第三章 衆編
今日も森は穏やかだった。木や葉の香りがしみ込んだ空気。その空気を伝わって届く、小さなモンスター達の鳴き声。
大きな籠を持って歩いているのは『マコ』という名前の女性のプレイヤーだった。彼女は背が低く、普通の布の服を着ているだけだったので、戦闘能力があるようには見えなかった。
彼女の大きな籠に入っているのは薬草の類。Liveにいるほぼ全てのプレイヤーが使ったことがあるであろう、体力を回復するポピュラーなアイテム、『薬』の材料だ。
彼女の職業は『薬剤師』。戦闘能力はなくても、Liveには欠かせない存在である。
そんな戦闘能力がない彼女でも、この『初心者の森-レベル2』ならまだ一人でも安全……なはずだった。
「……?」
彼女は、森に入った時から、いつもと違う感覚、違和感を感じていた。森が騒がしい、落ち着かない、そんないつもと違う森を、感じていた。表面上は、確かに穏やかなのだが。
しかし、彼女は気のせいだと思い込み、いつものように森の中へ入った。少々のことで日課を止めるわけにはいかない。それが彼女の職人魂だった。
だが、一歩進むごとに、その感覚は薄くなるどころか濃くなっていった。薬草探しにも集中できず、籠は三分の一も埋まっていなかった。
……帰ろう、彼女がそう思ったときだった。
突然木々の間から、通常より一回り大きな熊が現れた。
「……ッ!」
もちろん、彼女が太刀打ちできるレベルの相手ではなかった。
「きゃああああ!」
すぐさま彼女は防衛行動『叫ぶ』で敵を威嚇して、他のプレイヤーに助けを求めた。戦闘向きのプレイヤーが彼女の声を聞けば、或いは助けてもらえるかもしれない。だが、おそらく中級者レベルであろうこの巨大な熊に、太刀打ちできるプレイヤーが、果たしてこの初心者の森にいるのだろうか。
熊は叫び声に少しも怯む様子を見せず、四本の足で彼女にのしのしと歩いて近づいていく。そのゆっくりとした移動動作は、熊の超重量を如実に物語っているようで、彼女はますますパニックに陥った。
逃げるという考えも浮かばない。彼女はその場から一歩から動けなくなった。
熊はよく見ると傷だらけで、とても怒っているように見えた。おそらく他のプレイヤー達と交戦した後なのだろう。さぞかし自分に傷を負わせたプレイヤー、つまり人間達を憎んでいるに違いない。
熊――ビッグベアは、二本足で立ち上がると、片方の腕をさらに高く掲げた。その腕は太陽を隠して、彼女の体を影で覆うほどの大きさだった。二メートルを超える物体が振り下ろす攻撃の威力は、彼女を確実に昇天させるだろう。彼女は物語の終わりを覚悟した。
しかし、そこで彼女は気付いた。
確かに聞こえた鋭い風の音。いつのまにかビッグベアの肩の上に、立っていた人影。
その人物は、赤いスカーフを風になびかせ、ヒーローのように現れた。
今日も森は穏やかだった。木や葉の香りがしみ込んだ空気。その空気を伝わって届く、小さなモンスター達の鳴き声。
大きな籠を持って歩いているのは『マコ』という名前の女性のプレイヤーだった。彼女は背が低く、普通の布の服を着ているだけだったので、戦闘能力があるようには見えなかった。
彼女の大きな籠に入っているのは薬草の類。Liveにいるほぼ全てのプレイヤーが使ったことがあるであろう、体力を回復するポピュラーなアイテム、『薬』の材料だ。
彼女の職業は『薬剤師』。戦闘能力はなくても、Liveには欠かせない存在である。
そんな戦闘能力がない彼女でも、この『初心者の森-レベル2』ならまだ一人でも安全……なはずだった。
「……?」
彼女は、森に入った時から、いつもと違う感覚、違和感を感じていた。森が騒がしい、落ち着かない、そんないつもと違う森を、感じていた。表面上は、確かに穏やかなのだが。
しかし、彼女は気のせいだと思い込み、いつものように森の中へ入った。少々のことで日課を止めるわけにはいかない。それが彼女の職人魂だった。
だが、一歩進むごとに、その感覚は薄くなるどころか濃くなっていった。薬草探しにも集中できず、籠は三分の一も埋まっていなかった。
……帰ろう、彼女がそう思ったときだった。
突然木々の間から、通常より一回り大きな熊が現れた。
「……ッ!」
もちろん、彼女が太刀打ちできるレベルの相手ではなかった。
「きゃああああ!」
すぐさま彼女は防衛行動『叫ぶ』で敵を威嚇して、他のプレイヤーに助けを求めた。戦闘向きのプレイヤーが彼女の声を聞けば、或いは助けてもらえるかもしれない。だが、おそらく中級者レベルであろうこの巨大な熊に、太刀打ちできるプレイヤーが、果たしてこの初心者の森にいるのだろうか。
熊は叫び声に少しも怯む様子を見せず、四本の足で彼女にのしのしと歩いて近づいていく。そのゆっくりとした移動動作は、熊の超重量を如実に物語っているようで、彼女はますますパニックに陥った。
逃げるという考えも浮かばない。彼女はその場から一歩から動けなくなった。
熊はよく見ると傷だらけで、とても怒っているように見えた。おそらく他のプレイヤー達と交戦した後なのだろう。さぞかし自分に傷を負わせたプレイヤー、つまり人間達を憎んでいるに違いない。
熊――ビッグベアは、二本足で立ち上がると、片方の腕をさらに高く掲げた。その腕は太陽を隠して、彼女の体を影で覆うほどの大きさだった。二メートルを超える物体が振り下ろす攻撃の威力は、彼女を確実に昇天させるだろう。彼女は物語の終わりを覚悟した。
しかし、そこで彼女は気付いた。
確かに聞こえた鋭い風の音。いつのまにかビッグベアの肩の上に、立っていた人影。
その人物は、赤いスカーフを風になびかせ、ヒーローのように現れた。
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