――五人の戦士が、一人の魔導士を串刺しにした。

 ――一人の魔導士が、五人の戦士を焼き払った。

 特にエラシナ達親衛隊の働きは凄まじく。

 当初絶望的とも思われた、一千対数百は意外にも拮抗した。

 それでも千は止まらない。

 それでも数百は止まらない。

 まるで、何者かの意思に操られたかのように。

 恐ろしい速度で人の数が減っていく。

 そんな戦場で――。

 --------------------------

「■アアア▼アアァア×!!」

 肌にまとわりついた感触を、必死に取り除こうとする。

 取れない。 取れない取れない取れない!

 顔をひっかく爪に、血が滲んだ。それでもカナンは叫び続け、【錯覚】し続ける。

「ァア◆アア■ア△ア!」

 声にならない声。誰かに助けを求める、悲痛な声。

 そんな声は、戦場には通らなかった。

 誰も眼を向けない魔導砲の上で、終に白目を向いたカナンは、自分の魔力が全て吐き出されたのを悟り、ああ――、これで、やっと――と、かろうじて思考する。
 そしてかろうじて、エラシナの声を思う。

『カナン様、それはあなたにしかできないことなのです』

 しかしそんな声にかぶせる様に。

「カナン、しっかりするんだ、カナン」

 紫色の帽子と、紫色のマントをつけた少年が、カナンの体を支えていた。知る人ぞ知るかもしれない、それはある王国で最強の魔導の力を誇っていた、元王の衣服に似ていた。

「眼が覚めた? 我が妹?」

 キサノ。ネームではそう書かれていたが。

「ルノン……?」

 カナンは何故か、違う名前を呟いた。

「うん、感覚を書き換えられてるのかな? 僕が触れたことで、ある程度意識が戻ったって事は、それほど強くはない【幻覚】なんだろうけど。うん、もう少しこうしてお兄ちゃんと触れ合っていようか? 冗談だけどね?
 魔法系で認識誤差を起こさせてるならいいんだけど、超能力とか呪詛になると、僕の専門外だからなあ……ごめんね」

 キサノがすまなそうに言う。

「気持ち悪い、気持ち悪い……、取れない……」

「カナン、それは【幻覚】だ! 騙されちゃいけない!」

 【幻覚】は主に【視覚】に作用する能力全般である。まあ相当リアルに【視覚】を支配されるので、幻覚で焼かれたり、刺されたりすると、本当に痛い気がするのである。一応、それがわかれば、正気を取り戻す場合も多い。

 ――だが。

「いやぁ、嘘ぉ! 感じる! 感触も! 匂いも! 声も! 全部! 【幻覚】なんかじゃ――! いやぁああ! 触らないで!」

 カナンの言葉で、キサノは自体の深刻さを理解する。

(……まさか、視覚作用の【幻覚】じゃない?)

 またも狂気に陥ろうとしたカナンに、キサノは容赦のない手刀を首筋に見舞った。スッ、とカナンの意識が落ちる。これがキサノにできる精一杯の応急処置である。まあ、Live世界は回復が早いので、十分ほどが限界だろう。でも、少しは時間が稼げる。まさか起きるたびに手刀を見舞うわけにはいかないが。

「ということで僕のかわいい家族に手を出したのは――」

 ザッ、と戦場を見渡すキサノ。眼には冷徹な光が宿っている。かつて他者を裁く時に見せた、絶対者の眼である。彼がキサノとして生まれ変わってからは、久しく忘れていたが。

「お前か」

 一瞬にして、視線が合った。

 そういえば以前、戦ったことがあった。カナン親衛隊隊長、【壊乱】のエラシナが、人を燃やしながら笑い、キサノを見ていた。

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索