大昔。
大きな流れ星が、この世界に堕ちた。
昔。
愚かな戦いと、愚かな考えと、愚かな終わり。
今。
----------------------------
まだ日も上がりきっていない早朝だった。
森から突き出た崖の上に、半分の朝日を受けて立つ影があった。崖の下には一つの村を隠すように、大きな森が広がっていた。影はその村を見つめて、振り返り、再び森に入ろうとした。流石に崖を飛び降りるのは無理だった。
刹那、背中でも感じられるほどの、濃密な魔力、悪寒。それは影……ガドリエルという名の魔物の背中から全身に行き渡り、充分戦慄させた後、光に変わった。同時に爆音と、風圧と、魂の叫び声が聞こえた気がしたが、わからなくなった。
その場から弾き飛ばされたガドリエルは、森の入り口まで転がされ、崖の先端が崩れて落ちるのを見た。
爆音の余韻が残り、地面も少し揺れていた。ガドリエルが用心深く立ち上がり、崖の下を見た時には、何もなかった。
何もなかった。
森。草木。はもちろん、その場には魔力の ひとかけら さえ、ない。
もちろん、ガドリエルが訪ねるはずだった、魔物の村も。
何かの焦げた跡と、茶色い地肌だけが、この世のものだった。
----------------------------
元々魔物と人間はそこまで仲が良いわけではなかった。しかし、人間は魔物に干渉せず、魔物も人間に危害は加えなかった。それは、ずっと昔の大戦が影響しているらしいが、今生きている人間、魔物はその大戦のことをほとんど知らなかった。
例のごとく長生きするエルフは、その大戦を知っているかもしれなかったが、例のごとく森にこもって、中立の立場を貫いていたので関係はない。
用は人間と魔物は別の種族で、同じ場所に住んでいる。そしてそれぞれ考え方が違って、それがまた正反対に近いくらいだから、争い、諍いが増えるのは仕方がないことだった。
初めはどちらでもなかった。ある小さな村で小さな諍い事。だがその村では人間がいなくなった。だから人間は、反撃をして、次の村では魔物がいなくなり、また、魔物も反撃して、次の町では人間がいなくなり、また……とエンドレスしてループして、
今は魔物がいなくなる番だった。
----------------------------
「村が三つ、滅ぼされたんだぞ!」
金髪で短髪、色黒の肌は一見すれば不良に見えなくもない。鍛えられた肉体は大きな机を叩いて浮かせ、真っ直ぐな瞳は怒りに燃えていた。魔物で、ここ「獣の里」の戦士であるガドリエルは、さらに続けた。
「何を悠長に茶など飲んでいる! 戦うしかないだろう!」
「……」
黙る青の長髪の美青年は、瞳を閉じて何か考え込んでいる。その二人以外、大きな族長の部屋に魔物はいない。二人とも、容姿は人間だった。
「俺が訪ねるはずだった村は、一瞬で蒸発した!
北西の平原では、もう魔物は全滅したと聞く!
何時、我々も人間どもに襲われるか、わからないんだぞ!」
「わからない……わからない、か」
茶を大きな机に置いた後、獣族族長シュウは口を開いた。
「そうだよ、なんでそんなことができるか、わからないんだよ。一晩で村ひとつ、というか森一つ消滅させたんだろう? もうなんというか、全てが分からない」
大きな机の上には、様々な書物が散らばっていた。雑に放り出されているように見える書物には全て栞が挟まれており、一応真面目に何かを考えていた様子がわかる。シュウは書物の山から一冊の古びた本を取り出すと、その中の一節を読んだ。
「『滅びの力、魔科学』」
「……?」
もちろんガドリエルには何のことかわからない。
「『その力、大地を分かち、天を裂き、森を焦土に変え、……』あとは、字が擦れて見えないんだよね」
「森を焦土に……?」
「しょうどぇすよ」
「……」
ガドリエルは剣を抜き放った。
「ちょっ! タ、タンマ! ガド! 何抜いてるの!」
「剣だよ。剣。真面目にやらないと殺すぞ」
「わ、わかったよ。お前、本当にやりかねないからな。全く、現獣族族長で、幼いころからお前を育ててやったのは誰だと……」
ジャキンと鋭い音を立てて剣を構えるガドリエル。
「じょ、冗談の通じないやつめ……! いいかい、これは約七千年前の古代文明のことを記した本だ。かなーり貴重でかなーり損傷が激しい」
「古代文明?」
「そ、人間が一番栄えていた時代だよ。それも滅んじゃったんだけどね。何故か。そこらへんの記述がまた少ないんでそれは置いといてだな。
その古代文明時代で度々出てくる単語が、『魔科学』なんだよ」
シュウはその貴重な本を机の上に投げ捨てた。ページがパラパラとめくれる。何と書いてあるかはガドリエルにはわからなかったが、同じ単語が確かに何回も出ている気がする。
「……それで?」
「たぶん、人間は、魔科学を復活させたんだよ。ガドちゃん」
「……! ん、まあ、そうか」
「あれ? 反論しないのかい?」
「反論してもしょうがないからな」
シュウは満足そうに数回頷くと、すっかり冷めたお茶を一気に飲み干した。
「さて、獣の里戦士長、ガドリエル」
「おう」
「返事は『はい』だ」
「おう」
「……任務を命ずる。学問の町テレセトに行き、『魔科学』に関する情報を集めよ」
「情報収集か。得意中の得意だ。じゃ、早速行ってくる」
ガドリエルは元気良く族長宅を飛び出した。
その後姿を見た後、シュウは
「なんだか、不安になってきた……。
ま、いいか。昼飯を、ああ、そういえば、彼女が……」
独り言を呟いてた。
大きな流れ星が、この世界に堕ちた。
昔。
愚かな戦いと、愚かな考えと、愚かな終わり。
今。
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まだ日も上がりきっていない早朝だった。
森から突き出た崖の上に、半分の朝日を受けて立つ影があった。崖の下には一つの村を隠すように、大きな森が広がっていた。影はその村を見つめて、振り返り、再び森に入ろうとした。流石に崖を飛び降りるのは無理だった。
刹那、背中でも感じられるほどの、濃密な魔力、悪寒。それは影……ガドリエルという名の魔物の背中から全身に行き渡り、充分戦慄させた後、光に変わった。同時に爆音と、風圧と、魂の叫び声が聞こえた気がしたが、わからなくなった。
その場から弾き飛ばされたガドリエルは、森の入り口まで転がされ、崖の先端が崩れて落ちるのを見た。
爆音の余韻が残り、地面も少し揺れていた。ガドリエルが用心深く立ち上がり、崖の下を見た時には、何もなかった。
何もなかった。
森。草木。はもちろん、その場には魔力の ひとかけら さえ、ない。
もちろん、ガドリエルが訪ねるはずだった、魔物の村も。
何かの焦げた跡と、茶色い地肌だけが、この世のものだった。
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元々魔物と人間はそこまで仲が良いわけではなかった。しかし、人間は魔物に干渉せず、魔物も人間に危害は加えなかった。それは、ずっと昔の大戦が影響しているらしいが、今生きている人間、魔物はその大戦のことをほとんど知らなかった。
例のごとく長生きするエルフは、その大戦を知っているかもしれなかったが、例のごとく森にこもって、中立の立場を貫いていたので関係はない。
用は人間と魔物は別の種族で、同じ場所に住んでいる。そしてそれぞれ考え方が違って、それがまた正反対に近いくらいだから、争い、諍いが増えるのは仕方がないことだった。
初めはどちらでもなかった。ある小さな村で小さな諍い事。だがその村では人間がいなくなった。だから人間は、反撃をして、次の村では魔物がいなくなり、また、魔物も反撃して、次の町では人間がいなくなり、また……とエンドレスしてループして、
今は魔物がいなくなる番だった。
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「村が三つ、滅ぼされたんだぞ!」
金髪で短髪、色黒の肌は一見すれば不良に見えなくもない。鍛えられた肉体は大きな机を叩いて浮かせ、真っ直ぐな瞳は怒りに燃えていた。魔物で、ここ「獣の里」の戦士であるガドリエルは、さらに続けた。
「何を悠長に茶など飲んでいる! 戦うしかないだろう!」
「……」
黙る青の長髪の美青年は、瞳を閉じて何か考え込んでいる。その二人以外、大きな族長の部屋に魔物はいない。二人とも、容姿は人間だった。
「俺が訪ねるはずだった村は、一瞬で蒸発した!
北西の平原では、もう魔物は全滅したと聞く!
何時、我々も人間どもに襲われるか、わからないんだぞ!」
「わからない……わからない、か」
茶を大きな机に置いた後、獣族族長シュウは口を開いた。
「そうだよ、なんでそんなことができるか、わからないんだよ。一晩で村ひとつ、というか森一つ消滅させたんだろう? もうなんというか、全てが分からない」
大きな机の上には、様々な書物が散らばっていた。雑に放り出されているように見える書物には全て栞が挟まれており、一応真面目に何かを考えていた様子がわかる。シュウは書物の山から一冊の古びた本を取り出すと、その中の一節を読んだ。
「『滅びの力、魔科学』」
「……?」
もちろんガドリエルには何のことかわからない。
「『その力、大地を分かち、天を裂き、森を焦土に変え、……』あとは、字が擦れて見えないんだよね」
「森を焦土に……?」
「しょうどぇすよ」
「……」
ガドリエルは剣を抜き放った。
「ちょっ! タ、タンマ! ガド! 何抜いてるの!」
「剣だよ。剣。真面目にやらないと殺すぞ」
「わ、わかったよ。お前、本当にやりかねないからな。全く、現獣族族長で、幼いころからお前を育ててやったのは誰だと……」
ジャキンと鋭い音を立てて剣を構えるガドリエル。
「じょ、冗談の通じないやつめ……! いいかい、これは約七千年前の古代文明のことを記した本だ。かなーり貴重でかなーり損傷が激しい」
「古代文明?」
「そ、人間が一番栄えていた時代だよ。それも滅んじゃったんだけどね。何故か。そこらへんの記述がまた少ないんでそれは置いといてだな。
その古代文明時代で度々出てくる単語が、『魔科学』なんだよ」
シュウはその貴重な本を机の上に投げ捨てた。ページがパラパラとめくれる。何と書いてあるかはガドリエルにはわからなかったが、同じ単語が確かに何回も出ている気がする。
「……それで?」
「たぶん、人間は、魔科学を復活させたんだよ。ガドちゃん」
「……! ん、まあ、そうか」
「あれ? 反論しないのかい?」
「反論してもしょうがないからな」
シュウは満足そうに数回頷くと、すっかり冷めたお茶を一気に飲み干した。
「さて、獣の里戦士長、ガドリエル」
「おう」
「返事は『はい』だ」
「おう」
「……任務を命ずる。学問の町テレセトに行き、『魔科学』に関する情報を集めよ」
「情報収集か。得意中の得意だ。じゃ、早速行ってくる」
ガドリエルは元気良く族長宅を飛び出した。
その後姿を見た後、シュウは
「なんだか、不安になってきた……。
ま、いいか。昼飯を、ああ、そういえば、彼女が……」
独り言を呟いてた。
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