・高橋秋

 大きな爆発の直後。高橋秋はカイを抱えてビルの外、闇の中を走っていた。闇の中に聳え立つビルの群れ。その中の一つの壁にヒビが入っているのを見つけ、すぐさまそのヒビの中心に駆け寄る。
 キバは背中をビルに預けて気絶していた。

 キバの体の損傷箇所は二十九。シュウはその中でかなり重いものを青の眼で弾き出す。内臓損傷、骨折、……四箇所。すぐさま治癒しなければ命に関わるものもある。

「カイくん。骨や内臓の修復は? 治癒の範囲は?」

「欠損修復は無理。 損傷修復ならできる。
 外傷はすぐに、骨と内臓なら程度にもよるけど骨のほうが早く直せる。
 治癒の範囲は手のひらが精一杯、体内の治癒には接触部分から力を流し込む。直接触れるより力が弱くなる」

 的確。驚いた。知りたいことを簡潔に素早く話してくれた。
 仲間が傷ついた直後、今すべきことを正確に把握している。シュウは過酷な環境に鍛えられた子供の悲しい強さを知った。

「ここを頼む」

 キバの傷が最も効率良く治癒される部分に、カイの手を置かせた。流石にどこまで効果があるのかはわからないが、今はこれが最善であるはず。
 シュウの処置は正確である。緑(カイ)の治癒能力は高いが、診断能力で青に敵うわけもない。緊急に処置を要する状況では、正確な診断ができるかどうかが肝要になる。医者としての総合能力は青のほうが高いのだ。
 時間にわずかだが余りができた。シュウは周囲の状況に眼を配らせる。青い眼は、闇の中でも人の色を感知した。
 先ほどの爆発を起こしたと思われる橙は少し力が落ちていた。その代わり、黒も多少のダメージを負っている。赤は健在。白は相変わらず弱々しいが存在はしている。
 余計な感情を排除し、状況のみを淡々と認識する。
 今すべきことは何が最善か。無意識、猛スピードで判断をくだす。シュウの思考は反射に近くなっていた。
 「冷静」、これは青の最大の武器。
 シュウはそう思っている。だからこそ、何も見逃すな、集中しろと自分に何度も言い聞かせる。

「う……」

 キバの意識が戻る。すぐさまシュウはカイの手を移動させる。今、キバの傷の完全な治癒は目指していない。キバには酷だが、どのように治癒すればいかに早く戦闘に戻れるかを優先している。あの黒は自分などでは相手にならないし、ダメージを追っていたはずの黒がいつのまにか元に戻っていたからだ。

 そしてその黒が赤に向かって肉薄したのも確認。予知めいた動きで赤の前に立つ白も確認。消えかけていた白が遂に消えたことも、……確認。
 
「……」

 感情は排除しろ。
 お前は青だ。今、この場、最も最善は何だ。
 弱々しく笑った白瀬英輔の姿など心に浮かべてはいけない。

 無表情で噛み締めた唇からは血が流れた。
 考えろ、冷静に。

 黒の眼中に橙はない。白は消えた。次は、
 間に合わない。告げる青の眼と思考。
 それでも、シュウは姉の居るビルの方向から眼を離せない。
 戦闘能力のない俺がいてもどうにもならない。高確率で足手まといになる。キバの最速の治癒が今やるべきこと。一人でも多く死なないようにするため、最善なのだ。

 シュウは瞬きを忘れた、一心に理論、理論詰めか、何もできやしない、白瀬を殺した、違う、自分を責めている場合じゃない。

「……行け」

 意識の戻ったキバから、死ね、と同じ言葉が発せられていた。しかし、シュウはその言葉を聞いたと同時に走り出していた。

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