「い、一歩でも動いたら、殺すゥウウ! わかったなぁあ!」
リーダーを一瞬で失い、逆上した賊の一人は、戦闘能力のなさそうな女性を悪ベクトルに特化した鋭い感覚で見つけ出し、狡賢い悪役典型の、人質作戦をとった。首にナイフを突きつけられた女性は、バーチャルだとしても、この世界での自分の死を間近に感じ、怯えていた。それは普通の反応である。この場で彼女が「自分のことは構わないで」と叫んだとしても、ポチが彼女を見殺しにできないのは同じことである。首にあてられたナイフには女性の血が滲んでいた。
流石のポチでも、今現在、確実に人質を助け出すことは、物理的に不可能だった。
「戻れ! 戻れェお前らァ! 今なら【隻眼の剣士】を殺せるぞォ!」
そして、ポチが動けない内に、消してしまおうという、下種の考えは、確かにポチのような人種には非常に効果的だった。逃げ去った賊たちは、ポチへの恐怖を拭えず、中々帰ってこなかったが、完全に安全だと分かれば、嬉々としてポチを殺すだろう。もちろんリペノも一歩も動けなかった。リペノも典型的な剣士タイプ。今、人質を確実に助けきることができる特殊能力をもったタイプのプレイヤーは、ステラ民の中にはいなかった。
――ステラ民の中には。
衆では珍しい、白いローブを着た、漆黒の長髪と瞳を持つ男が、その修羅場のど真ん中に突然現れた。いや、その男は普通に歩いて、その位置に移動したのだが、今の今まで誰にも気配を感じさせず移動し、その場にまるで瞬間移動したかのように突然存在を露にしたので、その場にいた皆を驚かせた。顔立ち、背、全てにおいて平均的で、一般的な青年と大別できるその男は、しかし少しだけ憂いを帯びた瞳で、その賊を見た。
「何故、そんなことをするのですか?」
男が抱いたのは、疑問だ。
「……は?」
族が抱いたのも、疑問だ。
「それは確か……人質、ですよね」
当たり前のことを、自信なさそうに言う男だった。
「その女の人、怯えていますよ。いきなり首にナイフを突きつけるのは、かわいそうではないでしょうか。ほら、血が滲んでいます。やりすぎです」
当たり前のことを言う男だった。
「う、うるさいッ! そんなの俺が知ったことか!」
突然現れた奇妙な男に、賊は戸惑うしかない。
「なるほど……確かに人の気持ちなんて知ることはできないかもしれません。しかし、予想ぐらいは私たちでもできるんじゃないでしょうか。ということで、これは一つの提案なんですが、自分の首に、ナイフを突きつけてみてください。そうすれば、あなたはもっと人質の気持ち、もっと人の気持ちを考えることができるようになります。そしてあなたはもっと、素晴らしい人間になれると思うんです」
もちろん、普通、平均、常識、などの観念からすれば、それは愚かな提案である。誰もが思った。しかし、その言葉を紡ぐ中で、シンリの言葉が微妙に二重低音になっていたことに気付いたものは、一人でもいただろうか。
賊は気付けば、自分の首にナイフを当てていた。ポチとリペノもそれに気付き、驚愕する。それは、強制的に操られてのことではない。賊は本当に、自分の首にナイフを突きつけることによって、自分が素晴らしい人間になれると思ったのだ。つまりは、賊はその男、プレイヤーネーム:『シンリ』の言葉を、鵜呑みにしたのである。この、【強制的】ではないところに、他の操り系スキルと一線をなすところがあることに十分に注意しなければならない。シンリの『【カリスマ】スキルランク:A』は、『PC、NPCに関わらず、知性あるもの全てはスキル所有者の言葉を信じる』。馬鹿げたインフレーション能力。カリスマから逃れるには、呪耐性系B以上か、強靭な精神力が必要だったので、一介の賊には適用されるわけもなく、賊はシンリを無条件で『信じた』。
『信じる』というのは、『疑い』をなくすという、恐ろしい行為なのである。一応、使用者が本当に信じてもらいたいと思った言葉のみに発動するという制限にもならない制限があるこの力のことを、シンリはまだ知らなかった。
リーダーを一瞬で失い、逆上した賊の一人は、戦闘能力のなさそうな女性を悪ベクトルに特化した鋭い感覚で見つけ出し、狡賢い悪役典型の、人質作戦をとった。首にナイフを突きつけられた女性は、バーチャルだとしても、この世界での自分の死を間近に感じ、怯えていた。それは普通の反応である。この場で彼女が「自分のことは構わないで」と叫んだとしても、ポチが彼女を見殺しにできないのは同じことである。首にあてられたナイフには女性の血が滲んでいた。
流石のポチでも、今現在、確実に人質を助け出すことは、物理的に不可能だった。
「戻れ! 戻れェお前らァ! 今なら【隻眼の剣士】を殺せるぞォ!」
そして、ポチが動けない内に、消してしまおうという、下種の考えは、確かにポチのような人種には非常に効果的だった。逃げ去った賊たちは、ポチへの恐怖を拭えず、中々帰ってこなかったが、完全に安全だと分かれば、嬉々としてポチを殺すだろう。もちろんリペノも一歩も動けなかった。リペノも典型的な剣士タイプ。今、人質を確実に助けきることができる特殊能力をもったタイプのプレイヤーは、ステラ民の中にはいなかった。
――ステラ民の中には。
衆では珍しい、白いローブを着た、漆黒の長髪と瞳を持つ男が、その修羅場のど真ん中に突然現れた。いや、その男は普通に歩いて、その位置に移動したのだが、今の今まで誰にも気配を感じさせず移動し、その場にまるで瞬間移動したかのように突然存在を露にしたので、その場にいた皆を驚かせた。顔立ち、背、全てにおいて平均的で、一般的な青年と大別できるその男は、しかし少しだけ憂いを帯びた瞳で、その賊を見た。
「何故、そんなことをするのですか?」
男が抱いたのは、疑問だ。
「……は?」
族が抱いたのも、疑問だ。
「それは確か……人質、ですよね」
当たり前のことを、自信なさそうに言う男だった。
「その女の人、怯えていますよ。いきなり首にナイフを突きつけるのは、かわいそうではないでしょうか。ほら、血が滲んでいます。やりすぎです」
当たり前のことを言う男だった。
「う、うるさいッ! そんなの俺が知ったことか!」
突然現れた奇妙な男に、賊は戸惑うしかない。
「なるほど……確かに人の気持ちなんて知ることはできないかもしれません。しかし、予想ぐらいは私たちでもできるんじゃないでしょうか。ということで、これは一つの提案なんですが、自分の首に、ナイフを突きつけてみてください。そうすれば、あなたはもっと人質の気持ち、もっと人の気持ちを考えることができるようになります。そしてあなたはもっと、素晴らしい人間になれると思うんです」
もちろん、普通、平均、常識、などの観念からすれば、それは愚かな提案である。誰もが思った。しかし、その言葉を紡ぐ中で、シンリの言葉が微妙に二重低音になっていたことに気付いたものは、一人でもいただろうか。
賊は気付けば、自分の首にナイフを当てていた。ポチとリペノもそれに気付き、驚愕する。それは、強制的に操られてのことではない。賊は本当に、自分の首にナイフを突きつけることによって、自分が素晴らしい人間になれると思ったのだ。つまりは、賊はその男、プレイヤーネーム:『シンリ』の言葉を、鵜呑みにしたのである。この、【強制的】ではないところに、他の操り系スキルと一線をなすところがあることに十分に注意しなければならない。シンリの『【カリスマ】スキルランク:A』は、『PC、NPCに関わらず、知性あるもの全てはスキル所有者の言葉を信じる』。馬鹿げたインフレーション能力。カリスマから逃れるには、呪耐性系B以上か、強靭な精神力が必要だったので、一介の賊には適用されるわけもなく、賊はシンリを無条件で『信じた』。
『信じる』というのは、『疑い』をなくすという、恐ろしい行為なのである。一応、使用者が本当に信じてもらいたいと思った言葉のみに発動するという制限にもならない制限があるこの力のことを、シンリはまだ知らなかった。
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