どうやら狭い範囲にいくつもの昇天が発生すると、光の柱発生時間が短くなるらしい。かなりの数の光の柱に視界が塞がれることはほとんどなかった。そんなことを考える余裕ができた自分にも驚く。
 混戦に入ってから五分? 十分? 三十分? 極度の緊張は時間の経過を忘れさせる。僕達も、敵も、数は相当減っているはずだった。
 だが、やばい。元々の戦闘能力(体力、戦技等)は敵の方が強いと見て間違いない。僕達は良質の鎧や一部機械、一部魔法でどうにか力を均衡に持っていける状況だったのだ。初っ端で何十人ものプレイヤーがカグツチに焼かれたのはいかにも痛かった。というか反則だあんなの。
 隊長の大声はもう聞こえなくなっていた。やられたか、叫ぶ暇が無いのか。やられたと見るのが妥当か。
 敵の剣を受け、弾く。大分コツがわかってきた。要は慣れだとは誰が言った言葉だ。その通りだと太鼓判を押そう。
 やはり後半に残るプレイヤー達は全て手強い。稀に出会う仲間と協力しながら、凌ぐ。最早凌ぐことしかできなくなっていた。

 ――駄目だ。誰が、どう確認しても。

「もう駄目です! 逃げましょう!」

 僕に大声スキルはなく、近くの数名のプレイヤーにしか声は届かなかった。金属のぶつかり合う音や、雄叫び、昇天音が五月蝿い。返ってきたのは、

「そうしたいが無理だ!」
「無理無理!」

 という声だった。戦いながら、答えているのだろう。対応はおざなりだが仕方がない。
 そして僕の声はもちろん、敵にも聞こえていた。

「一人も逃がさんよー」

 引き締まった肉体をした若者が、目の前に突然現れた。咄嗟に蹴りを繰り出して間合いを離そうとする

「遅い、遅い」

 ヒュ、と白い線が下から迫った。わけもわからず、顔を反らしたが、右目に鈍い痛みのようなものを感じた。

「ぐあ……!」
「右目いただきー」

 右方向の視界が大分削られていた。どうやら右目を切られたらしい。顔の頬を涙のように血が伝わっている。

「殺したかと思ったけど、やるね、アンタ。死線をいくつか越えたのかい」

 ……線しか、見えなかった。剣を構え、目の前の敵に集中する。今、他のプレイヤーから攻撃を受けたら、終わりだ。

「まあいい、俺は空牙《クウガ》。一撃で殺せなかった奴には名乗ってる。死ね」

 消えた。速い。
 勝負は一度。
 前、上、後、右、左。何処から来る……?

 ……

 顎から血が、一滴落ちた。

 ……

 風の切り裂くような音だけ、聞こえる。

 ……

 ――右。

 タイミングは完全に運。右側を切り上げた剣に手応えは……あった!

「ぐああああああああ!」

 弾きとんだ右腕。それは空牙の右腕だった。

「があああ! な、何故だあああ!」

 血が吹き出る右腕を押さえながら、空牙は下がる。

「大体は勘。だが、君は戦闘経験が豊かそうだったから、僕の切られた右目の死角、つまりは右側から攻撃してくると思った」

「ぐおおお……なんだとおお……、勘だとおおお!? ……本当に運が良かったなあああ! 覚えとけよおおお!」

 スキルレベルアップ:勘【B】

 これは嬉しい。確認。
 バッ、とマントを翻して被った空牙は、マントと大量の血痕を残して消えていた。切り落とされた右腕も、いつのまにか消えていた。あの傷で助かるかどうかはわからない。
 極度の集中で無音だった空間に、元の戦闘の喧騒が戻ってきた。いよいよ人数はどちらも数えられる程度、数十名。しかし数は確実に敵のほうが多かった。

「はは、初心者《ビギナー》、お前、まだ生き残っていたのか!」

 敵を切り倒しながら現れたのは、シムシ国クロアート軍第三隊隊長だった。先陣、大声を出していた隊長だった。戦闘前に酒場で僕に、死ぬなよ! と笑いかけてくれた隊長だった。

「良かったなあ! その右目、かっこいいぜ! 箔がついた! だが、そろそろやばいな。逃げねえとな」
「ええ、すみませんがこれは確実に負けますよ。大声スキルで指示をお願いします」
「……はあー……。不甲斐無くてすまんな」
「これはしょうがないです」

『残ってるか魔法部隊!』

 『かろうじてー』という声が何処からか聞こえた。

『よーし、いつものアレやるぞ! コールはしてあるな!』

 『OKー』また違う何処からか声。

 当然大声なので敵にもこの会話は筒抜けである。

『今回はB!』

 B:大声三回目で一斉逃走。作戦前の打ち合わせ。

『魔法使い気張れよー!』

 1

『機械兵準備良いかー!』

 2

『よーし、突撃!』

 3

 と言いながら僕達は一斉に逃げ出した。
 戦闘音は一瞬で途切れて今度は大勢の足音に変わる。当然混戦領域から離れた僕達は、カグツチビームに狙われることになる。

『発動しろ!』

 いつのまにか設置されていた中型の機械装置のようなものから、巨大な網のようなものが僕達とカグツチの間に展開された。
 スパイダーバリア。作戦前に説明を受けた、少しの時間だけ展開できる、対魔法攻撃防御バリアだった。その効果は、かの有名な首相補佐、7《セブン》のバリア師一人分にも匹敵する程だという。ただしべらぼうに高価。
 巨大な炎の鳥、カグツチから放たれた灼熱のビームは、スパイダーバリア、通称蜘蛛の巣に当たって四方八方に飛び散った。もちろん逃走する僕達の近くにも落ちたが、極太ビームで正確な狙いを付けられるよりは何倍もマシだった。
 これで上空からの脅威は一時的にだがなくなった。しかし、問題は地上の方が大きいといっていい。戦争では退却時が最も被害が多くなる。敵に背中を向けて移動することは、戦闘の意志を放棄しているからだ。追われるものは恐怖。追うものは優越感を持ち、戦闘の意志のない背中を一方的に切る。
 そんな追っ手から味方を守るために重要なのが、殿《シンガリ》なわけだ。

『後ろ《ケツ》三名! 足遅いのが悪い! お前らが殿だ! って俺も入ってるがな!』

 ビシィッ! 一人でノリツッコミする隊長。隊長……。
 作戦前の打ち合わせどおりだったので、驚かない。後ろ三名は、同時に後ろに振り返り、その場に立ち止まった。ここの位置はちょうど傾斜の3分の2ほど登ったところか。
 殿は、重甲冑の人と、隊長さんと、僕だった。

「いきなり運が悪いな、初心者。お前、今日何人やった?」
 隊長は僕の緊張を和らげるためか、笑いながら話しかけてくれた。
「五、六人ですけど」
「……それだけやれれば、……充分だな」
 かなり長身の重甲冑を着た人は、ヘルムで顔は見えなかったが、声は優しかった。

 ドオオオン、と衝撃音が上空で聞こえた。カグツチの灼熱のビームが四方八方に飛び散る。そのビームのいくつかが追撃してくる敵にも落ちていた。

「おいおいひでえな、味方を昇天させてるぞ」
 隊長は斧を構えた。
「……さて、少し時を稼ぐとするか」
 重戦士は斧と槍の合成品、ハルバートを構えた。
「頑張ります」
 右目を失った僕は、剣を構えた。

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「ポチよ。そういえばお前確か、スキルは何も持ってないって酒場で言ってたよな? よく生き残れたなあ」 
「はい、戦闘中にスキルレベルが5,6個上がりましたから」
「……5,6個上がった? まじで言ってるのか? ……お前、それ、多分……」
「来ますよ!」

 ――僕達が生き残れたかどうかは、また別のお話で。

コメント

ポチ&黒
ポチ&黒
2007年1月3日11:36

た、隊長!
彼いつか死ぬんじゃないすかこれ!

平田
平田
2007年1月3日18:05

案ずるな……きっと強靭な戦士になって戻ってくる

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