93、遥か彼方 【はるかかなた】
2006年7月7日 100題 コメント (2)・ある死人
■ある人間は、力があった。しかし、何も守れなかった。
■世界の崩壊、赤い空。家族。妹。友達。隣人。日常。全ての崩壊。一度目の敗北。
■全てを失って、自分の力の無意味さに気付いた時、ある人間は絶望した。 死んだ。 終わった。
△灰になった。
□ただ、それだけのこと。
■それから、彼は何かを守る力に、憧れた。死人なのに、憧れた。
■二度目の敗北。守ろうと決めた幼い子供は動かなくなる。
■憧れた力を目の当たりにし、彼はその力を持つ人物にも憧れる。
□そして同時に気付く。自分は、もう破壊しか出来ない存在なのだと。
△自分はもう、牙でしかないのだと。
---------------------------------------------
・灰牙(ハイキバ)
―― でも、憧れるくらいは、いいだろう。
カイは黒い影に囲まれて、追われて、体中血と泥だらけになっていた。しかし、その血はカイのものではなかった。動けないほどの傷、存在に関わる傷を負って、カイを背負いながら走り続ける、キバの血だった。
キバは、三度目の戦いに挑んでいた。
「――! ――!」
―― 一度目は世界の崩壊。友人は別の友人だった影に呑みこまれた。妹は両親だった影に呑まれた。自分は両親の影を消して生き延びた。
背中には、帽子を失くしたカイ。綺麗な緑色の長い髪が風に靡《なび》いている。出会ってすぐに、一回見たきりだったカイの髪は、やはり綺麗なままだった。キバはその美しく、愛しいものを、ただ、守りたいな、(妹を守りたかったな)と思った。だから、走っていた。
ただ、この子を守りたい。あの人のように守りたい。この子を守りたい、妹のようにならないように。
キバは、色を失くしていた。シラセに殴られた時に、能力を取られたのかもしれなかった。しかし、それはもうどうでも良かった。もし、色、能力が奪われていたのだとしても、シラセを責める気にはなれなかった。最後に見たシラセの背中は、辛く、悲しく、どうしようもないほど混沌としていたからだ。それに、戦闘、殺すことに特化した能力など、乾ききった色など、なくなっても構わなかった。というかなくなって清々しかった。
トン、と右肩の肉が抉られた。また傷が増える。あれ、いつのまにか傷が増えている。
「――!」
―― 二度目は今背負っているカイの崩壊。(妹は両親の影に壊された)その時何もできなかった自分の代わりに、カイを助けたソウさんは消えた。そうだった、 憧れはもう、 いないのだ。なら、誰が、この子を、守る? ――決まっている。
既に体の機能のほとんどは停止している。今在る全ての力は走ること、『守ること』に注ぎ込んでいる。だから、聴覚はとうに死んでいる。
「――!」
だヵら、背負った誰かの声は、聞こえない。
――キバは、三度目の戦いに挑んでいた。
ふとももを左右抉られた。走るたびに肉が千切れた。眼の前が真っ赤に染まった。死力は尽くした。力は全てなくなった。でも、力を出した。
出会ったときのカイを思い出した。全てを失った瞳だった。誰かに似ていた。自分に似ていた。しかし違った。
今オレは可能性を背負っている、未来を背負っている、希望を背負っている。オレはあの時に(妹を失ったときに)終わっているが、カイはまだ終わっていない。これから始まるし、続くのだ。
倒れそうになる体を『 』で支える。吐きそうになった血を飲み込んで『 』を搾り出す。まだ、待て、まだ、持て、体。
『 』を使って足を動かす。『 』を使って影の攻撃からカイを守る。
キバは、三度目の戦いに挑んでいた。
キバが人生の中で本当に戦ったのは三回だけだった。
呼吸はとうの前に終わって、血液は半分くらいなくなった。
思考回路はショート寸前でなんとか止めて、壊れた歯車を無理矢理噛み合わせた。
死ヌ?
キバの目の前は、赤から白に、 中心から染まっていく――……
――死?
――ハ。
死ナドアリエナイ。
オレは、既に一度目の戦いで死ンデイタ。
妹ヲ、失ったトキに、オレは終わってイタ。
――遥か彼方、初老の老人が、優しく微笑んで、待っていた。
-------------------------------------
銃撃と斬撃で周辺の黒い影たちは一掃した。
そこでユウリと二人組みが発見したのは、
泣きじゃくる無傷のカイと、
人として死んでいるキバだった。
-------------------------------------
キバの血の足跡は、ここで終わった。
光の中にキバは歩いていく。
遥か彼方に、キバは歩いていく。
――足跡はなかった。
あっけない終わり。
無愛想で物静かな青年は、やはり静かに眼を閉じた。
そこには崇拝レベルまで尊敬していたソウさんもいるし、優しかった両親と可愛かった妹もいる。友人と馬鹿な話をして笑って、世の中に絶望することなく、日常が回っていく。
『終わった存在』と、『破壊するだけの存在』という意味の名、『灰牙』は――
――最後に ―― 一人の少女を ―― 守り通した。
だから、彼の名はきっと――『灰牙』なんかじゃなくて――――
――He smiled at the end.
■ある人間は、力があった。しかし、何も守れなかった。
■世界の崩壊、赤い空。家族。妹。友達。隣人。日常。全ての崩壊。一度目の敗北。
■全てを失って、自分の力の無意味さに気付いた時、ある人間は絶望した。 死んだ。 終わった。
△灰になった。
□ただ、それだけのこと。
■それから、彼は何かを守る力に、憧れた。死人なのに、憧れた。
■二度目の敗北。守ろうと決めた幼い子供は動かなくなる。
■憧れた力を目の当たりにし、彼はその力を持つ人物にも憧れる。
□そして同時に気付く。自分は、もう破壊しか出来ない存在なのだと。
△自分はもう、牙でしかないのだと。
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・灰牙(ハイキバ)
―― でも、憧れるくらいは、いいだろう。
カイは黒い影に囲まれて、追われて、体中血と泥だらけになっていた。しかし、その血はカイのものではなかった。動けないほどの傷、存在に関わる傷を負って、カイを背負いながら走り続ける、キバの血だった。
キバは、三度目の戦いに挑んでいた。
「――! ――!」
―― 一度目は世界の崩壊。友人は別の友人だった影に呑みこまれた。妹は両親だった影に呑まれた。自分は両親の影を消して生き延びた。
背中には、帽子を失くしたカイ。綺麗な緑色の長い髪が風に靡《なび》いている。出会ってすぐに、一回見たきりだったカイの髪は、やはり綺麗なままだった。キバはその美しく、愛しいものを、ただ、守りたいな、(妹を守りたかったな)と思った。だから、走っていた。
ただ、この子を守りたい。あの人のように守りたい。この子を守りたい、妹のようにならないように。
キバは、色を失くしていた。シラセに殴られた時に、能力を取られたのかもしれなかった。しかし、それはもうどうでも良かった。もし、色、能力が奪われていたのだとしても、シラセを責める気にはなれなかった。最後に見たシラセの背中は、辛く、悲しく、どうしようもないほど混沌としていたからだ。それに、戦闘、殺すことに特化した能力など、乾ききった色など、なくなっても構わなかった。というかなくなって清々しかった。
トン、と右肩の肉が抉られた。また傷が増える。あれ、いつのまにか傷が増えている。
「――!」
―― 二度目は今背負っているカイの崩壊。(妹は両親の影に壊された)その時何もできなかった自分の代わりに、カイを助けたソウさんは消えた。そうだった、 憧れはもう、 いないのだ。なら、誰が、この子を、守る? ――決まっている。
既に体の機能のほとんどは停止している。今在る全ての力は走ること、『守ること』に注ぎ込んでいる。だから、聴覚はとうに死んでいる。
「――!」
だヵら、背負った誰かの声は、聞こえない。
――キバは、三度目の戦いに挑んでいた。
ふとももを左右抉られた。走るたびに肉が千切れた。眼の前が真っ赤に染まった。死力は尽くした。力は全てなくなった。でも、力を出した。
出会ったときのカイを思い出した。全てを失った瞳だった。誰かに似ていた。自分に似ていた。しかし違った。
今オレは可能性を背負っている、未来を背負っている、希望を背負っている。オレはあの時に(妹を失ったときに)終わっているが、カイはまだ終わっていない。これから始まるし、続くのだ。
倒れそうになる体を『 』で支える。吐きそうになった血を飲み込んで『 』を搾り出す。まだ、待て、まだ、持て、体。
『 』を使って足を動かす。『 』を使って影の攻撃からカイを守る。
キバは、三度目の戦いに挑んでいた。
キバが人生の中で本当に戦ったのは三回だけだった。
呼吸はとうの前に終わって、血液は半分くらいなくなった。
思考回路はショート寸前でなんとか止めて、壊れた歯車を無理矢理噛み合わせた。
死ヌ?
キバの目の前は、赤から白に、 中心から染まっていく――……
――死?
――ハ。
死ナドアリエナイ。
オレは、既に一度目の戦いで死ンデイタ。
妹ヲ、失ったトキに、オレは終わってイタ。
――遥か彼方、初老の老人が、優しく微笑んで、待っていた。
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銃撃と斬撃で周辺の黒い影たちは一掃した。
そこでユウリと二人組みが発見したのは、
泣きじゃくる無傷のカイと、
人として死んでいるキバだった。
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キバの血の足跡は、ここで終わった。
光の中にキバは歩いていく。
遥か彼方に、キバは歩いていく。
――足跡はなかった。
あっけない終わり。
無愛想で物静かな青年は、やはり静かに眼を閉じた。
そこには崇拝レベルまで尊敬していたソウさんもいるし、優しかった両親と可愛かった妹もいる。友人と馬鹿な話をして笑って、世の中に絶望することなく、日常が回っていく。
『終わった存在』と、『破壊するだけの存在』という意味の名、『灰牙』は――
――最後に ―― 一人の少女を ―― 守り通した。
だから、彼の名はきっと――『灰牙』なんかじゃなくて――――
――He smiled at the end.
コメント
「オレハ」ってなってる箇所がひとつありました。
誤植じゃないかもしれない
シュウはどうなったんだシュウは!!
え、シュウ? え、えぇ、もちろん、忘れてませんよ、ハハハ。