■アルル大峡谷の戦い

 (やめとけ)
 配属先を希望して、言われた言葉は、これだった。

 (初心者によくある間違いだな。経験を得るなら戦い、か)
 それでも僕は、頑なに。

「男なら、やはり国を守りたいと思うでしょう」

 と力強く言って、軽く後悔している僕が今、ここにいました。

 ドン。 前の人々が巨大な炎のビームに焼かれ、昇天しました。ああ、帰りたい。

 番外編:ポチの戦争

『進めー! ここじゃ初心者も何も関係ねえ! 運だ! 運が全てだ!』

 身も蓋もない! 大声らしきものを放っているのはこの隊の隊長だった。ここは「シムシ、南西」と「衆、北東」の国境で、アルル大渓谷と呼ばれていた。赤茶色の土は崩れやすく、地形は谷で、いつも国境沿いの血の気が多いプレイヤー(お互い様)が小競り合いを繰り返しているそうだ。
 戦闘を行える谷の傾斜の緩いポイントが、いくつかうまく決まっていて、押しつ押されつ衆とシムシは戦いを繰り返していた。

 もちろん今日も。

 戦闘開始が宣言され、一番近い街の『クロアート:Croart』から我らシムシ軍は出動。

 現在に至るというわけだ。

 緩い傾斜を総勢百名あまりで谷の向こう側に突撃。向こう側の緩い傾斜からは、馬に乗った兵や上半身裸の歩兵が走ってきていた。その体は逞しく、肌は赤銅色だった。

『げ! やべえ! あいつら異形炎神カグツチを呼んでやがる!』

 カグツチ? 隊長の大声で疑問がよぎると共に、極太の炎のレーザーが、前のプレイヤー数十人を、焼き払った。物凄い閃光、衝撃に僕は吹き飛ばされ、地面を転がった。その際持っていた剣が何処かに飛ばされる。
 天使の斉唱。天を貫く光が数十。一気にビームの跡から出た。
 『昇天』……!

 僕は今の一瞬でプレイヤーが数十名消えたことに、ただただ驚いた。

『怯むな! 遠隔攻撃でカグツチを落とせ!』

 隊長からの指示、ガンナーと数少ない魔法使いが空に浮かぶ巨大な炎の鳥に向かってエネルギーを飛ばした。が、直撃はせず爆発だけが空に残った。

『俺ら接近攻撃部隊は前に眼を向けろォ! あっちの国はパートナーが多いから気をつけろよぉ!』

 馬に乗った十人ほどの衆のプレイヤーが、先ず突撃してきた。今ここの地点は谷底の少し前といったところ。まだ下り傾斜。こちらにも勢いはある。
 僕の前には友軍約二十人。後ろには少し離れて友軍約五十人。さらに後ろに遠隔攻撃プレイヤーが三十名程いる。
 敵騎兵、十名が横に広がった。こちらも十人ずつ縦二列程度に広がる。僕は二列目に入った。

『勢いを止めるな! このまま敵をぶっ殺せええ!』

 隊長の指示に従う。予備の剣を抜き、構えながら走る。確かに躊躇う余裕は……

 ない!

 ――すれ違う瞬間、敵の馬を思いっきり袈裟切った。

 馬の断末魔。同時に金貨や戦利品の地面に落ちる音。ピシッ、と暖かい液体が体中に当たる。激しくなる天使の斉唱。『昇天』の気配。

『衆の連中は強いぞ! 気張れ野郎ども!』

 後ろを振り返る。馬を失った衆のプレイヤー達。露出された上半身、赤銅の肌、逞しい肉体、環境によって外見が変わるのか。そんな雑念は目の前に居た敵の攻撃で霧散。
 敵が剣を振り上げたのを見て、僕は剣を掲げて、受けた。金属のぶつかり合う音がいくつか聞こえ、切断音もいくつか、昇天する音。
 一撃目は受けきった。必死だった。だが、敵は振り終えた剣を返して、僕のわき腹から切り上げようとした。

 ――死ぬ!

 間に合わない。体術のレベルが違いすぎる! 僕は為すすべも無く、剣の軌道を見つめていた。
 が、気付くと敵の胸から槍が生えていた。敵は驚いた顔で血を吐き、瞬間、バシュ、と短い音がして、天を貫く光の中に消えた。僕のわき腹に刺さる寸前で止まっていた剣が、からんと落ちた。

「ぼーっとするな! 死ぬぞ!」

 槍の持ち主は、後続の五十名の一人だった。突撃してきた十名の敵は、全て挟み撃ちで昇天した。

「奴ら、死ぬことなんてなんでもないんだ!」

 そう言って槍の戦士が僕を抜かして行った後、また、僕の後ろで爆発、衝撃音、熱。

「カグツチだ!」
「ちくしょう! かなり昇天した!」
『遠隔部隊! 何やってんだ!』

 また後ろで複数の昇天。馬鹿か。なんて威力だ。

『走れぇ! 召喚士を倒したら報酬は二倍だコラア!』

 オオー!
 部隊の士気が上昇した。そうだ、戦いは相手を倒さない限り終わらない。
 谷底に振り返り、再び走り出す。怖い。いつあのレーザーが飛んでくるかわからない。怖い。前には大量の屈強な敵。
 だが、立ち向かわなければならない! 立ち止まったら進めない!

 スキルレベルアップ:勇気【B】

 突然の脳内文字。すぐに文字を消す。確認する暇なんてない。
 何人かのプレイヤーが、谷から逃げ出そうとしていたのが見えた。次の瞬間にはカグツチの口から放たれたビーム一閃で、昇天していたが。

『よーし! 敵と混戦するぞ! 赤い肌の奴は全員敵だ! 青と白の鎧は戦うな! 混戦すれば同士討ちを恐れてビームは飛んでこねえ! 遠隔組みはサボるなよ!』

 隊長の大声を聞き終えると同時に、先頭は敵との戦闘に入っていた。谷底に二つの国の隊が流れ込む。
 大量の昇天。慣れとは恐ろしいもので、今はそれが何人死んだのか一目瞭然で便利だった。

(まだ、敵のほうが多いな)

 スキルレベルアップ:状況分析【B】

 邪魔だ。すぐに文字を消す。
 後ろでレーザー。相当数の遠隔攻撃型プレイヤーがやられた。
 マズい、はやく決着を着けないと。

 僕も混戦に突入。目の前では、赤銅色の肌の戦士が槌を振り回していた。受けきれないと判断。間合いを詰める。

「ははは! やるか小僧!」

 敵は笑いながら槌を振り下ろしてきた。甘い。それならスライドで済む。紙一重で槌の攻撃を避ける。超重量が地面に衝突した音を間近で聞き、当たらなくて良かったとホッとした。ホッとしながら敵の胸を剣で貫いた。剣を伝う血。見開いた眼。
 バシュ、と昇天。初めてのプレイヤーキラー。だが、何かを考える前に敵が来る。

 スキルレベルアップ:剣技【B】

 邪魔だってば。消す。
 今度の敵は拳闘士だった。間合いがあるなら有利だが、今一瞬で詰められていた。
(やば……)
 腹部に衝撃。体が浮いた。
 これは、痛くなくても、痛いぞ……。
 一瞬怯んだところに、さらに頭に拳が……ヒットした。

 暗転。

 やばい、気絶なんてあるのか。こんなところで気絶したら……。
 容赦なく、右フックが頭部に襲いかかる。僕は必死で、剣を落とした。
 それはどうやら、敵の足の甲に刺さったようだ。敵はいきなりの出来事に驚いたようで、パンチの軌道が、少し、少しだけだがずれた。
 最後の好機、死の別れ目。
 僕はそれをあえて頬で受けた。顎やこめかみは最もまずい。このゲームがリアルを追求するならば、急所もリアルと同じであるはず。パアンと甲高い音が脳内に響く。限りなく痛い気がした。
 僕は勢いそのままナイフを腰のベルトから抜き、敵のわき腹に突き刺す。綺麗に刺さった為か、血は出なかった。
 ――確実に肝臓、つまりは急所を貫いた。敵は虚ろな眼になり、数秒後には昇天した。

 ……二人目。

 スキルレベルアップ:死線【B】

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