シンリが発見されたのは、ステラの集落から少し離れたところにある、『癒しの泉』という元観光名所があった森の入り口だった。『癒しの泉』はその昔、どんな病でも癒すといい伝えられていた泉――だったのだが、今はある事情により完全に干上がっており、その泉を守っていた森も、八割方焼けてしまっていたので、かつて美しかった森と泉の姿は、そこにはかけらも残っていなかった。もちろんそんな森(と呼べるのかも怪しい場所)には、誰も訪れないはずだった。だが、その森をいつか復活させようと、今も地道な努力を続けているある二人が、森の入り口で倒れているシンリを見つけ、ザクロの元まで運んだのだ。

「おっ、眼が覚めたようだね。いやあ、あんなところに人が倒れているとは思わなかったもので、びっくりしたよ。ザクロさんによると倒れていた原因は不明らしいけれど……大丈夫かい?」

 テントの入り口から、蒼髪蒼眼で右目のない剣士が入ってきた。入り口の布を片手で押しのけ、体勢を低くして狭い入り口をくぐる動作は、何気ないはずなのに、鋭く、柔らかい。ある程度の実力を持つプレイヤーならば、彼がどれだけ強いのか、一瞬で判断できるだろう。知識だけ持つ一般的なプレイヤーなら、【隻眼の剣士】『ポチ』と出会えたことを、他のプレイヤーに自慢できると考えるかもしれない。
 記憶喪失であるシンリには、全く関係のないことだったが。とりあえずシンリは、自分を助けてくれた上に心配までしてくれている命の恩人に、返事を返すのが最優先事項だと考えた。

「はい、体に異常は認められないようです。どうやら私を助けてくれたのは貴方のようですね。ありがとうございました」
「……う、うんそれは良かった。あと、ここまで君を運んできたのは、僕ともう一人いたんだけれど……今はいないね。それと、うーん……」
「……? どうかしましたか? 私に何か不備でも?」
「い、いや不備とか全然そういうのじゃないんだけれども、なんというか、シンリさん、喋り方がすごく丁寧だなあ、と、思っただけでして……」

 ポチも自分で何がいいたいのかよくわからないようだ。

「……ふむ、なるほど確かに、今の私の口調は丁寧すぎるかもしれませんね。自分のことをほとんど思い出せない私ですが、名前さえ覚えていなかった私ですが、記憶を失う前から、自分がこんな喋り方だったということは、何故か覚えています。記憶を失った今、自分の喋り方を客観的に見てみると、なるほど確かに堅苦しい。はがゆい。何をやっているんだまったく!」
「いや、そこまではいってないんだけどね」
「いえ! ありがとうございます! 今私は、貴方の指摘によって自分の喋り方に対して新たな見解を得ることができました。これは自分を知る上でも重要で大切で第一歩だと思います。私は何故、倒れていたのか。私は何故、記憶がないのか。もしかしたら、その方向からたどり着けるかもしれない」

 本当にその方向からたどりつけるのだろうかと、ポチは一瞬疑問に思ったが、あえて言うこともないので黙っておいた。少し愉快な考え方をするシンリは、それほど悪い人物でもなさそうだった。目覚めたときに得体の知れない人物がザクロと二人きりだったことを少し悔やんでいたポチは、ほっと胸をなでおろした。

「――あれ? 記憶を失った?」

 ポチはやっと、シンリが記憶喪失者だということに気付いたようだ。

コメント

痺れ武蔵
痺れ武蔵
2008年1月2日19:09

ふいた
11が重なっているのはわざとなのか

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