「リペノ、敵は相当強い! 下がれ!」
「嫌です!」

 ポチはリペノがそう答えるのがわかっていながらも、そう叫ぶしかなかったのだ。自分の体躯と同じくらいの刀を抜き放ち、振り下ろしたリペノ。空気を割るようなその一閃は、しかしやはり空気を感じさせる時点で、カタストラにとっては失格。
 チン、と。光り輝く線だけが、リペノには見えた。刀が真っ二つになって吹き飛ばされる前に、既にリペノの頭から右わき腹にかけて、カタストラはそう、既に光の剣を袈裟切る準備ができていた。濃縮凝縮聖剣【カラドボルグ】の効果は、その術者にまで及び、一時の光速を約束する。自身でも認識できない早さでカタストラは動いている。いや、最早『跳んでいる』。時間という概念を極限まで忘れ、その一閃は誰にも認識できない、はずだった。

「!」

 一閃し終えた。しかし、後からわきあがってくる手応えは、仕損じたこと。カタストラの肋骨と、わき腹の筋肉が綺麗にブチ切れる音がしたが、やはり本人は全く気にしていなかった。気にしていたのは、むしろ。

「なぜ?」

 ふともらしたのは、リペノだった。戦闘中ということを忘れ、完全に脱力した声だった。カタストラは、それを確認した。なぜ、『ポチがリペノを庇うことができたのか』、という疑問は後回しにし、カタストラは一瞬脱力した対象を殲滅するのが先だと考えた。

「死ね」

 短く、カタストラは呟いた。この二撃目までは、相当な時間が圧縮されていたが、そのカタストラの一言に、弾かれたようにポチのロングソードが舞う。そう、舞ったのだ。

「ポチさん!」

 リペノの叫びと、ロングソードの切っ先が聖剣カラドボルグを正確に抑えたのは同時だった。音もせず、スッと力点を見切り、最小限で止めたのが、誰でもわかる、とめ方だった。ある特殊な方面に興味がある芸術家なら、それを『芸術』と呼ぶのは辞さないだろうし、普通、並大抵の一般人でも、それを一目で見るなら、『美しい』という単語が浮かぶだろう。そんな圧倒的なポチの剣技だったが、それには圧倒的な疑問が付きまとった。リペノにとっても、カタストラにとっても、あるいはポチにとっても。

「……」

 そこでポチが選び取ったのは、無言による圧力である。カタストラは下がる。この一連の衝突は、わずか二秒に満たない程度。それはもう短かい間の出来事だったが、

「ポチさん!」

 リペノはまた叫んだ。カタストラの一撃目からリペノを庇う際に、切り、潰されたポチの左目から、血が滴り落ちた。彼は両目を失ったのだ。

 それが、引き金である。

  突然、訪れる。

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