99.移

2007年3月3日 LIVE
「……おかしい」

 月に照らされた衆の集落は静かだった。

 いやむしろ……

「……静かすぎる」

 明かりが一つも点いていない。人の気配もまるでない。

(無人?)

 砂漠の真ん中で拾った子供は、今ではスースーと寝息をたてていた。昇天はしなかったし、寝顔も穏やか。とりあえずは心配なさそうだった。

「うーん、でも、なぁ」

 とりあえずは、医者に見せた方がいいだろう。衆の首都のような集落であるチョコならば、医者はいるとふんだが……まさか。

「これが噂の、衆独特伝統的文化『大移動』!?」

 月明かりでうっすらと見えるチョコの街並みは、木造建築しか見当たらない。テントは全てなくなっていたのだ。

 『大移動』――衆の民は一箇所に留まらない。何故なら彼らの生命線である『水』が一箇所に留まらないからだ。……と何処かで聞いたことがある。まさか本当に集落ごと移動するとは。スケールが違う。

(感心している場合じゃないか。この地図はもう役に立たない……。うーん、この砂漠を闇雲に走るのは自殺行為。それに……)

 私はまだ私の腕の中で眠っている子供を見た。月明かりの所為か、その肌は死人のように青白く光っている。一瞬時間が止まるほど幻想的な光景だったが、背中を何かがゾワリと撫でる、そんな寒気もあった。

「とりあえず、一番近い集落ッ」

 衆の地図を勢いよく広げる。

「あった、少し北。ステラ(Stella)! 走りっぱなしで悪いなトゥエル!」
「ヒヒーン!」

 またトゥエルは前足を上げ、少し沈んだ月の綺麗な夜の砂漠を、風のように走り出した。

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