スロウモード再生をしているように、暗雲からゆっくり堕ちてゆく黒い影。
 ビルの屋上から一階まで丸い穴を開けて落下し、地面にぺたりと広がった後、人形にゆっくり戻る。そして徘徊する。そんな黒い水滴が、無数。
 まるで、真っ黒な雨のようだ。
 ビルのコンクリートまで溶かす、凶悪な雨。
 黒い水滴に穴だらけにされたビルは次々に倒壊していく。

 黒い雨

 ニホンのビル群都市、かつての首都「トウキョウ」から円形に、じわじわと広がっていく暗雲と雨。

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・組織「赤紅」 二人組み

「黒い雨が降ってきたぞー」
「洒落になんねぇっす、先輩」

 こてこての現代武装をした二人組みが、黒い雨の下、ビル群の間を走っていた。

「偵察って死に赴くことでしたっけ、先輩」
「うるせえ、まだ死んでねぇ。死ぬ気で走れバカモン」

 ある組織の組員である二人組みは、先ほどまで行われていたビル群の中での中規模戦闘の捜査と、暗雲の動向の偵察を命じられていた。
 段々激しくなる黒い雨を紙一重で避けながら、二人組みはひたすら走っていた。無線で仲間と連絡をとる余裕はないし、取れたとしてもどうにかなるものではなかった。

「いきなり降ってくるとはな。にわか雨か」
「笑えませんって、先輩」

 二人組みは発現者ではなかった。黒い影に触れただけでも死が確定してしまう。しかも、黒い雨は一旦水溜りになった後、ゆっくり人形になって二人を追ってくる。

「先輩! 一個目、イキマース!」
「派手に行け!」

 閃光&大音響。
 スタングレネードによって影達のカタチは乱れ、一瞬ひるむような様子を見せるものの、その存在が完全に消えることはない。だが、これでも上出来の時間稼ぎ。

「銃はどうですか? 先輩」
「奴等の存在を消すのは無理だ。とりあえず今は逃げに徹しろ」

 二人は瓦礫の山を飛び越え、ひび割れた道路を走り、ある場所を目指す。音もなく迫る黒い影達は、包囲網を縮めていく。遠くではビルの倒壊音。砂煙が立ち込める。混沌としてきた。

「先輩。あの光の矢? のようなものと、その後の爆発や連続した衝撃は、一体なんだったんでしょうね」
「ま、多分理解者同士の闘いだな。あんな現実離れした光景と衝撃はそれしかない」

 手というべきか、触手というべきか。とにかく影は黒いカタチを伸ばして二人組みを捕まえようとする。が、二人は場慣れしているのか、軽々とそれらを避けていく。

「理解者って、生還者ですか? ウチらのリーダーって噂の」
「そうだ。発現者の一段階上。発現者でもない一般人の俺らからすれば、雲上人だな」

 喋りながら走る二人の息は、しかし全く切れていなかった。重そうな装備のままマラソンをする二人組みは、今まで生き残ってきた事実があるだけでも、決して一般人ではなかった。

「先輩。何処かで聞いたんですが、発現者は死にそうになると、理解者……生還者になることがある、らしいっすね」
「ああ、そうだ。『発現者が死に瀕した時、理解者になれる確率』は、『お前がこれから黒い影を一千匹倒す確立』よりも低い、らしいがな」
「ほとんどない。じゃないですか、先輩」

 ああ、そうだ。と答えながら二個目のスタングレネード。
 暗雲はさらに地上に迫り、蠢く黒い影は無数になってきた。

「ニホンでは、理解者は七人しか確認されてない」

 貴重なスタングレネードを惜しみなく数個使い、道を開ける。
 退路は完全に絶たれた。前進あるのみである。

「ニホンで確認されている七人の理解者。カミギ、クロベ、ナガラ、ガカイ、シンカイ、モクバ、ヨウミョウ。
 多分そのうち二人があそこで闘っていたんだろう。ま、うちのリーダーのモクバさんは抜いていいがな」

 目の前にはビル。数刻前に、白い矢が飛び出した、ビル。
 一階部分は風通しがかなり良くなっている。加えて影達が集結中だった。

「うーん、新たに生まれた理解者! という可能性もありますよ、先輩」
「皆無だろ」

 言いながら、二人組みは最後のスタングレネードを、ビルの一階に放り込んだ。

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