103.シンリ、戦場にて
2009年5月7日 Live2(――私は人間ではない。
これを知ったとき、人間なら、人間だと思い込んでいた存在ならば、どうなるのだろう? 私は人間ではない、のだ。人間的思考は別にしなくとも良いのだ。だが、全てを知り、全てが解り、もうすぐ世界と自身の崩壊が迫っていると知り、私は――。
私は――)
シンリの思考は、足に何かが当たった感覚によって中断された。蹴飛ばしたのは、ある兵士の剣だった。剣の持ち主である兵士は、シンリの横でうつ伏せに倒れている。その兵士は両足が何かの要素によってなくなっており、自分の血の池に溺れそうな状態になっていた。
「こ、殺し……て……」
口の前まで来ていた血の水溜りに波紋を作りながら、兵士は呟いた。見た目は20代。だが、実際は何もわからない。シンリがわかったのは、兵士が死にたがっているということだけ。
「ありがとう、さようなら」
蹴飛ばした剣をシンリは迷わず手に取り、兵士の首へ突き立てた。頚椎の断絶とともに、彼の魂は一瞬にして現実世界へと運ばれた。シンリからすれば、それは絶対にたどり着けない世界であり、天国よりも遠い場所だ。羨ましさは覚えなかったが、少しだけ空しくはあった。
そんな戦場で、シンリは独り、歩いていた。中立国と元シムシとの国境沿いにて、宣戦布告後初の中立軍とシンリ軍の激突が行われたこの場所は、後にこの戦乱を通して二番目に多くの戦死者が出たと言われる。プロ東、ブルズアイ湖のほとりで行われ、流れ出る血でブルズアイ湖は赤く染まったと語られた。
「……怪我! してます!」
泣きながら、ザクロがシンリの手当てを始めた。ザクロは別に出番が少なかったから泣いているわけではない。溢れかえる死体の量と、それに比例して湧き上がる無力感、そしてシンリへ、ポチへ向けて泣いているのだ。久しぶりの出番に感動しているわけではない。シンリは矢が右肩に刺さっていたのを、そのとき初めて認識し、ザクロの手のひらが傷口に触れ、暖め、癒すのを、黙って感じて、そして、少しだけ泣いた。
「……なんで、泣くのに、やめないんですかぁ……?」
ザクロがやはり大泣きを始め、その顔をローブの中に隠しながら、言った。最早言葉は途切れ途切れで、治療を行っている手も震えていたが、止めない。止められないのだ。
「それは、ザクロさんも……でしょう……?」
ポロポロと、流れ落ちる涙に、ライに裏切られてから人に初めて見せる涙に、まるで、人間みたいだなぁと、自虐的になりながら、シンリは薄く笑った。
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