僕のお父さんはお金持ちだったから、屋敷はとても大きかった。
高価そうな絵画、置物、ツボ、人形やレコード、怪しげな物品もたくさんあった。
けど僕は屋敷の外に出たことはなかったので、近所からこの屋敷が『お化け屋敷』とか『幽霊屋敷』と呼ばれていることは知らなかった。
それを教えてくれたのは、僕の弟だった。
弟は気が弱く、学校という所に行っては、泣いて帰ってきたりした。
「皆が、『お化け屋敷』のお化けって、僕のことをいじめるんだ」
「僕は何も悪くないのに」
弟は泣きながら訴えた。
僕は黙って弟の話を聞いていた。
僕は、体が動かない。
だから屋敷から出たこともなかった。
いや、それどころか部屋からも出たことはなかった。
兄としては、弟をイジメっ子から守ってやれないのは恥ずかしい。
自分の体を恨んだりもした。
けど、僕の体は動かない。
唇も動かせない。
だから、僕は思うだけだった。
負けるな、いじめっ子なんて、ぶん殴ってやれ。
別の日、弟は
「ねぇ、今日テストで一番取ったんだよ」
「いじめっ子が、お兄ちゃんのこと馬鹿にしたから、ぶん殴ってやったよ」
「怖かったけど、僕、いじめられなくなったよ」
「お兄ちゃんは喋れないけど、思ってることはわかったよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
弟はにこっと笑った。
僕はそれだけで嬉しかったんだ。
それから何年も経って、
誰も僕をキニシナイ毎日は、孤独で耐えられなかっただろう。
だけど一人だけでも、僕と話をしてくれるならそれは孤独じゃなかった。
僕と弟以外は誰も知らないだろう。僕に意識があったこと。
僕に心がずっとあったこと。
確かに両親や家政婦から見れば、僕はただ死んだように眠っていただけだろう。
ずっとそうだった僕は、その家の高価な絵画や置物と同じようなものだったのだろう。
見るだけでいい。在るだけでいい。何も期待しない。
でも、弟は僕に期待をしてくれた。
お兄ちゃんは生きている、心がある、きっと目覚める。
予感はしていた。僕は目覚める。
そう、僕は目覚める。
新しい世界の始まりだ。
神経が脳みそから伸びていく感覚。
顔に、首に、胸に、腕に、腹に、足に、指先に、
張り巡らされた神経に、信号を送る。
ウゴケ
かすかに右手の指が動いた。
次は、足だ。
肩の関節は、大丈夫。動く。
ずーっと眠っていた僕に、初めて訪れる『動く』感覚。
慣れていくと、これまで何故動けなかったのか不思議になった。
僕は何故、動けなかったんだ?
今はそんなことどうでもいい。
はやく見て、聞いて、動いて、触って、歩いて、弟に、会いたかった。
がたん!
僕はベッドから落ちた。
やはり、急に体を動かすのは無理だったようだ。
物音に気付いた家政婦さんが部屋にきて、僕を元の位置に戻した。
家政婦さんは不思議そうな顔をして、部屋から出ていった。
でも僕は、諦めることが出来ない。
弟の為だ。体中が軋むような音を立てていたが、かまわない。
がたん!
僕はまたベッドから落ちた、が、そのまま四つん這いの格好で前進を始めた。
弟は、まだ、学校だ。
弟が帰ってくるのは、約3時間後。
それまでには歩けるようになろう。
しかし、動けた喜びを一刻も早く誰かに知らせたかった。
家政婦は、どこか別の場所に行ったのか、部屋には来なかった。
僕は四つん這いの姿勢のまま、ドアまで移動した。
ドアノブまで手が届かなかったので、数回ドアを叩いた。
ドンドンドン!(SE)
何回か鳴らしていると、足音が聞こえてきた。
多分、先ほどの家政婦だろう。
ドアを開けたら、家政婦は驚くだろう。何せ、ずっと眠り続けていた僕が、動き出したのだから。
ドアノブが静かに音をたてて回り、ドアの隙間がだんだん広がっていった。
僕は一言、
「おはよう家政婦さん」
うまく声が出なかった。
彼女は大きな悲鳴をあげて、物凄く慌てながら走り去った。
きっと、両親に報告に言ったのだろう。
そうだ、皆きっと喜んでくれる。
高価そうな絵画、置物、ツボ、人形やレコード、怪しげな物品もたくさんあった。
けど僕は屋敷の外に出たことはなかったので、近所からこの屋敷が『お化け屋敷』とか『幽霊屋敷』と呼ばれていることは知らなかった。
それを教えてくれたのは、僕の弟だった。
弟は気が弱く、学校という所に行っては、泣いて帰ってきたりした。
「皆が、『お化け屋敷』のお化けって、僕のことをいじめるんだ」
「僕は何も悪くないのに」
弟は泣きながら訴えた。
僕は黙って弟の話を聞いていた。
僕は、体が動かない。
だから屋敷から出たこともなかった。
いや、それどころか部屋からも出たことはなかった。
兄としては、弟をイジメっ子から守ってやれないのは恥ずかしい。
自分の体を恨んだりもした。
けど、僕の体は動かない。
唇も動かせない。
だから、僕は思うだけだった。
負けるな、いじめっ子なんて、ぶん殴ってやれ。
別の日、弟は
「ねぇ、今日テストで一番取ったんだよ」
「いじめっ子が、お兄ちゃんのこと馬鹿にしたから、ぶん殴ってやったよ」
「怖かったけど、僕、いじめられなくなったよ」
「お兄ちゃんは喋れないけど、思ってることはわかったよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
弟はにこっと笑った。
僕はそれだけで嬉しかったんだ。
それから何年も経って、
誰も僕をキニシナイ毎日は、孤独で耐えられなかっただろう。
だけど一人だけでも、僕と話をしてくれるならそれは孤独じゃなかった。
僕と弟以外は誰も知らないだろう。僕に意識があったこと。
僕に心がずっとあったこと。
確かに両親や家政婦から見れば、僕はただ死んだように眠っていただけだろう。
ずっとそうだった僕は、その家の高価な絵画や置物と同じようなものだったのだろう。
見るだけでいい。在るだけでいい。何も期待しない。
でも、弟は僕に期待をしてくれた。
お兄ちゃんは生きている、心がある、きっと目覚める。
予感はしていた。僕は目覚める。
そう、僕は目覚める。
新しい世界の始まりだ。
神経が脳みそから伸びていく感覚。
顔に、首に、胸に、腕に、腹に、足に、指先に、
張り巡らされた神経に、信号を送る。
ウゴケ
かすかに右手の指が動いた。
次は、足だ。
肩の関節は、大丈夫。動く。
ずーっと眠っていた僕に、初めて訪れる『動く』感覚。
慣れていくと、これまで何故動けなかったのか不思議になった。
僕は何故、動けなかったんだ?
今はそんなことどうでもいい。
はやく見て、聞いて、動いて、触って、歩いて、弟に、会いたかった。
がたん!
僕はベッドから落ちた。
やはり、急に体を動かすのは無理だったようだ。
物音に気付いた家政婦さんが部屋にきて、僕を元の位置に戻した。
家政婦さんは不思議そうな顔をして、部屋から出ていった。
でも僕は、諦めることが出来ない。
弟の為だ。体中が軋むような音を立てていたが、かまわない。
がたん!
僕はまたベッドから落ちた、が、そのまま四つん這いの格好で前進を始めた。
弟は、まだ、学校だ。
弟が帰ってくるのは、約3時間後。
それまでには歩けるようになろう。
しかし、動けた喜びを一刻も早く誰かに知らせたかった。
家政婦は、どこか別の場所に行ったのか、部屋には来なかった。
僕は四つん這いの姿勢のまま、ドアまで移動した。
ドアノブまで手が届かなかったので、数回ドアを叩いた。
ドンドンドン!(SE)
何回か鳴らしていると、足音が聞こえてきた。
多分、先ほどの家政婦だろう。
ドアを開けたら、家政婦は驚くだろう。何せ、ずっと眠り続けていた僕が、動き出したのだから。
ドアノブが静かに音をたてて回り、ドアの隙間がだんだん広がっていった。
僕は一言、
「おはよう家政婦さん」
うまく声が出なかった。
彼女は大きな悲鳴をあげて、物凄く慌てながら走り去った。
きっと、両親に報告に言ったのだろう。
そうだ、皆きっと喜んでくれる。
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