『序章』

「甲冑兵の中隊が1……ライフル部隊の中隊が1……歩兵大隊が1、2……3……か」

世界の中央の平原、セントール平原のさらに真ん中……王都フェイタルから東へ20kmの地点に、人間が集結していた。
高台の上にある陣地に3000人以上の数の兵が整列している。
もちろん彼らは遠足をしにきたわけではない。
人類の敵、ミノタウロスを倒しにはるばるとやってきたのだ。

「無駄足ご苦労様です……」

その総勢3600名の『ヴォルス連隊』を、陣地から10km以上離れた大木の上から見下ろしている少年が呟いた。
彼は裸眼で10km以上離れた人間達の一人一人の表情まで見ている。
さらに20m以上もある大木のてっぺんに、強風に煽られながら素手で登ってきたのだ。身体能力はかなりのものである。

「じゃあ、ちょっと脅かしてこようかな」

次の瞬間、少年は大木の頂上から影だけを残して消えた。

少年は眼を閉じて風を体に受けていた。
巨木の頂上から落ちていく間、少年は眼を閉じたままだった。
落下中の凄まじい風圧や風音でさえ、少年にとってはやさしい自然の抱擁と歌声だった。
流れていく緑と青も頭に自然と浮かんだ。
少年はこの星が単純に好きだった。
木も、草も、土も、鳥も、空も、海も、風も。
近づく地面を感じる。
心地良い風の抱擁と歌声も、もうすぐ終わる。
衝撃、土煙と落ち葉を巻き上げ、少年は大地に降りた。
両手足で巨木からの落下の衝撃を全て受け、少しして何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。
そして、少年は眼を見開き、彼が唯一この星で嫌いな存在、人間の集まっている場所に向かって走り出した。

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「それで、シェルター突入時の配置だが……」

即席にしては豪華な作りのテントには、ヴォルス連隊の主な将が集まっていた。
連隊副長、連隊長補、連隊長直下の副官および事務官。
さらに、機動部隊長「ル・スニク」。
ライフル狙撃部隊長「フェイ・ロンド」。
その他、これ以上増やすと処理しきれないので省く。
が集まっていた。

「以上だ」

連隊副長「ド・ルマス」の作戦計画の説明がいつの間にか終わった。
数人は眼を閉じて考え事をしているが、数人は完全に寝ていた。

「これからの予定だが……」

ほとんどの将がうんざりした時、それはやってきた。

爆音。
黒い塊……戦車がまるで紙のように宙を舞っていた。

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第一歩兵大隊所属、「アル・ド・セイム」は信じられない物を見ていた。
時間が止まっているようだった。
嘘のように戦車が飛んでいる。
空中で一度止まり、呆然とする兵士達の視線を一度受けた後、
戦車はゆっくりと回転をして……

「馬鹿、逃げろ!」

目の前に迫っていた。

-shock-

場面は変わりまくる。

戦車を殴り飛ばしたのは一人の美しい少年だった。
Tシャツにジーンズという滅亡前の世界では割とポピュラーな格好で、金色の髪をなびかせ、飛んでいった戦車を眺めている。容姿から見るとまだ10歳程だろう。幼い。
しかし、その細腕で自分の部隊自慢の戦車が殴り飛ばされた。
信じられない出来事を目にして、機動部隊副長はただ突っ立っているだけだ。

「滅びた世界の産物か……『センシャ』と言うのだろう?」

少年は10歳程の幼い容姿で、落ち着いた声を発した。

機動部隊副長は思った。コイツハ人間デハナイ。

『それ』ハ人間デハナイゾ!

「撃てぇ!」

副長は叫んだ。自分でも驚くほど声が出た。
機動部隊兵が『それ』に銃口を向けた。
『それ』は自分に向けられた銃口を、冷ややかに眺めていた。

「やれやれ……やはり人間は礼儀がなってないのだな」

滅びた世界の産物のひとつ、『銃』が一斉放たれた。

面はやっぱり変わる

……暗闇……

……死んだ……のか……

…………いやだ…………

死にたく…………

…………

…………

……『そうです、死んではいけません』……

……!?

……暗闇に光が広がっていく……

人間軍第一歩兵大隊所属、「アル・ド・セイム」はゆっくり眼をあけた。
手足の感覚が段々と戻ってくるのが解る。それと同時に視覚、聴覚、嗅覚も戻ってくる。
原型を留めていない戦車から吐き出される黒煙が空を濁している。
辺りには喧騒……ガソリンの臭いと、血の臭い……

「おーい、大丈夫か」

気の抜けた声がアルの頭上からかけられる。
かなり垂れ下がった眼を隠すように深く被った赤い帽子。
安っぽい煙草を口にくわえたアルの親友、「ボルク・ナ・サ」は呑気に辺りを見回している。

「あんの爆発でよく生きてたなぁ。本当に」

しばらく辺りを見回した後、放心状態で倒れたままのアルの顔を覗き込む。

「おい? ショックで喋れないのか? 生きてるんだぞ、お前」

確かにその通りである。戦車が空から落っこちてきて、直撃したと思ったら、こうして生きている。

「な……何があった?」

やっと出た言葉がこれだ。

「何って……戦車が落っこちてきて爆発して皆吹っ飛ばされたんだよ。お前なんて直撃食らったと思ってたがなぁ」

直撃……。確かにそうだ。戦車は真っ直ぐに俺に向かってきた。

「この爆発、衝撃で怪我人は出たものの死者はゼロだ。不思議なもんだな」

いや、有り得ない。戦車が飛んでくる事実から有り得なかったが、大地を抉るほどの爆発で死者がゼロ?この事実もまた、有り得なかった。

「そう……有り得ない……奇跡?」

アルは泥に塗れた体を持ち上げた。

また場面は変わる。

数十の鉄の弾が銃口から吐き出された。
人間にとっては死を撒き散らす「銃」も、最強の生物ミノタウロスである金髪の少年にとってはただの玩具だ。
兵士の視線、銃口の位置から弾の軌道を予測するのは至極簡単な事であった。
全ての銃弾を全く無駄の無い動きで避け、少年は呟いた。

「約束です……」

人間には見る事も不可能な速さで、顎を砕かれ、脳を揺さぶられ、足をへし折られ、何が起こったかわからない兵士達はそのまま吹っ飛んだ。

「優しき女神に感謝したまえ」

金髪の少年を囲んでいた兵士が全員動けなくなったのを確認して、少年はその場を立ち去った。
金髪の少年の顔にはどこか陰があった。

即席にしては豪華なテント、ヴォルス連隊司令室は慌しかった。
いきなりの襲撃に、部隊長はそれぞれの隊へ戻り、連隊副長、連隊長補、連隊長直下の副官は緊急対策会議を開いていた。

「報告によると敵はたった一人で来たらしい」

会議室中央に座る、銀色の短髪をポマードで固めた男が連隊副長「ド・ルマス」である。
下仕官に次の報告を促す。

「被害は?」

「被害は戦車1台が大破。重軽傷者58名」

「死者は?」

「0です」

「……0?」

正直、拍子抜けした。

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