そのファイアーボールは、一言で言えば読者が感じたことと同じ結果しか生み出さなかった。スタイナーの手のひらから発射された炎の球体は、レベル的に決して低いものとは言えなかったが、今のレベルを考えると、相対的には威力不足により大した結果は求められないものだった。アデルもそれを悟り、ファイアーボールを避けることさえしようとせず、突っ込み、そして正面から突き破った。スタイナーが放った最後の攻撃は、直撃したとはいえ、せいぜいアデルが身にまとっている黒衣や黒い帽子を、一部吹き飛ばし、その吸血鬼の青白い肌を少々露出させたに過ぎなかった。とはいえ、吸血鬼はそのファイアーボールが痛いわけではなかったので、さらなる怒りが内部に満ち溢れた。

「KAAAAAAAAAAAAA!」

 誰もが、スタイナーの第二の人格ともいえる走電までもが、その攻撃は失敗に終わったと感じていた。事実アデルはそのまま右手の五指の爪を伸ばして一秒も経たずにスタイナーを突き刺し殺すだろうと、誰もが予想できた。
 しかし、スタイナーは、笑った。
 突然、吸血鬼の肌がジュッと音を立てて焼きあがった。青白かった肌が焼けただれ、その箇所からは煙がたちのぼり、顔は判別が不可能になり、髪はどっさりと一束抜け去った。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 翼には無数の穴が開き、そのいくつかがどんどん広がりアデルの飛行能力を奪う。勢いそのまま、自分のコントロールを失ったアデルは、スタイナーのすぐ横、雪が積もるレンガの道上に落下し、二転、三転、転がって、やがて動けなくなった。痛みに悶える前に、落下の衝撃で流石に気絶したのは、アデルにとっては運が良かったのかもしれない。もちろん、この現象は、スタイナーのファイアーボールが巻き起こした現象といえるが、ファイアーボール自体がアデルの肌を焼いたわけではなかった。スタイナーは、アデルの特徴を昔からよく聞く方法で利用したに過ぎない。

「やっぱり、『吸血鬼は太陽光に弱い』」

 いつのまにか『切り裂かれた』かのようにできていた、雲の切れ目から降り注ぐ太陽光を、まともに受けたために、アデルは物語などで語られる吸血鬼達の例に漏れず、完全なる敗北を喫したのだ。これは運次第に見えるが、偶然雲の切れ目を発見したこと、日光が直射している位置がスタイナーのすぐ目の前であったこと、アデルの装備する黒衣が、ある程度日光によるダメージを抑制することができるのを知っていたことなど、たしかに運の要素は強いものの、三割強ぐらいはスタイナーの努力と戦略が実を結んだといえる(結局は運次第ともいえてしまった)。

「なにはともあれ、勝利」
(卑怯だな)
「うるさいですよ、走電さん」

 ぴくりとも動かなくなったアデルに、自分のボロボロになった上着を脱ぎ捨て被せてやり、日光の直射を防いでやったスタイナーは、

「うーん、強かっ……た、げふん」

 血を吐き、気絶した。

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