その後、シンリ一行はある集落に到着した。どうやら首都チョコ集落があるらしい地域はもうすぐのようだが、今日は馬の疲労も考えて、ここでひとまず一泊するということになったらしい。ステラの人々からの超ご厚意で貰った荷馬車である。シンリは断りきれず貰った荷馬車を、それはもう宝のように大事にしていた。

 そしてシンリは、その集落に――、もちろん見覚えがなかった。

 ----------------------

 荷馬車の運転席から飛び降りたシンリは、集落の宿に一泊する手続きをポチに頼んだ。人に物事を頼むのはシンリとしては珍しい。シンリには少しやることがあった。

「何処に行くんですか? シンリさん」

 声は、ザクロのものだった。ステラの戦士、ムラビ、ウルフ、キョウはポチについていき、ライは荷馬車の停留先を探しにいっていた。実質、その場にはザクロとシンリ、二人きりである。砂漠の昼に長い間君臨し続けていた太陽が、地平線に消えかけている。

「――ええ、ちょっと用事が。一緒にどうですか? 色々お話をしたいですし」

「ええ、もちろん、構いませんよ。私もシンリさんと少し話したいことがありました」

 どちらも物凄く腰が低い喋り方だった。あらかじめライに教えてもらっていた、あるテントを探すため、シンリは歩き出した。それにザクロもついていく。

 -----------------------

 しばらく両者無言で歩いていた。すっかり日が落ちてから、シンリは前から気になっていたことを、ズバリ聞くことにした。辺りは時々あるかがり火の灯りが、深い闇をオレンジ色にぽつぽつと照らしていた。

「ザクロさんは、どうして私についてきたんですか?」

「……えーっと……」

 ザクロは指を頬にあて、そこに何かあるわけでもないのに右斜め上に目線を移した。

「私は……そうですね。耐えられなかった、んでしょうか」

 自分でも何が言いたいのかわからない、といった様子でザクロはぽつりぽつりと話し始めた。

「私は、人が傷つくことが駄目なんです。誰かが傷つくと、何故か私も胸の奥が、凄く痛くなるんです。自分が怪我をしても、痛いのは表面だけで、胸の奥は痛くならないのに……私は、おかしいんです。だから私は人が傷つくことが、嫌なんですが――でも、私は白魔導士、いわゆるヒーラーなんです。既に『傷ついた』人しか、癒せません」

 金色の瞳を、上に下に泳がして、ザクロは一生懸命喋っていた。

「でも私は、ヒーラーですから、『誰かが傷つくことを止める力』は、――持っていません。ポチさんや、アトラさんや、アレックスさんたちとは……、違うんです。今までは、それは仕方がないって思っていました。……でも、それも、もう……ステラの集落が襲われてから、耐えられなくなってしまって……」

 ザクロは目を伏せた。声もとても小さくなっていた。かがり火がいつのまにかなくなり、辺りは月明かりだけ。

「シンリさんが、『内戦を止める』、と言ったときに、私は思ったんです。ああ、これがきっかけかな、って。私みたいな弱虫でも、シンリさんみたいな、『止める力』を持つ人達と協力すれば、何かできるんじゃないかって。すいません、勝手なことばかり言ってしまって……。足手まといになりそうだったら、すぐに帰りますから……だから……」

 シンリは突然、ザクロの両手を掴んだ。あまりに突然だったので、ザクロのローブのフードが揺れ、取れて、月明かりの元に金色に光るザクロの長髪が浮かび上がった。
 そして、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたシンリの顔も浮かび上がった。ザクロはさぞかし驚いたに違いない。

「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」

「え!? え?」

 混乱するザクロ。何を言い出すシンリ。

「凄い! 素晴らしい! 泣いた! ザクロさん、アナタにそんな思いがあったなんて! 断言します! 『あなたは弱虫なんかじゃ……!?」
「てい!」

 勇ましい掛け声。同時に突然シンリが吹っ飛び、ザクロから引き剥がされた。シンリは二回三回転がって、止まった。もちろんザクロが吹き飛ばしたわけではない。ジョーカーマスクを被った男が、ザクロの前に、立っていた。身長は平均より少し高いぐらいで、体形も平均的だが、全身の筋肉が素人目にもわかるほど洗練されている。この突然のジョーカーマスク男も、プレイヤーとしての戦闘レベルでは、かなりの上位であると見て間違いないだろう。

「大丈夫か!? なんだあの男は!? かなり興奮しているようだぞ!」

「いえ……あの……違うんです……」

「よし、俺に任せときな!」

 そして、どうやらジョーカーマスクは、あまり人の話を聞くようなタイプの人物でもなかった。

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索