――試練

 ――まあ、練習か

 この世の中には、『偶然』などない。

 そう確信しているアメツキにとって、『奇跡』や『才能』は世界に必要のない言葉だった。

 奇跡は起こるべくして起こる。才能はアメツキには似合わない言葉だが、結局は『努力と環境の賜物』である。と、彼は断言する。

 もちろん、そうではない、と思われる事例は世界にいくらでもある。だが、それら全てを目の当たりにし、あるいは体験したとしても、アメツキの考え方は揺るがないだろう。自らが持つ先天性スキル、『テレポート』さえも何らかの因果が働いたとアメツキは考えている。

 アメツキにとって、『奇跡』は起こすもの。『才能』は努力して得るものなのだから、

 そんなアメツキにとって、練習とは、試練とは、とても大切な事柄なのである。

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 つまり、覚悟する以外、選択肢はなかった。

 砂の一粒一粒さえ、確認できるところまで、大津波は迫っていたのだから。

 呑み込まれるまで何秒もあると感じたのは、走馬灯の一種ではないか、と思えた。

 だが、その集落の東側に集結した総勢およそ百のプレイヤーは、もう数秒後にようやく目を開け、気付くことになる。

 そして、誰もが目を閉じれなくなった。

 映画のワンシーンを切り抜いたかのように、砂の大津波がプレイヤー達の眼前で止まっていた。まさしく、止まっていた。本来ありえるべき、重力による自然落下、物理法則を抑えきり、止まっている。それはかなり難易度の高い止まり方だった。その不自然な止まり方は、津波を起こした張本人の仕業とは、とても考えにくい止まり方ではある。だが、その張本人にぐらいしか、そんな止め方ができるプレイヤーはいないようにも感じる。時なんかを止めたりできるプレイヤーがもし存在するのならば、話はまた別になってくるが。
 事実は、津波は止まり、シンリ達はまだ生きているということだ。津波が集落を襲った理由も、止まった理由もわからず、ただ身を寄せ合うしかないおよそ百人のプレイヤー達。だが、あまりの静けさ、不気味さに、誰も一言も声を発せない。身じろぎさえできない。何か喋れば、空気を動かしてしまったら、また津波が動き出しそうで恐ろしかったこともある。

 だが、そんな静寂に構うことなく、津波は再び蠢きだした。

 一瞬怯えたプレイヤー達。しかし、次は動き方が違った。津波が細かく分裂し、ぼたぼたと形をそのまま垂直に崩し始めた。結局プレイヤー達に直接の影響はなく、大きな山となった砂粒は、さらに蠢き、分かれ、大雑把な人型をした砂人形を形作っていった。

 ――それらが、数百にも及び、大群となるのにそう時間はかからなかった。ゆらゆらと体をゆらし、人間の輪郭だけまるで取り繕うかのように作られた、できそこないの砂人形。あまりの不気味さに誰も声を発さない。発せない。
 シンリはその光景を見て、正直、心の奥底では安堵していた。先ほどまでの砂の津波という単純な大物量と大エネルギーの攻撃に比べれば、まだ個体のスペックがわかっていないとはいえ、ある程度カタチとなった砂のほうが扱いやすいと考えるのは、自然である。また、その砂人形のカタチを保つのに、操作者が無駄なエネルギーを使っているであろうことは簡単に予想でき、まあ結局はその時すぐ迫っていた「死」が少し先伸ばされたことだけに、シンリは安堵していたのかもしれない。逆に考えれば、何故そんな状況で自らを不利に追いやったのか。一線を越えたPK(プレイヤーキラー)の思考を追うのは無駄、と疑問をばっさりあっさりきっておとし、シンリはプレイヤー達へ号令した。

「敵が攻撃を止めた理由はわかりません!
 ですが、生き残るために、私達は戦うしかありません!
 『『協力すれば必ず勝てます!』』

 声はシンリが思っていたより大きく、響いた。今は。前に進むしかないのである。

 『協力すれば必ず勝てる』。シンリの言葉が【カリスマ】というスキルによって増幅された悪くいえばある種の呪いとなって、プレイヤー達の思考に入り込む。プレイヤー達はシンリの言葉を疑問に思うこともできず鵜呑みにし、信じる。

 【協力すれば】【勝てる】。

 確定事項。最早プレイヤー達の間では、その言葉の意味あいは【朝になると】【太陽が昇る】と同じ程度になった。戦闘系のプレイヤーは剣を、槍を、各々武器を構えた。ポチは最初から抜き放っていた剣を月明かりで照らし、走電は両拳をぱきぱきと鳴らした。ライはシンリの横で控え、ザクロが怯えを瞳から消した後で。

 サーストは、住民達に【生への渇望】を見出し、満足した。

 集落の戦闘系プレイヤーは67名(走電含む)。プラス、シンリ陣営7名(ポチ、ステラ兵三名(ムラビ、ウルフ、キョウ)、ザクロ、ライ、シンリ)。合計74名。

 大して砂人形は、術者の力が尽きるまで、∞(ムゲン)。

 不利には、変わりがなかった。

 砂人形達の戦略は、結局は先ほどの大津波とほとんど変わらない。

 ただ単に、『量』である。

 一つ一つの個体は、やはり見た目どおりたいしたことはなかった。剣で一回薙げば、豆腐のように軽く切れ、崩れ落ちる。何か武器を持っているわけでもないので、攻撃を恐れる必要は何もない。

 ただ単に、『量』である。

 『質より量』。

 最前線で戦っていたプレイヤーの一人に、砂人形が抱きついた。そのプレイヤーは振り払おうと暴れたが、既に二匹目が背中に取り付いてた。砂なので、もちろんそれなりに重い。少し動くのが困難になり三匹目。それを助けようとしたプレイヤーもいたが、砂人形はあまりにもろく、中のプレイヤーを助けるためにはそれなりの力加減が必要になり四匹目。既にプレイヤーの体がかけらも見えなくなり五匹目。なりふり構わず助けようとしたプレイヤーに背中から一匹目、さらに重なる六匹目、七匹目。
 ついに大きな砂山ができた八匹目。なかで何かつぶれる音がしても九匹目。サーストは砂の中で目を見開き、

(……!!)

 歓喜。実際、声にならない声を出したサースト、砂に染みた血で渇きを癒し十匹目。砂の山の下から昇天の光が立ち上った。その壮絶な殺し方は、質より量。そう、先ほどの大津波と全く変わらないのだ。

「う、うわあああああ!」

 パニックは伝染する。何も見えなかった位置にまでいたプレイヤーにまで伝染する。それはまた別の津波となってプレイヤー達を襲い、一瞬で飲み込んだ。
 ポチが動く。砂人形の撃破より、砂人形に取り付かれたプレイヤー達の救出にスイッチを切り替える。プレイヤー達の皮一枚スレスレを狙って砂人形だけを切るのは、ポチにとっては容易かった。だがしかし、それは後手。
 次々と立ち上る昇天の光。しかし、この辺りでもう容易く崩れる大軍を多く見てきたサーストに誤算。プレイヤー達が協力して、砂人形にとりつかれたプレイヤーを助け始めた。そう、彼らの根底にはまだ、『協力すれば勝てる』という言葉が残っているのだ。それを全員が徹底すれば、砂人形の量に押されることは少なかった。そう、一で敵わなければ、十で立ち向かえばいい。そんな簡単なことが、なんと難しいのか。だが、シンリの軍ならやり遂げることができるのだ。惜しむべきは、あいてが百だということ。昇天の光は止まらなかった。

(……)

 シカシ、クズレナイ。サーストの誤算は苛立ちに変わり、自身あまり経験したことのない時間帯にうつる。ライがプレイヤー達の位置、つまり陣についてシンリに進言した。五人ほどの小隊編成、前方向(この場合は砂人形の発生位置)の戦力強化を目論んだ、変形陣である。ステラの兵士、キョウ、ムラビ、ウルフの三人が伝令役を務め、最前線の指示が通りにくい小隊達には一時的にポチが直接指示を出す形態に自然となった。それは見事にはまり、砂人形はポチに切られ、走電に拳圧だけで吹き飛ばされ、プレイヤー達の協力によって、作業的といえるまでに確実に、排除されていった。
 砂から砂人形が生まれるまでには若干のタイムラグがある。出現場所はまちまちだが、主に発生しているのは津波跡の砂山からだ。その地点を制圧できれば――。

「……なっ!」
「……あ、あああっ!」

 一番早く、同時に気付いたのは、二名だった。最前線と最後線。つまりはポチと、シンリだけである。

「「伏せろぉおおお!」」

 二人の言葉は結局、最前線と最後線のごく一部にしか届かなかった。

 正面から見れば、【線】である。それが伏せたポチの頭上を通り過ぎたとき、ぱらぱらと落ちた少量の砂。

 ナニカが通り過ぎた後、立っていた多くのプレイヤー達は、疑問の表情で叫んだポチを見ていた。

 何故か、動いてないのに、ズレていく視界。踏ん張ろうとしても、踏ん張れない。倒れる。表現が正しくない。上 半 身 が 落 ち た。目の前に自分の足が見え、そのプレイヤーは絶叫した。
 
 恐ろしい程の長さ、狂っている程鋭利な砂の刃は、最前線で戦っていた、ポチの言葉に反応できなかった者達の胴と下半身を切り離し、半ばから前線を援護していたプレイヤー達も無慈悲に切断。最後にシンリの言葉に反応しようとして、しゃがもうとしてた数人のプレイヤーの首を、体から切り落とした。

 それだけですんだ、と言えば、世界のほとんどの出来事が「それだけですんだ」になってしまうだろう。だが、それは「それだけですんだ」のだった。

 約四十名。戦闘系プレイヤーは半数以上が昇天。後方で控えていた生産系プレイヤーにもそれなりの被害が出た。刃の起点を見て、愕然とする残ったプレイヤー達。避けようとして、腕や足だけが落とされたプレイヤーも多数いた。シンリに無理やり伏せさせられたザクロは、顔をこれでもかというほど歪め、ライは驚愕を隠せない。

 シンリが何事か叫んだ。

 赤い雨が降り、血を大量に吸った砂漠。

 砂の中から、ミイラ男、【砂漠】のサーストが現れた。

コメント

痺れ武蔵
痺れ武蔵
2008年3月15日19:41

つえええええええええええ

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