・高橋冴

 私は微笑みながら白瀬に近づく。
 白瀬のオーラは黒、白、茶、それぞれが混ざった色。禍々しく蠢いていた。混沌としていた。
 
 なぁ、白瀬よ。(私は微笑む)

  ――ごめんなさい、ごめんなさい。

 うだうだと、(私は白瀬に近づく)

  ――ごめんなさい、ごめんなさい。

 ぐじぐじと、(私は蹴りの動作に入る)

  ――ごめんなさい、ごめんなさい。

「言ってんじゃねーよ!」

 ドゴォ

 私は親の敵よろしく白瀬のボディを渾身で蹴る。変な回転をしながら壁に叩きつけられたのは白瀬。理解者じゃなければ、確実に死んでいた。
 白瀬は混乱している。謝る声は途切れた。ひとまず、良し。

「え、高橋……冴さん?」
「そーだよ、ばかもん」

 バコォ 

 すぐさま距離を詰めて、白瀬の頭に拳骨を入れる。結構痛かったらしく、白瀬は頭を抑えてその場に蹲る。

「何、自分、見失ってんだよ」

 俯いた白瀬の顔を両手で挟むように引っつかんで前を向かせる。私の方を向かせる。私の目を見させる。恐らく、私の額には血管が浮き出ているのだろう。白瀬は目を伏せて、俯こうとする。私はそれを力ずくで阻止する。ぎりぎりと。

「お前は、誰だ。お前の色は、何色だ」
「あ……う……あ……」

 ほーら、『怒りマーク』が増えるぞー。

「お前は、誰だ。お前の血は、何色だ」
「あ……うぅ……」

 ほーら、微笑みが口端から崩れていくぞー。

「何だ、その受け答えは。お前は、三歳児か、コラ」

 ドスを効かせた声にびくりと白瀬が反応する。「恐怖」

「冴……さん?」
「白瀬、お前のことが好きだ」

 白瀬はきょとんとする。「驚き」

「というのは嘘だ」

 勿論嘘だ。

「……」

 はて、残念がると思ったのだが……。「怪訝」

「あの……サエさん?」
「実はな、シュウが死んだ」

 再度、驚き。

「――え? そんな―― 本当ですか?」
「シュウを勝手に殺すな、コラァ!」
 
 バコォ

 二発目の拳骨。「混乱」
 白瀬は混乱する。それは、状況を理解できない事への混乱。私の不可解な行動と言動を解明しようと、白瀬は必死に思考している。それでいい。それが、普通の人間。

「もう一度、聞くぞ。お前、誰だ」
「……白瀬、英輔です」
「お前、何色だ」
「白、でした」
「お前の血は何色だぁ!」
「まだ赤いと思います!」

 何故、そんなことを忘れていたのだろう、という表情の白瀬。
 そうだ、それだけのことだろう。なんで忘れかけてるんだ。お前はごちゃごちゃと考えすぎなんだ。

「四葉の白詰草を見つけるとどうなる気がする?」
「願いが叶うような気がします」
「私の弟の名前は?」
「高橋秋です」
「明日の天気は?」
「わかりませんよ」
「お前の一番の親友の名前は?」
「……黒部洋です」

 ――さて。
 お帰りなさい、と。

「シュウはな、今、眠っている」
「……」
「コンクリートの冷たく固い床で、深く眠っている」

 ちなみにシュウは私と白瀬のすぐ後ろで眠っている。何故かこのビルには影が集まらないから、私が運んできた。勿論呼吸はしている。

「呑気な顔で眠ってるから、さっき一発殴っといた」
「それはひどいですよ、サエさん」
「心配させる方が悪い。お前も、シュウもな」

 出会ったときから、思っていた。

「背負いこみすぎ。重量過多。肩の力を抜け。たまには荷物を降ろしてみて、そしてゆっくり考えてみるんだ。
 周りをよく見てみろ。道はまだあるかもしれない。
 周りをよく見てみろ。色々な人物がいるぞ。
 例えばほら、すぐ目の前に、頼れる人物が……いるだろう?」

 なぁ、白瀬。
 壊れた世界でも、結構広いんだよ。
 壊れた世界でも、私達は生きてるんだよ。

 シラセ。お前も、私も、シュウも、キバさんも、カイちゃんも、ユウリさんも、皆、皆。

 ――人間なんだよ。

           ――Without forgetting.

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・白瀬英輔

 罪はなくならない。
 罪は軽くならない。

 憎しみの声はまだ続いているし。
 僕の内側は混沌としていく。

 でも、ひとまず、それらを背中から降ろして、僕は考えてみた。

 ――――。

 ――そうか――うん。

 正解かどうかわからない。正解があるのかさえ、わからない。
 でも、僕は――とりあえず、ここから進めそうです。

「――ありがとうございました。
 サエさんの言葉は、骨身に染みました。流石、年の功です」

 バコォ

 僕は満面の笑みで拳骨を受けた。
 
         ――At that time, he determined it.

         ――At that time, he was him.

コメント

痺れ武蔵
痺れ武蔵
2006年7月10日23:43

割とないた

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