猛スピードで木の幹が通り過ぎるたび、物凄い風音が耳に入った。
家の裏手にあった山に入ってから、数分。
サエさんは、僕とシュウさんを抱えて、時速100kmぐらいの速度で視界の悪い森を走り抜けている。
流石に息は切れ切れで、赤の発現も弱くなってきている。
『色』は人間の内から出てくるもので、決して無限ではない。
発現を続ければ、当然疲れる。
そしてさらに発現を続けると……

「サエさん! 発現を止めてください!
 下手をしたら、貴方は消えますよ!」

そう、僕の右腕のように。

「サエさん!」

一刻も早く止めないと……声は何故か伝わっているはずなのに!

「ああ! もう! 五月蝿い!
 シラセ! お前、自分の右腕消えてるのに人の心配なんてするな!」
「えぇっ!」

何故か怒鳴り返されてしまった。

「お前、自分の命をなんだと思っているんだ!」

何故ここで僕のことが出てくるのだろう?
それより息を切らし、赤の発現を維持し、猛スピードで走りながらも、大声で僕を叱るサエさん。
貴方も自分の命をなんだと思っているんですか!
誰かを助けようとして、叱られた経験は初めてなので、驚いて声が出なかった。(元から出ないが)

「はは! 姉を本気で怒らせるなんて、やるな、シラセ」
「死ぬか? シュウ」
「ごめんなさい、お姉さま」

突如、視界が開けた。
目の前に現れたのは、綺麗な丸を描いた静かな湖だ。
赤黒い空と月と星を映し出し、まるで濃い血を湛えているようだった。
ある種幻想的で、サエさんの動きも一瞬止まった。
その隙に僕は無理やり降りた。
シュウさんはゴミのように落とされていたが。

「発現を止めて!
 黒部は強い色を感知してここまで来たんです!」

故に、これまで僕は派手な動きを避けてきたのだ。
サエさんの発現の強力さは完全に予想外だった。

「黒部……先ほどの黒い奴か?」

また、赤が激しく発現しようとした。

「わーっ! 待って! 待ってください!
 来ます! 来ちゃいますから!」

極限慌てていると、ふと、サエさんが倒れた。

「わ! わ!」

慌てて抱きとめる。
と言っても右腕がなくなっていたことを忘れていたので、バランスを崩して僕も倒れてしまった。

「わ! わ! シュウさん助けてください!」

返事がない。

「シュウさん?」

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高橋秋は湖から眼を離せなくなっていた。
計算されたような美しい円を描いた湖辺。
磨き上げられた鏡のような湖面。
何故か、目を離せなかった。

濃い赤を映した湖の奥に、
何故か、深い青を見た。

沈着、深遠、冷静、清涼、知性。

青が広がる……

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