酒場テロ騒ぎが大きくなり始めた頃、シンリは我に返った。

(私は何故逃げている?)

 ライが手を引っ張っているからか? いや。

「逃げる必要などない」

 シンリが突然止まったので、ライもつられ止る。

「シンリ!?」

「走電さんを助けに行かないと」

「なっ、俺達だけで!?」

「その通りです」

「足手まとい! 走電に迷惑!」

 焦りすぎて名詞だけになるライ。

「だが、行く!」

 そして断固たるシンリ。

 勝負は3秒でついた。

「アンタ、シンリでしょ?」

 いつのまにか赤い髪の少年が、二人の行く手を塞いでいた。右手には炎が宿っていた。

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「大丈夫ですか? なゆた様」
「うん、驚いたことに全く問題がない」

 酒場の壁を突き破り、道路を転がったなゆただったが、言ったとおり何も問題がなかった。雪と土をぱっぱと払い、いつのまにか現れたカイド軍師シシと何気なく会話する。

「交渉決裂ですね」
「ああ、やはりシシの言ったとおりになった。いやいや、小生もダメモトで言ってみたとはいうものの、結構成功する確率は高いと思ってたんだがなぁ!」
「それ、ダメモトじゃないですよ。あと、一人称変わってます。冷静に。
 で、どうするんです?」
「もちろん、次は力ずく」

 今までにない邪悪な笑顔を、なゆたは見せていた。

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「急げ!」

 カイドの国境線を避け、中立国の港から首都フォロッサを目指して進軍。幾度かの戦闘を経て、首都フォロッサのあるロフ島南部に上陸。軍団長ポチ、副軍団長リペノ、総数五百名の大軍である。
 カイド軍は海軍が弱い。カイドの海での主力は、大抵飛行系、海棲系モンスターになるが、その総数が少ないのだ。船舶技術も思ったほど進んでない(主に国王がそっち系に興味がない所為である)。
 そう、ここまではまだ予測の範疇にある。カイド軍の強さが発揮される陸地で、どんなモンスター、魔法、罠が待ち受けているかわからない。

 しかし、国王の急な交代によって、生じていたハプニングをポチ達は知らない。

 首都の治安維持に利用される常駐軍達。本来の任務である侵入者の撃退が不可能な状況。その穴埋めが、穴を埋めすぎて山になっていることを知らない。

「ポチさん、探索係によると、この一帯にはプレイヤーの気配がほとんどないそうです。常駐軍もいないとなると、罠が考えられますが……」

 リペノが次々くる報告を処理しながら、ポチに要点を伝えた。

「いや、罠はない、かな。まぁ地形的な罠なら僕は見抜けるけど、魔法的な部分は少し待ったほうが良いか。魔法班にここ一帯のサーチを」
「はっ」
「――いや、やっぱり今のなし」
「……はっ?」

 ポチが見たのは、海岸から草原へと変わり、草原から丘へと変わっている五百メートルほど離れた地点。相当遠くにもかかわらず、伝ってくるモノは……。

「総員、戦闘配置!」

 ポチの怒号が全軍へ響いた。固まらず、横に広がり、ポチが剣で指す方向へと意識を飛ばす。
 カイド常駐軍、一軍を凌ぐ、穴を埋めすぎた 一 人 のプレイヤー、シンリ軍迎撃部隊(といっても一人)隊長、なゆたインペリアルガード、カタストラ。
 彼女は既に、その【聖剣】カラドボルグを振りかぶっていた。


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