなったらお金もらえなくない?」
若干強欲なところを見せるネクター。
「俺が生き残るに決まっている! この俺の【音速】でえええ!」
暑苦しい空牙。
「ぐへへ……おらは賭けねえよ……遊べりゃいいんだぁ……」
卑屈なオルゾフ。
「くだらない」
エラシナ。
わいわいと戦場とは思えぬ陽気さ。発言にはそれぞれの性格が出た。とりあえずキルタイムメンバー当面の活動は、【自由】。
「では、散!」
言うまでもなく、それぞれ思い思いの方向へとキルタイムは散った。一足遅れてアメツキが【テレポート】を発動させようとしたとき、『何か』がアメツキの鼻先を掠めた。
「……ん?」
銀色のナイフが、何処から放たれたものなのか、アメツキにはわからない。それほど遠くから投擲されたものだった。次に迫って来ていたのは、
青色、両目に傷のある戦士、ポチだった。
「……おいおい」
そこはプロの入り組んだ市街地であり、今は全く人影がなかった。数百メートルはあろうかという距離から、ナイフを馬上から放ち、アメツキの鼻先を掠めたというのは、悪い冗談である。
「逃げ逃げ」
相手はしていられないと、アメツキがさっさと【テレポート】を発動させた。疲れるので距離としては短めで、市街地の一角にあった、三階だての石造りの建物の屋上へと移動しただけだ。戦士というのはXYの平面状の移動は得意だが、こういったZ方向、つまりは高さの移動には弱い傾向が、
「そこか」
と、言ってる間に、三階建ての建物を、馬上から一歩、二階外壁部にあった窓に足をかけ二歩、三階ベランダの細い枠の上にて三歩で、登りあがっていたポチの声がアメツキの鼓膜を刺激した。
(チート!)
思っても口に出すような無駄はアメツキはせず、その剣閃の回避に全ての経験と、運と、蓄えを費やした。それはアメツキが、自身の人生において最も神経を使った場面であるのは言うまでもなく、その成果か、神は一度だけ『チャンス』をアメツキに与えた。そう、決死のポチの一撃目の『回避』という脅威の奇跡を。
(うおっしゃあああ!)
内心でガッツポーズをしながら、早くも脱落者一人目となりそうだったアメツキは、すぐさまテレポートの発言を心の中で宣言した。死線を味わってからの生還というのは、何か感慨深いものがある。
同時にポチは、アメツキの青いマントを、たやすく剣で石造りの屋上へ突きつけた。石はまるでバターのように剣の切っ先を受け入れ、アメツキとマントをがっちり固定した。もちろんそれはたやすいことではなかったが、ポチはたやすくやってのけた。
「……は?」
『システムメッセージ:建造物を伴ってのテレポートは不可能です』
つまり、アメツキがテレポートするには、今の状態ではマント、剣、建築物も同時にするしかないということだが、それは流石に不可能ですよ、と言っているのだ。剣と建造物は抜いてテレポートとかそんな高度なことは微妙にできない。もちろんポチは計算済みなのだが。
(……? あ、マントを破って無理やり抜ければ)
「貴方は少々、バグが多い。死んでください」
アメツキが自分の考えを実行に移す間もなかった。ポチは腰ベルトに挟んでいたナイフをありったけ取り出し、アメツキの体へ投げ突き刺した。それは現代世界でいうマシンガンを至近距離で撃たれたような図になった。衝撃によってアメツキの体は浮き上がり、マントは剣に引き裂かれ、やがてナイフがなくなってから、アメツキは屋上に仰向けに落ちた。鎧と石がぶつかって、カランと、大きな音を立てたが、ポチはその音を聞く前に、既に剣を引き抜き屋上から飛び降りていた。
すぐ下で待機していた愛馬にまたがり、ポチは再び目的地へと急ぎだした。
コメント
遅いけどミス発見
アメツキって不死身くさくなかったっけか。昇天もしてないしなあ。